音響デザイン部門はなぜトニー賞から消えたのか

コラム
舞台
2016.6.17
トニー賞受賞のキャッチが加わった『Hamilton』公式サイトのトップページ

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『ハミルトン』が『プロデューサーズ』に負けたのは…

主要部門を『ハミルトン』が独占、という予想(希望)通りの結果で幕を閉じた今年のトニー賞。ただ、あれだけ革新的な作品が、盛り上がりにかけては一流と言えどとりたてて新しいことはしていなかった『プロデューサーズ』の12冠に一歩及ばぬ11冠というのは、後世に残す印象を考えるとやや物足りない。ああ、トニー賞に音響デザイン部門があったなら、超えられはしなくてもせめて12冠で並ぶことができただろうに。

いや、『プロデューサーズ』の年(2001年)にも音響デザイン部門はなかった(あったのは2008~2014年の7回のみ)から敗因はそこじゃないし、聞いた話によると今シーズンは『カラーパープル』の音響も素晴らしかったらしいから、あったとしても『ハミルトン』が受賞できていたとは限らない。だが、「ヒップホップ時代劇ミュージカル」という新ジャンルがあれだけカッコよく成立した裏には、やはり音響の力があったと筆者は思っている。

例えばロックミュージカルのように、伝統的な劇場音楽ではない音楽が基調となっている作品では、音響もコンサート風のガンガンな感じになっていることが少なくないが、『ハミルトン』の音響は完全にミュージカル風だった。専門的なことは分からないが、音の大きさとか重低音の迫力で圧倒してやろうという気配が全くなく、メロディーと言葉がきれいに粒だって聞こえてきたのは、そういう表現をしたいとの意図があってのことだろう。ついでに言えば、最前列で観ていたというのに、日本で前方席で観劇している際によく起こる「目の前で役者が歌っているのに歌声が横とか後ろから聞こえる現象」もなかった。

ついでの話はさておき、この「ヒップホップ音楽が基調なのに聞こえ方はミュージカル」であることは、「やってることは時代劇なのに表現が最先端」「白人の話なのに演じてるのは非白人」などと並ぶ、『ハミルトン』の革新性の一つではないかとすら思えるのは、昨今の筆者が音響にとらわれ過ぎているせいなのだろうか。だって実際、トニー賞も音響はそこまで重要な舞台の構成要素ではない、と判断したから部門を廃止したのだろうし。

消えたのは重要ではないから?評価が難しいから?

PLAYBILL.COM該当記事ページのスクリーンショット

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と、いじける筆者にPLAYBILL.COMから朗報が。「音響デザインとは何か、そしてなぜトニー賞から消えたのか」という記事が、筆者のモヤモヤをそこそこ解消してくれた。記事のメインは音響デザインの第一人者、エイブ・ジェイコブ氏へのインタビュー。氏は『シカゴ』『ピピン』『ヘアー』『コーラスライン』など、40ものブロードウェイ作品で音響を手掛けてきた大ベテランで、多数の受賞歴を誇るが、アメリカ演劇人にとって最大の栄誉であるトニー賞とは無縁である。そのことに疑問を持つPLAYBILL.COMのマネージャーとジェイコブ氏との質疑応答を、完全なるMY視点で以下に抜粋・要約させていただく。

Q.トニー賞において音響デザイン部門が廃止されたのは、審査員が音響というアートフォームを正当に評価する術を持っていないからではないか。実際、どう評価すべき?
→衣裳を評価するのに縫い方を、照明を評価するのに使われたカラーフィルターを、装置を評価するのに釘の本数を知る必要でないのと同じで、本来はシンプルなはず。目に見えないから難しいと思うのかもしれないが、音に心が動かされたと感じたかどうかが全て。

Q.音響デザイナーが具体的に何をしているのか、何も知らない観客に説明するなら?
→『ハミルトン』(注:ジェイコブ氏の作品ではない)を例にとると、音響デザイナーが素晴らしき音のモンタージュを作り上げている。ただ歌詞や演奏を増強しているのではなく、作品全体のムードを音響が作っている。演者にマイクをつけることが仕事ではなく、音とほかの全ての構成要素とのバランスを取る、それが音響デザイナー。

Q.2014年にトニー賞理事会が音響デザイン部門を廃止すると発表した時、どう思った?
→古い世代の理事には、音響デザインはアートではなく技術だと思っている人がいる。廃止反対を訴える署名運動も行われたが、彼らの考えを変えることはできなかった。理事会は当時、部門としては廃止するが音響面で明らかな成果が認められた場合は特別賞を授与すると言っていたが、であれば今年の『ハミルトン』は授与されて然るべきだっただろう。

Q.今シーズン観たなかで、ほかに音響デザインが評価に値すると思った作品は?
→『春のめざめ』では、ろう者と健常者が(音響によって)実にうまく一体化していた。『ブライトスター』と『アメリカン・サイコ』も、物語を伝えるための役割を音響がきちんと果たしていた。今シーズンは総じてレベルが高かった。

Q.今後のトニー賞に何を望む?
→劇場における音響デザインは、ほかのデザインと同様に重要であることを認識してほしい。ロンドンのオリヴィエ賞にも、ニューヨークでもオビー賞などには音響デザイン部門が存在する。そのことが、音響の重要性を観客には気づかせてくれていると信じている。

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そうか、廃止されたのは重要と思われてないからだけじゃなく、正当に評価できる人がいないからでもあったのか。そこの具体的な解決策がこの記事には見当たらず、それがモヤモヤを「スッキリ」ではなく「そこそこ」解消してくれた、と前述した所以ではある。だがともあれ、何らかの形で解決されてトニー賞に音響デザイン部門が復活すること、そして日本の大きな演劇賞においても同様の部門が設けられることを引き続き期待したい。

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