「ベルリン・フィルと指揮者たち5」 そして、これから

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次へ、さらに次へと続いていく未来に向かって

さて今回で最終回となる「ベルリン・フィルと指揮者たち」、趣向を変えて「簡単な紹介とベルリン・フィル客演時の映像中心」でお送りしよう。最終回のテーマは若手指揮者たち、つまり前回紹介したようなマエストロたちに比べたらまだその音楽が聴かれていないと思われるので、「まずは音楽、お次は言葉」というわけだ。私のくだくだしい説明を読む気になれない時はぜひ、動画だけでもお楽しみいただければ幸いだ。

ひと口に「若手」とは言っても指揮者の場合は、スポーツやポピュラー音楽とはその年代が違う。30代はまだまだ駆け出しに近く、40~50代で中堅扱い、なんてことも少なくない世界だ。そういった事情を鑑みて今回紹介する「若手」指揮者は、「キリル・ペトレンコ(1972-)前後の世代」と定義して話を進めたい。
なお、映像は前回同様YouTubeで配信されている「ベルリン・フィル デジタル・コンサートホール」の抜粋でお届けする。

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まずは何人か、ペトレンコ「前」の世代でベルリン・フィルとの客演もある知られた指揮者で、1960年代の生まれの指揮者から紹介していこう。

まずはダニエレ・ガッティ(1961-)。彼はむしろサー・サイモン・ラトル(1955-)に近い世代の指揮者だが、ベルリン・フィルの首席指揮者選びのさなかの昨秋、マリス・ヤンソンスの後を受けて2016年のシーズンからロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任することが発表されたご縁ということで紹介させていただく。
オペラもシンフォニーもいける指揮者として1990年代に世界的な活躍をはじめた彼は、行く先はイタリアの名門歌劇場あたりかと予想していたもので個人的にはこの選任は意外だったが、世界でも有数のアンサンブルを誇るオランダの名門オーケストラの未来は彼に託された。


次はご存知パーヴォ・ヤルヴィ(1962-)。9月からのシーズンよりNHK交響楽団の首席指揮者に就任する彼のことは皆さまもうご存知だろう。
彼もまたラトルとそう年は離れていない世代だが、ドイツ・カンマーフィル・ブレーメンやフランクフルト放送交響楽団(hr放送交響楽団)とドイツでの活躍を考えれば候補の一人と考えられても不思議ではなかった。
しかし彼は日本に来ることを選んだ。この決断に少なくない方が驚き、そして喜ばれたことだろうと思う。首席指揮者として最初の演奏会となる10月の定期公演はほぼ完売と、彼への期待は最高に高まっている。
 

もしかするとアラン・ギルバート(1967-)がこの並びに置かれることを意外に感じられるかもしれない。だがレパートリーの広さがあり、しかも2009年から務めたニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を2017年で退くタイミングを考えれば、彼は十分に選ばれる可能性を持っていたのではないか。
 

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さてここからはペトレンコ「後」の指揮者たちだ。まずはもはやおなじみのダニエル・ハーディング(1975-)。21歳でベルリン・フィルにデビューした彼は候補の一人でありえただろう。個人的な思い出だが、彼がマーラー・チェンバー・オーケストラを率いて来日をした時に「ああ、これからはもう年下のいい指揮者も出てくるのだな」と覚悟のようなものをしたことを覚えている。長年の修練を積んだ先達を仰ぎ見る時代が、自分の中で終わった瞬間だった、といえば気取りすぎになるだろうか。
多岐にわたる活躍の反面、一時は彼の向かう先が見えにくかったように感じたものだけれど、ペトレンコの就任について考察した回でも言及したとおり、彼はパーヴォ・ヤルヴィの後任として2016年からパリ管弦楽団の首席指揮者に就任する。新日本フィルとの数々の名演を思えば日本への客演が減るだろうことは残念だけれど、今はパリでの活躍に期待しようではないか。
 

モントリオール生まれのヤニック・ネゼ=セガン(1975-)もベルリン・フィルに客演を繰り返す若手の一人、であればもちろん候補者とみなされていた。
しかし彼は今年の1月に、昨年の来日公演も好評だったフィラデルフィア管弦楽団との契約を2022年まで延長した。この時点でベルリンのポスト争いからは「撤退」した、と見なした人も多いだろう。ストコフスキー、オーマンディが時代を築いたアメリカの名門を新たな黄金時代へと導くことが、これからの彼のミッションとなる。また録音や来日公演などでその成果を楽しめる日を心待ちにしている。
 

ゲルギエフと同郷のトゥガン・ソヒエフ(1977-)は、過去にNHK交響楽団への客演を果たし、そして今年はすでにトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団と来日し、さらに10月末にはベルリン・ドイツ交響楽団との公演も控えていてすっかりおなじみとなりつつある若手指揮者の一人だ。
ただ彼の場合はその二つのオーケストラに加えて、2014年からはモスクワのボリショイ劇場の音楽監督まで務めているので、さすがにすべてを投げ打ってのベルリン行きは考えにくかっただろう。いや、もしかして先輩に倣って数多くの団体すべてを取り仕切ろうとしただろうか?
 

さて、ベネズエラ出身、というよりエル・システマ出身といったほうがしっくり来る、グスターボ・ドゥダメル(1981-)を本命視する声は少なくなかったように思う。たしかに、アバド、ラトルに教えを受けた彼は、ベルリン・フィルが求める若い聴衆を惹きつける力強い音楽があり、そしてすでに何度かの客演を果たしてオーケストラのポストも経験済みだ。
それでも今回は彼を選べなかった理由を挙げるとすれば、それはきっと彼がベルリン・フィルにとって、というよりもクラシック音楽そのものにとってあまりに「未知数」で、さすがのベルリン・フィルも今の時点では伝統の外から来た才能の持つ可能性を測りかねた、ことではないだろうか。また、彼は今年の3月にロサンゼルス・フィルハーモニックとの契約延長を発表した。彼もまた、北米の名門オーケストラとの活動を選んだ格好だ。
年齢を考えれば彼が「次」の候補であることは変わらないし、仮にこのオーケストラには選ばれなかったとしても注目の存在であり続けることだろう。
 

さて最後に、ポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキ(1982-)を紹介しよう。東京交響楽団の首席客演指揮者を務める彼の独特な演奏についてはご存じの方も多いだろう。
2014年にベルリン・フィルにデビューしたばかりの彼が今回候補者だったとは思わないけれど、その可能性を秘めた指揮者の一人であることは疑いようのないところだ。
 

この世代の若い指揮者には、ベルリン・フィルには未登場だけれどすでに世界的に活躍しているロビン・ティチアーティ(1983-)や、日本のオーケストラとの活動でもおなじみヤクブ・フルシャ(1981-)、ピエタリ・インキネン(1980-)、そしてアンドレア・バッティストーニ(1987-)などがいる。彼らの「出世」にもぜひ期待したいところだ。……日本のオーケストラで活躍することがキャリアにいい影響を持つようになれば向こうから才能が集まってくる、きっともっといい演奏会を聴けるしオーケストラも成長できることだろう、というカオス理論的希望がこの予想に入っていることは否定しないけれど。
そして私は、このリストに山田和樹(1979-)、川瀬賢太郎(1984-)を加えたいと思う。そう遠くないうちに、彼らがベルリンの指揮台に立つ日が来ることを、心から期待している。

なお。これからもまだ私が知らない才能が登場してくることは確実なので、本稿ではベルリン・フィルの未来について結論的なことは申し上げようがない。また、もしここまでの本稿を読まれて「自分が入っていない!」と思われた指揮者ご本人におかれましては、いつでも不勉強をお詫びする覚悟があることを最後に申し添えておきたい。

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さて、ようやく迎えたシリーズ最終回なのに「2018年からのペトレンコの次、もしかするとさらにその先」という未来の、まったく確度がなく、いくら考えても精度をあげようのない、あいまいな願望というか妄想というか、そんな話になってしまったことは、お題の性格から仕方のないことなのだけれどなにか申し訳なく思う。今日紹介したマエストロたちが気に入っていただけて、読んでくださった方にとってその出会いが実りあるものであることを祈るばかりである。

では現在に話を戻そう、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督はもちろんサー・サイモン・ラトルで、2015-16シーズンは今日8月28日(日本時間29日 26:00開演)のコンサートで開幕する。指揮はもちろんラトル、プログラムはブリテンとショスタコーヴィチと、彼のもっとも得意とするところだ。過去や未来の話を楽しむのもいい、しかしいま、鳴り響く音楽を楽しむ季節がまた、始まろうとしている。

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