ダンサー・北村明子、カンボジアを放浪し、たどりついた『Cross Transit』
PHOTO:KIM HUK
東南アジアのダンサーとの共同作業は、
ダンスに関する考え方を更新させてくれる。
カンボジアとは少し過去に目を移しての作品づくりに。
コンテンポラリーダンスの北村明子とよく話すことがある。それは彼女が信州大学人文学部の准教授をしているからだが、自分の言葉をもっていることに、いつも、とても感心させられる。ダンサーには珍しい理論派だ。ここ数年、インドネシアのダンサーやシンガーと作品づくりをしていた彼女が、今度は、カンボジアに目を向けている。その真意を、やっぱり松本で聞いた。
PHOTO:KIM HUK
-- 今度の作品は、カンボジアのアーティストとの作業になるそうですね?
ここ数年、私は短期間で一気にダンス作品をつくるというやり方を休止して、東南アジアを放浪しては作品として立ち上げていく、ということをやっているんです。かつてのように東京で頻繁に公演をやっていないのはそのためなんですけど、インドネシアから次のつながりとしてカンボジアとミャンマー、それからインドのマニプールに行って、アーティストをリサーチしたんです。そしてカンボジアの写真家でヴィジュアルアーティストのKim Hak(キム・ハク)さん、伝統舞踊のChy Ratana(チー・ラタナ)さんに3週間ほど来日してもらってクリエーションをやりました。そのコラボレーションの成果として、今年3月に劇場版の作品として上演したのが『Cross Transit』の第一弾です。
『To Belong』 撮影/兼古昭彦
-- インドネシアとは2012年から2014年いっぱいかけて『To Belong』というシリーズをつくり上げられました。そもそも東南アジアに気持ちが向いているのはなぜですか?
自分とは違う考えを持った人たちといろいろやりたい、そうすることで身体のエモーショナルなものが、ぱっと変わっていく瞬間を感じることができるんです。それを求めて東南アジアに向かっているのだと思います。それは日本でももちろん起こりうることなのですが、ずっとやってきていることでもありますから、ありていに言えば新たな刺激を、ということでしょうか。
4、5年前に東南アジアのダンサーと共同作業を行ったんですけど、そのとき、お互いにコンテンポラリーダンスをやっているはずなんですけど、「じゃあセッションしましょう」と言っても実は全く共通言語がないことに改めて気がつきました。アメリカやヨーロッパでは「ああ、そんな感じね」と話し合えることが多くて、それは、もともと日本のダンスが欧米からもらってきたものだから当然ではあるんだけど。日本のダンサーは欧米の影響を受けて幅を広げてもらった時期があったと思うんです。
-- はい、はい。
けれど、世界は広くて(笑)、それぞれの地域でそれぞれが描く新しい表現をしたいというダンサーがいて、それを待っている観客がいるんですよ。けれど20年前の日本と同じような状況なのかと覗いてみるとまったく違う。東南アジアのダンサーは、これまでの新しいダンスと言われるものの系譜をもちろん知ってはいます。けれど自分たちの伝統を大事にしながら新しいことをしたいと思っている。彼らは、感覚的に面白い動きを自分のバックグラウンドに照らし合わせてセンス良く取り入れ、新たな自分のスタイルをつくろうとしています。だから私が知っている感覚とは違うところで思考が働いているんだな、と感じることが多いんです。私の20代のときに周りで起きていたこととはまったく違う。そういう魅力、活力があって、その地域にとって、それから自分にとって、新鮮なこと大切なことって何だろう、と改めて考えさせられる瞬間が面白いんですよ。ダンスへの考え方はずっと更新されていくのだな、と実感しています。
『Cross Transit』 撮影/大洞博靖
-- では、インドネシアからカンボジアに流れ着いた理由は?
本当はインドネシアだけでも一つの国の中でいろんな違う文化があるから10年でも20年でもさまよえるし、そのほうが気持ちのうえでは達成感もあるのかもしれません。ともあれインドネシアにはハマりすぎたので、再びインドネシアに戻るにしても、ちょっと違うところに触れてみようと。そんなときに、インドネシアのアーティストたちから「今、カンボジアが熱い」と教えてもらったんです。2年前ですけど実際リサーチに行ってみたら、60年代のポップス、日本人がみんなでゴーゴーを踊っていたころのような音楽に出合って、ひきつけられちゃったんです。懐かしいんだけど新しい、演歌ロックみたいなものがで、それがかっこよかった。感情をえぐられたという感じ(笑)。
-- インドネシアでの入り口は、たしか武術からでしたよね。今回はどんなふうに入っていったんですか?
インドネシアではプンチャック・シラットでしたが、今回も武術つながりです。クメールボクシングとか、ボッカタオという格闘技があって。私の中に「東南アジアの武術や身体技法ってどうなんだろう」という思いがあるんです。もちろん踊りも重要ではあるんですけど、どの国も武術のリサーチから入っている。それで『To Belong』のシリーズは伝統舞踊や武術のエッセンスをこってり入れた感じでした。けれどカンボジアではポルポト政権下で起きた大虐殺による空白の時間があるんですね。今も、大人がほとんどいない、平均年齢が20代後半なんですよ。30代になると社会の中心として、次の世代のことを考えないといけない状態。失われてしまった70年代、80年代のことを見つめる彼らと一緒にセッションしていると、私自身も生まれた当時のこと、生まれる前のことを考えたりします。だから少し過去に視点を移して、あのころの音楽が面白いね、こんなダンスがはやっていたなんていうアイデア出しをしながら、それをまたどんどん変形させていくことなどを面白がってやっています。
『Cross Transit』では、等身大の自分としてつくろうと思う。
「廃墟に立つ体」をテーマに、
いろんな記憶や歴史、身体の持つバックグラウンドや創作法など
すべてを混ぜ合わせて、ゼロから始めてみる。
-- 『Cross Transit』では、キム・ハクさんという写真家でヴィジュアルアーティストの存在がすごく作品において占める割合が高いとうかがっています。
キム・ハクさんについては、現地で記録写真を撮ってくださるカメラマンを探していて紹介していただいたんです。カンボジアの廃墟を撮っている『Someone』という彼の作品があるんですけど、個人的かつ普遍的な物語を感じさせる、夢幻能みたいなんですよ。それは94、5歳のおばあさんが住んでいる幽霊屋敷のような家を案内してもらって撮って歩いた作品。ある日、おばあさんが死んだように寝ているのを見て、彼は「写真を撮れ」と言われているような気持ちになって撮り続けたそうなんですけど、それが風景を撮っているけれどもとても美しいんです。彼の写真は日常的でリアルな風景なのに幻想的、神秘的な時間や空間にも見えてくる。あくまでも殺伐として歴史を忘れないという思いで撮ってはいるんですけど、そのことをダイレクトに伝える風景ではなく、幻想的、ポップにも伝えている気がします。
-- 『Cross Transit』のキーワードとして“廃墟”が登場するのは、キム・ハクさんとの出会いによるものなのですね?
先ほども申し上げましたが、カンボジアはポルポト政権時代の内戦で、人命や文化など、想像を絶するほどの多くのものが失われてしまっている。彼は60年代、別荘地として栄えていたけれどその後はずっと放置された場所に残された記憶や、廃墟化した土地に今でも住んでいる人々の暮らしを写真プロジェクトとして追いかけているんです。過去を振り返るだけではなくて、未来をどう構築していくかにつながっていくからと。未来につながる個人の記憶と歴史、これは当たり前のことですが、先端性を求めてスピーディに物事発展してきた時代を経ると、改めて大切にしたい感覚だと思いました。
だから『Cross Transit』では、今の自分が大切に感じること、ダンスのボキャブラリーと感覚のことから作品をつくろうとしています。9月の作品はもう少し、共通で何か廃墟に立つ体をテーマにスタートしたいんです。記憶や歴史、体の持つバックグラウンドとか創作法とか、いろいろなものを一回混ぜて、そこからダンスを始めてみようと思っています。
『Cross Transit』 撮影/大洞博靖
-- そして、チー・ラタナさんという現地のダンサーさんも参加されていますね。
チー・ラタナさんは、現地のアムリタ・パフォーミングアーツの所属です。コンテンポラリーダンスを始めたのが3、4年前で、それまでは伝統舞踊、コミカルなモンキースタイルのダンスをやっていたそうです。ですから本人は「コンテンポラリーダンスがまだなんなのかわからないと」と言っているくらいの状況で、共同作業をしていても結構カルチャーショックがあるみたい。なぜこんなにいろいろ考えないといけないのかとか、なぜ自らいっぱい振りをつくらなければいかないのかとか。
インドネシアのときは伝統を掘り下げるために伝統舞踊手とやったんですけど、カンボジアでは同じ手法を取りたくなくて、伝統舞踊手ではあるんですけど、彼らが今何を思っているかを感じたいんです。一緒にやっていることでわざわざ理屈を掘り下げる必要はないなって。キム・ハクさんを起用した時点で、彼が抱いているカンボジアのテーマは出てくるし、自分の持っているテーマをすり合わせていくことができればいいなと思っています。
それに日本のダンサーもストリートダンスやバレエなど、コンテンポラリーダンスではないバックグラウンドをもつ子たちばかりなので完全に私がアウエー状態(苦笑)。つくり方ひとつで「どうして?」ということもあるし、かと思えば不思議なスピード感で進むときもある。踊りの見せ方が全然違うから、見ていてドキドキしたりとか、シンプルでストレートなダンスの魅力がわっとやって来て、この素敵な時間があれば私の考えなんかどうでもいいかなってふと思うこともありますね。私もストリート、ジャズもやっていたので、こういうの忘れているよね、という心地良さを思い出したりしています。
-- ゆくゆくは東南アジアを制覇しようという狙いですか?
そんなことしてたら、終わらないうちに死んじゃいます(笑)。さきほど「今、カンボジアが熱い」という話をしましたが、カンボジアの若者は全然疲れてないんですよ。新しいことに対しても、とにかく自分のものにしようとする野心がすごい。自分たちが知らないものへの好奇心と、表現方法を知らないゆえのモヤモヤ感による食いつきもすごい。そうしたやりとりをする中で、シンプルな考えに戻ったり、自分に正直なものは何だったかなと思い返しをしたり。禅問答をしているようなんです。むしろ彼らを見ているだけで単純なエネルギーをもらえるんですよ。
『Cross Transit』は3年間続くプロジェクトで、今年は2年目。この秋は日本とカンボジアのダンサーで製作し、3年目にミャンマー、マニプールのリサーチにもう一回アタックしてみようかと思っています。距離の問題もありますけど、政治的な状況もこれまでに触れてきた地域とはまるで異なる場所ばかり。時間をかけてゆっくり深めていこうと思っています。できれば長い企画ですので、一緒に育てていっていただければと思いますね。
北村明子(きたむら あきこ)
振付家・ダンサー・信州大学人文学部准教授。早稲田大学入学後、ダンスカンパニー「レニ・バッソ」を結成。2003年『Enact Oneself』が、The Independent Weekly紙、ダンス・オブ・ザ・イヤーに選ばれたほか、代表作『finks』が、モントリオールHOUR紙、05年ベストダンス作品賞を受賞。海外のダンスカンパニーや、演劇、映画、オペラなど他ジャンルへの振付も意欲的に行っている。また近年は、インドネシアの伝統武術を通して、インドネシアの伝統舞踊に興味を抱き、現地アーティストと交流した『To Belong』シリーズを展開。平成25年度文化庁 大学を活用した文化芸術推進事業では、2013年「往来と創発」、2014年「共時と創発」の総合プロデューサーも務めた。
北村明子オフィシャルサイト http://www.akikokitamura.com/