『第9回 恵比寿映像祭』レポート 「マルチプルな未来」が示すもの
昨年9月3日にリニューアル・オープンした東京都写真美術館では、2017年2月10日(金)~2月26日(日)の15日間、恵比寿映像祭が実施される。毎年実施されてきたこの祭典は、美術館の休館期間中も継続して実施されていたが、9回目を数える今年はメイン会場が美術館に戻った。
展示や上映、ライヴ・パフォーマンスなど、豊富なラインナップを揃えるこの祭典が基本的に無料なのは、若い人に来てほしいという主催側の熱い思いがあってこそ。どれを取っても観る価値のある作品を一気に楽しめるこの機会を、是非活用してほしい。
プログラムは多岐に渡るが、本レポートでは美術館1階ホールで行われる「上映」、美術館内の「展示」、美術館外で行われる「オフサイト展示」の3要素に絞ってお伝えする。
上映
会期中は東京都写真美術館のホールを会場として、映像作品が連日放映される。プログラムの目玉の一つは国際的アーティストであるフィオナ・タンの《歴史の未来》で、日本初公開かつタンの劇映画デビュー作となる。本作はタンの他の作品同様、ショットの一つ一つが静謐な美しさを湛えている。
ナンシー・D・ケイツ《スーザン・ソンタグについて》は、写真や映像というジャンルの発展に大きく貢献した文献『写真論』や『反解釈』の著者であり、映画製作者、活動家であったスーザン・ソンタグのドキュメンタリーだ。さまざまな肩書を持つマルチプルな存在であると同時に、個々の領域で唯一無二の傑出した存在だったソンタグの映像から見えてくるものは何だろうか。
ナンシー・D・ケイツ《スーザン・ソンタグについて》2014/100分/英語(日本語字幕付)
そのほか、長谷川億名の《日本零年》や、空族 / 富田克也 / 相澤虎之助の《バンコクナイツ》など、日本の若手監督による作品も豊富である。これまで見たことない映像、触れたことのない感性との新鮮な出会いが期待される。また、ダンスやアニメーションなど、幅広いジャンルの作品がチョイスされ、彩り豊かなプログラムになっている。
富田克也《バンコクナイツ》2016/182分/日本語、タイ語、イサーン語、英語、ラオス語、タガログ語、フランス語(日本語字幕付)
展示
東京都写真美術館での展示は、三階・二階・地下一階の3フロアに分かれている。
三階に入るとすぐに森村泰昌の作品空間が広がる。森村はさまざまな著名人や、絵の中の人物などに扮する作品で知られる。溢れかえる大きめの段ボールは、アンディ・ウォーホルの代表作「ブリロ・ボックス」にちなみ「Morillo box」と書かれている。壁面に貼られた紙幣は大量生産された品だが、ナンバーだけがユニークである。紙幣は究極のマルチプルであり、また究極のオリジナルと言えるのかもしれない。
森村泰昌《モリロの箱》2015年/《もうひとつのマリリン》2015年
部屋を進むと澤田知子の作品がある。セルフポートレートを軸とする澤田は今回、《FACIAL SIGNATURE》で東アジアの人々に変装している。髪型や表情、メイクなどが少しずつ異なる澤田が連なるさまは圧巻だ。
澤田知子《FACIAL SIGNATURE》2015年[部分]/発色現像方式印画/タグチ・アートコレクション蔵, Courtesy of MEM, Tokyo
二階のロビーから見えるスクリーンと、二階会場に入ってすぐにある作品は、ガブリエラ・マンガノ&シルヴァーナ・マンガノによる映像。ガブリエラとシルヴァーナは一卵性双生児で、自分たちを被写体として身体や周辺との関係性を扱う作品を手掛けてきた。今回出展されている《そこはそこにない》は、現代のニュースから抜きだされたポーズが、複数の女性たちによって再現されている。
左からガブリエラ・マンガノ、シルヴァーナ・マンガノ、岡村恵子氏 作品:ガブリエラ・マンガノ&シルヴァーナ・マンガノ《そこはそこにない》2015/シングルチャンネル・ヴィデオ/作家蔵 Courtesy of Anna Schwartz Gallery, Melbourne
二階には、映像のジャンルとしては古典といえる作品もある。エティエンヌ=ジュール・マレーの《題不詳(投げる男性)》は、男性が身体を余すところなく使って投げている様子を、多重露光によって定着させた作品だ。マレーは映画撮影装置の元と言われる写真銃を発明した人物でもある。
エティエンヌ=ジュール・マレー《題不詳(投げる男性)》1885-1890/クロノフォトグラフィ/東京都写真美術館蔵
ズビグ・リプチンスキーはポーランドの映像作家で、今回出展されている《タンゴ》で第55回アカデミー賞短編アニメ映画賞を受賞した。小さな部屋の中をガヤガヤと行き来する人々を捉え、しまいには部屋から人が溢れだしてしまう《タンゴ》は、デジタル技術のない1981年に35ミリフィルムを用いて撮影されたという。
ズビグ・リプチンスキー《タンゴ》1980/シングルチャンネル・ヴィデオ(オリジナル:35ミリフィルム)/作家蔵
地下一階に入ると、緑の光と赤い光に目を奪われる。豊嶋康子の《色調補正-1》は、「人が見ている色調は同じなのか」という疑問と発想が創作の元となっており、色調のマルチプルともいえる作品である。
豊嶋康子《色調補正-1》(公開制作、府中市美術館)2005/インスタレーション/ 作家蔵[参考図版] Photo: Daisuke Awata
四つの画面で展開されるロバート・ノース&アントワネット・デ・ヨングの《ポピー:アフガン・ヘロインをたどって》は、様々な土地に伝播するヘロインの流通経路と、それがもたらす影響を示している。通常、グローバリゼーションと言って連想されるのは国家間の関わりだが、実は非国家的な側面での繋がりも含むものであり、ヘロインの伝播のような負の影響も拡大しているという事実をさらけだす。
ロバート・ノース&アントワネット・デ・ヨング《ポピー:アフガン・ヘロインをたどって》2012年/4チャンネル・ヴィデオ・インスタレーション/作家蔵
オフサイト展示
既製品を使ったコラージュなどにより現代社会を考察してきた金氏徹平は、今回の屋外展示《White Discharge(公園)》で小さな公園を再現する。デパートの屋上の遊園地の遊具などが用いられたこの作品は、“どこでもない場所”を示しており、恵比寿ガーデンプレイスの洗練された風景の中で異彩を放っている。人間不在でも定期的に音楽が鳴って遊具が動く公園は、人類滅亡後のディストピアのようだ。しかし、モチーフの選び方はユーモラスかつシュールで、さまざまな年代の人が直感的に楽しめる外観になっている。
金氏徹平《White Discharge(公園)》2016-2017
「マルチプルな未来」が示すもの
今年の恵比寿映像祭のテーマは「マルチプルな未来」。「マルチプル」とは、「複数」を意味する。本テーマは英語表記では「Multiple Future」だが、ディレクターを務めた岡村恵子氏によれば、Futureに複数を示す「s」はつかないとのことである。デジタル時代の到来により、無数の視点が切り取ったおびただしい数のイメージが溢れているが、それらは大きな一つの未来の一側面を示しており、連なり関わっているものなのだろう。この映像祭でも、古典から最新の作品が共存しているが、それぞれが緩やかに結びついていることが実感できる。
チラシなどでメインイメージとして使われている複数の窓は、観客に対して開かれており、別の景色を見せてくれる個々の作品だと考えられよう。窓が並びうるのも、私たちが支えることができる一つの土台があるからだ。未来を静かに肯定し、観る者に理知的な希望を与える祭典だと思う。
Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2017: Multiple Future
時間:10:00~20:00(最終日は18:00まで)
会場:東京都写真美術館/日仏会館/ザ・ガーデンルーム/恵比寿ガーデンプレイス センター広場/地域連携各所 ほか
料金:入場無料 ※定員制のプログラム(上映、ライヴ、レクチャーなど)は有料
https://www.yebizo.com/jp/