オフィス3◯◯ 作・演出の渡辺えりにインタビュー、新作『鯨よ!私の手に乗れ』で“演劇”を検証する
オフィス3 ◯◯公演 『鯨よ!私の手に乗れ』
劇団3◯◯、宇宙堂、オフィス3◯◯、渡辺流演劇塾と40年余り、演劇への思いは衰えることを知らない渡辺えり。テレビドラマやバラエティなどでいくら活躍しようとも、彼女の本籍は演劇にある。そんな渡辺えり率いるオフィス3◯◯の新作『鯨よ!私の手に乗れ』が1月18日に開幕した。渡辺の両親が入居する介護施設で感じた悲しい思いと、自分がずっと取り組んできた演劇について検証したいという思いを同時に盛り込んだ作品は笑いとともに得も言われぬ不安と切なさも醸し出しつつも、踏ん張ろうとする意気込みを伝えてくれる。
オフィス3 ◯◯公演 『鯨よ!私の手に乗れ』
認知症になろうとも、演劇に生きる老人たちの物語が切ない
架空の地方の町、山崎県山崎市にある介護施設に神林絵夢(桑原裕子)がやってくる。ここは母・生子(銀粉蝶)が入所しているのだ。生子は認知症で、絵夢の弟・公男(土屋良太)やその妻・美代子(広岡由里子)が世話をしているものの、二人が誰かはわからない。絵夢が60歳まで演劇を続けてこれたのは生子が支えてくれたおかげ。晩年くらいは自分のために自由に生きてほしいという思いとは裏腹に、時間や規則にしばられて暮らす母の様子を見て、絵夢はショックを受け介護士たちに不満をぶちまける。介護施設には元美術教師だった藍原佐和子(木野花)、看護婦のように振る舞う吉川涼子(久野綾希子)ら入所者、ヘルパーとして働く水島貴子(鷲尾真知子)と生子と同世代の人々がいる。彼女たちが次々に語り出す。彼女らは40年前に解散した劇団のメンバーで、主宰が行方不明になったために上演できなかった作品をいつか作り上げようと約束をしていた。生子もまたその劇団のメンバーだった。ところが彼らの持っている台本は、認知症の患者が認知症の老人を演じるというもの。悲しい結末を知った介護士が途中から破り捨ててしまっていた。その状況に絵夢は台本を書くと言い出す−−。
現実と妄想の世界を行き来するファンタジーは渡辺作品の真骨頂。こうした演劇が80年代は隆盛だった。しかも今回は認知症患者たちが描く現実と妄想、現代と過去、それぞれの回想が入り混じって複雑に展開していく。描かれるのは茫漠として日本の未来への不安。格差社会はひろがり、年金への信頼も薄れ、介護の問題も深刻だ。認知症を患い、体が自由に動かない老人たちが芝居の稽古をする姿は身につまされ、切なさは募るが、同時に演劇に対する執念や熱い思いが、それを乗り越えようとする。
渡辺、木野、久野、鷲尾、銀ら主演のベテランを見ていると、現在活躍している若い女優にはない強烈な個性とスケールを感じる。演劇を続けようとする老人たちの物語ではあるが、もう一人の主役が、渡辺えりをモデルにした絵夢役で、ベテランたちと渡り合う桑原裕子であることは間違いない。渡辺えりファンだという桑原であり、共演した若い俳優たちに演劇というバトンが渡されるかのようだった。
オフィス3 ◯◯公演 『鯨よ!私の手に乗れ』
作・演出を務めた渡辺えりに、話を聞いた。
自分たちがオリジナル性を培ってきた原点となる先達のことを消したくない。
−−今回、手練れの女優さんたちと、こうした物語をやろうと考えた経緯から教えてください。
一つはうちの両親が介護施設や老人ホームに入ったことですね。認知症になったことへの驚きと戸惑いも含めてですが、介護問題は実に根が深くて、さまざまな問題があることを書きたかったんです。もう一つは、私がこれまでやってきた“演劇”を再検証したかったということです。自分たちが芝居をやり続けて気がついたら60代になってしまった。同年代の女性演劇人は子供がいない人が多い。特に劇作・演出家、まして劇団の主宰者はまさにそう。じゃあ何歳まで演劇をやり続けられるのか、どうやって演劇を作っていくのがよいのかが大きなテーマとしてあります。
−−改めてお母様が入った介護施設ではどんな思いを感じたのですか?
うちの母親はとても気が利いて、てきぱきやっていた人だったのですが、認知症になって、次第にひどくなっていく中で介護施設に入ったわけです。私は会いにいくたびに、何時に起きるかから始まって集団生活をさせられている様子が収容所にいるようだとショックだった。人間というのは自由な存在のはずで、自由に生きるために先達たちが頑張ってきた。誰もが自由な時間を得るために頑張って、苦労して働くんだと思っていましたが、それはひとつの幻想だったのかと。世の中どんどん格差社会になって、裕福な人もいるけれど、貧しい人も増えて、一生懸命働いてきた人たちが老いてなお働かなければいけない現実があるわけです。じゃあなんのために生きてきたのだろうかと思っちゃいますよね。
−−一方で、演劇についての検証という言葉がありました。
劇団を旗揚げしたときに、「日本一の劇団にしよう」なんて言ってたんですよね。でも何が日本一かわからない、つまり目的がないわけです。みんながみんな日本一だ、世界一だと思っていても、それを客観的に図る物差しがあるわけじゃない。「面白い舞台を作る」という思いだけなんですよ。しかも自分が見てなんだよなあって、今思いますよ。けれど自分が20歳代のときに作ってきたものが、60代になって塾の卒業公演で何本か上演したんですけど題材が古くないんですよ。初めて見る10代のお客さんが面白いと言ってくれる。じゃあ新作と旧作の再演を交互に続けようと決意したんですけど、それは、今リアリズムやウェルメイドが中心ではあるものの、私がずっとやっている文学的要素を入れたシュールなものがあってもいいし、ないからこそやるべきだと改めて自信も持たせてくれました。
オフィス3 ◯◯公演 『鯨よ!私の手に乗れ』
自分たちがオリジナル性を培ってきた原点となる先達のことを消したくない。だから若いメンバーも一緒にいてほしい。
−−確かにこれからの時代、格差が大きくなって、寿命も長くなる中で、お金のことも含めどうやって生きていいか漠然として不安は感じます。
私たちの20年後の話でありつつ、しかも40年前にやろうとしていた芝居をやり続けようと稽古している人たちの物語です。これを書こうと思ったときに「しわ」というドイツ映画を見たんですよ。ボケてしまったおばあさんが深夜特急で大好きな旅をしていると思い込んでいる。自分が一番いいときの妄想にいるわけですが、自分に置き換えるとそれは演劇なんですよ。演劇好きな高齢者の姿と、介護施設に入った母親の不幸をうまくマッチさせて、人生を昇華させていく物語を目指したんです。自分も若いつもりで一生演劇を続けていこうと思ってはいたけれど、うちは両親とも認知症になったので、自分もなるんじゃないかと心配ですよね。私なんかテレビに出て稼いだお金はすべて演劇に費やしてきたから蓄えもないわけです。一般の人がリタイヤするときに必要な金額は3000万円だと知って、椅子から落ちそうになりましたから(苦笑)。年金もどうなるかわからない。今までそんなことは考えてこなかったけれど、考えざるを得ないわけですよね。木野さんは死ぬまで働くとおっしゃってました。私もできる限りは芝居をやっていこうと思っています。自分の好きな舞台を作りたくて頑張ってきたんですから、とにかくできるところまでやろうと。老人ホームに入ったらそこで劇団をやろうと思っていますから(笑)。
オフィス3 ◯◯公演 『鯨よ!私の手に乗れ』
−−そうそう今回は桑原さんが、渡辺さんをモデルにした役を演じているそうですね。
桑原さんは面白い作・演出をされている方だと思ったら、あとから役者としても活躍されていることを知り、話をしたら私のファンでいてくれたということで、じゃあ私の役を演じてもらおうと思ったんです。戯曲を書くにあたって、実話も出していかないとと思い、ちょっとずつ入れているんです。若い世代に思いを託すということも含めて、自分では照れて言えないようなことも成立させてくれているから頼もしいです。
ここのところ蜷川幸雄さんをはじめ自分たちが影響を受けた方々が亡くなっていく。でも一つの時代が終わったと思われるのは嫌だなって。だって私も同世代の方たちも蜷川さんなり寺山修司さんなり、唐十郎さんだったり、そういう皆さんのパーツが入りながら自分のオリジナルを作っているわけです。その原点を消したくないんです。手作りでやっかいなことをやり続けたいし、こだわりたい。それにはベテランの人たちだけではなく若い人たちの力も必要なんです。
《渡辺えり》 1978年から劇団3○○を結成。1982年『ゲゲゲのげ-逢魔が時に揺れるブランコ-』で岸田國士戯曲賞、1984年『瞼の女-まだ見ぬ海からの手紙-』で紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。2001年より宇宙堂を主宰(2007年にオフィス3○○に改名、自身も渡辺えり子から改名)。2006年からは、一般に向けた「渡辺流演劇塾」を開塾。映像出演も多数。映画は報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞の「shall we ダンス?」(監督/周防正行)、「お父さんと伊藤さん」(監督/タナダユキ)、テレビドラマに「おしん」「あまちゃん」(NHK)など。2017年に大河ファンタジー「精霊の守り人 シーズン2」(NHK総合)出演、「サバイバルファミリー」(監督/矢口史靖)が2月11日ロードショー公開。
取材・文:いまいこういち
木野花、久野綾希子、桑原裕子、土屋良太、広岡由里子、鷲尾真知子、渡辺えり/銀粉蝶