バッティストーニ&東京フィルが示す「器楽的」イタリア音楽の真髄

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クラシック
2016.5.13
今回の演奏会も大成功の予感漂うバッティストーニ&東京フィル (C)上野隆文

今回の演奏会も大成功の予感漂うバッティストーニ&東京フィル (C)上野隆文


まず、こちらの6分ほどの動画を視聴していただけないだろうか。昨年の9月11日に東京オペラシティコンサートホールで開催された、東京フィルハーモニー交響楽団の第96回オペラシティ定期シリーズから、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(ラヴェル編)のフィナーレ、「キエフの大門」である。指揮はこのシーズンから首席客演指揮者に就任した若きマエストロ、アンドレア・バッティストーニだ。

(以下、動画はすべて東京フィルハーモニー交響楽団 YouTubeチャンネルより)
 
あたかもピアニストがひとりで演奏しているかのように、自身の解釈のとおりにオーケストラという大集団を導いてこれだけの演奏を聴かせるアンドレア・バッティストーニとは何者か、果たしていかなるリハーサルの上でこれだけの演奏を成し遂げたのか。それを確かめるべく、9日、10日に東京オペラシティコンサートホールを会場に行われた定期演奏会のリハーサルを取材した。
 
東京オペラシティコンサートホールのステージを埋めた大編成はそれだけでも壮観だ

東京オペラシティコンサートホールのステージを埋めた大編成はそれだけでも壮観だ

アンドレア・バッティストーニを指揮台に迎えた東京フィルハーモニー交響楽団の5月定期演奏会は以下の曲目で15日(日)、16日(月)に開催される。

ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
ニノ・ロータ:バレエ組曲「道」
レスピーギ:交響的印象「教会のステンドグラス」

イタリアの作曲家による交響的作品を集めた今回のプログラムは選曲から既に興味深いものだ。「ナブッコ」は東京フィルと指揮者が出会った作品、そしてロータの「道」組曲は有名なフェデリコ・フェリーニの映画のための音楽から編まれたバレエ組曲。そしてレスピーギの作品はグレゴリオ聖歌を元にしたピアノ曲から生まれたオルガン付きの大管弦楽のための作品と、それぞれに時代も性格も異なる作品群が並ぶ。取材したリハーサルは両日とも「レスピーギ→ロータ」の順に行われた(ヴェルディのリハーサルには事情により立ち会えなかった)。

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アンドレア・バッティストーニと東京フィルハーモニー交響楽団は、5月3日には軽井沢大賀ホールでのコンサートを、そして8日には名ピアニスト清水和音からの直々の指名により彼のデビュー35周年を祝うコンサートを大好評のうちに終えているから、定期演奏会のための最初のリハーサルではあっても硬さはまったくない。両日ともマエストロから軽い挨拶があって(初日は「Buon giorno」、二日目は「オハヨー」)、レスピーギの「教会のステンドグラス」第一曲から順にリハーサルは進められた。

若きマエストロは気負いなく理想の音楽を追い求める

若きマエストロは気負いなく理想の音楽を追い求める

バッティストーニは「教会のステンドグラス」を、両日ともはじめから細部まで詰めていく。初日はより大づかみに楽員とのコミュニケーションを優先し、二日目はより細かく”形”を定めていくように。たとえばフレーズの最後を伸ばして合わせるグレゴリオ聖歌を意識した五拍子、七拍子で構成される第一曲、第三曲ではテンポを大きくは動かさず、フレーズの歌い方を中心に修正を施していく。

もちろん、音楽の大きな流れはバッティストーニならではのもの、冒頭からすぐ起伏の大きい、メリハリの効いた音楽が紡がれていく。これは首席客演指揮者2シーズン目を迎えた信頼関係の深さもあろうけれど、バッティストーニの雄弁な指揮は言葉や指示なしでも音楽を劇的に導くもの。リハーサルの中で何度「これがオペラを得意とする指揮者の技か」と感心させられたことか(その”技”の数々は、この記事に用意したいくつかの動画からも見て取れるだろう)。

「教会のステンドグラス」は、日本では吹奏楽を中心に「シバの女王ベルキス」と並んでよく演奏されている作品なので、吹奏楽ファンの皆さんはこの作品がコンサートにかかることの意味をよくおわかりだろう。「ローマ」三部作と同時期に作曲されたこの曲は、オルガンをも駆使した大編成、全編に求められる名人芸の数々、そしてレスピーギの他作品同様、合理的に細部まで緻密に組み上げられたものだ。それは良い演奏ならば最高の演奏効果をもたらす反面、演奏者には過大なほど多くを要求するし、その作品理解が浅ければただの音響的饗宴ともなりかねない、なかなかに扱いの難しい音楽だ。だが、この作品が好きな方が今回の演奏会を聴いて失望することはない、と二日間のリハーサルを取材した私から保証させていただこうと思う。もっとも、既にバッティストーニと東京フィルの演奏を聴かれている方に、そんな言質は無用だろうけれど。

なお、ここまでレスピーギ作品につきものの、そしてバッティストーニと東京フィルの魅力でもある大音響に触れていないのは、彼らの創りだすサウンドを私の拙い言葉で表現することに意味を感じなかったからである。ホールを圧倒的に満たす輝かしいサウンドは、後のメシアンにも通じる宗教的法悦を想わせた、とのみ申し上げておこう。これほどの音楽の高揚は体験していただく他ないのだ。

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レスピーギが一段落したところで、舞台転換をはさんでニーノ・ロータのバレエ組曲「道」のリハーサルに移る。フェデリコ・フェリーニの代表作「道」のサウンドトラックを中心にロータ自身が編み直したバレエ組曲は、30分ほどで映画のストーリーを追体験できるものだ。冒頭のファンファーレから映画のままに始まり、幕切れの悲劇へと続いていく。

レスピーギとは違い、この曲でバッティストーニは映画の場面をそのまま音で描き出そうとするかのようにリハーサルを進める。サーカス風の狂騒的な音楽からチャイコフスキーの甘さ、ロータの同時代音楽であるバルトークやストラヴィンスキー、プロコフィエフなどを想わせる厳しいサウンドまで幅のあるこの組曲を、初日はより大きい流れを示し、二日目にはより細かく表現を突き詰めて。リハーサルの中でこの音楽の振幅の大きさ、表現の豊かさに触れていると「なぜこの曲がそれほど演奏されていないのか?」と何度となく疑問に感じたのだが、この感想がすなわち演奏の仕上がりを物語っているだろう。映画「道」を何度も楽しまれた方も未見の方も、深く心動かされる体験となることは疑いようもない。

なお、この作品をあえてより知られた作品にたとえるなら、バーンスタインの「ウェスト・サイド・ストーリー」による「シンフォニック・ダンス」のようなもの、とも言える。バーンスタインの作品同様、ロータの音楽も単体として十分に楽しめるものだが、この音楽をより楽しむためにもあらかじめ映画「道」をご覧になっておくことをお勧めしたい。

「道」組曲では打楽器、ピアノの活躍も見逃せない

「道」組曲では打楽器、ピアノの活躍も見逃せない

総論。両日とも、バッティストーニが特に重視して手を入れていたのはテンポの感じ方だったように私には感じられた。その部分の徹底あればこそ、本稿冒頭でご覧いただいた「展覧会の絵」のような演奏ができるのか、と私は大いに得心した。東京フィルは日本で最も舞台芸術の分野で活躍しているオーケストラなのだから、その劇的表現に不足があるはずもない。指揮者が求めれば求めるだけよく歌い、その歌い方もより楽譜を読み込んだ上での多彩なものへと深まっていった。彼らの演奏を聴かれた方なら忘れようもないあの輝かしく大きいサウンドも、何の力みもなく自然に音楽の流れの中から立ち現れて、とくればあとはそこを突き詰めることになるのだろう。

二日目のリハーサルにおいて、より表現を一回り高めるために表現を詰める中で「これで仕上がったな」と感じさせられる瞬間が何度かあり、実際にそれで次の曲へと進むケースがあったことは、今のバッティストーニと東京フィルが目指すものを実現できるいい関係にあることを示すものだ。これだけの充実したリハーサルを経て迎える定期演奏会は、オペラのみならず器楽でもイタリア音楽が魅力的であることを聴き手に存分に伝えてくれることだろう。

なお今回のリハーサル映像は、その一部が東京フィルハーモニー交響楽団より配信されている。ここでは彼自身によるプログラム解題、そして「教会のステンドグラス」第一曲の冒頭を聴くことができる。


また、東京フィルハーモニー交響楽団の公式サイトでは定期演奏会の加藤浩子氏による楽曲解説がすでに配信されているので、作品についてより深く知りたい方はそちらも併せてご覧いただければと思う。

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「たしかにバッティストーニと東京フィルは聴いてみたい、でも、できればよく知っている曲の演奏を聴いてみたい」と思われる方は、14日(土)に文京シビックホールで行われる「響きの森クラシック・シリーズ」を検討されては如何だろう。ここでも、成田達輝を迎えてのメンデルスゾーンの協奏曲以外はイタリアの作曲家による作品が集められたプログラムが取り上げられ、メインには2013年の名演も記憶に新しいレスピーギの交響詩「ローマの松」が置かれている。

彼らの「ローマの松」には、日本コロムビアからリリースされているライヴ録音で親しまれている方も多いことだろうと思うが、ここであえて言わせていただきたい。より関係が深まった現在のバッティストーニと東京フィルならば、あの名演をも超える演奏を聴かせてくれるだろうことを、二日間のリハーサルを拝見した私はまったく疑っていない。もし可能ならば定期演奏会と「響きの森」、両方のコンサートをぜひ体験していただきたい、とここにお勧めさせていただこう。


(「響きの森」プログラムより、プッチーニの交響的奇想曲(第94回東京オペラシティ定期シリーズより)。10分足らずの小品だが、プッチーニならではの旋律がどこまでも美しい)

(写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団)
 
公演情報
東京フィルハーモニー交響楽団 5月定期演奏会

■日時:
2016年5月15日(日) 15:00開演 会場:Bunkamuraオーチャードホール
2016年5月16日(月) 19:00開演 会場:サントリーホール 大ホール

■出演者:
指揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

■曲目:
ヴェルディ:歌劇「ナブッコ」序曲
ニノ・ロータ:バレエ組曲「道」
レスピーギ:交響的印象「教会のステンドグラス」
 
公演情報
響きの森クラシック・シリーズ Vol.56

■日時:2016年5月14日(土) 15:00開演
■会場:文京シビックホール 大ホール
■出演者:
指揮:アンドレア・バッティストーニ
ヴァイオリン:成田達輝

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■曲目:

ロッシーニ:歌劇『セミラーミデ』序曲
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
プッチーニ:交響的奇想曲
レスピーギ:ローマの松

 
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