ジャズミュージシャン 桑原あいの現在とこれから ~"冬の陣 With Strings"に向けて~
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森田悠介(左)、桑原あい(右) (撮影:小室 敬幸)
ジャズミュージシャン 桑原あい――ジャンルを問わず、いま最もストイックに「ピアノ」という楽器と向き合って音を紡いでいるミュージシャンであることは、近年のライヴを一度でも観たことがあればご納得いただけるはずだ。並みのクラシック音楽のピアニストには太刀打ちできないほどの精細なコントロールで、ピアノという楽器から多彩な表情を引き出しつつ、ジャズという音楽の伝統にも真正面から向き合う弱冠25歳。
11月15日には、かわさきジャズの一環として開催された「ものんくる+strings / feat.桑原あい」に出演し、ものんくるの世界観を尊重しつつも、単なるサポートメンバーではない、桑原にしか出来ない演奏を聴かせてくれた。
(提供:かわさきジャズ2016/会場:洗足学園ビックマウス)
桑原自身も12月7日に「ai kuwabara with strings 響楽 冬の陣」と銘打った、弦楽器と共演するライヴを控えている。今回のインタビューでは桑原あいと、ai kuwabara trio projectで桑原と共に共同プロデューサーを務めるベーシストの森田悠介が、“With Strings”の公演に向けた話をはじめ、桑原が現在どのように音楽と向き合っているのかも語ってくれた。
――ものんくるとの共演を聴かせて頂き、まず驚かされたのは「音を聴く」ということについてです。もちろん、ジャズミュージシャンにとって聴くことというのは、弾くこと以上に大事なわけですけれど、出した音が響き終わるまで桑原さんは意識を向けているんだろうなと感じる瞬間が沢山あったんです。桑原さん自身は「聴くこと」をどのように意識されているんでしょうか?
桑原:私は中学までエレクトーンプレイヤーだったので、正直聴いてなかったんですよ。聴いているっていう錯覚には、なってたんですけど。高校の時に出会った恩師の蟻正 行義(ゆき ありまさ)先生という人がいるんですけども、先生の授業を受けていたときに「君、聴いてるの?」って言われたんです。「聴くって何だと思う?」みたいな講義というか、レッスンが数回、何十回にわたって一緒に考えたことがあるんですよ。
じゃあ、「聴いて演奏してみよう!」って言って、アンサンブルをした時にみんな聴き過ぎてしまって音楽が前進していかなかったんです。そういう経験をした時に「聴く」っていうのは、いま鳴っている音をただ聴くってことじゃないんだなって。ただ聴いて、イメージも何もない状態でただ聴くってことだけをするとそれは音楽でも何でもなくて、いま何を出したいかってことを透視する感覚で聴く。……なんだろ、言い方が難しいんですけど、具体的に言ってしまうと弾いている時より休符が大事だっていう感覚ですね。空間として意識を向けるっていうことが、いわゆる「聴く」ってことだと思うんです。
例えば、サックスの男の子が「今この音を出した」ってのを聴くのではなく、ドラマーの彼が「この音を出した」ってのを聴くのでもなく、「全体で鳴っている音楽」を聴くってことが本当の「聴く」だと思ってるので。特定の人が出した音に反応することも、もちろんありますけど、それだったらそこだけで終わってしまうことなので。
――空間、つまり自分の出した音が全体のなかでどういうバランスになるのかというのをすごく意識されていることは、会場で聴いているときにも強く感じていたので、いまのお話でかなり腑に落ちました。加えて、「音色の豊かさ」も演奏のなかで強く印象に残りました。例えば、同じパッセージであっても前奏と後奏では全く異なる音色で弾かれたりしますよね。それによって音楽に違った意味合いがでてくる瞬間にハッとされられました。
桑原:私はエレクトーン出身なので、ピアノにうつる時にそこをもの凄く苦労して、もう自分の下手さに絶望しちゃって……。14歳の時、エレクトーンからシフトしたんですね。ピアニストになりたかったので。クラシックから始めたんですけど、脳みそが完全にもうエレクトーンになっていたんですね。「右手+左手+ベース」っていう脳みそになっていたので「ベースのフレーズ」と「内声」とを全部同じ音色でしか弾けなくて「この曲、何の曲だ!?」って状態になって……。鍵盤楽器を14歳まで、10年間くらいやってきて「こんな下手なのか!?」ってなったんです。
なんでこんなにピアノって難しいんだろうって思ってから、「もう私は完全にピアノを弾けるまで、ピアノ以外の楽器を弾かないぞ」という気持ちをもちまして…。エレクトリックピアノとかもやりたかったし、大好きな音だし、すごい勉強もしたかったんだけど、それをする前にピアニストとしてものをいえるようにならないと意味が無いと思ったんです。なので今でもクラシックピアノのレッスンに行っています。
――以前、普段はブラームスの作品とかも譜読みしているとおっしゃられていましたね。
桑原:そうなんです。ブラームスとバーンスタインが、一番好きなんです! バーンスタインは、ピアノ曲とか書かない人ですが、アメリカの作曲家として世界一だと思っています。ブラームスとバーンスタインは本当に好きで、分析とかも色々して(笑)
――そうなんですか!? 正直なところ、意外だったので大変驚きました。そしてクラシックピアノのレッスンも続けられていらっしゃるとは。
(提供:かわさきジャズ2016)
桑原:ピアノは、ピアノ自身が人間と同じようにいろんな感情を持っている生き物ですが、そのピアノに実際命を吹き込んであげるのがアーティスト側の使命だと思っています。もはや「私がピアノなの」となれるのが理想なんです。
ピアノを鳴らして、"感情を表現する"って思ってたより難しくて。自分では表現できていると思っていても、客観的に全く伝わってないとすればただのエゴだし。音って人に伝わってからが音、音楽なので、自分が出している音が絶対じゃない。でも、確実に「これ」という1音をジャズピアニストとしてその瞬間に出すべきだし、場を作っていくのはアーティスト側の役目なので。
ピアノの音が「綺麗だね」って、最近少しずつ言ってもらえるようになってきたんです。1stアルバムの演奏はいま自分で聴いたらもう下手くそすぎて聴けないし、4thアルバムくらいからやっと自分のピアノを好きになってきて。エレクトーンから転向した葛藤があった分、ピアノと戦ってきたんです。どう弾いてやろうかみたいな(笑) でもやっと最近、ピアノが好きで好きでたまんなくって。ピアノをどうやって愛してあげたらもっと鳴ってくれるのかな、みたいな考え方にやっとなってきたので。たぶんまた5年後、10年後にもっと変われると思うので、それはもう永遠の目標です。なので、ピアノの音のことを言ってもらえるのは本当に嬉しいです。
――最も長い年月にわたって共演している森田さんから見て、桑原さんのこうした変化ってどのように映っていました?
森田:そうですね。常に出したい音が明確に見えているというのは最初の時からで、ずっとそれは感じていて。自分の中でもっとこうしたらうまくいく、っていう方法論は更新されていくんですけど、音楽にかけるエネルギーというか、そういうものは周りの人とは全然違うものをもっているなあって。それこそ僕が大学を卒業するかしないかぐらいの時に、はじめて彼女の演奏を聴いて「違う」って一発でわかったんですね。そして実際に初めて一緒にライヴをしようとなって、リハーサルをやった時に持ってきた譜面の、用意してくる内容だったり……
(撮影:小室 敬幸)
――最初の譜面は、完全に書き込まれていてアドリブする隙がほとんどなかったそうですね。
桑原:コードネームとかよりも、音で書いてたんです。
森田:やっぱり最初は全部の音を譜面におこすぐらいしないと、その音のイメージを伝える手段を持って無かったんだと思うんです。でも、そこまで明確に全部あるってのは、あるから書けるわけで。それで、その譜面をもらって実際に音を出してみたら……すごく音楽が面白くなりそうで。それに応えようとプレイで頑張って……ってことをずっと重ねてきてるんですけど。何度も作品の演奏が重なっていくにつれて、違うイメージの要求が出てきたりして。たまにそのイメージが先行しちゃって、さすがに僕も処理しきれないような瞬間もあるんですけどね。
桑原:具体的な休符とか音符とかじゃなくて、「これは季節が移ろうソロでしょ!」とか(笑)イメージで伝えるので、それを理解するのに共演者は多分苦しむんですけど…。スケールとか、そういうのにこだわるのが好きじゃなくて。お客さんは別に分析するために聴いてるんじゃないから……そうよね?(笑)
森田:でも言葉で言ってくれるのは逆に新鮮というか、音楽大学のいわゆる作曲技法を学ぶ上ではそんなことは学ばないというか。そういう先生もいるかもしれないけど、基本はやっぱり技法的なところばっかりを学んできたので言葉で音楽を表現するっていうことが新鮮に映った部分もあります。
――もう一度、ものんくるとの共演の話に戻るのですが、リズムセクションとしての桑原さんの素晴らしさも忘れられません。一例を挙げるとコンピング(伴奏)がまるでパーカッションのように絡むので、絶対に単純なコンピングにはならないですよね。桑原さん自身は歌モノの伴奏もお好きなんですか?
桑原:大好きですね。というか「うた」が好きです。音楽は全部「うた」だと思っているので。自分も「うた」。自分の出すピアノも「うた」だと思ってるから。でも、そのパーカッション的っておっしゃったリズムに関しての固執はすごいと思います。それはもう間違いなくって。
要は、変拍子とかも変拍子だと思ってなくって〔1・2・3・4…とカウントするのではなく〕「全部1」だと思ってます。なので、この変拍子にしたからカッコいいとかそういうことじゃなくて、気持ちいいとこに来たからカッコいいっていう感覚で、全部やっているんです。
何拍子だからこういうコンピングとかあるじゃないですか。以前はそうしたパターンでやってたし、勉強する際にはそういうふうにやったし、コピーもしましたけど、なんかやっぱり違うなって思って。それでたどり着いたのが「全部1」だ、っていう。
――なるほど、他の人となんでこんなに違うのかが、その一言で腑に落ちました。
桑原:ものんくるにも、めっちゃ難しい曲があって、楽譜で譜割りだけ見てたら「なんでここ拍子変わるねん!」って思うようなのがあるんですけど、音を聴いて「あ、ここだな、ここだな」って思えば、合うんです。譜面で「1・2・3・4、1・2・3」とか数えてる方がよっぽどリズム狂ってくるんで。耳で全部とってる感じですね。伸びる縮むの感覚で見てます。譜面見て、こうやって弾いたら、絶対もっと音が力んでしまう。
――ありがとうございます。完全に想像を超えるお話で驚きっぱなしです(笑)
桑原:いやいや(笑)
森田:ちゃんと言語化できてるのも、すごいなと思う。
――そろそろ12月のライヴの話に移っていきたいんですけども、一般的に往年のジャズファンにとって“with strings”っていうと、どうしても大編成のストリングスによる、ある種の雰囲気の音楽を想像されるかと思います。でも今回のものんくるもですが、最近の“with strings”って小編成であることが多いですよね。桑原さんは昨年も小編成のストリングスと共演されていますが、少ない人数による“with strings”の魅力はどこにありますか?
(撮影:小室 敬幸)
桑原:私は基本的にコンボ(小編成)が好きなんです。自分がピアノトリオに固執しているのも、ピアノトリオってメンバーが3人しかいないのでザックリ言うと3種類の音色しか無いんですけど、だからこそその中でお客さんが想像できるような余白をつくることができるんです。ぎちぎちに音で固められてる音楽というよりも少ない編成で鳴ってるからこそ、その「先に見えるもの」があると思っているので。そういう意味でも、小編成で「先に見える音楽」をやりたい。将来的にはオーケストラと共演したいなと思っていますけど、今のところは小編成で色んなイメージを、丸でも三角でも四角でもなく色んな形を、提示していきたいと思っています。
今回に関してはヴァイオリンとヴィオラとチェロなので小編成でもあるし、でも3人いればもう変な話、オーケストラレベルのハーモニーは作れるので。もちろんベースの森田くんもいるし、私もピアノという最強の楽器を演奏しておりますので(笑) 特に「大編成だったらいいのにな」とか、もっと楽器があったらこういうことできるのにとか、全く私自身は思わないんです。
私はそういう音楽をしたいと思ってるし、やっぱりみんなが責任を持って弾くと思うんですよ、小編成であればあるほど。みんな自分の出す音が、小編成なら完全に聴こえているんです。責任を持って1音1音を出すことで、自分自身も命がけで音楽をやりたくて。だから責任のある音を出すプレイヤーが好きなんです。音が多いだとか少ないとかそういうことじゃなくて、「あ、この音には責任があるな」って思える1音を出してほしくって。
実際、小編成でやるとそういうことがアーティスト側に起こるので、みんなすごいちゃんと練習もしてきてくれる。もう「リハーサルいっぱいやろうね~!」みたいな、普通人間力としてのコミュニケーションも、アーティストとしてのコミュニケーションもとれるし(笑) 音楽をやるうえで、人間力のコミュニケーションってほんと大事だと思っていて、みんな目の届く範囲でそれができるので(笑) そういう人たちと、音楽ができるのはすごく嬉しいです。
――なるほど。小編成の理由はよく分かったのですが、弦楽器にこだわった理由は?
桑原:全部弦楽器にしたかったからです! ピアノは打楽器であり鍵盤楽器であるのですが、一番大事なのは弦楽器なんですよ。エレクトリックピアノと何が違うって一番違うのは、弦楽器であることなんです。弦だからこそ、ああいう音が鳴ると思っていて。だから私はローズ〔フェンダーローズ〕も好きなんです。振動して鳴るものって、本当によく作られているし、歴史があるからこそよく出来てるんですよね。私は弦楽器が本当に好きなので、単純ですがそういう理由です。
――では、全部弦楽器という企画をやることになって、しかもアンプラグドでPAを通さずにやろうってなった時に、森田さんがまた頭を悩まされるわけじゃないですか。昨年は、最終的にオランダ人の職人さんが作られた特注の6弦ベースを使用し、足元に2つスピーカーを置くセッティングで、限りなく生音に近い自然なサウンドを聴かせてくれましたが、どういう流れでそうしたかたちに行き着いたんでしょうか?
森田:まずニコラ・アダモビッチという職人に作ってもらった楽器の音色をまず聴いた時に、エレクトリックベースというより、クラシックギターのようなナチュラルな楽器としての響きをすごく大事にされれているちゃんと楽器として成立しているものを作ってくれたなっていうイメージがあって。それを良い形で生かせる場所があるといいなって思っていた時に、ちょうどこのライヴの話があったんです。ベースのオーダーはもう1年以上前にしていたんですけど、ちょうどいいタイミングでこの公演があり、試しにリハーサルでやってみたらすごくマッチして。
桑原:そもそも最初は、コントラバスとかパーカッションとか全部PA無しでできる楽器を選ぼうと思っていたんです。でもなんか、ずっと腑に落ちなくて。「え、森田くんじゃダメなの?」っていう話にもなったのですが「いや、アンプ使うじゃん」って。
でも、もしかしたら森田くんなら室内楽として成り立たせる方法を考えてくれそうだし、実際いつもピアノトリオでやってる時も考えているので。普段からPAを通さなくともちゃんとアンサンブルできる状態を作ってから音を出すんですよ。そういうことをやってるのもあって、まずは森田くんにお願いして、アンプのやり方とかをその後に考えてもらったんですよ。
――結果的にはうまくいきましたが、セッティングが決まるまではハラハラしませんでしたか?
森田:しましたね。スピーカー2発、どう角度をどうつけたらいいのか。他の弦楽器は楽器から放射状に音が広がっていく構造なのに対し、エレキベースはスピーカーから音が直線的に出るから。ホールの響きとかも考えてどう反響させるか、そういう部分まで考えながら当日のリハーサルの時まで音作りに時間をかけましたね。違和感なく、生音と馴染むように注意しながら。
――昨年の公演では、バラエティに富んだ選曲も印象深かったですし、異なる分野で活躍中の桑原家のお姉さま方のアレンジもそれぞれの個性を感じられて面白かったです。個人的には新作として演奏された「919 / Between」がやっぱり圧巻でした。
桑原:今回もやろうと思って。
森田:あれは名曲ですね。
――それは非常に楽しみです! 今回の新しい試みとしては、どんなものがあるのでしょうか?
桑原:今回は森田くんの曲を1曲入れようと思ってます。前回は私縛り、桑原縛りでやってたんですけど、今回は姉の曲を一部抜いて、森田くんをフィーチャリングする曲があります。
――その曲の弦のアレンジは、森田さんがされるんですね? 作品は書き下ろしですか?
森田:書き下ろしの曲で、全部書きます。
――他にはどんなものを予定しているのでしょう?
桑原:そうですね、あとはバーンスタインの曲もやります。
実は、2月に新しいアルバムが出るんですよ。ドラムがスティーヴ・ガッドで、ベースがウィル・リーというトリオのCDをニューヨークでレコーディングしまして。
――それは凄い!とても大きなニュースですね。本当に発売が待ち遠しい!
桑原:そのことを話しはじめるともうキリが無いのですが(笑)、そのアルバムに入っている曲を2曲か3曲ほどやります。
――楽しみにしています。さて、こうしてお話をお伺いしてくると桑原さんの音楽性は必ずしも「ジャズ」というカテゴリーにおさまりきらないものであるように感じますし、実際あるインタビューでは「実は私、自分のことをあまり"ジャズピアニスト"だとは思っていなくて」とおっしゃっていたりしています。けれども別の機会には「ジャズ」への強いこだわりを語っていたりするのは、一体なぜなのでしょう?
(撮影:小室 敬幸)
桑原:自分のことをジャズピアニストだとは思っていないですけど、ジャズミュージシャンだとは思っています。アドリブもするし、ジャズピアニストと言ったほうが分かりやすいんでしょうけど。一番好きなのはインプロヴァイズ(即興)なので、もう自分はインプロヴァイザーだって言い張りたいぐらいなんです。即興が何より好きなんですね。
ジャズにこだわる理由は、ジャズのスピリットを信じているからです。ジャズかジャズじゃないかを、リズムがあるから、ビートがこうだから、これは何のリズムだからとかいうことで決めるのを私はナンセンスだと思っていて、ジャズのスピリットがあるかどうかでジャズかジャズじゃないかを決めたいんです。だから、ジャズにすごくこだわっているし、自分が現代音楽を弾いても、クラシックを弾いても、私はジャズになると思っているし。モーツァルトやバッハ、ショパンだってとてもアドリブが上手だったので、根底はクラシックもジャズも絶対一緒なんです。
だから変に分けたくないし、音楽は音楽だから変にこだわりたくないけど、自分の心には本当にジャズのミュージシャンを尊敬して生きてきてるので。もちろん、バーンスタインやブラームスはもちろん尊敬してるし、そうした人は沢山います。けど、マイルス・デイヴィスが出した一音にどれだけ感銘を受けたかとか、ミシェル・ペトルチアーニのあのソロに何度泣いたかとか、もう本当に私はジャズミュージシャンによって支えられて生きてきたし、影響を受けてきてるし……ってのもあるから、自分はジャズのミュージシャンだって言い張ってるんです。それがジャズの音楽かどうかを決めるのはお客さんなのであれですけど、スピリットの問題でジャズにすごくこだわっています。
――ありがとうございます。最後におふたりにお聴きします。いま、ジャズの世界ではロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンなどを筆頭に、新しいジャズの潮流が登場して話題をかっさらっています。対して、ウィントン・マルサリスのようにジャズをアメリカのクラシック音楽に位置づけようとするような活動も引き続き行われていますよね。どちらに属しなければならないなんてことは当然ないわけですけど、世界各地のジャズミュージシャンが自らの信じる道で新たな試みを続けるなか、今後おふたりはジャズという音楽やオーディエンスに対し、どのように向き合っていこうと思われていますか?
森田:ジャズってやっぱり即興音楽ですし、演奏技術が伴ってきますので、どうしてもジャズミュージシャンは自分の内面に向かって行きがちな姿勢って多く見受けられると思うし、自分も今までそういう節があったり、さっき楽器と戦っていたって話がありましたけど、その感覚が僕にも近年までありました。
でもこの間、アメリカに行ってきて、向こうの現地でやってるミュージシャンをみて思ったのは、みんな外に向けて伝えようとする演奏をしている人たちは魅力があるし、そういう人たちが集まってアンサンブルをすると外に音が向かっている分、お互いの音も聴くし、結局それがアンサンブルの大事なところに繋がっていくし、やっぱり人に伝わる演奏っていうのは、すごく大事だなと思って再認識しているところなんです。今後はもっと自分の演奏ももっとオープンにしていけるような、ジャズだとか、ジャンル云々というわけではなくて、そういう演奏に向かっていけたらなという気持ちです。
桑原:新しいジャズのかたちみたいなのが、いま話題というか、注目されているのもすごく良いことだと思うし、一方でそれしか聴かない人達がいた場合には恐ろしいと私は思っています。今のジャズのシーンだけでは絶対に欠けているスピリットが昔のジャズにはあったし、でも今のジャズにあるものが昔には無いというのも、もちろんあるし……。それぞれを掛けたり割ったりしたら、同じぐらいの濃密さがきっとどの時代にもあるんだと思うんです。ミュージシャンもお客さんも、どの時代の音楽がジャズだとか自分の中だけで解決しないで、とにかく視野を広げて音楽は聴くべきだと思います。
私はとにかくこういう音楽を作ろうって思って作れるタイプではなくって、心のあたりから「う~っ」って出てきたものがこれだったんですよっていうタイプなんです。なので、私はこれからもそういった音楽を作ろうと思っているし、あんまり人に受けようと思うからこそ作るっていうのはすごく好きじゃないので、それが正しい道か間違っている道か分かんないけど、でもそこは自分の信念として自分が「いい!」と思ったものを作る。それが古いスタイルだとしても新しいスタイルだとしてもそんなことは私にはどうでも良くて、自分がいいと思うならそれを提示するっていうアーティストに死ぬまでいたいなって思っています。
――最後に素敵なお言葉を有難うございました!
(取材・文・撮影:小室敬幸)
〔日時〕2016年12月7日(水)開場 18:30 / 開演 19:00
〔会場〕サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
〔出演〕
ピアノ :桑原あい
エレキベース:森田悠介
ヴァイオリン:須原杏
ヴィオラ :島内晶子
チェロ :林田順平
〔料金〕指定4,800(当日5,300)