長野県大町市「北アルプス国際芸術祭」、6月4日より開幕
長野県大町市で、2017年6月4日から7月30日まで、「北アルプス国際芸術祭」が開催される。総合ディレクターは、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」などを手がけ、ビッグイベントに育ててきた北川フラム氏がつとめている。テーマは「水、木、土、空」。下浜臨太郎+若岡伸也によるロゴマークは、 「山・川・山」の漢字をもとにしたもので、上部のシンボルは、信濃大町が属する「廻廊地帯」という特殊な地形も表しているのだそう。
大町市は長野県の北西部、松本平の北に位置する。3,000m級の山々が連なる北アルプス山脈のふもとにあり、清冽な雪解け水と澄んだ空気、四季折々の景観に恵まれ、仁科三湖(青木湖、中綱湖、木崎湖)やダム湖も抱え、豊富な温泉にも恵まれている。越後妻有とも瀬戸内ともまったく味わいが違う自然の風景のなかで、現代アートを通して、どんな物語がつむがれていくのだろうか、地元(大町在住というわけではないけれど)の人間としては期待がどんどん膨らんでいく。
北川フラム
空前の大ヒットを記録した映画「黒部の太陽」の舞台となる黒部第四ダム、オリンピックで活躍したバドミントン選手・奥原希望やパラパラ漫画の鉄拳の出身地、劇団四季演劇資料館……。新潟県糸魚川から続く千国街道(終点は塩尻市)は、信濃から大豆、煙草、麻など農産物が、越後からは塩や海産物が運ばれ、お互いに無いものを補う交易ルート「塩の道」と呼ばれた、人、物、文化が行き交うまさに歴史の道。その沿道の宿場町として栄えた大町市。しかしたぶんにもれず人口流出は止まず、現在の人口は約28,000人。ところがどっこい、信濃の国 原始感覚美術祭、麻倉を拠点としたさまざまなアート活動、姉妹都市メンドシーノとの芸術交流、大町冬期芸術大学といくつも市民の中に起きたアートの芽生えがある。そんな地域だからこそ、北アルプス国際芸術祭が実現したのかもしれない。
ようこそ大町へ
たとえば都内から出かけていただくとすると、新宿駅から特急あずさに乗っておよそ2時間30分ほどでまずは松本駅へ。松本駅ではJR大糸線に乗り換えて(そこで葉わさびなどトッピングして駅そばを食べてほしい、うまいから)約1時間ほどで信濃大町駅へと到着する(信濃大町駅の駅そばもうまいらしい)。鉄道を使うなら東京駅から北陸新幹線長野駅乗り換えで松本に行くルート、名古屋方面から特急しなので松本に行くルートもある。
信濃大町駅を降りると、道路を挟んだ正面にインフォメーションセンターがあるので、まずはそこに寄りたし。そこでminä perhonenの皆川明がモチーフをデザインした作品鑑賞パスポートを購入。そして同じデザインのTシャツなどグッズもあるので、興味のある方はここは後悔しないように躊躇せずにドドンと購入することをオススメする。きっと早々に完売してしまうことだろう。
展示会場は源流エリア、仁科三湖エリア、市街地エリア、東山エリア、ダムエリアとある。どう見て回るかによって、あなただけの大町物語ができあがる。そう、作品を楽しむのはもちろんだけど、作品と作品のあいまにある地域をどう体験していくかがアートフェスティバルの醍醐味だと思うから。北川総合ディレクターによれば「最低2日はかけないとすべて見て回れない」そうなので、宿は早めにキープしておこう。ちなみに松本市内は週末はほとんど予約が取れないのでご注意を。
国内外の最先端アーティストたちが「水、木、土、空」の町を体感し、表現する
「これまでのネットワークから若くて元気がいい人たち、海外でも評価の高い人たちを選びました」(北川総合ディレクター)との言葉通り、素晴らしい現代アートのアーティストたちが顔をそろえ、大町という「水、木、土、空」の町を感じ、地域の人びとを巻き込みながら作品を作っている。その様子を5月の半ばに、マスコミツアーとして見学させていただいた。
淺井裕介『土の泉』
淺井裕介の『土の泉』は「大町エネルギー博物館」の壁面に動物や植物が描かれた作品だ。何人ものお手伝いさんたちがトラスを行き来しながら、刷毛なんかではなく、本当に細い筆で巨大な壁に立ち向かっている。絵の具の代わりになっているのは大町市で採取した13種類の土だ。「大町の土を使っての楽しい制作になっています。地層が豊かなので、赤い土、黒い土がすぐに見つかりました。手作業の温かみを感じてください」
ニコライ・ポリスキー『バンブーウェーブ』
ロシアのニコライ・ポリスキーの『バンブーウェーブ』は、作家が、八坂地区にある竹林の美しさに深い感銘を受けたことから八坂の竹と犀川沿いにあった20メートル・直径15センチ程度の大竹を素材に選んだという。作家担当者によれば「今回が初めての来日で、この山々の風景が気に入ったようです。竹のオブジェは北斎の『富嶽百景』の波のイメージ。13体もの波の合間からその風景を見せる。ニコライは竹を初めて見たようで、八坂地区に暮らすみなさんから特性をうかがったり、どうしたら加工しやすいかなどを相談するなかでこの形が生まれた」そう。
五十嵐靖晃
北アルプスの山間に暮らす信濃大町の人びとと、協働で組紐を組む五十嵐靖晃の『雲結い』。組紐は、湖から天に向かって垂直に組み上げられ、やがて湖と雲とを結んでいく。「瀬戸内では海辺とか水平線とか水平を意識していたけれど、大町では空を見上げる、縦方向につながる感覚になったんです。蒸発する水がまた湖に戻ってくる流れを表現したい」
どの作品も素晴らしいのだが、あえて「大町」をキーワードとし、北川総合ディレクターに「これぞ!」を無理やり選んでいただいたので、それを紹介しよう。
「間違いなく世界一の折り紙作家だと言えるのは、大町在住の布施知子さん(『無限折りによる枯山水 鷹狩』)。星空のもと生花をLEDで光らせる青島左門さんの『花咲く星に』は雨や霧で空が見えずに失敗するんじゃないかと思うんだけど、うまくいったらものすごく面白いものになると思う。今大人気の台湾の絵本作家ジミー・リャオさんは、店先の箱の中に文庫本が入れてあって自由に、期限もなく、無料で借りていい街中図書館に触発された『私は大町でー冊の本に出逢った』。そして栗林隆さんによる『第1黒部ダム』。日本の現代美術の若手のエースが町屋に4.5メートルのダム、黒四を土で作るんです。端からあがると足湯になっています」
アートだけでなく「食」の廻廊でもある
よく地域のアートフェスティバルに行くと、食事に困ることがある。本当はその土地の美味しいものを堪能したいところだが、店舗数が少ないところにもってきて、店員さんの頭数が足りなかったり、閉店時間が早かったり。実は、北アルプス国際芸術祭では、「食」もあえてテーマに掲げている。大町は「北アルプスを見上げる静かな湖に写りこむ四季と、美味しい水に支えられている。変化にとんだ山麓の地勢と気候によって、米も野菜もジビエも魚もとれる恵み豊かなこの場所で、人がこの土地で生きるために育まれた食文化がある。食べることでつながる命、植物や動物のいのちに感謝して、生きる力のでるごはん」がウリ。
地域の民話や素材を生かしたまちづくりに取り組むメンバー4名からなるユニット、YAMANBAガールズは「信濃大町 食とアートの廻廊2014」で食のプロジェクトのコーディネートや運営などにかかわった経験から、固有性、暮らしてきた人びとの命をつなぐ知恵、生きる力が表れている「食」を発信しようと、民話の語りとおもてなしとともに、田植えのおこひる(農作業の間に食べる軽食)が体験できるような料理を提供してくれる。これがマスコミツアーの際に都会からやってきた記者さんやカメラマンさんも大絶賛していた。素朴だけど、すごく贅沢なのだ。
YAMANBAガールズ『おこひるの記憶』
一方で、大町出身の料理研究家・横山タカ子と、お店では大町の食材も積極的に使っているHATAKE AOYAMA総料理長の神保佳永をアドバイザーに、13ものタイアップレストランで芸術祭開催限定メニューを提供してくれるのも楽しみ。横山・神保は名乗りをあげてくれたお店のご主人と何度も何度も何度も何度も会い、話し合い、冷蔵庫の中も心の中も改革し、お店のこだわりを生かし、大町の食文化を生かし、二人のアイデアも生かしたメニューを完成させた。たくさんのお店で食事をしてほしい。
タカラ食堂『タカラ』
マルハン爺ガ岳ロッヂ『北アルプス山やまランチ』
そして、ついつい継続を期待してしまう
もちろん第一回を成功させることが最重要課題ではあるのだが、ファンとしてはこの催しがビエンナーレなのか、トリエンナーレなのか、御柱祭のように7年一度かはわからないけれど、大町市で継続されることを早くも願ってやまない。北川総合ディレクターは言う。
「もっとも重要と考えるのは集落が5〜10くらい真剣にかかわってくれたら力になると思います。地域に入って作り始めているアーティストを面白がってくれる集落も出てきましたし、さらに増えてくれば地域の考え方はだいぶ変わってきます。その集落にアーティストたちがどれだけ入り込めるか。そしてサポーターとして地元の人たちがどれだけ熱心にかかわってくれるかも大事です。長野市、松本市と大町市の関係はどうなるでしょうか。僕の存じ上げている方々を見ていると、長野県は真面目で固い人が多いかもしれない。だから最初は二の足を踏まれるかもしれない。でも壁はあってもいいんです。僕は悪戦苦闘するのを予見して、いいアーティストをがんがん入れていますから。それに、将来は、周辺の町にも受け入れてもらって広域でできたらという思いも込めて“北アルプス”を名前にかぶしてあるんです」
おそらく「北アルプス国際芸術祭」にもたくさんの人が訪れてくれるだろう。経済効果はとても大事なことだ。けれど経済のものさしだけでは測れないものが、そこにたくさん生まれる。それらを多くの人が見つけられることも同じくらい大事。まだ素直な目をもった子供たちが、よそから嫁いで来た若い女性が、アートになんか興味がなかったお父さんたちが、家にこもりがちだったおじいさんおばあさんが、アーティストや観光客とかかわって笑顔になっていくことだ。
あるアーティストと立ち話をした。「僕らアーティストがやってくることで、地元のみなさんは仕事や家族サービスの時間を割いて手伝ってくださる。それはある意味では負担を強いているわけです。だったらそのぶん、僕らは芸術祭が終わったあとに、作品がなくなったあとに、それまでと同じ風景がどこか違って見えるような体験を残していかなければならないと思っています」
■アドバイザー:横山タカ子(料理研究家)/神保佳永(HATAKE AOYAMA総料理長)
■タイアップレストラン:
■作品鑑賞パスポート:
【前売】一般2,000円/高校生1,000円/小中学生300円(6月3日まで)
【当日】一般2,500円/高校生1,500円/小中学生500円
※障害のある方は一般1,000円/高校生500円(前売・当日とも)
問合せ:北アルプス国際芸術祭実行委員会 信濃大町駅前インフォメーションセンター TEL.0261-23-5500
北アルプス国際芸術祭 http://shinano-omachi.jp/