“イタリア若手三羽烏” ダニエーレ・ルスティオーニ、東京交響楽団に登場

レポート
2016.6.25
ダニエーレ・ルスティオーニは最も注目を集める「イタリア三羽烏」の一人だ © Davide Cerati

ダニエーレ・ルスティオーニは最も注目を集める「イタリア三羽烏」の一人だ © Davide Cerati

近年、イタリアは次々と優秀な若手指揮者を排出しているが、その中でもとりわけ三人の指揮者たちが「若手三羽烏」として世界的に注目を集めている。簡単にだが、五十音順に紹介しよう。

まずは東京フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者として活躍するアンドレア・バッティストーニ(29歳)。世界各地での活躍を伝え聞くだけではなく、彼がおなじみのオーケストラを率いて現在進行形でその才能を、成長を示してくれていることは、日本の音楽ファンにとって幸いなことだといえよう(彼については、5月の演奏会のリハーサルレポートを参照していただければと思う)。

そして主にオペラの分野での活躍が目覚ましいミケーレ・マリオッティ(36歳)。ボローニャ歌劇場来日公演や、METライブビューイングなどでその瑞々しい音楽に触れた方も多いだろう。

そして「三羽烏」の残る一人は、ダニエーレ・ルスティオーニ(32歳)だ。2007年にはロイヤル・オペラ・ハウスに登場した早熟の才能は世界各地でオペラとシンフォニーの両輪で活躍し、2014年4月には九州交響楽団、そして東京二期会の「蝶々夫人」でオーケストラ、オペラの両方で日本デビュー、大絶賛を受けた。2017年からは大野和士の後任としてリヨン国立歌劇場の首席指揮者への就任も決まっている、伸び盛りのマエストロのひとりだ。

そんなルスティオーニが、この週末に開催される東京交響楽団の定期演奏会に初登場する。今回のプログラムはグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、そして日本初登場となるヴァイオリニスト、フランチェスカ・デゴを独奏に迎えたショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第一番、そしてチャイコフスキーの交響曲第六番と、ロシアの名曲を集めたものだ。

イタリアの新鋭がロシア音楽を、というプログラミングは少々意外にも思えるが(5月のバッティストーニがイタリア人の作品を集めたプログラムだったことを思えばなおのことだ)、彼のキャリアを考えればこれは自然な選択なのだ。2008年から2年間、サンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場の首席指揮者を務めたルスティオーニは、来日を前にしたインタヴューで「ロシアの空気を吸いながら(註:同地で長年活躍する)テミルカーノフが指揮するロシアの交響曲を数多く聴くなかで、私自身がロシアのレパートリーを数多く指揮するようになりました。ですから、私は演奏会では可能なかぎりロシアのレパートリーを入れるようにして」いるのだ、と語っている(東京交響楽団公式サイト掲載/インタヴュアー:香原斗志)

なるほど、このプログラムはロシア音楽の「究極のメニュー」とも言える、本物の「名曲」だけで編まれている。ロシア音楽によるコンサートの幕開けを華やかに飾る一曲として「ルスランとリュドミラ」序曲以上の作品は思い当たらないし、チャイコフスキー最後の交響曲はいまさら説明の必要もない、独創的で感動的な作品だ。

そしてその間に置かれるのがショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第一番だ。他の二曲ほどは知られていない作品だが、幅広いジャンルに数多くの作品を遺した彼のベストに挙げられるほどの傑作だ。金管楽器はホルンとテューバのみという独特な編成を活かしたオーケストラのサウンド、「ノクターン」「スケルツォ」「パッサカリア」「ブルレスケ」とそれぞれ明確に性格づけられた四つの楽章のコントラスト、そして長大なカデンツァを頂点に全篇に独奏者に多くを要求する難易度の高さ。そして何より、それらが実現された時の演奏効果の高さはまさに圧倒的なものだ。

3月にはロシアの巨匠、ドミトリー・キタエンコとチャイコフスキー、ショスタコーヴィチの名演を聴かせたばかりの東京交響楽団から、イタリアの若き才能はどんなロシア音楽を導き出すか、注目しないわけにはいかない。23日にミューザ川崎シンフォニーホールで行われた定期演奏会のリハーサル二日目を取材した。

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この日のリハーサルは正午に開始した。演奏会とは逆に、チャイコフスキーの交響曲第六番、そしてショスタコーヴィチの協奏曲の曲順だ。リハーサル冒頭、指揮者とオーケストラがにこやかに挨拶を交わして和やかな雰囲気で始まった…けれど、なにせ曲が「悲愴」交響曲だから、冒頭の低弦のピアニッシモで会場の空気は一気に引き締まる。

リハーサルはチャイコフスキーの「悲愴」から始まった

リハーサルはチャイコフスキーの「悲愴」から始まった

はじめの十数小節を細かく指示を出しながら手直しする、この少々手探りにも感じられる雰囲気は今回が初共演だからだろうか……そんなふうに感じていたのは始めの数分だけのことだった。演奏の直しに手がかかっていた、というよりは作品世界を作る冒頭を、そしてソナタ形式の提示部をルスティオーニは重視していたのだろう。それ以降は、多彩なジェスチャーで雄弁に表情を示しながら演奏を形作っていく。美しい旋律が印象的なこの楽章を、美しいままに起伏の激しい劇的な一つのドラマとして描き出していく手腕は流石と言うほかない。

続く第二、第三楽章はあまり演奏を止めずに、言葉ではなく指揮でオーケストラを導いていく。部分的には演奏を止めて手直しするものの、おそらく初日のリハーサルである程度のところまでは出来上がっていたのだろう。この中間楽章の、オペラやバレエの舞台を想わせる表情豊かな演奏には随所で「さすがオペラのマエストロ」と感心させられた。そしてこの作品のクライマックスとなるアダージョの終楽章だがここで多くは語るまい、ぜひ会場で聴いてみていただきたい。

全体に速めのテンポ設定で聴かせる「悲愴交響曲」は、オーケストラをよく歌わせながらも型くずれはしない、引き締まった演奏となりそうだ。そこで聴かれる音楽は悲しみにくれるのではない、内なる情熱(パトス、標題”Pathétique”の語源でもある)を強く示すものとなるだろう。

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続いてショスタコーヴィチの協奏曲へとリハーサルは移行したが、まずソリストを入れずに第二、第四楽章から仕上げていく。スケルツォ冒頭のフルートとバスクラリネットをはじめとして、随所で各楽器の名人技を要求する協奏曲ならではの対応だろう。先ほどまでのチャイコフスキーではその美しさを重視していたのに対し、ショスタコーヴィチでのルスティオーニはより緻密なアンサンブルを求めて合奏を進めた。

入魂の指揮でオーケストラを導くルスティオーニ

入魂の指揮でオーケストラを導くルスティオーニ

この2つの楽章を合わせたところで休憩を挟み、独奏のフランチェスカ・デゴを迎えて作品冒頭からあらためてリハーサルは再開される。今回の定期演奏会が日本デビューとなるフランチェスカ・デゴは、日本風に言うなら”平成生まれの若きヴァイオリニスト”だ。幼い頃から天才少女として活躍しており、すでにベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集をリリースしているほどの逸材である。

フランチェスカ・デゴは日本初登場となる © Davide Cerati

フランチェスカ・デゴは日本初登場となる © Davide Cerati


彼女をまじえてのリハーサルは、各楽章を全体にとおしてから細部を直すスタイルで行われた。一区切りしてデゴから指揮者に一言二言の要求をすると、指揮者はその数倍の言葉でオーケストラに指示を出す、そんなやり取りは二人が夫婦であることを思えば微笑ましくもある。

夫婦だからか、二人のコミュニケーションは親密で端的だ

夫婦だからか、二人のコミュニケーションは親密で端的だ

前述のとおり難曲として知られるショスタコーヴィチの協奏曲だが、彼女はその痩躯からは想像しにくいほどの力強い音と、細やかな表情付けで強い印象を残した。とはいってもこれはあくまでリハーサルの音だ、演奏者の、作品の真価が表わされるだろうコンサートでの演奏が今から待ち遠しい。

ショスタコーヴィチの難曲を弾きこなすフランチェスカ・デゴ

ショスタコーヴィチの難曲を弾きこなすフランチェスカ・デゴ

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さて、リハーサルでのルスティオーニは指揮姿も言葉による指示も雄弁で(なんと日本語もまじえて団員を笑わせていた)、どれだけ音楽を煽り立ててもどこかに余裕がある雰囲気が印象的であった。一般にオペラの得意なマエストロは、ときに力業を使っても劇的な音楽を創りだそうとするけれど、彼はより自然に、楽譜から離れず音楽を導いていくように思う。そこで自ずと現れてくる、作品の力強さと響きの美しさの両立は、現在の彼の最良の美点なのだろう。

ルスティオーニは指揮台狭しとオーケストラに指示を出す

ルスティオーニは指揮台狭しとオーケストラに指示を出す


その指揮ぶりは実に多彩で、いわゆる指揮法に縛られないオーケストラとのコミュニケーションを重視したものだ。この日、彼がときにコンサートマスターと見つめ合うほど身をかがめ、ときに指揮台を踏み鳴らしてフォルテッシモを要求し、と動き回るさまは、私に有名なグスタフ・マーラーのカリカチュアを思い出させるものだった。その躍動ぶりは、「コンサート当日にはもしかすると、この日見たものとはまた違う指揮をしてくるかもしれない」、そんな想像を私にさせるほど、アイディア豊富な指揮であった。その雄弁な指揮姿は一見の価値があるし、それに東京交響楽団がどう応えるのか、なによりその音楽がコンサートでどのように響くのか、興味は尽きない。

ダニエーレ・ルスティオーニとフランチェスカ・デゴを迎えた東京交響楽団の定期演奏会は25日(土)にミューザ川崎シンフォニーホール、26日(日)にはサントリーホールで開催される。

(取材協力:東京交響楽団 写真撮影:筆者)

公演情報
東京交響楽団 第56回川崎定期演奏会/第641回定期演奏会

■日時・会場:
6月25日(土) 14:00開演ミューザ川崎シンフォニーホール
6月26日(日)14:00開演 サントリーホール 大ホール
指揮:ダニエーレ・ルスティオーニ
ヴァイオリン:フランチェスカ・デゴ
管弦楽:東京交響楽団
曲目:
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第一番 イ短調 Op.77
 ヴァイオリン独奏:フランチェスカ・デゴ
チャイコフスキー:交響曲第六番 ロ短調 Op.74 「悲愴」
■公式サイト:http://tokyosymphony.jp/

 

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