気鋭の東憲司(桟敷童子)が演出を手掛ける、29年ぶり上演のこまつ座『イヌの仇討』を語る
東憲司
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
討ち入り当日、お犬様と隠し部屋に隠れていた吉良上野介は、どんな思いで首をはねられるまでの2時間を過ごしたのか。作者・井上ひさしの目で見た忠臣蔵のもう一つの側面を浮かび上がらせる『イヌの仇討』が、初演から29年の時を経てこまつ座で上演される。演出は、劇団桟敷童子の東憲司だ。舞台装置を駆使したけれん味で定評のある東が、井上戯曲と真っ向勝負!
ーー東さんがこまつ座さんと関わるのは2015年の『東憲司版 戯作者銘々伝』に続いて『イヌの仇討』は2作目になります。
東 『東憲司版 戯作者銘々伝』のときに、僕は山形県川西町の遅筆堂に、仕事の合間にちょこちょこうかがって合計7週間くらい滞在したんです。遅筆堂には井上さんが寄贈されたご本が置かれているんですけど、一般の方が入れない、付箋を貼ったり書き込みをしたものが置いてある書庫があるんです。そこに特別に入れていただいたんですけど、江戸に関するものだけでも膨大な本があって、それを見たときに、どこから手をつけていいか途方にくれてしまいました。この本を書くために井上さんはこれだけのことをされている。それならと、精神論ではありませんが、遅筆堂のそばに部屋を借りて遅筆堂に通いたいとお願いしたんです。代表の井上麻矢さんから、米沢市内にこまつ座が持っているお部屋があるからとご提供いただいて資料を読み漁ったんですけど、井上さんはまさに江戸であり、日本語の博士、学者です。そのすごさを感じるたびに東京への帰り道は気持ちがドヨーンと(苦笑)。自分が劇作家を名乗っていることが申し訳なくなってしまって。井上さんが戯曲を書くためにこうしなければいけないと問いかけてくるような感覚があったんですね。それで、井上さんがいろんなエッセーに書かれている言葉を抜き出して、僕の中で10か条をつくりました。
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
ーーなるほど『イヌの仇討』はどんなお気持ちでのぞまれますか?
東 実は僕は「忠臣蔵」が苦手だったんです。それもあって、あんまり詳しくはなかったので、とにかく勉強し直そうと思って、国立劇場での全編通し上演を見たり、さまざまな映画を見て、資料を読みこんだりと学びました。それから吉良邸のあった場所、泉岳寺、吉良の奥さんの富子さんのお墓などに出かけたりも。遅筆堂でこれはと思った本は大急ぎで取り寄せて。それで稽古に挑んでいます。この戯曲も全集になったり単行本になるなかで書き換わっているところがあるんですよ。それだけ井上さんが推敲されたご本ですから、せりふもト書きも守るようにと挑んでいます。とにかく悪戦苦闘の毎日です。
ーー東さんはこの物語をどんなふうに分析されているのでしょうか?
東 『イヌの仇討』はみなさんがよくご存知の忠臣蔵ーー赤穂浪士が吉良邸に討ち入りし、それから2時間後に吉良上野介は首を取られたわけですがーー吉良は討たれるまでの2時間を物置に隠れていたと言われているんです。これは、そのときの吉良の様子を描いた密室劇ですね。そこにお供の侍三人衆と側妻と、女中頭とお女中二人と、これがものすごく井上さんらしい仕掛けなんですけどお上の象徴として一匹の狆(チン)というイヌがからんでくる。物語はその物置に泥棒がいて、というところから始まるんです。僕らの知っている吉良上野介は基本的に悪役。ところが史実を調べると、吉良を悪い殿様だとするものは少なくて、むしろ浅野内匠頭のほうが癇癪持ちで、精神にムラがあり、家臣にも嫌われていたようなんです。井上さんは吉良という人間に光と愛を当てて描いていらっしゃる。逼迫したなかで、なぜ自分の首が狙われているのか自問自答する姿は殿様、人間の威厳を保ちながらも滑稽で悲哀にも満ちています。
井上さんの物語は権力に対する庶民の力を描いていらっしゃるものが多いんですけど、どちらかというと、『イヌの仇討』は権力側、といっても中間管理職というはざまにいる人間を描いているんです。そして一方で見えてくるのは民衆の怖さ。吉良憎し、浅野内匠頭がかわいそう、赤穂浪士万歳という構図を増大させたのは民衆なんですよ。これって今の時代にすごく重なる部分があると思うんです。前川前文科次官がまさに中間管理職ですよね。そして報道統制があり、ネットを中心に何か一つのうわさがどんどんどんどん大きくなっていつの間にか真実かのようになってしまうことがある。本当に緊迫感のあるミステリーですが、笑いも散りばめられ、最後はぞっとするように終わるんです。
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
ーー東さんからこまつ座さんへのオーダーはありましたか?
東 キャスティングに関してはずいぶん早い段階から話をさせていただきましたよね。吉良役の大谷さんが最初に決まりました。僕は若いころから大谷亮介さんが本当に大好きで、とてもうれしいです。吉良という人間を愛情を持って演じてくださっているんですけど、大谷さんの演劇を愛する力はものすごいので、それをお借りできればと思います。そして三田和代さんが決まったときには小躍りしてしまいました。そうやってどんどんキャスティングが決まっていったという感じですね。
それから、すごくわがままを言って、イヌにはすごくこだわりました。時代は、悪名高い生類憐みの令のころ。吉良のイヌはお上からさずかったもので、すごくすごく大切にしていたんです。そのイヌが愛玩動物であり、お上の権力の象徴として見えるところがすごく面白い。初演のときはラジコンのイヌだったんですよね。等身大で登場させようかとも考えていましたが、イヌについては何度も何度も試行錯誤していきたいので僕につくらせてくださいとお願いしました。大変なのはわかっているし、小道具さんにお任せすれば素敵なものが出てくるんですけど、どうしても自分で試行錯誤したかったんです。もうわがまま以外の何ものでもありません。けれど桟敷童子の劇団員と資料を探しはじめたんですけど、今の時代に狆は流行らないんですよ。ペットショップにもいないし、本屋さんにも関係書がない。狆は江戸時代、とてもステイタスがあって、狆の白と黒のおかげで着物が映えるらしいんです。そして間抜けズラも人気だったとか。どんな目にしようかとドールアイを探したり、日暮里の布のお店でどんなファーがいいか選んだり。そうやってつくったものが最初はイヌに見えなくて(苦笑)。美術の石井強司さんにもイヌのことをお願いしましたら、初演とは違う一工夫した美術を考えてくださいました。
取材・文:いまいこういち
『イヌの仇討』稽古場より 撮影:田中亜紀
《東憲司》劇作家・演出家。1964年、福岡県出身。1999年に劇団桟敷童子を旗揚げ。炭鉱町の筑豊など出身地・福岡を舞台にした物語を、倉庫などに凝った舞台美術を仕込んだ作品で高く評価されている。『海猫街』で平成18年度文化庁芸術祭優秀賞(関東の部)、12年には文学座アトリエの会公演『海の眼鏡』の戯曲と劇団桟敷童子公演『泳ぐ機関車』の戯曲・演出で第47回紀伊國屋演劇賞個人賞、トム・プロジェクトプロデュース『満月の人よ』と『泳ぐ機関車』で第20回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。『泳ぐ機関車』は第16回鶴屋南北戯曲賞も受賞した。2014年度 にはテレビ西日本開局55 周年ドラマ「めんたいぴりり」(脚本)日本民間放送連盟賞テレビドラマ番組部門優秀賞、優秀賞第30回ATP賞、第51回ギャラクシー賞奨励賞を受賞。
(1) 山形のお米「つや姫」特典付き販売中
『イヌの仇討』の主役・吉良上野介とゆかりが深く、また作者・井上ひさしの故郷でもある山形県のご協力により、対象公演限定で美味しいお米「つや姫」(1合パック)をプレゼント!
・山形県米沢市のご厚意により、対象公演にご来場の皆様全員に、【米沢牛入りさらみ】をプレゼントいたします!
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当日終演後には、米沢市上杉博物館 学芸主査・角屋由美子さんのアフタートークショーもございます。米沢Dayをぜひお楽しみください!