期待の俊英 西村 悟(テノール)インタビュー ~自身初となるオーケストラとのソロ・リサイタルに臨む

インタビュー
クラシック
2017.7.5
西村 悟 (撮影:髙村直希)

西村 悟 (撮影:髙村直希)


身長180センチを超える恵まれた体躯、精緻にして甘く伸びやかな歌声、そして卓越した演技力。まさに三拍子揃った期待の若手テノールが西村 悟(にしむら さとし)である。高校時代、名門バスケットボール部のキャプテンを務め、プロプレイヤーを目指していたが、最後のインターハイ予選で敗れたのを機に一転して音楽を学び始めたという。異色ともいえる道を歩んできたこの俊英は、リッカルド・ザンドナーイ国際声楽コンクール第2位や第80回日本音楽コンクールでの優勝など、内外で高い評価を得てきた。2010年からヴェローナでイタリア・オペラを本格的に学ぶ傍ら、最近ではワーグナー作品にも果敢に挑戦している。先だっての≪ラインの黄金≫のローゲ役で見せた新境地には、更なる飛躍が感じられた。今秋、その彼のソロ・リサイタルが実現する。ドニゼッティやヴェルディ、プッチーニといったイタリアで学んできたものを存分に披露する。指揮を務めるのは、西村と同年代で今や名実ともに若手を代表する指揮者となった山田 和樹(やまだ かずき)。日本フィルハーモニー交響楽団が懐を固める。瑞々しい才能あふれる若き二人の音楽家は一体、どんな熱演を見せてくれるのだろうか。リサイタルを控えた西村に、その意気込みを聞いた。

イタリアの名アリアをオーケストラの伴奏で聴いて欲しい

―――まずは、今回のリサイタルに向けての心境をお聞かせください。

長年、オーケストラ演奏でのリサイタルが夢でしたから、今回のリサイタルに幸運と最高の喜びを感じています。リサイタルをプロデュースするのは初めてですが、作曲家の意図を出来るだけ忠実に再現したいとの想いからオーケストラ伴奏にこだわりました。オーケストラでなければ表現できないことがありますから。

―――今回はイタリア・オペラの名アリアが数多く予定されていますね。選曲する上で、どういったところを意識されたのでしょうか。

僕がイタリアで学んできた曲です。どれも時間をかけて取り組んできた思い入れのある曲で、オーディションやコンクールでも歌ってきました。そういう作品を並べると、偶然かもしれませんがロッシーニからプッチーニまでと、ロマン派の変遷を映す完璧なプログラムになっていました!テーマのあるリサイタルにしたかったので、満足しています。

―――聴衆の皆さんに聴いていただきたいところはどこでしょうか。

イタリア留学前には「声が飛んでこない」と言われることが多く、コンプレックスを抱いていました。だから、声を磨くならイタリアという想いで留学先に選びました。2010年に文化庁の新進芸術家海外派遣員として採用していただき、ヴェローナで学び始めましたが、歌う感覚が180度変わりましたね。最初の2年間は、週3日2時間ずつ指導を受け、土台をゼロから作り直しました。声が出なくなったことすらあったんです。どうしてもお客様の方に向けて前へ前へと歌っていたんですが、イタリアで学んだことは歌を後ろに向けて響かせるということ。身体に声を充満させると、ホールが鳴るということを教わりました。大きな驚きでしたね。

オペラを歌う以上、オーケストラと音楽を作ることが不可欠です。イタリアでの研修を経た今、オーケストラの伴奏で歌ったらどれだけ声を響かせられるか。皆さんに成果を聴いていただきたいですね。

―――長いイタリアでの生活の中で、どのような影響を受けてきたのでしょうか。

イタリア人の所作から得るものが多いですね。西洋音楽をやる以上、舞台上で日本人であってはダメ。イタリアの作品をやるならイタリア人に、ドイツの作品をやるならドイツ人になるくらいの感覚が必要なんです。例えば、手の動きや女性の扱い。スーパーで買い物する人やバールで飲んでいる人など、身の回りの人々を観察してきたことが芝居にも活きています。

往年のオペラ歌手は、立って歌っているだけでよかった。でも最近では映像もあり、芝居にリアリティが要求されます。僕は細かい芝居を演じるのが好きですし、リアリティのある芝居をすることで自ずと声も変化します。目を伏せて悲しみを表現したほうが、声に充実感が増すという具合です。稽古中は家庭生活の中でも「この動き使えるな」とか、「今のどう見えたかな」と、家族相手に演技を研究したりします。芝居を通じて役柄の心情が観ている方に少しでも伝わったら嬉しいですね。

―――今回、共演する山田 和樹さんは、西村さんから見てどのような指揮者でしょう。

山田さんは、敬愛する素晴らしい指揮者。指揮者の中でも稀有な存在だと感じています。

初めて出会ったのは、2014年のスイス・ロマンド管弦楽団の公演でした。その後も、何度か共演する機会に恵まれましたが、2015年の仙台フィルハーモニー管弦楽団によるヴェルディ≪椿姫≫が特に印象的でした。演奏会形式のリサイタルで、僕はアルフレード役を務めました。地方に行くと、大抵は稽古後に出演者たちでご飯を食べに行くのですが、彼はお誘いしても本番が終わるまでは来ない。恐らく、稽古後も勉強していたんですね。というのも、彼は、稽古中、常に新しいことを提案してきましたから。先日の、マーラーの交響曲第8番≪千人の交響曲≫も同じ。最後の稽古まで何かを探しているようでした。僕が温めてきた曲を彼と演奏すると、どんな化学反応が生まれるのでしょうね。ご期待ください。

バスケットボールから声楽の道へ

―――バスケットボールのプロ選手を目指されていたと伺っています。それが、声楽家へと変わったきっかけは、どのようなことだったのですか。

両親が体育教師だったこともあって、3歳からバスケットボールを始めました。高校時代はバスケ部でキャプテンを務めていました。でも、最後のインターハイは予選で敗れてしまい、引退しました。それで、何か体を使った新しいことに挑戦したいと思って、進路を考えたわけです。それが音楽の先生だった。中学校の音楽の先生になって、バスケ部の顧問をやろうと考えていたんです。それからの半年間は、音大に入るためのレッスンに明け暮れました。新しいことを学ぶのが楽しくて仕方なかったですね。こうして音楽の道に進みました。もし、あの時、インターハイに出場していたら、今頃はきっとBリーグの舞台に立っていると思いますよ。色々なところで、本当に多くの人に助けられて、気が付いたらここにいたという気持ちです。

―――これまで勉強されてきたイタリアものだけではなく、最近では新しいレパートリーにも挑戦されていますね。

以前は、自分の「レパートリー」は、大事に作るものと考えていました。でも今は大分違う考えをもっています。何が合うかは自分でも分かりませんし、若いうちに決めてしまう必要もないと思っています。

ドイツの作品は、実はずっと食わず嫌いでした。転機は、2015年にインキネン指揮、日フィル演奏のマーラー≪大地の歌≫でテノール・ソロを務めたこと。初めてのドイツ語ということもあり、先入観から自分ではないものを出そうとしていたため、苦労しました。しかし、本番直前のリハーサルで吹っ切れた。自分は自らの声とテクニックで歌うだけで、良いか悪いかを判断するのはお客さんだと。本番では大きな手ごたえを掴みました。自分の声で色々なものを歌うようになったのは、その時からです。音楽は、本来、そう作られています。全て楽譜が、音楽が助けてくれるのです。

―――ドイツものでのご活躍が記憶に新しいのですが、今後、挑戦していきたいレパートリーや役はありますか。

今年、ワーグナー≪ラインの黄金≫でローゲという大役を務めましたが、その経験から実はドイツ・オペラも合うのではないかと思えるようになりました。火の神ローゲは狡猾な役柄でありながらも、多面性があり、とても演じ甲斐がありました。こういう複雑な役柄に魅力を感じていますし、演じ分けるのが僕の好みでもあります。

来年には、日生劇場でモーツァルト≪魔笛≫のタミーノを初めて歌います。大きい目標だと、ローエングリンをやってみたいですね。

―――最後に、読者のみなさんに公演に向けてのメッセージをいただけますか。

今回のリサイタルは、自身のプロデュースで皆様に歌声を披露する最初の一歩です。そのスタートを見届けていただけると嬉しいですね。名曲尽くしのプログラムを組み、共演者も豪華です。リサイタルには全身全霊で臨みます。世界に飛び出していこうとしている若手を、応援するつもりで会場に足を運んでいただけると、とても心強いですね。

取材・文=大野はな恵 撮影=高村直希

公演情報
美しい時代へ 東急グループ 五島記念文化賞オペラ新人賞研修記念
西村 悟テノール・リサイタル with 山田 和樹指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

■日時・場所
2017年10月11日(水) 19:00 
東京オペラシティ コンサートホール  

 
■出演
西村 悟 (テノール)
山田 和樹 (指揮)
日本フィルハーモニー交響楽団
 
■曲目・演目
ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」より“序曲”
ドニゼッティ:歌劇「愛の妙薬」より“人知れぬ涙”
ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」より“我が祖国の墓よ”
マスネ:歌劇「ル・シッド」より“おお、裁きの主、父なる神よ”
ヴェルディ:歌劇「マクベス」より“ああ、父の手は”
プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より“冷たき手を”
プッチーニ:歌劇「トスカ」より“星は光りぬ”
ほか

 
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