インカ帝国に至る、9つの古代文化に迫る! 『古代アンデス文明展』記者発表会レポート
1989年の「シカン文化芸術調査団」結成以降、TBSのサポートのもとで南米・アンデス地方の古代遺跡の発掘調査を進めてきた「アンデス・プロジェクト」。その活動はテレビ特番でも報じられてたびたび話題となり、『インカ帝国展』をはじめ、関連する展覧会は延べ400万人を動員してきた。そして、そのプロジェクトの集大成と銘打った『古代アンデス文明展』が10月21日(土)から2018年2月18日(日)まで東京・上野公園の国立科学博物館で開催される。この度、本展の開催決定に伴って記者発表会が行われ、監修者の一人である篠田謙一博士(国立科学博物館副館長 兼 人類研究部長)が本展の見どころについて講演を行った。その様子をレポートしよう。
考古学的な視点と人類学的な視点から、
古代アンデス文明を通覧する
「今回の展覧会では、アンデス文明全体を“通史”として見ていきます。そうすることで、アンデス文明の持つ普遍性や多様性とともに、旧大陸(ヨーロッパやアジア)の文化と比べてアンデス文明の何が特別なのかということを紹介したい」と篠田博士は記者発表会の冒頭で述べた。
記者発表会の会場には「アンデス・プロジェクト」関連展の歴代ポスターが並べられた
「古代アンデス文明」と聞いて我々の頭にまず思い浮かぶのは、天空の遺跡として知られるマチュピチュ、ひいてはそれを造ったインカ帝国だろう。“黄金の都”を有し、スペイン人の襲撃で瞬く間に滅んだインカ帝国の名は歴史好きならずとも有名だ。しかし、インカ帝国が栄えたのは西暦1470年から1532年までのわずか60年余りに過ぎない。南北4000kmにわたるアンデス地域では約1万5千年前の人類到達から各地で文化が生まれた。インカ帝国が統一国家を築く以前には「プレ・インカ」と呼ばれる大小幾つもの文化圏が存在していたのだ。これまでアンデス・プロジェクトでも『ナスカ展』『シカン展』『インカ帝国展』など、個々の文化を紹介する展覧会を行ってきたが、本展では新大陸の人類到達からインカ帝国の終焉に至るまでの古代アンデス文明を通覧することが主な狙いとなる。
記者発表会に登壇した篠田謙一博士(国立科学博物館副館長 兼 人類研究部長)
現在のペルーからボリビアにまたがるアンデス地方は、海岸部から東に300kmの範囲の中に砂漠地域、山間地域、高原地域、そしてアンデス山脈を有する。その6000mの標高差による生態環境の多様さが、個性的な文化・文明を生む要因になってきたと篠田博士は解説する。そしてアンデス地域では先史時代から文化の統一と分裂を繰り返し、結果として“アンデス最後の文明”となったインカ帝国も周囲の文化を吸収して栄華を築いたという。文字を持たなかったため今だ謎も多い古代アンデスの文明だが、「旧大陸から切り離されて独自に発達した文明は、我々人類の持つ可能性を知るための材料を提供してくれる」と博士は力説する。
記者発表会では篠田博士がスライドを交え、古代アンデス文明の概略を説明
《キープ》 インカ帝国(15世紀早期から1572年) ペルー文化省・ミイラ研究所・レイメバンバ博物館所蔵
《金の合金製のシカン神の仮面》 シカン文化(紀元800年頃から1375年頃) ペルー文化省・国立シカン博物館所蔵
日本初公開の「ティワナク文化」「ワリ文化」の発掘品に注目!
本展では古代アンデス文明を知る上で重要となる、カラル、チャビン、ナスカ、モチェ、ティワナク、ワリ、シカン、チムー、インカの9つの文化を時代ごとの7章立てで紹介していく。そして、約200点の展示品の中でも篠田博士が注目として推すのは、初来日の品も多い「ティワナク文化」と「ワリ文化」の発掘品だ。
ティワナク文化は西暦600年から1000年頃に4000m級の高地に起こった文化で、ボリビアの首都・ラパス近くに残る遺跡はユネスコの世界遺産に登録されている。インカ帝国といえば“剃刀1枚も通さない”石組みのような精密な石造技術で知られるが、そのルーツもティワナク文化にあるという。本展にはその技術の一端が知れる石像《神秘のプーマ》などが来日する予定だ。
一方のワリ文化は西暦600年から900年頃にペルー中部・チンチョーロ周辺に起こった文化で、日本で本格的に紹介されるのはおそらく本展が初とのこと。まだ研究途上であるものの、ワリの建築様式はアンデス地方の各地に見られ、インカ帝国成立前のアンデス地方全域に強い影響を持った文化だったとされている。この時代からは《リャマをかたどった土器》などが来日する。
《リャマをかたどった土器》 ワリ文化(紀元650年頃から1000年頃) ペルー文化省・国立考古学人類学歴史学博物館所蔵
約3000年前のミイラから古代の死生観を知る
また、時代別の展示の中で異彩を放つ、第6章「身体から見たアンデス文明」も見どころだ。こちらはミイラに関する展示が中心の構成。インカ帝国では皇帝を死後もミイラとして祀っていたことはよく知られているが、篠田博士によると「アンデス地方では古代エジプトよりも早い7000年ほど前からミイラが作られてきた」という。本展には世界初のミイラが作られた場所に近いペルーのチンチョーロで発掘された約3000年前のミイラが2体来日。先史時代からインカ帝国に至るまでのミイラ思想の変遷を解説し、古代アンデスの人々の死生観を説いていくという。
《チリバヤ文化のミイラとその副葬品(女性幼児)》 チリバヤ文化(紀元900年頃から1440年頃) ペルー文化省・ミイラ研究所・チリバヤ博物館所蔵
一大プロジェクトの集大成となる展覧会は必見!
過去、日本の調査団はアンデス遺跡の発掘調査に大きな貢献を果たしてきた。なかでも本展のもう一人の監修者である島田泉・南イリノイ州教授のペルー北部・シカン遺跡発掘での数々の発見はテレビ番組などを通じてよく知られるところだが、それ以前から先達の調査団が数十年にわたって現地で発掘に取り組んできた。本展はそうした地球の裏側にありながらも長い歴史でつながる、日本とアンデスの絆を感じられる機会にもなることだろう。四半世紀以上におよぶプロジェクトの最終章かつ集大成となる『古代アンデス文明展』。10月の開幕を今から楽しみに待ちたい。