東京アンティーク散歩vol.3 八丁堀にある"路傍のポエジー"『書肆 逆光』
古書と古物 書肆 逆光 縄文土器と句集『桃夭帖』塚本邦雄
「八丁堀」といえば誰もが時代劇で一度は耳にしたことがある地名だろう。江戸時代には与力や同心がすんでいたエリアである。今は江戸の面影はないものの、オフィスビルの裏通りには風情がある。個人商店や古い建物があちこちに残っており、軒先に植木鉢がならんでいる。昔ながらの温かみが嬉しく、思わずふと立ち止まってしまう。
2階が『書肆 逆光』、3~4階はギャラリー。ビル全体でアートを楽しめる。
そんな裏通りの一角に、昭和の味わいの古いビルがある。一階は今風の居酒屋で左側に細長い入り口があり、小さな看板が三つ掲げられている。二階から上は、建物の味を生かしたギャラリービルとなっているのだ。急な階段を登ると右の壁に大きな窓があり、古書が壁いっぱいに並んでいるのが見える。手前の木製テーブルにはさまざまな古物が置かれており独特の雰囲気をもつ。
元電気工事会社のオフィスだった店内。レトロな味わいがある。
ここが今回紹介する古書と古物を扱うアンティーク店、書肆(しょし)逆光である。
逆光のオーナー鈴木氏は二十歳の頃、古い食器に興味を持った。「古い食器は大量生産品とは、テーブルに置いたときの存在感が違うと思って。みんなが洋服や時計にはお金をかけるのに、毎日使う食器が気にならないのが不思議でした。僕は味のある器を使いたかったんです。」これが骨董への入り口だった。
ふだん使いの器を求めて都内の骨董店や骨董市をめぐっているうち、縄文時代や弥生時代の土器など考古の遺物を一般人も買えることを知り感動。独特の風格に魅せられ、さらに古い時代の物を好むようになった。その後、書店員を長年勤めたのちに、古本と古物を扱う店『書肆 逆光』を開店した。
数千年前の考古物と親しく触れ合う
縄文時代の黒い石斧。手触りがいい。
店内には、鈴木氏が仕入れた考古の遺物があちこちにひっそりと並ぶ。ひとことお願いして窓辺に置かれていた縄文時代の石斧に触らせてもらった。しっとりとした手触りで掌の納まりも良く、道具として毎日使われていたことが伝わってくる。使っていた人はずいぶん愛用したに違いない。スパイスや葉物を刻むのにぴったりだ。思わず「この石斧を料理で使ってみたい」と感じてしまった。こんな風にゆっくりと考古の遺物と触れ合えるのは貴重な機会である。
「数千年前にこれを作った人がいて、今ここにあるという感動ですよね。きれいなものではないけど、こういう物の中にある美しさはおしきせではないですね。そこがいいんですよ」と鈴木氏は語る。
中央は、はにわの顔の一部。
古物としての本、古書のたたずまいに魅せられて
古物と古書を扱うことの繋がりについて尋ねると「今の時代は皆さんデジタルで読みますから、体裁として本という形は必要がない。本が売れない時代なんです。うちでは”物”としてのたたずまいが良い古書を優先的に扱っています。戦前から70年代くらいまでの詩集、歌集、句集が多いですね。そういう意味で古物と古書は同じ感覚で扱っています」とのこと。すると、鈴木氏がおすすめの句集『桃夭帖』(塚本邦雄)を差し出してくれた。
大きな紙を折って製本された本である。1ページに一句のみ活版印刷で言葉が刷られ、贅沢な余白がまぶしい。上質な紙の質感とインクのノリ、詩句の美しさが目に心に沁みる。デジタルで読む言葉とは異なる深い味わいだ。
戦前のアンカット本『若き芸術家の肖像』
また、ページの上部をががさがさと手で切られたような風合いの本も見せてもらった。戦前の『若き芸術家の肖像』(ジェームズ・ジョイス)だ。本を開くといまだに紙が大理石のような質感を保ち、美しい。以前、同じ小説を文庫本で手にしたことがあるが、目に入る言葉のイメージが異なる。難解な本なのに、読んでみたいと思わせる空気感を持つ。
「これはフランス装で、ページの上部をきれいにカットしていないんです。今はもうこういう本は通常は作られていません。紙がきれいなのは、戦前のほうが良い紙を使っていたからなんです。戦後は物不足でいい紙がなかったから黄ばんだ本が多いんですが……。でもかえって古くなった紙を好む方もいるんですよ。」と鈴木氏が丁寧に解説してくれた。
そのまま飾りたくなるような古書を多く扱っている。
昔の電報。タイプされた文字が美しい。
逆光の中で立ち止まり、詩を詠む豊かさ
「僕は古物も古書も、ひとつの詩句を考えるように物を選んでいます。今は利便性の時代で深くものを考えない風潮ですが、古書や古物って立ち止まって振り返る時間をくれる。平坦な道の小さな石ころのようなものですかね。僕はこの店をそんな石ころのように存在させたいと思ってるんです。効率化重視のフラットな世界で、誰かを古書や古物につまづかせたいんです」と鈴木氏は淡々と語る。
現代はデジタル化とともに効率化と便利さ、手軽さを人々がどこまでも追求する世界だ。手に本の厚みを感じ、石斧の重みを感じ、感覚でものの存在を実感することは思いのほか少ない。存在を深く感じるという面倒な手間は、時代の流れに反するからだ。だが何かを深く感じることは、魅力的な体験である。
たまには、コンビニの光に照らされたフラットな世界に背を向け、逆光の中で立ち止まるのもいい。そこには詩情という名のつまづきがあなたを待っている。
12時〜19時 日曜休
〒104-0032
東京都中央区八丁堀2-3-3 2F
Tel&Fax 03-6280-3800
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