金属恵比須のプログレッシヴ・レポ 来日した ARW 改め イエス の “建武の新政”
公式サイトより
結成から49年を迎えるプログレ界の“万世一系”、イエス。その“派生ユニット”である「YES FEATURING JON ANDERSON, TREVOR RABIN, RICK WAKEMAN」の来日が実現した。
実はロゴだけでなく、音楽的にもイエスに多大な影響を受けている我がバンド「金属恵比須」のリーダーとして、長年のイエス信者的見地とプレイヤー的視点から、この“大事件”を紐解きたい。ということで、4/19、渋谷Bunkamuraオーチャードホールに赴いた。
結成以来いくつかの短い活動休止期間がありつつも、アメーバのごとく生きながらえているイエス。その歴史の長さゆえにとにかくメンバー・チェンジ盛んだ。まずは、ARWが結成されるまでの歴史を振り返ってみたい。
当初はARWだった
■メンバー・チェンジも分派活動も、一括「YES」という肯定感
イエスの創始者はヴォーカルのジョン・アンダーソンとベースのクリス・スクワイアである。1968年、ロンドンのラ・シャッセ・クラブで2人が意気投合したことによりバンドの歴史が始まった。それから49年、イエスの正式メンバーとして活動してきたのは16名。脱退・加入を繰り返しているが、うち5名が出戻りを経験している。
・ジョン・アンダーソン(創始者すら脱退・出戻り経験あり)
・スティーヴ・ハウ
・トニー・ケイ
・リック・ウェイクマン←1人で4回も出戻りを経験
・ジェフ・ダウンズ
そして分派活動も多い。
・XYZ(レコード発表までは至らなかったが、スクワイアとホワイトに、ジミー・ペイジが加わった夢のユニット。Yes×Zeppelinという安直な名前)
・エイジア(ハウ、ダウンズ在籍)
・シネマ(80年代イエスの前身バンド。つまりアンダーソンを除いた4人)
・モラーツ・ブラッフォード(ただし2人が同時にイエスに在籍していたことはない)
・ABWH(後述)
・サーカ(ビリー・シャーウッド、ホワイト、ケイら在籍)
・YOSO(”Yes”と”TOTO”を掛け合わせた安直な命名。シャーウッド、ケイ在籍)
・アンダーソン・ウェイクマン(後述)
など、イエスのメンバー経験者2人以上によるユニットまたはバンドだけでもこんなにもあるのだ。世界で最も安直で肯定的な名前を持つ「Yes」のこと。何でもアリだ。
その中で最も大きな危機に瀕したのが1989年、ABWHの時期である。「イエス」というバンドが存在していたにもかかわらず、そこから脱退したジョン・アンダーソンが70年代に在籍していた黄金メンバーOBを集めた。しかし「イエス」とは名乗れないので、「ABWH(アンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・ハウ)」と参加メンバーの名前を並べた。――別ベクトルで安直。しかもツアー名は“An evening of Yes music”。別ベクトルを通り超して、斜め上からの安直だ。
この分裂劇は泥沼の法廷闘争に突入。危機に陥った。ちなみにABWHのライヴでの目玉の曲は「危機」だったから笑うに笑えない。
■“南北朝”は1989年から続いていた
私の敬愛する音楽評論家・市川哲史氏はこの状況を“南北朝時代”と表現した(ウドー事務所、2017年1月10日の記事より)。敬意を表しそのまま使わせていただきたい。便宜上、この時に「イエス」の名義を持つイエスを“北朝”とし、(天皇:クリス・スクワイア)、ABWHを“南朝”とする(天皇:ジョン・アンダーソン)。
それが1991年に和睦・合一・合体し、8人編成のイエスとなる。どこまで肯定的なのだ。1992年の来日公演を最後に解消されるが、2人の“天皇”の二人三脚で2004年まで活動。そして2005年から2008年まで活動休止。だが、結成40周年にあたる2008年活動復帰の際、まさかの“南朝天皇”アンダーソンが病気で参加不可能となる。ここから“北朝天皇”スクワイア単独政権が続く。
病気から復帰したアンダーソンはイエス戻るタイミングを逸してしまい、仕方なくユニットを結成。お相手はなんとリック・ウェイクマン。黄金メンバーOBであり出戻り常習犯に白羽の矢を立てるとは本当にこの人、安直だ。ということで「アンダーソン・ウェイクマン」の始動。――この展開、どこかで見たことはないか。
2015年、まさかの創始者スクワイア死去。“北朝天皇”の“崩御”。しかしメンバーを補充し活動は続ける。なお、2014年11月29日のNHKホールでのプレイが最期の姿となった。
2016年、“南朝天皇”アンダーソンは95年に脱退したトレヴァー・ラビンを呼び、ウェイクマンとともにARW(アンダーソン・ラビン・ウェイクマン)を結成。――この展開、どこかがで見たことないか《パートII》。メンバーの集め方も、名前が安直なのも、もはやお家芸となった。
こうして、再び“南北朝時代”が到来した。
そこで、ARWの来日公演というニュース。「イエス」と名乗れなかろうが、元イエスが3人もいる。しかも同じ舞台に立つのは「8人イエス」以来、四半世紀ぶり。しかも今回のツアー名は”An evening of Yes music & more”。ABWHのツアー名“An evening of Yes music”をモジったタイトルである。もちろん演奏曲は全曲イエス。どこまで89年の再現をすれば気が済むのだろう。しかし気になるのが“& more”(アンド・モア)――これっていったいなんだ?
■再び“南北朝”の和睦?
2016年10月“南朝イエス”ことARWはアメリカを皮切りにツアーを始めた。一方“天皇”を失った“北朝イエス”こと「イエス」もツアー中。2016年11月に来日したことは記憶に新しい。
しかし事件は2017年4月7日にニューヨークで起こる。イエス、「ロックの殿堂入り」を果たし、2曲を演奏したのだ。
1. ラウンドアバウト
2. ロンリー・ハート
というセット・リストなのだが、気になるのはメンバー。
◆“北朝”勢(=イエス)
・スティーヴ・ハウ(ギター、そしてなんとベースも)
・アラン・ホワイト(ドラム)
◆“南朝”勢(=ARW)
・ジョン・アンダーソン(ヴォーカル)
・トレヴァー・ラビン(ギター)
・リック・ウェイクマン(キーボード)
◆ただのファン。
・ゲディ・リー(ベース)
「ただのファン。」はいわずもがなカナダのプログレ・バンド「ラッシュ」のベーシストゆえに、今回頭数は入れないこととする。
ここでややこしいのは、受賞者が現メンバーでもなく、在籍メンバー全員でもないこと。今回の対象となってい「イエス」とは、すなわち1991年の「8人イエス」のメンバーなのだ。
・スティーヴ・ハウ(北)
・アラン・ホワイト(北)
・ジョン・アンダーソン(南)
・トレヴァー・ラビン(南)
・リック・ウェイクマン(南)
・ビル・ブラッフォード(隠居)
・トニー・ケイ(表立った活動せず)
つまり、「イエス」は殿堂入りしたけれども、現在「イエス」と名乗るバンド(北朝)よりも、「イエス」と名乗れないバンド(ARW=南朝)のメンバーの方が多く受賞しているのだ。――なんだか禅問答みたいだ。
演奏の模様がテレビ放映されたのだが、それを見る限りでもパワー・バランスは一目瞭然。天上界の声のようなアンダーソン、皺は増えても未だに二枚目ロック・スターのラビン、いくらお腹が肥えてもマントをまとえば流麗なキーボード・ソロを奏でられるウェイクマン――ARWの方が華がある。
非常に恐ろしかったのが、スティーヴ・ハウとARW側の人間とが、全く目を合わせることがなかった点である。ここに確執のニオイを感じたのは私だけではないかもれしない。
そしてその4日後、仰天のニュースが駆け巡る。
「ARW、“イエス・フィーチャリング・ジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン”に改名」
「イエス」と名乗るようになった。しかも日本公演の1週間前に突然と。改名に関し、ジョン・アンダーソンはこう語る。
「非常にシンプルだ。ファンはそれを望んでいる、私たちもそれを望んでおり、その名前を使用する権利がある。イエスの音楽は私たちのDNAにある」(amass記事より)
あくまで仮説であるが、この「殿堂」のとき“南・北、両朝”が何かしらの話し合いをもったに違いない。1989年の骨肉の争いを避けるように配慮はしていたのだろう。そこで“南朝”は「ロックの殿堂入り」における民主主義的ルール=多数決の論理を振りかざしたのではないか。それゆえステージ上でのスティーヴ・ハウの仏頂面はそのことに対する諦観と承認を表したものだったのではないだろうか。
こうして、“ARW”改め“イエス”が来日することとなった。
■全く衰えを感じさせない“南朝”3人衆
“ARW”改め“イエス”こと“南朝”3人衆の来日コンサート。その登場音楽は、おなじみの「火の鳥」でもなく「青少年のための管弦楽入門」でもなく、なんと「パーペチュアル・チェンジ」のオーケストラ・アレンジだった。登場したラビンとウェイクマンが、がっしり抱き合う。8人イエスの時からこの2人は本当に仲が良い。
80年代イエスの代表インストゥルメンタル「シネマ」で幕を開ける。ラビンとウェイクマンは、仲が良いだけではなく、プレイに全く衰えを感じさせないのも特徴。両者とも「速弾き」という“体育会系若気の至り奏法”を武器にしていたが、歳を重ねても良い意味で円熟せずに当時のままなのである。
「シネマ」の演奏をバックに、“南朝天皇”アンダーソン登場。小柄で笑顔で、でもカリスマ性はある。隣の女性客は何かアクションするたびに「カワイイ!」と叫んでいた。今でいうところの星野源的な立ち位置なのだろうか。72歳でこう騒がれるおじいちゃんもそうはいるまい。
なだれこむように「パーペチュアル・チェンジ」。日本においてアンダーソンとウェイクマンが同時にこの曲を奏でるのは、実はこのツアーが初めてであり、歴史的名盤『イエスソングス』でしか聞けなかった演奏が今更聞けるというだけで至福の時。思えば、2016年11月の“北朝イエス”来日の際にも演奏されていた。今更両者ともこの曲にしがみつくのはタイトルを意識してのことだろうか。「恒久的な変化」。少なくともメンバー・チェンジに関してはパーペチュアルだ。
「ホールド・オン」「アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル」と合唱しやすい曲が続く。アンダーソンによるMCでは日本公演でおなじみの童謡「ぞうさん」も飛び出す。ある意味合唱しやすい曲にもかかわらず、呆気にとられて合唱できなかった。「合掌」。
YES FEATURING JON ANDERSON, TREVOR RABIN, RICK WAKEMAN (PHOTO:Kevin-Nixond)
■若々しいリズム隊の援護射撃
ドラム・ソロが始まる。ルイ・モリノ3世のドラムは、若々しく正確無比で、先人のドラマーに敬意を払ったプレイを見せる。そのまま「リフト・ミー・アップ」。8人イエスの代表曲だが、92年以来演奏されなかった幻の名曲。若干の短縮ヴァージョン。
続いて「同志」。来日では一度たりとも欠かしたことのない超名曲。ただし、イントロのアコースティック・ギターのフレーズはなく、アンビエント風のアレンジに。ラビンの80年代風アメリカン・コード・ストローク(通称「西海岸ギター」)には辟易とさせられたものの、ウェイクマンによる「第二楽章:失墜」のお涙ちょうだいメロトロン・フレーズには涙を流したオールド・ファンも少なくないのではないか。今回は、デジタル・メロトロンの「メモトロン」によって再現していた。
セックスがテーマの「リズム・オブ・ラヴ」を、腰振りしながらアンダーソンおじいちゃんが元気に熱唱した後、超ド定番「燃える朝焼け」。新任イアン・ホーナルがオリジナルのベース・ソロをノリノリでこなす。それを喜ぶラビン。まだまだノリに若さがあって、見ているこちらも楽しくなってくる。往年バンドを支えるサポートは完コピだけが芸ではない。
イントロのキーボードが印象的な「チェンジズ」。ウェイクマンが弾くとこんなにも印象が変わるのかと思ったが、ラビンが歌った瞬間、80年代にタイム・スリップ。続いて、アンダーソンとウェイクマンのデュオ「ミーティング」。ABWHからのカユいところに手が届く選曲。
清流のような澄み切った曲から一転不穏な空気に。聞いたことのないフレーズが鳴り響く。途中印象的なハープのフレーズでやっと「悟りの境地」と気づくが、原曲よりもはるかに長く、大曲に生まれ変わった。若干作りすぎの「切迫感」はゲーム音楽のようにも聞こえたが、懐メロ・バンドでは終わらせないという気概を感じた。とにかく音楽自体「パーペチュアル・チェンジ」している。間違いなくこれがハイライト。
■“南朝”を「イエス」として正統化したRWソロ合戦
ラストは一気にポップに「メイク・イット・イージー(イントロ)」~「ロンリー・ハート」(「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」入り)。「メイク~」のギターとキーボードのユニゾンもバッチリだし、ギターとドラムの超絶キメの疾走感も鳥肌モノ。やはりリズム隊が若いと演奏が活き活きする。
そのような盤石な土壌にラビンとウェイクマンのソロ合戦が始まる。アンダーソンはアコースティック・ギターを持ち後ろに回り、ウェイクマンはショルダー・キーボードを抱えキーボードの砦から出陣。
ん? どこかで見たことあるぞ?
先日の「ロックの殿堂入り」のステージそのままの展開ではないか。これを見た瞬間、ARWが「イエス」と改名する必然性を理解した。若々しく、テクニカルで、ショウマン精神あふれるステージを作り出す“南朝”もまた「イエス」と名乗るのにふさわしい。改名の合点がいった。
――と思いにふけっている場合ではない。ラビンとウェイクマンがステージを降り、観客席に侵入してきた。PA席に到達するとそろって椅子にふんぞり返り、ソロを弾きながらも耳元でおかしそうにしゃべりあう2人は実に楽しそう。途中、ウェイクマンのワイアレスMIDIが誤作動するというハプニングもあったが、ショウメン達は余裕の笑顔。残念ながらオサワリすることはかなわなかったが、四半世紀にわたり憧れ続けたウェイクマン様が至近距離に来るとは予想もしていなかったので、失禁状態。いやァ、権力闘争の話はどーでもいーやー。
そしてアンコールは当然「ラウンドアバウト」。シキン距離シッキン事件により、たれながしながら「♪たらるるら~ら~ら」と合唱したぐらいしかもはや記憶がない。
ということで2時間を超す白熱の演奏に幕を閉じた。誰もが大満足の顔をして会場を後にした。
この一連の出来事を“プログレ建武の新政”と呼ぶことにしよう。日本史的にいえば“建武の新政”は南北朝分裂前の出来事だが、細かいことは気にせず、市川哲史氏の喩えを進化させる上であえてそう呼びたい。
新「悟りの境地」オーケストラ・アレンジ部分を聞いた瞬間、「これは懐メロ・バンドなんかではない! 『イエス』と名乗る次なるステージの新バンドだ! これを何と表現しようか。そうか、“新政”か――“プログレ建武の新政”か!」と決めた。大仰なオーケストレーションとこの言葉の語感がピッタリはまったのだ。
YES FEATURING JON ANDERSON, TREVOR RABIN, RICK WAKEMAN (PHOTO:Deborah Anderson Creative)
■“万世一系”イエスのその後を考える
ライヴの興奮が冷めてからふと冷静になって考える。1989年のABWHにしても今回のARWにしても、“南北分裂”状態にさせたのは間違いなくジョン・アンダーソンの仕業である。「イエス」を複雑にしてしまっている張本人であることに誰もが異論はあるまい。
1989年の時には“北朝天皇”クリス・スクワイアがいた。だからこそ和睦の交渉ができ、1990年には8人イエスという「平成の大合併」が成し遂げられた。だが、今はスクワイアがもういない。“分派”に対して異論を唱え交渉する者を失ってしまった現在のイエスには、「合併」の道はなく、あったとしても「併呑」しか残されていないような気がする。パワー・バランスが狂ってしまっているのだ。
昨年のイエスのスティーヴ・ハウの演奏は鬼気迫るものがあった。亡きスクワイアの屋台骨を引き継いだという責任感が感じられ、近年まれにみる素晴らしいプレイを見せてくれた。それが仮に「併呑」すれば、ハウの嬉々としたプレイの姿が二度と見られないかもしれない。一抹の不安がよぎる。
だから“南北両朝”が別々の道を歩んでいる今こそ、どちらとも精神衛生上健康的なステージを見られる良い機会なのかもしれない。私たちはタイプの異なる「イエス」を半年の間に2度も拝見することができた。ファンにとってはこんなにうれしいことはない。“万世二系“であってもいいではないか。
そうだ、これでいいのだ!
超肯定的な名を持つバンドのファンもまた超肯定的になってきた。バカボンのパパのように。
ところで、「イエス」と改名されたことになって自然と消えてしまったツアー名”An evening of Yes music & more”。私は”& more”がずっと引っかかっていた。”Yes music”以外のものを指すと受け取り、勝手に新曲を期待していたものの、実際は全曲イエスソングス(一部ABWH)。いったいなんだったのだろう?
あ、「ぞうさん」やってた。 ♪お鼻が長いのね~
――それだったのか。
ANDERSON, RABIN, WAKEMANグ ッズコーナー
【参考文献】
『イエス・ストーリー 形而上学の物語』ティム・モーズ著、川原真理子訳、赤岩和美監修(バーン・コーポレーション、1998年)
『ストレンジ・デイズ』2011年8月号
『別冊カドカワtreasure vol.1 総力特集プログレッシヴ・ロック』(角川マガジンズ、2012年)
『後醍醐天皇~南北朝動乱を彩った覇王~』森茂暁著(中公新書、2000年)
ジョン・アンダーソン(Vo)
トレヴァー・ラビン(G)
リック・ウェイクマン(Key)
ルイ・モリノIII(Ds)
イアン・ホーナル(B)(※当初予定されていたリー・ポメロイから変更)
2017年4月17日(月)19:00 Bunkamura オーチャードホール(東京)
2017年4月18日(火)19:00 Bunkamura オーチャードホール(東京)
2017年4月19日(水)19:00 Bunkamura オーチャードホール(東京)
2017年4月21日(金)19:00 あましんアルカイックホール(大阪)
2017年4月22日(土)17:00 広島クラブクアトロ(広島)
2017年4月24日(月)19:00 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール(名古屋)
■公式サイト:http://udo.jp/concert/ARW