宝塚歌劇のフランス大革命もの上演史に、新たに刻まれた美弥るりかの単独初主演作 ミュージカル『瑠璃色の刻』

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2017.5.14

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月組二番手男役スター美弥るりかの、単独初主演公演である宝塚月組公演ミュージカル『瑠璃色の刻』が、東京赤坂のTBS赤坂ACTシアターで開幕した(21日まで)。

ミュージカル『瑠璃色の刻』は、不老不死の超人とも、稀代の錬金術師とも、時を駆ける預言者とも呼ばれ、今尚多くの謎に包まれ、その正体は瑶として知れない「サン・ジェルマン伯爵」を題材に、彼に瓜二つの男が「サン・ジェルマン伯爵」の名を騙ったことから、ブルボン王朝の中に、引いてはフランス大革命の嵐の中に巻き込まれていく様を、ドラマティックに描いた、作・演出家 原田諒の意欲作となっている。

【STORY】
ルイ16世治世のフランス。ロワール川の畔にあるシャンボール城は、18世紀のヨーロッパで不老不死の錬金術師とも、時空を駆ける魔術師であり預言者とも称される、サン・ジェルマン伯爵が太陽王ルイ14世から与えられた城だと伝えられていた。ある晩この城に、貧しい芝居一座の役者シモン(美弥るりか)とジャック(月城かなと)が忍び込んでくる。奇妙な回廊のあるこの城からサン・ジェルマン伯爵の宝を盗み出そうとしていた二人は、遂に隠し扉の奥にある伯爵の居室に行き当たるが、そこに飾れていた伯爵の肖像画を見て愕然とする。なんと、サン・ジェルマン伯爵はシモンに瓜二つだったのだ。二人はこの奇妙な偶然に賭けることを決意し、伯爵が未来を占ったという「賢者の石」を手に、富と名声を得ようとそのまま出奔。シモンはサン・ジェルマン伯爵、ジャックはその従者テオドールとして、堂々ベルサイユ宮殿に乗り込み、国王ルイ16世(光月るう)、王妃マリー・アントワネット(白雪さち花)との謁見に臨み、信頼を勝ち得ていく。

瞬く間に時代の寵児となっていくシモン=サン・ジェルマン伯爵。だが、その華やかな宮廷生活とは裏腹に、フランスの国庫は底をついており、財務長官ネッケル(輝月ゆうま)は、度々国王夫妻に遊興をやめ、財政の健全化を図るべきと進言するが、第三身分の平民出身であるネッケルが、国王に指図することを好まない国王の弟プロヴァンス伯爵(貴澄隼人)の妨害にあい、事態は悪化の一途をたどっていく。そんなネッケルを市民の代表、最後の希望と恃む弁護士で、革新派の論客ロベスピエール(宇月颯)を中心とした市民たちの、新しい時代を自らの手で切り開こうとする気運は、日増しに高まりを見せていく。

そんな時代の胎動の中で、王妃をはじめ、貴族たちに未来を預言し、永遠の若さを得る秘薬「エリクシール」を所望され、富を得ただけでなく、人に必要とされることの喜びを見出していくシモンと、虐げられた平民である自分たちと貴族たちの暮らしぶりのあまりの違いに、憤りを抑えられなくなっていくジャックの間にも、気持ちのすれ違いが生じはじめていた。しかも、二人がかつて共に芝居をしていたダミアン一座の一行が王妃の離宮プティ・トリアノンで御前公演を行い、花形女優アデマール(海乃美月)が、王妃の目に留まって王級舞踊団に召し抱えられたことから、二人の素性が暴露される日は近いと感じたジャックは、ここが潮時とシモンに宮殿から逃げようと訴える。だが、宮廷の人々に頼りにされていることに生きがいを感じているシモンは、自分はあくまでもサン・ジェルマン伯爵として生きると断言し、二人は決裂する。折も折、プロヴァンス伯爵がネッケルを罷免し、市民の暴動を抑える為にパリに軍隊を送り込むことを国王に進言し、国王もそれを許諾したことをジャックとアデマールが立ち聞いてしまったことから、更に大きな時代のうねりが彼らを巻き込んでいくこととなって……。

不老不死の預言者、時空を超える謎の錬金術師として、今尚その存在が神秘のベールに包まれているサン・ジェルマン伯爵は、創作の恰好の題材となる人物で、ティーン世代に絶大な人気を誇るファンタジー小説などにも、数多く登場している。宝塚歌劇でも1994年、当時の星組トップスター紫苑ゆうの退団公演『カサノヴァ─夢のかたみ』で、二番手スター麻路さきがサン・ジェルマン伯爵に扮し、妖しい魅力を振りまいていたものだ。

そんなサン・ジェルマン伯爵を、いよいよ主人公として扱う作品が創られるとあって、その成果に注目していたが、2013年の『ロバート・キャパ 魂の記録』『華やかなし日々』で第20回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞していて、今年2017年『For the people─リンカーン 自由を求めた男─』で、再び第24回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞するという、外部での評価がますます高まっている作・演出の原田諒が選んだのは、「サン・ジェルマン伯爵」の名を騙る男の物語だった。この着想によって、いくら生没年もはっきりしないサン・ジェルマン伯爵とは言えども、歴史に登場した大まかな時期が、ルイ15世の時代であることがわかってはいる人物を、伝家の宝刀『ベルサイユのばら』を代表作に持つ宝塚歌劇が最も得意とする、フランス大革命の時代に無理なく登場させられたのは、実に面白い視点だった。その工夫がすなわち、作家原田諒が、フランス大革命をどう描くか?という宝塚の若手作家ならば、おそらく誰もが取り組んでみたいに違いない題材にたどり着く道筋をつけたことが、作品を更に興味深いものにしていた。

そんな、原田の描く「フランス大革命」には、圧制に苦しんだ市民たちが革命を志向する熱気に注がれる視線と同様の強さで、王妃マリー・アントワネットに代表される滅びゆく者に対する、敬意と情の深さが感じられる。これは『ジャン・ルイ・ファージョン─王妃の調香師─』を創った植田景子、『ルパン三世─王妃の首飾りを追え─』を創った小柳奈緒子にも共通する視線で、やはり宝塚歌劇には、断頭台への階段を昇っていくマリー・アントワネットの後ろ姿をクライマックスとした、植田紳爾の『ベルサイユのばら』が放つ、畏怖にも近いほどの影響力があるのを感じずにはいられない。だが、その切り口に「サン・ジェルマン伯爵」を置いたことによって、この作品がとりわけ深い神秘性を得たのは、特に注目すべき点だ。

それは、伯爵が未来を占ったという「賢者の石」を、瑠璃色の光るラピスラズリの宝玉とした冒頭から、舞台のカラーを印象づけていく。実在のシャンポール城に存在するという、二重の螺旋階段、絡まりあいながらも決して交わることのない階段を表した装置が、ドラマの進行と共にぐるぐると回転することによって、時には貴族社会と平民たち、時には友情と相反する感情、時には革命の炎とそれを抑えようとする思惑、そして何よりも、貧しく名もない役者だったシモンと、そのシモンが扮し、いつしか本人をも呑み込もうとするサン・ジェルマン伯爵の影=虚像と実像といった、相反するものが同時に表現されていく様には、実に大きな見応えがあった。原田作品に欠かせない、そして原田が招き入れたことで今では宝塚歌劇にも欠かせない存在となった装置の松井るみの、いつもながらの鮮やかな仕事ぶりにも力を得て、激動の時代にサン・ジェルマン伯爵として生きようとした主人公と、彼を取り巻く人々と歴史に名高い出来事を、スピーディに、かつロマンの香り豊かに描いた原田の作品構築が見事だった。

そんな作品を大きく牽引し、成功に導いたのが、主演の美弥るりかの資質と力量であることは、論を待たないだろう。瑠璃色に光る賢者の石を手に登場する冒頭から、美弥の放つ耽美な香りが、一気に舞台の空間を染めていく様は目を瞠るほどで、その妖しく美しく、どこか謎めいた姿に魅了されずにはいられない。決して大柄な人ではないはずなのに、美しい巻き髪のロングヘアと、コスチュームがあれだけ似合うのは、頭身バランスが抜群だからこそだ。

そこから貧しい旅役者のシモンとして再び登場した時には、彼女のチャームポイントである大きな瞳が輝き、華やかな明るさが前面に出てくる。この表現の鮮やかな違いがあるからこそ、謂わば素顔のシモンと、サン・ジェルマン伯爵に扮して一儲けを狙う、あくまでも伯爵を演じているシモンと、本名の自分を捨ててサン・ジェルマン伯爵として生きようと決意したシモン、それぞれの作中での変化が生きてくる。すなわちそれは、この作品の主人公として求められている要素を完璧に演じているということで、美弥が纏う空気が刻々と変わっていくことが、そのままドラマを押し進めていくのに感心した。

伯爵が王妃マリー・アントワネットに対してする「預言」が、深く心を打つのも、誰かに必要とされることの尊さを知ったシモンの、作中での心境変化と成長を、美弥が的確に表した故だ。何よりも、決して早かったとは言えない、単独初主演の機会に、蓄えていた力を噴出させ、役柄を見事に演じきって文字通りの代表作を勝ち取り、更に、宝塚歌劇のセンター、主役が十二分に張れる人材だと示したのは、男役スター美弥るりかにとって、何よりの大きな成果となった。月組の貴重な一角を担う存在であることはもちろんだが、もう一つ先にある夢に十分向かえる人材である美弥を、宝塚歌劇団が是非大切に遇してくれることを願っている。

その美弥の親友ジャックに扮した月城かなとは、雪組からの組替後、月組生としてのこれがデビュー。非常に端正な美貌の持ち主だが、美弥のどこか少女漫画から抜け出したようなファンタジー性に対峙すると、ある種人間臭く、誠実な美丈夫としての骨太感が際立つのが発見だった。この持ち味がそのままドラマの中に生きていて、やがてシモンと袂を分かっていく流れにリアリティを与えていて、作品の中にあって十分に効果的な存在感を発揮していた。歌声も伸びやかで、月組の新たな戦力として、今後ますます台頭してくることだろう。これからの躍進が楽しみだ。

二人と共に一座で女優をしていて、その後王妃マリー・アントワネットに召し抱えられるアデマールに扮したのは海乃美月。すでに月組の本公演で、実質的にはヒロインとも言える役柄をダブルキャストで経験している月組の重要な娘役の1人で、この公演のポスターにも掲載され、パンフレットの写真の扱いなどからも、ヒロイン格だとの主張は十二分に伝わるのだが、実際の舞台の中での役割りがやや難しいことになっている。何しろシモンとジャックが一座にいた時代のシーンが、作中に描かれていないので、アデマールという女性が二人とどの程度親しい関係にあったのかが伝わりにくい上に、王室に反感を抱いているというのも、王妃に召し抱えられたあとほぼ唐突に提示されるから、その後の役の心境変化が見えづらい。ラストシーンの展開が弱く感じられるのもこの為で、せめて三人が共に芝居をしているシーンが、例えば回想でも良いからどこかにあれば、ずいぶん見え方も違ったのではないか。これは海乃の問題ではなく脚本上の問題で、内外から大きな注目を集め、成果もあげている原田作品の唯一の問題点が、ヒロインが上手く機能しないケースが散見される点だと思うから、今後の研鑽に期待したい。ただ、その中で美しいバレエシーンも含めて、懸命に健闘した海乃は評価できる。表情もずいぶん柔らかく美しくなり、早くから抜擢されてきた人だが、むしろ学年が上がるにつれて若々しくなっているのは、娘役としての本人の努力の賜物だろう。

フィナーレには美弥とのデュエットダンスがあるが、今回、ミュージカル俳優として大活躍している良知真次が初めて宝塚の振付を担当。原田のこうしたチャレンジ精神は大いに買うし、男役のダンスナンバーなどは非常に新鮮で面白いものだったが、このデュエットダンスの振付も、従来の宝塚作品からするとなかなかに斬新。だがそれがかえって、作中恋愛関係には至らないシモンとアデマールには相応しく感じられたのが、面白い効果だった。

もう1人、大きな役割りを果たしたのがロベスピエールの宇月颯で、革命へと向かう民衆の先頭に立つ役柄を、いつもながらシャープなダンスと、豊かな歌声で活写している。宇月は2010年に月組で、やはりフランス大革命を扱ったミュージカル『THE SCARLET PIMPERNEL』が上演された折に、新人公演でロベスピエールを演じていて、図らずも二度目の邂逅となった歴史上の重要人物だが、その経験を活かし、後にこの人物がフランスに恐怖政治の時代を刻むことが、理想に燃えた革命家であった日々から、ラストシーンに向けての変化できちんと伝わってくるのが素晴らしかった。『ベルサイユのばら』『1789─バスティーユの恋人たち─』と、常にバスティーユの戦いの中で力強く踊っていた宇月の姿が、この作品の新たなバスティーユの戦いでセンターを担える力感につながったことにも、大きな感慨を覚える。冒頭もう一役、サン・ジェルマン伯爵に仕えるテオドールも演じているが、思い切った老人の造形で、注意しないと宇月だとはわからないほどの化けっぷりが鮮やか。力のある人が相応の働き場を得ていることは喜ばしい。

他にも、非常に多くの歴史上の有名人物たちが活躍しているのもこの作品の魅力の一つ。中でも王妃マリー・アントワネットの大役ぶりが群を抜いていて、演じた白雪さち花の堂々たる演技は特筆もの。原田のイメージの中にあるアントワネットが、決してただの愚かな何も知らないお姫様ではないことが、作品の隅々にまてあふれ出ていて、サン・ジェルマン伯爵に、またアデマールに見せるそれぞれの表情も、陰影が深く思慮に富んでいる。中でも退場時の大ナンバーを劇的に歌い切ったのは、白雪が蓄えてきた力の賜物に他ならない。これまても『春の雪』の月修寺門跡役など、印象的な仕事は重ねている人だが、ポスターメンバーではない宝塚の娘役が、これだけ大きな役柄に恵まれることはそう多くないことを考えると、彼女のキャリアの中でも、長く語り継がれるに違いない名演だった。

また、ルイ16世のおっとりとした帝王の造形を品良く演じた光月るうの、どこかはんなりとしてこせついたところの少しもない持ち味は貴重だし、そんな兄に貴族の誇りと厳格さを求めるプロヴァンス伯爵の貴澄隼人の、凄味を秘めた演技が作品のポイントになっている。常々思っていたことだが、豊かな幅のあるこの人の声は、男役として非常に大きな魅力を秘めている。学年が上がってきて、役柄も大きくなるだろうこれからの活躍が楽しみだ。一方、彼らに苦言を呈し続けるネッケルの輝月ゆうまは、上背も迫力もあり、最早こうした役柄はお手のものという印象。定評ある歌唱力も生かされた好助演だった。他に、芝居一座の座長ダミアンの響れおな、ポリニャック伯爵夫人の夏月都、ランバール公妃の晴音アキらが、それぞれ個性的な芝居を見せれば、芝居一座の役者フィリッポの夢奈瑠音、革命家たちの颯希有翔、連つかさ、佳城葵ら、若手男役たちもそれぞれに生き生きと活躍していて、宝塚歌劇が取り組むフランス大革命の時代のドラマに、また1つ新たな歴史が加わったことを喜びたい舞台となっている。

〈公演情報〉

宝塚月組公演 ミュージカル『瑠璃色の刻』

作・演出◇原田諒
出演◇美弥るりか ほか月組
●5/13~21◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席 7.800円 A席 5.000円
〈お問い合わせ〉阪急電鉄歌劇事業部 03-5251-2071(10時~18時・月曜定休)
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/

【取材・文・撮影/橘涼香】

演劇キック - 宝塚ジャーナル
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