FINAL FANTSYの楽曲で知られる世界をまたにかける作曲家『エンタメの今に切り込む新企画【ザ・プロデューサーズ】第十七回・植松伸夫氏』

インタビュー
2017.3.13
ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

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編集長として”エンタメ総合メディア”として様々なジャンルの情報を発信していく中で、どうしても話を聞きたい人たちがいた。それは”エンタメを動かしている人たち”だ。それは、例えばプロデューサーという立場であったり、事務所の代表、マネージャー、作家、エンタメを提供する協会の理事、クリエイターなどなど。すべてのエンタメには”仕掛け人”がおり、様々な突出した才能を持つアーティストやクリエイターを世に広め、認知させ、楽しませ、そしてシーンを作ってきた人たちが確実に存在する。SPICEでも日々紹介しているようなミュージシャンや役者やアスリートなどが世に知られ、躍動するその裏側で、全く別の種類の才能でもってシーンを支える人たちに焦点をあてた企画。

それが「The Producers(ザ・プロデューサーズ)」だ。編集長秤谷が、今話を聞きたい人にとにかく聞きたいことを聴きまくるインタビュー。そして現在のシーンを、裏側を聞き出す企画。

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日本が世界に誇るゲームコンテンツにして、多くの人に愛されるRPGゲームであるFINAL FANTASY。その中でもそのゲーム音楽のファンは多い。今回はFAINAL FANTASYがこの世に誕生した時からその音楽を創作し、数々の名曲を残し続ける植松伸夫氏に、当時の話から現在に至るまでを直撃した。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――植松さんの音楽を聴いて業界に入っていった人も多いと思うんですが、元々スクウェアに入ったきっかけは何だったんですか。

元々、横浜の日吉というところに住んでたんですよ。20代前半の頃かな、音楽の仕事をしたかったんだけど、ペーペーのやつが仕事を取れるほど音楽業界って甘くないじゃないですか。部屋で多重録音したものを色んな所に送るんだけど、どこにも引っかからないっていう食えない時代があって。でもそういうことしていると、小説家になりたいとか画家になりたいとか、同じようなアーティストを志望してるけど食えないやつが集まってくるんですよね。そういう連中が日吉の僕の家に集まるようになって、金あるやつがビールとか買ってきて、ピカソについて語る!とかそういう時期があったんですよね。僕は勝手に「日吉梁山泊時代」って呼んでるんですけどね(笑)。

――梁山泊! なんかカッコいいですね。

よく理解もしていないのに芸術論を戦わせたりして。で、その場所にある時「私ゲーム作ってるんです」っていう女の子が来たんですよ。でも、僕たちには当時ゲームを作って食べていってるって意味がわからなかったんですよね。僕当時ファミコンも持ってなかったし、まだスーパーマリオが出る前くらいの頃かな。だから僕の中でゲームを仕事にするって感覚がなくて。その子はスクウェアで企画をしている子だったんですけど、当時スクウェアは日吉にあったんですよ。それで、その子が僕に「今ゲームを作ってるんだけど、バイトしない?」って言ってきまして。それがPCゲームの『クルーズチェイサー ブラスティー』というゲームでした。それを発売するにあたって、ソノシートをつけたいと。もうゲームには曲がついてるから、それをシンセサイザーでアレンジしてくれない?って言われたのがスクウェアとの関わりの最初ですかね。

――アルバイトだったんですね。

そうなんです。同じ日吉で家も近いし、年齢も近い人が多かったから、時折スクウェアに遊びに行くようになったんですよ。デモテープを持っていって坂口さんに聴いてもらったりしてね。そんなある日、日吉を歩いていたら向こうから坂口さんが歩いて来て「今度スクウェアをちゃんとした会社にしたいと思ってるんだけど、うちこない?」って言われて「あ、行きますわ」って(笑)。だから履歴書も出してないんです。

――本当に仲間内から始まった関係性なんですね。

坂口さんとか働いている人も仲間内で始まった感じありますからね。

――僕は初めて植松さんの曲を意識したのは『水晶の龍』のエンディング曲でして。

おお、アドベンチャーゲームの! 『水晶の龍』を企画したのがその「日吉梁山泊」に出入りしてた女の子なんですよ。

――アレを聴いて凄いな!と思ったんですよね。植松さんはゲームミュージックを制作していて、難しかったこと等はありますか? 最初の壁というか。

それまでバンドでやったり、シンセで多重録音とかしてたけど、音数の制限ってないじゃないですか。でもファミコンってPSG(プログラマブル・サウンド・ジェネレーター)の電子音三音しか使えないんですよね。みんなそうだと思うけどそれが最初の壁ですよ。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――どう工夫したんですか? こういう音を作りたいって思うものを三音でアウトプットしなきゃいけないわけじゃないですか。

基本的に言っちゃえば、音楽はルートと和音とメロディがあれば出来ちゃうんですよ。一つはルートのコーンに使って、一つは1音で和音を完成させるのは難しいから、アルペジオを使う。そして最後の一つはメロディ。そういう風にすれば出来るだろうな、と思って作りましたね。

――でも何なんでしょうね、あの8bit音って凄いノスタルジーを感じさせると同時に、ワクワクさせてくれるんですよね。

そうですね、当時は音悪いなぁ…って思ってましたけど(笑)。でも今聴くとあの味わい深さってなんでしょうかね、ありますよね。

――初めて完成したロムカセットから自分の作った音が流れたときはどうでした?

僕の場合は最初に完成したカセットって『キングスナイト』なんですけど、正直ちょっと違うんだよな、とは思ってましたね。自分が考えた曲はもっと勇ましい感じだったから、音色がしょぼいなと。でもまあ仕方ないんですよね、それしか出ないんだから。途中からは開き直って、その3つの電子音で何が表現できるかなって考えるようにはなりました。それも僕にとってはゲームみたいなものかな、って感じで。

――そしていよいよ87年、『ファイナルファンタジー』が発売になります、当時のスクウェアの雰囲気ってどうだったんですか?

その頃日吉から東銀座に会社が移ったんですよ、歌舞伎座から歩いて少しの凄いいいところ、でもヒット作もないし金もないし、ジリ貧ですよね(笑)。

――『ファイナルファンタジー』発売前にスクウェアが出してたゲームというと……

『クレオパトラの魔宝』とか『とびだせ大作戦』とかですかね。他にもありましたけどね。でも経営が苦しくなって、スクウェアも解散かなって話になるんです。まあ僕らも若かったから、また新しい仕事を探せばいいやって思ってたんですけど、坂口さんは違ったんですよね。彼は昔からアップルのコンピューターでよくゲームをしてたんです。で、アメリカにはRPGというゲームジャンルがあると、自分はそれをずっと作りたかったんだけど、エニックスの『ドラゴンクエスト』さんに先を越されてしまったっていうんですね。

――そうですね、『ドラゴンクエスト』は1986年発売です。

それで坂口さんがどうしても最後にRPGを作りたいっていうんですよ、最後に一作だけ!って事で銀座を引き払って、御徒町に移って作ったのが、『ファイナルファンタジー』。坂口さんの最後の夢だからファイナルファンタジーっていう。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――それは聞いたことありますね、一作目なのに最後の夢っていう

それがまぐれ当たりして生き残ったというか、多分あの頃はみんな他の職探ししてたんじゃないかな?(笑)。

――そこから今も残り続ける名曲「ファイナルファンタジー プレリュード」などが生まれたわけですが、聞くところによるとプレリュードは結構さっくり作られたということですが?

あれは、一作目がほぼ出来上がっていて、任天堂さんにROMを収める直前のタイミングで「どうしてもここに音がほしいんだ!」って言われて作ったんですよ。ゲームを立ち上げた時に音を入れたいと。いきなり部屋にガーって入ってきて「今すぐ作ってくれ!」って言われたんですよ。そんな乱暴な!って思ったんだけど(笑)、しょうがないから30分位でアルペジオを作ったんです、それがあの曲ですね。

――それが今も人々の心に残り続けているのも不思議ですね。植松さんの楽曲は「ビッグブリッヂの死闘」なども含めアルペジオがとても特徴的な印象があります。

僕の作る音楽がしつこくメロディがついちゃうのも、当時の三音しか使えない環境で長い間作曲してきたからだと思うんですよね。最近のゲーム曲の雰囲気ものというか、アンビエントな音構成だけで作る感じの曲苦手なんですよね。どうしてもメロをつけたくなっちゃう。

――なるほど、制作環境で培ったものがあるんですね。

最近のゲームは映像に説得力が凄くあるから、メロが付くとうざったくなるときはありますよね。自分の曲を聞いて「うざったいなぁ」って思うときがありますもん(笑)。

――でもそのメロディの強さが印象となって、今でもユーザーの耳と心に残っている気がします。口ずさめるメロディというか。アンビエント感が強いと耳障りはいいけど残りづらい。

そういう部分もあるかもしれないですね。でも当時は僕だけじゃなくて、いろいろな会社の人も三音でどう聞かせるかは凄い試行錯誤していたんだと思いますね。あとね、僕最近気づいたことがあるんですよ。

――なんでしょうか?

1980年代半ばくらいって、テクノポップが流行ったんですよね。シンセを使ってちょっと軽めな陽気な音楽が世界を席巻したんですよ、そんな時代なので、PSGの三音から出るチープな感じなんて、テクノポップに合っていたはずなんです。ところが日本のゲーム音楽作ってた人はテクノポップを選ばなかったんですよね。『ドラゴンクエスト』の影響なのかもしれないけど、あえて3音で叙情的な音楽を作ろうとしてた。あれが世界のゲーム音楽と、日本のゲーム音楽の方向性をパッキリとワケた瞬間な気がしてるんです。アレだけ不自由な中でも、どうにか叙情的にして感情を表現しようという、民族性みたいなものを感じるというか。

――日本人って演歌とかもそうですけど、カタルシスを求める傾向にありますよね。琴線に触れたいというか。

ある意味ガラパゴスなんですよね。ファミコンが流行ったのもそうだし、電子音3音で感情を表現しようとしたのも日本人特有のガラパゴス感なんだろうな。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――当時ってどんな音楽を聴いてたんですか?ファミコン作曲の礎というか。

僕はまず最初は、小学校の時に姉とウィーン少年合唱団のコンサートを見に行ったのが衝撃だったんです。「音楽って凄い!よくわからないけど涙がでる!」って。そこから中学生になってラジオを聞くようになると、ヒットポップスやロックを聴くようになる。高校生の時は映画を見ることに目覚めて、映画音楽の凄さを知るんです。大学辺りからは知らない音楽を貪るように聴くんです。フュージョンからジャズ、現代音楽まで。このごった煮な感じがファイナルファンタジー辺りでは、一気に噴出してる気がしますね。当時何を聴いてたから、とかではないかな。

――なるほど。

でも強いて当時聴いていたものでいうと、当時六本木にWAVEってCDショップがあって。ここが当時建物もオシャレだし、品揃えが凄い店だったんですよ。世界中の知らない民族音楽を沢山仕入れていて、はまって凄い買いに行ってたなぁ。だから当時聴いてたのはそういう民族音楽的なものかもしれないですね。。

――凄く面白いと思うのは、今や海外より日本のほうがコンピューターRPGというジャンルは爆発していて、その元祖である『ドラゴンクエスト』ですぎやまこういちさんがクラシックをチョイスして、植松さんがプログレ、ワールドミュージックから曲を作り、『ウィザードリィ』では羽田健太郎さんがバロック音楽を再現してる。全然3音で表現できないものに挑戦していたんだな、と。

そう言われるとそうですね。

――知らずにワールドミュージックとかに僕らは触れてたわけですからね。

聴いている方も補正していたんだと思いますよ、本当はこういう音楽をやりたいんだろうな、みたいなね。

――そして時代は流れて、『ファイナルファンタジーⅦ』でPlayStationに移行します。当時のお話も聞ければ。

プレステが発売される前から、これからはゲームの販売媒体はCDになるらしいよ、という話は聞いていたんですよ。だからすごい楽しみでしたね。

――制作環境も変わっていったんですか?

そんなに変わらなかったかな……Ⅶは、勿論CDなのでストリーミングしたスタジオ録音を入れることは勿論可能だったんですけど、そうするとローディングの時間が増えるんですよ。僕はどうしてもそれが嫌でね。だって「よし!闘うぞ!」って思ってるのにロード画面が出ているのって、小馬鹿にしてるような気がしませんか?(笑) 僕はそれが嫌だからⅦはハードの内蔵音源でやりましたね。音質が下がってもゲームをプレイしてるユーザーがストレスに感じないテンポ感を優先したんです。

――確かにローディングが長いとそれだけでしんどいですもんね。

でもそのかわりグラフィックがすっごい容量使いやがって! 結局ロード中画面が出ちゃうんだよ!(一同爆笑)

――Ⅷからは主題歌も入りました。ユーザーからすると驚きがありましたが。

エルトン・ジョンとかカーペンターズとかも好きなんで、きれいなバラードとかも入れてみたいなと思っていたので嬉しかったですね。

――その頃から『ファイナルファンタジー』はまた新しいステージのゲームになった気がするんです、ストーリーの雰囲気も変わったし、それまでドット絵の中でプレイヤーが脳内補完していた世界をきっちり提示してくれるように。

その変化も楽しかったですね。やっぱりスクウェアの中でも古い連中って、昔から一緒に作っていたから意思疎通も簡単だったし、ある意味僕らが一期生みたいなもんだから、僕らがやってることが全てなんですよ(笑)。みんなやりたいことをやってるだけ!

――あははは!

僕は個人的にドラクエさんが羨ましかったんですよ。凄くコントロールされていて、エンターテイメントとして完成されている。ああいうのやってみたかったけど、僕らはやりたいことをやってるだけだから(笑)。やりたいことを一つにまとめただけ。坂口さんともこないだ話したんですけど、本当に洗練されてなかったよね、って(笑)。ソフィスティケート(洗練)とは無縁の世界、力技で押し通すみたいな。

――ドラクエって優等生というか、完成されてるというかスキがない。でもFFってシステムも毎回変わっていたじゃないですか。

うん、そうですね。

――ドラクエは今に至るまでゲームシステムの根幹はまるで変わってないと思うんです。でもFFってⅡでいきなり成長システムが変わって、その後もマテリアが登場したり、挑戦的といいますか。

そういう意味での自由な発展の仕方はしてきたんだと思いますね。ドラクエさんは積み上げていってる感じ。そうすると先が見えてくるじゃないですか。でもうちは毎回違うからどうなっていくかわからない(笑)。暴走列車みたいなもんでしたよ。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――プロレスで言うと新日本プロレスと全日本プロレスみたいなもんですかね。

ああ(笑)。FFは新日の異種格闘技戦路線みたいな感じかもしれないですね。

――お聞きしてみたかったんですけど、毎回作品ごとにコンセプトがあって作られてるんですか?

ないっすよ! いい加減なもんっすよ(笑)。メインテーマ的なものは流石に考えて作ってましたけど、今並べて聴くと似てるよなぁ、と思ったりね(笑)。

――「ザナルカンドにて」とかポイントになる曲はありますもんね。でも、「ザナルカンドにて」はFF用に作られた曲じゃないと伺いましたけど。

実はあれは、本来はフルート奏者の瀬尾和紀さんのために書き下ろしたんですよ。日本でソロリサイタルをやるから曲を書いてくれってオファーをうけまして。でもフルートでやるには悲しすぎるかな、って封印してたんです。当時ファイナルファンタジーXを作ってるときで、僕ほら、曲上げるの遅いから(笑)。「なんでもいいから早く曲ください!」って言われましてね。だからはい、って渡したら、企画のやつがオープニングにコレを貼り付けてましてね。それ見て「うわ!コレ作ったやつ天才だな!」ってなったんですよ(笑)。それが今もスクウェア・エニックスにいる鳥山求くんですね。当時彼若かったのに凄いセンスですよね。

――でもこの曲聞くだけでティーダとユウナのシーンを思い出して泣いちゃう人もいますからね。

でも、ある意味まぐれ当たりですよ、だって「なんでもいいから」って言われたんですよ(笑)。なんでもいいからって言われたからPCの中からたまたま取り出して渡して、それがオープニングで使われて名曲って言われるようになった。

――縁みたいなもんですね。

曲って運があるんですよ。凄い手塩にかけた曲がまるで見向きもされなかったり、逆に出来損ないがいつまでも愛されて人の役に立つこともあるんですよね。

――植松さんの中でもそういうのあるんですか? 凄い気に入ってるんだけど余り知られてない曲というか。

FFに関して言えば作品が売れてくれたので、殆どの曲を知ってもらえてるんですよね。でもそうじゃない作品に書き下ろした曲で凄い気に入ってるのとかはありますね。

――それ聞きたいですね(笑)。

『アナタヲユルサナイ』っていうPSPのゲームに書き下ろした「遠くからアナタを」って曲があるんですよ。僕ものすごい好きなのに全然評判にならないんですよね!(笑)

――(聴きながら)うわあ……いいですね。

これ、今度やる『東京ゲームタクト2017』で演奏されますよ、初お披露目になるんじゃないかな? 10年位前の曲なんだけど、初めて人前で演奏されるという(笑)。

――それは楽しみですね!

あとは『オーシャンホーン - 未知の海にひそむかい物』っていうスマートフォン用ゲームがあって、その曲とかね。でもコレ音源化されてないんですよ。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――え? 音源化されてないんですか?

スマートフォン用ですからね(笑)。

――うわー勿体無いなぁ……。でも、そのスマホゲームなども多く出てきてますが、そういった今のゲームミュージックを作っている人たちもいて、今のゲームミュージックを取り巻く環境に関してどう思われているのかな、と。

今音楽やってる人ってちゃんと勉強してるじゃないですか。楽譜も読める、楽器もうまい、PCにも強いし。だから環境は変わったと思いますね。僕らの時代は日吉に集まってたのって、音楽の仕事したくても出来ないやつがゲームミュージック作って、小説家になれないやつがシナリオ書いて、絵描きになれないやつがグラフィックをやって……っていう、ゲーム業界っていうものが確立してない時代でしたからね。熟成もしてないし。でも今は芸大の作曲科出てゲーム音楽をやりたい人もいるし、変わりましたよね。

――何かを作りたい、って人たちが作っていたのと、ゲームを作りたくて作るのはマインドが違うんでしょうね。

業界自体が大きくなったから、売れるものを作らないといけないんですよ、でもだいたい売れるものって似てくるんですよ。そこそこ売れるものを作ろうと思うと、突出したものは作りづらいと思うんですよね。もしかしたら今は似たような作品が多すぎるのかもしれないですね。

――ああ、何となくわかります。

PlayStationが出たあたりは凄いワクワクしてましたね。僕『パラッパラッパー』が発売された時の衝撃はすごかったですよ。僕らがちまちまゲームを作ってきた所に、エンターテイメントのプロの人達、ゲーム制作者じゃない人たちのセンスが入ってきたあの衝撃はとんでもなかったですね。これでゲーム変わった!と思いましたよ。本当にこれからのゲームはとんでもないことになるな、と思ったんですけど、今はそこまでやばい!って思うものは正直あんまりないかもしれませんね。

――ソーシャルゲームが流行っているところもあるからゲームは身近になってると思うんです。でもカレンダーに欲しいゲームの発売日にマルをつけて、お金をためてワクワクして待つ、って言うあの感じは今無いかもしれませんね。

確かにそうかもしれませんねー。

――植松さんはゲームやられるんですか?

やりますよ、スクウェア・エニックスにはゲームのアーカイブみたいな所があって、そこで借りて家でやるというのをすごくやっていました。でも最近はあんまりやってないなぁ……。

――お忙しいからですかね。

それもあるんですけど、最近のゲームのバトルシーンって、色がいっぱい出てくるじゃないですか。あれうざいって思っちゃうんですよ(笑)。目がついていかないというか。もっとシンプルにならないものかな、って。ゲームって全てがそんなに美しいムービーにならないといけないのかな?と思うんですよ。楽しめればなんでもいいはずなんですけどね、別の発想があってもいいのかなとは感じますね。

――ゲームショウとか取材に行くと、インディースゲームコーナーとかのほうが意欲的ですよね。

ああ、そうかもしれないですね。

――逆に植松さんが好きなゲームってあるんですか?

僕ね、みんなに馬鹿にされるんだけど、『太陽のしっぽ』ってすごいゲームだなって思うんですよね。原始人がただ生きてるだけ、自分の意志に関係なく夜になるとぱたっと寝ちゃう。アレって凄い。マンモス倒して牙を重ねて、太陽を掴むって何なんだと(笑)。

――確かに伝説のゲームですよね(笑)。

でもそういうゲームもあってもいいかな、と思ったりするんですよね。当時はPlayStationが発売されて各メーカーイケイケでしたからね。あとはそうだなぁ…レベルファイブの日野さんの所で『ファンタジーライフ』って言うゲームをやらせてもらったんですけど、なんかあれはファミコン時代のほのぼのした雰囲気があって。自分が最近関わった中ではアレは好きですね。

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫氏

ザ・プロデューサーズ/第17回植松伸夫

――さて、最後にこれからゲーム業界に入りたいと思っている人たちにメッセージがあるとしたら、何かありますか?

ちょうど先日若い人たちと話すことがあったんですけど、やっぱりゲーム音楽をやりたくて業界に入りたい人たちなんですよね。それは素晴らしいことなんだけど、ゲーム音楽をやりたいからゲーム音楽しか知らないのは良くないと思うんですよ。なんかね、話してると流行ってる音楽しか聞いてないんですよね。映画にしても遊びにしても、流行ってるものを身の周りに集めて安心してる部分がある気がするんです。それで一生生きていければいいんだけど、モノを作る人って自分の軸がブレるのが一番怖いんですよ、自分で全部決断していかないといけない。一つの曲を作るのだって次の音はどうする?とか何百の決断をしていくんですよ。でも流行りモノの価値観しか持ち合わせていない決断だと、懐が浅くなる。自分が本当に流行に左右されない好きなものは持っておかないと駄目なんじゃないかな。人にダサい!って言われても「だって俺はコレが好きなんだよ!」っていえないとその人の個性は作れないですよね。周りの意見とか流行りに左右されないことが大事なんじゃないですかね?「だって俺好きなんだもん」は大事にしてもらいたいですね。

――モノを作るって不安になることもあるじゃないですか、これがあってるのかな?って思いながらやっちゃうと思うんです。植松さんは自分の好き、を指針にしてると。

もうそれもあんまり考えないですよね。駄目だったら次の曲で頑張ればいいんだし。僕は一度も完成品を作ろうと思ったことないですよ。頭がはっきりした時にモノ作ると悩んじゃうから、寝起きのボーっとした時に作ったりして、「あとで直せばいいや!」みたいなね(笑)。

 

【編集後記】
SNSなどの発達に伴って、カテゴリやジャンルが細分化されセグメントされている時代。だからこそクリエイターですら、その目指すゴールの幅を自ら狭め、そこから外れてしまうと好きだったはずのことを続けるのが難しいなんて時代になってしまっているのかもしれません。もっと漠然とした「音楽好き」が多く存在した時代と少し変わってしまった現代において、やはり大切なのは植松さんもおっしゃっている「流行りモノの価値観しか持ち合わせていない決断だと、懐が浅くなる。自分が本当に流行に左右されない好きなものは持っておかないと駄目なんじゃないか」ということなのではないかと。改めて凄くこの言葉が突き刺さります。本当に叶えたい夢や目標があるからこそ、一見無駄だと思う事やモノ、嗜好も吸収していくことって大切だなと感じます。

SPICE総合編集長:秤谷建一郎

 

企画・編集=秤谷建一郎  取材・文・撮影=加東岳史

 

プロフィール

植松伸夫(うえまつ・のぶお)

作曲家
株式会社ドッグイヤー・レコーズ代表
有限会社スマイルプリーズ代表
http://www.dogearrecords.com/

これまでに全世界で1億本以上を売り上げた、ロールプレイングゲームの金字塔 「ファイナルファンタジー」シリーズをはじめ数多くのゲーム音楽を手掛ける。その功績はゲーム音楽に留まらず、フェイ・ウォンに楽曲提供をした「ファイナルファンタジー VIII」のテーマ曲「Eyes On Me」は1999年度 第14回日本ゴールドディスク大賞においてゲーム音楽としては初の快挙となる「ソング・オブ・ザ・イヤー(洋楽部門)」を受賞。今や女性シンガーとして絶大な人気を誇る アンジェラ・アキにもシングル曲「Kiss Me Goodbye」を提供している。
 
海外での評判も高まりを見せており、2001年5月アメリカ「Time」誌の"Time 100: The Next Wave - Music"にて音楽における「革新者」の一人として紹介され、2007年7月には「Newsweek」誌にて"世界が尊敬する日本人100人"の一人に選出される。2013年には、イギリスのクラシック専門放送局"Classic FM"がリスナーの投票により行うランキング「Hall of Fame(栄誉の殿堂)」において「ファイナルファンタジー」のサウンドトラックで第3位を獲得した。

近年では日本国内をはじめ世界各国でオーケストラコンサートや自身のバンド"EARTHBOUND PAPAS"によるライブイベントを開催し好評を博す。

【代表作】
サウンドトラック作品
<ゲーム>「ファイナルファンタジー」シリーズ、「ロストオデッセイ」、「ブルードラゴン」、「ラストストーリー」、「テラバトル」、「ファンタジーライフ」、「グランブルーファンタジー」他
<アニメ>「グインサーガ」他
 
CD作品
<バンド>「Octave Theory」「DANCING DAD」(EARTHBOUND  PAPAS)他
<ソロプロジェクト>「植松伸夫の10ショート・ストーリーズ」 他
 
楽曲提供
NHK みんなのうた 「千の花 千の空」
WOWOW オムニバスドラマ「藤子・F・不二雄のパラレル・スペース 第6話 ボクラ共和国」

その他
テレビ朝日「題名のない音楽会」出演
 

 

イベント情報
東京ゲームタクト 2017​

東京ゲームタクト 2017日程:2017 年 5 月 6 日(土)
場所:大田区民ホール・アプリコ
主催:株式会社ノイジークローク、公益財団法人 大田区文化振興協会

出演作曲家・アーティスト(順不同、敬称略) 
・坂本英城(音楽監督)
・後藤正樹(総合ディレクター)
・植松伸夫・阿保剛・いとうけいすけ・岩垂徳行
・エミ・エヴァンス・大久保博・加藤浩義・上倉紀行
・川越康弘・河野暁子・国本剛章・桑原理一郎
・慶野由利子・古代祐三・サカモト教授・SAK.
・佐野電磁・サラ・オレイン・霜月はるか・高田雅史
・谷岡久美・中條謙自・中山博之・成田勤・なるけみちこ
・Hiro・細江慎治・光田康典...他、多数!

※掲載アーティストの出演は「予定」となっております。都合により予告なく出演辞退となる場合がございますので、予めご了承ください。

 
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