「あいちトリエンナーレ2016」参加アーティスト 制作レポート④ 大巻伸嗣

レポート
アート
2016.8.25
大巻伸嗣《Echoes Infinityー永遠と一瞬》/愛知県美術館 10階  「“今”という時間を再認識して未来へ向かうための、《Echoes Infinity》シリーズの集大成です」

大巻伸嗣《Echoes Infinityー永遠と一瞬》/愛知県美術館 10階  「“今”という時間を再認識して未来へ向かうための、《Echoes Infinity》シリーズの集大成です」


〜3つの大作を3会場で発表するアーティスト、大巻伸嗣の制作現場より〜

見る者を圧倒するダイナミックさと繊細さが共存するインスタレーションによって、劇的な空間を生み出す大巻伸嗣(1971年岐阜県・岐阜市生まれ)。今回は、〈光〉〈闇〉〈光と闇の交わるところ〉をテーマに、メイン会場の「愛知芸術文化センター」、名古屋・栄会場、そして豊橋会場で作品を発表している。

まず、「愛知県美術館」10階(愛知芸術文化センター内)の大空間で展示されている《Echoes Infinityー永遠と一瞬》は、上の写真のとおり空間いっぱいに多種多様な花や鳥などの模様が色鮮やかに描かれたもの。大巻が2002年から手掛けている《Echoes-Infinity》シリーズの一作で、これまで国内外の多数の場所で少しずつ形を変えながら展開し、高い評価を得てきた作品だ。

現在は東京を拠点に活動している大巻だが、実家はもともと岐阜の問屋街で紳士服店を営んでおり、幼少期から慣れ親しんできた服や着物の柄、家紋などが絵のモチーフになっている。ちなみにタイトルの《infinity》は店の名前でもあったとか。その背景には、彼が店を継ぐことなくアートの道へ進んだことへの思い、また、再開発で実家周辺の風景が一変したことでロックされた故郷の記憶があり、それを見つめ直し、永遠のものとするために創りはじめた作品だという。

そこに、この作品とともに旅してきた世界各国の記録や記憶、文化的文様を重ね、シリーズの集大成として創り上げたのが今回の《Echoes Infinityー永遠と一瞬》なのである。カラフルな作品ゆえ、東日本大震災以降はなかなか気持ちが向かわず創作を躊躇してきたというが、今回の全体テーマ〈虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅〉に共感し、「もう一回、未来に向かって再生していくために、この作品を創ろうという思いに至った」という。

こうして本作に与えられた空間は、大巻にとっても最大規模の450㎡(1辺15m以上)という広大なもの。ここにステンシルの手法でひとつずつ絵を描いていくという、途方もない作品だ。開幕日の3週間ほど前には制作現場が報道陣に公開され、創作方法も披露。鮮やかな極彩色を生み出しているのは、日本画の顔料(鉱石などを砕いてつくった岩絵具)である。
 

顔料について説明する大巻伸嗣。これまでの作品で使用したストックに、今回のために用意した300kgを加え、総重量1トンもの顔料を用意。過去のストックの中にはもう入手不可能な色もあるそうで、色数は100種類以上にも及ぶ

顔料について説明する大巻伸嗣。これまでの作品で使用したストックに、今回のために用意した300kgを加え、総重量1トンもの顔料を用意。過去のストックの中にはもう入手不可能な色もあるそうで、色数は100種類以上にも及ぶ

今回製作した34種類を含め、全110種類以上を駆使して描くという型紙の一部

今回製作した34種類を含め、全110種類以上を駆使して描くという型紙の一部

創作の様子。50cm四方の白いフェルトに型紙を固定し、その上から顔料を重ねていく。1800枚のフェルトが展示室に敷き詰められ、この作業が延々と繰り返されていくのだ

創作の様子。50cm四方の白いフェルトに型紙を固定し、その上から顔料を重ねていく。1800枚のフェルトが展示室に敷き詰められ、この作業が延々と繰り返されていくのだ

こちらが完成した絵。鉱石の美しい輝きや見事な立体感は、ぜひ直に鑑賞を。左下の羽先を見るとわかるとおり、型紙を外す時など少しでも振動が起こると顔料が散ってしまうため、細心の注意が必要だという

こちらが完成した絵。鉱石の美しい輝きや見事な立体感は、ぜひ直に鑑賞を。左下の羽先を見るとわかるとおり、型紙を外す時など少しでも振動が起こると顔料が散ってしまうため、細心の注意が必要だという

この気の遠くなるような作業は、開幕直前まで連日朝から深夜まで続けられた。こうして体力・精神力ともに極限状態で創られた作品だが、実は完成して終わりではない。チベット密教などで見られる「砂曼荼羅」のように、鑑賞者とともに足を踏み入れていくというのだ。
このことについて大巻は、
「空間がどんどん滲んでいってあらゆる関係性を生み出し、記憶の密度を変容させていく。鮮明なただ綺麗な花ではなくて、おぼろげに浮かび上がってくる自己の奥底に眠る存在とリンクしていく。その中に想像が膨れていって、それぞれの人たちにとっての「花」や「生」に対してのイメージに結びつけばいいと思うんです」と語っている。

いつもは完成したその日に足を踏み入れてしまうそうだが、今回は再生という意味で、出来るだけ多くの人に完成した状態を見てもらい、最初の一歩を大切にしたいという思いから、しばらくは完成型の美しい状態を堪能できる。そのため、会期後半の足を踏み入れる日(日程未定、公式サイトで確認を)以降と両方の状態を鑑賞できるのも醍醐味だ。

会場には、グラスに入った顔料の地層や、制作過程が見られるタイムラプス動画の展示も

会場には、グラスに入った顔料の地層や、制作過程が見られるタイムラプス動画の展示も

続いては、名古屋・栄会場「損保ジャパン日本興亜名古屋ビル」1階で展示される《Liminal Air》について。〈闇〉をテーマにしたこの作品は、真っ暗闇の中で微かな光をたよりに波のように揺らめく黒い布を見つめ、その存在を知覚する─という作品だ。このために大巻は、ヒトの目が認識できるギリギリの光量を追求したという。

実際に鑑賞すると、展示室に入った当初はほぼ何も見えない。そこでしばらくじっと目を凝らすことで、ようやく僅かに光の動きが見えてくる。大巻がこの作品で鑑賞者に提供するのは3つ。ひとつは「ゆったりと流れる時間」で、日々猛スピードで流れていくような現代人にとっての“時”を、「違った次元でスローモーションで流れていくような時間や、目には見えない大きな存在を感じてもらいたい」と言う。ふたつ目は、「眠りと覚醒の狭間」。そして、「知覚の解放」である。
「〈光〉は太陽に当たったりすると皮膚の表面でピリピリ感じるけど、〈闇〉は皮膚の内側で感じてるような気がするんです。知覚というものは、反転する可能性があると。〈闇〉を内側で感じて、自分の中に〈光〉があるから、それを外に出して開放する。僕はそういう触覚というか知覚があるんじゃないかなと思ってるんです」と、大巻。

《Liminal Air》もこれまでシリーズで展開されてきた作品だが、暗闇での展示はこれが初の試みとなる。日常ではほぼ体験することのない真っ暗闇の中に置かれたとき、私たちは何を思うだろう。 そこで何を見つめ、何を感じるのか…大巻の言う皮膚感覚も意識しながら体験してみたい。

そして、〈光と闇が交わるところ〉をテーマに新作として発表されたのが、豊橋会場「穂の国とよはし芸術劇場PLAT」で展示されている《重力と恩寵》だ。1階の吹き抜け空間に設置された作品は、その大きさ(高さ7m×最大直径4m)と優美さで、来訪者の目を一瞬にして釘づけにする。外の光や色を映しこむようパールホワイトで塗装された鉄製の壺は、《Echoes Infinity》と同様に動植物のモチーフが切り絵状に表現されているが、模様の中には人類や生命、文明の歴史や現代社会の問題といった隠しアイコンも含む、“時を超えた世界の縮図”が描かれているという。

この中心には大巻が“人工太陽”と称する発光装置が仕込まれ、この光が上下することによって、壺や周囲の光や色が刻々と変化していく様も楽しめる、という作品だ。ケーブルで吊られた人工太陽は、12面体の各面にLED ライトが仕込まれ全方向に照射する。この光が強くなったり弱くなったりするのだが、1秒だけ光るよう設定された最大光量は2万ルーメン(一般的なプロジェクターの約6倍)という明るさだ。

豊橋市市政110周年を記念し、8月1日に行われたお披露目会で大巻は、
「今回のトリエンナーレの中で、大事にしたいと思うことがひとつありました。人間が生きていくという大きなテーマの中で一番大事なのは、関係を作っていくこと。人と人をどう繋いでいくか、そして、モノを創る人の意識や過程自体をどうやって繋いでいけるかということです。ただ創るだけではなくて、何かしら意志を持って創っていくような関係ー今回のトリエンナーレで、職人さんや市民の方、いろんな人たちと話し合うことができて、今ここに作品が出来ているのを本当に嬉しく思っております。私たちが生きる中で、超自然的な恩恵と、あらゆる物に惹かれていきながら、逃れようとしながら逃れられないその関係、さらに人類または生物が作り上げていく文明や時間、そういったものをこのPLATの中で、自由な演劇のように展開できたらいいなと思っております」と挨拶した。

大巻の掛け声によるカウントダウンでこの日、光を放ちはじめた《重力と恩寵》は今でもかなりの明るさだが、9月初旬頃(日程未定)にはバージョンアップして7万ルーメンに! これは現時点の世界で最も光るLEDで、野球場のナイター設備の3.5倍に相当する光量とか。バージョンアップの夜には館内の照明を消してパフォーマンスを行う予定とのことなので、公式サイトのチェックを。

大巻伸嗣《重力と恩寵》/穂の国とよはし芸術劇場PLAT 1階

大巻伸嗣《重力と恩寵》/穂の国とよはし芸術劇場PLAT 1階

お披露目式で挨拶する大巻伸嗣。人工太陽が壺の下方に来ると、床にも美しい影が

お披露目式で挨拶する大巻伸嗣。人工太陽が壺の下方に来ると、床にも美しい影が

こちらは夜間の様子。外光がない分昼よりも輝きが増して見え、人工太陽の動きに合わせて投影される天井や壁の影も色濃く見える

こちらは夜間の様子。外光がない分昼よりも輝きが増して見え、人工太陽の動きに合わせて投影される天井や壁の影も色濃く見える

今回のトリエンナーレで見られる3つの作品は、全く異なるアプローチながら、いずれも私たち見る者の感覚を呼び覚ますような、生身でその場に立ってこそ感じとることができる作品ばかり。一度のみならず二度、三度と訪れて、作品の様子や自身の感情の変化も楽しみつつ鑑賞するのもおすすめだ。

しかも、彼の作品はこれだけに留まらない。会期中、名古屋市内の会場間を行き来するベロタクシーと、PR用ラッピングカーのデザインも手掛けているのである。ベロタクシーは「愛知芸術文化センター」と長者町会場間を無料運行するもので、国際展またはパフォーミングアーツのがあれば利用OK(運行の詳細は公式サイトを参照)。また、ラッピングカーはトヨタ自動車から貸与されたプリウス2台で、「損保ジャパン日本興亜名古屋ビル」や、モバイル・トリエンナーレ会場で展示されるほか、PR用として運行される。いずれも大巻が作品モチーフとしている花柄が全体にあしらわれた華やかなデザインで、7月26日に愛知県庁本庁舎正面玄関前にてお披露目&出発式が行われた。作品鑑賞とともに、華やかなベロタクシーの乗車も楽しんでみよう。

「昼」と「夜」を表したラッピングカーと、全6台が走行するベロタクシー。会場間の移動にぜひ

「昼」と「夜」を表したラッピングカーと、全6台が走行するベロタクシー。会場間の移動にぜひ

出発式では、作家自らも乗り心地を堪能!

出発式では、作家自らも乗り心地を堪能!

イベント情報
あいちトリエンナーレ2016

■テーマ:虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
■芸術監督:港千尋

■日時:2016年8月11日(木・祝)~10月23日(日) 74日間
■会場:名古屋地区/愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、栄会場、名古屋駅会場 豊橋地区/PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場 岡崎地区/東岡崎駅会場、康生会場、六供会場
■料金(国際展):◆普通/一般1,800円、大学生1,300円、高校生700円 ◆フリーパス/一般3,600円、大学生2,500円、高校生1,200円  ※中学生以下は無料、パフォーミングアーツ及びプロデュースオペラは別途が必要。詳細は公式サイトで確認を
■問い合わせ:あいちトリエンナーレ実行委員会事務局 052-971-6111
■公式サイト:http://aichitriennale.jp/

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