ジェフ・バーロウから考える――アカデミー受賞映画『エクス・マキナ』の不気味で冷たい映像美と劇伴の関係
『エクス・マキナ』より
11月18日にブルーレイ+DVD が発売された映画『エクス・マキナ』。アリシア・ヴィキャンデルが演じるヒューマノイド・ロボットのエヴァの実験に端を発した事件扱った、このSFホラーは、公開当初から批評家やオーディエンスから絶賛を受け、15年度アカデミー賞では視覚効果賞を受賞した。
硬質で不気味な冷たさをたたえた映像美は多くの話題を集めたが、その効果をより増幅しているのは劇伴の力だろう。本作の劇中音楽を担当したのは、エレクトロ・ロックバンド・ポーティスヘッドのジェフ・バーロウと、映画・テレビ音楽の作曲家、ベン・ソールズベリーのコンビだ。
『エクス・マキナ』より
ポーティスヘッドは1991年にイギリス・ブリストルで結成されたバンドで、1994年にファースト・アルバム『ダミー』を発表し、一躍世界中でその名を知られることになった。本人たちはそう呼称されることを嫌がっているものの“トリップ・ホップ”というマッシヴ・アタックなどと並ぶブリストル発の音楽ジャンルに括られるバンドの一つでもある。
97年にニューヨークでニューヨーク・フィルハーモニックを迎えて行われたライブの映像(『Roseland NYC Live』)を観れば分かる通り、ポーティスヘッドの根底にはエレクトロニカやロックだけでなく、クラシックやジャズ、ブルーズなどの真髄が刻み込まれている。陰鬱だがどこまでも美しい唯一無二のサウンドは、当時から今に至るまで多くの人を惹きつけてやまない。
ポーティスヘッドでトラック制作の大部分を担っていたジェフ・バーロウは、無機質なテクスチャーを用いながら有機的なサウンドを成立させることを目指した音楽家であると言える。『ダミー』収録の彼らの代表曲「ローズ」にはそれがよく表れており、トレモロの効いたエレクトリック・ピアノと抑制されたドラム・ビートはどこまでも冷たいが、その上にベス・ギボンスのヴォーカルとエイドリアン・アトリーのギター、そしてストリングスが乗った時一気に人肌を感じさせるサウンドへと昇華される。
『エクス・マキナ』より
ジェフ・バーロウとベン・ソールズベリーの二人が手がけたこの『エクス・マキナ』の劇伴が不気味に聴こえるのは、バーロウがポーティスヘッドで追求したノウハウを用いて作り出した、無機質なものと有機質なものの決して交らない融合のせいだろう。不安を煽り、物語の強弱を印象付けるのはエレクトリックでアンビエントなビートだ。しかし、作中で“音楽”として扱われるのはあくまでも有機的な人間を感じさせる音だ。例えば、冒頭とラストに別荘のリビングで流れるピアノは、人間の世界と機械の世界の境目を表している。作中、もっともフィジカルなシーンとなるダンスシーンでは 80 年代にヒットした「ゲットダウンサタデーナイト」というディスコ・ナンバーが使用されている。だが、そこには音楽の本質となる喜びはない。主人公のケイレヴはヒューマノイドと人間が狂気的にその過剰なまでに人間的な音楽に合わせて踊る様子を直視できない。このアンバランスだが絶妙な音楽の使い分けが、作品全体に流れる「狂気」を増幅させている。
『エクス・マキナ』より
ちなみにエンディングで流れる楽曲はサヴェージズというバンドの「ハズバンズ(夫たち)」という曲なのだが、このバンドは非常にフェミニスティックなテーマを歌う女性バンドで「ハズバンズ」という曲もまたタイトルが指し示す通り「夫」というモチーフを通して、女性が社会において絡め取られている不自由について歌っている曲である。これは『エクス・マキナ』という映画が機械と人間というテーマだけでなく、全ての虐げられるもの(特に女性)とその支配者を巡る物語であるということを暗に示唆しているのだろう。
ジェフ・バーロウとベン・ソールズベリのコンビが映画音楽を担当したのは本作が最初になるが、実はこれ以前にも彼らは映画音楽のプロジェクトに取り組んでいた(2012 年公開の『ジャッジ・ドレッド』)。しかし、残念ながら映画本編には使われなかったようで。その成果はアルバム『Drokk: Music inspired by Mega-City One』としてリリースされている。今後もジェフ・バーロウは様々な作品で音楽監督を勤める模様。ポーティスヘッドの動向と合わせて、注目していきたい。
文=小田部仁
ブルーレイ+DVDセット 発売中 ¥3,990(税別)
『エクス・マキナ』 ©2014 Universal City Studios Productions LLLP. All Rights Reserved.
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