『ムーンライト』はなぜ『ラ・ラ・ランド』を退けてオスカーを獲得できたのか? アカデミーが欲した“メッセージ”を読み解く

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 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

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今年のアカデミー賞は、下馬評では現在大ヒット中の『ラ・ラ・ランド』が最有力と見られていたが、作品賞を受賞したのは、わずか5億円強で製作された低予算映画『ムーンライト』だった。授賞式でプレゼンターに手渡された用紙が間違っており、一旦は『ラ・ラ・ランド』の作品賞受賞が宣言された後に訂正されるというハプニングもあり、この大方の予想を覆す受賞を“大逆転”と感じられた方も多いだろう。

 

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

 

ムーンライト』のオスカー受賞の遠因には、昨年の男優・女優賞候補者が全て白人だった“白すぎるオスカー”問題があるのではとも言われている。

元々アカデミー賞は、業界の健全な発展のために設立された米国芸術アカデミーの会員たちの投票によって受賞作が決定される。より質の高い作品を賞の形で称えることで、業界全体の発展と競争をうながすとともに、業界全体がどう発展していくべきなのかを示すことも、重要な役割だ。

アカデミー賞はアカデミーの活動の中で最も注目されるものだ。人種の偏見が業界にまだはびこっているとしたら、それは是正対象であり、米国芸術アカデミーとしては、そういった“メッセージ”を発する必要があるわけだ。

昨年「白すぎる」として批判されたアカデミーが求めたメッセージを持っていたのが、『ラ・ラ・ランド』ではなく、『ムーンライト』だったということだろう。

誤解なきように申し添えておくが、作品の質そのものはどちらも非常に高い作品だ。というか、アカデミー賞にノミネートされている作品はどれも粒ぞろいの傑作・秀作なので、純粋に質の高さという点で見れば、どの作品が受賞してもおかしくないのだ。

さて、そんなアカデミー賞が欲した『ムーンライト』が持つメッセージとはなんなのか。なぜそれは今アカデミーに必要とされたのだろうか。

『ラ・ラ・ランド』は白人主義的な映画か?

『ラ・ラ・ランド』EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate.  (C) 2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.to courtesy of Lionsgate.

『ラ・ラ・ランド』EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. (C) 2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.to courtesy of Lionsgate.

『ムーンライト』の前にオスカーを逃した『ラ・ラ・ランド』について語っておこう。前作『セッション』で一躍注目されたデイミアン・チャゼル監督の新作は、ロサンゼルスで女優の夢を追うミア(エマ・ストーン)と、伝統的なジャズを守るため、ジャズバーを開く夢を持つセブ(ライアン・ゴズリング)のロマンスと夢を追う姿を描いた作品だ。往年のミュージカル映画のオマージュを随所に散りばめ、古き良き時代のハリウッドを想起させる衣装やセットデザインで、夢を追う素晴らしさを歌い上げている。

シンプルな筋立てで、観客は二人に感情移入しながら、夢を追う強さと切ない恋の行方に一喜一憂することになる。恋愛映画としても良くできた作品だし、『シェルブールの雨傘』など、元ネタになったミュージカル映画を知っている人には一層楽しめる作品だろう。老若男女楽しめ、技術的にも優れた作品で、アカデミー賞を競うのにふさわしい作品だった。しかしながら、「今年の」オスカーには届かなかった。何が足りなかったのだろうか。

本作の主人公・ミアとセブはともに白人である。それ以外の主要キャストも多くが白人だ。非白人で目立った役を与えられているのは、セブの旧友キース役のジョン・レジェンドとミアのルームメイト役のソノヤ・ミズノくらい。ルームメイトはそれほど重要な役割を果たさないが、キースはセブの葛藤を描く上で重要なパートの一部となっている。

セブが守ろうとするジャズ音楽は、黒人によって生まれたジャンルだ。黒人であるキースは、保守的なジャズにこだわるセブに対して「新しいことをやらなきゃ」とバンドに誘うが、その音楽をセブは好きになれない。バンドは人気を博すが、セブもミアもその音楽は気に入らない。ここでのセブは、売れるために信念を曲げた男として描写されており、誘いかけたキースも人気のために真のジャズを諦めたような存在として描かれる。ヒップホップ用語で言うところの「セルアウト」というやつだ。

 

 

マイノリティだった黒人が生んだジャズの伝統を白人が守り、新しい音楽を志向する黒人ミュージシャンがややネガティブに描かれる。そしてキャスティングが白人偏重であること。そのあたりが、『ラ・ラ・ランド』が“白すぎるオスカー”騒動後の最初のアカデミー賞に落選した理由であろう。

実際に英語圏のメディアでは、白人中心主義的な考えが見え隠れする作品という意見もある。UK版のWiredはこのように書いている。

『ラ・ラ・ランド』は“白人化された”作品だ。作品は楽しく、エマ・ストーンは素晴らしく、勢いのあるミュージカルやセットデザインは見ていて気持ちがいい。しかし、ジャズについての映画にもかかわらず、アフリカン・アメリカンには焦点を当てずに、白人の主人公2人に偉そうにジャズ文化を語らせているのは褒められたものではない。とはいえ、この映画はアカデミー賞では評価されるだろう。なぜならハリウッドは、ハリウッドを描く映画が大好きだからだ。

筆者は5年間、『ラ・ラ・ランド』の舞台となるロサンゼルスで暮らしていたことがあるが、この映画よりももっと多様な人種が共存している街だったことは確かだ。LAの白人コミュニティに焦点を当てた作品なのだ、と言われればその通りなのかもしれないが、ジャズを扱うのであれば、他の人種の役割はもっと大きくなっても良いのではないかと感じる。

黒人差別ではなく、黒人コミュニティ内の差別を描く『ムーンライト』

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

その『ラ・ラ・ランド』を退けて、黒人を描いた『ムーンライト』が受賞したのは、あからさまな人種への配慮にも見える。しかし、『ムーンライト』の放つメッセージは、そうした思惑を超えてとても深遠だ。

本作は、黒人を描いた作品によくある、人種的マイノリティである黒人が差別の被害者であることを描くものではない。貧しい黒人コミュニティの中で、同性愛の男性が差別されている様を描いている。

本作は主人公シャロンの少年時代、高校生、そして青年時代の3つの時代で、同性愛者として生まれた苦しみと純粋な愛のいたわりを描く。シャロンは男らしくないことで、他の黒人少年たちからいじめを受けている。「オカマってどういう意味?」シャロンは問う。自らの性的アイデンティティにまだ無自覚な年代のころに周囲から差別的レッテルを貼られたシャロンは、高校生になっても、自分に自信を持てない態度で煩悶している。高校生になったシャロンは、彼に唯一優しく接してくれるケビンという同級生に思いを寄せている。しかし、ある事件をきっかけにシャロンは少年院行きとなり、ケビンとはそれ以来会うこともなくなった。

時が経ち、青年となったシャロンは以前とは見違える姿になった。筋肉隆々で金歯を入れ、“いかにも”な黒人ギャングの姿になっていた。シャロンは麻薬ディーラーとして成功し、裕福な暮らしを送っている。裏社会での成功を手に入れるために、表向きの強さを手に入れたのだろうか。詳しくは語られないが、そうやって武装しなければ、本当は繊細な自分を隠さなければ生きていけない世界だったのだろう。

 

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

 

ある日、シャロンのもとにケビンからの電話が入る。高校以来のケビンとの再会に、本来のシャロンのナイーブさが現れる。本作では、シャロンの3つの年代をそれぞれ別の俳優が演じているのだが、とりわけ高校時代と青年時代の役者は似ても似つかない。しかし、ケビンを前にした時の、喜びを押し隠してような、照れているようなそのはにかんだ表情はまぎれもなくシャロンのものだ。本当の自分を隠し麻薬ディーラーとして成功したであろうシャロンが、素の自分を見せられる相手はケビンだけなのだ。

本作は、貧困、麻薬、そしてLGBTなど、多くの要素が登場するが、どれも主題ではない。映画の主題となるのは、ひたすらシンプルな愛だ。ギャングのような風貌になってもひたすらにケビンのことを思うシャロンの、繊細な愛が成就するかが物語の焦点であり、上記のような諸問題は、彼の周囲にある当たり前の日常の風景にすぎない。

そうした問題の中で生きる日常がある事自体が驚きなのだが、ことさらにそうした社会問題を強く叫ばない慎ましさがこの映画にはある。

 

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

『ムーンライト』 (C) 2016 A24 Distribution, LLC

 

そして、黒人を扱った映画でありながら、黒人差別ではない側面を際立たせることによって、単なるワンイシューとしての人種問題よりも広範に訴えることに成功している。状況が変われば、人は誰でも容易に加害者にもなり得る。アカデミーが欲しがった“メッセージ”は、こうした加害者/被害者の対立図式を超えた、人間全般に対する広い視野の持ち方だろう。

ムーンライト』が投げかけるものは、単なる人種問題への配慮以上に広く、人間の寛容性そのものだ。その大切なメッセージを多くの人に受け取ってもらいたい。

作品情報

映画『ムーンライト』
 


 
(2016/アメリカ/111分/シネマスコープ/5.1ch/R15+)
 
【ストーリー】 
名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校ではいじめっ子たちから標的にされる日々。そんなシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だった。高校生になっても何も変わらない日常の中、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初めてお互いの心に触れることに。
 監督・脚本:バリー・ジェンキンス 
エグゼクティブプロデューサー:ブラッド・ピット
キャスト:トレバヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホーランド、ジャネール・モネイ、アッシュトン・サンダース、アレックス・ヒバート、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、

提供:ファントム・フィルム/カルチュア・パブリッシャーズ/朝日新聞社 
配給:ファントム・フィルム
原題:MOONLIGHT
(C) 2016 A24 Distribution, LLC 

 

作品情報
映画『ラ・ラ・ランド』

監督・脚本:デイミアン・チャゼル『セッション』 
出演:ライアン・ゴズリング『ドライヴ』、エマ・ストーン『アメイジング・スパイダーマン』シリーズ、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、J・K・シモンズ『セッション』 
提供:ポニーキャニオン/ギャガ 
配給:ギャガ/ポニーキャニオン 
公式サイト:http://gaga.ne.jp/lalaland/
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