中村佑介が語る「変化と成長を刻み付けてきた15年間」と「イラストレーターとして目指す道」
中村佑介 撮影=森好弘
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットや、『謎解きはディナーのあとで』等の大ヒット作の書籍カバー、さらにはアニメのキャラクターデザインや最近ではLOTTE『チョコパイ』のパッケージイラストを手掛けるなど、幅広い活躍で知られているイラストレーター、中村佑介。活動開始より今年で15年の佳節を迎える中村佑介の大規模な展覧会『中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA』が、大阪阿倍野にあるあべのハルカス24Fの大阪芸術大学スカイキャンパスで現在開催されている。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
大阪芸術大学といえば中村の母校であり、会場周辺は中村が学生時代を過ごした場所でもある。中村の萌芽期ともいえるその学生時代に創作された絵やデッサンも会場には展示されており、教授からのアドバイスを書き込んだ絵など、普段はなかなか目にすることのできない作品も数多い。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
また、CDや書籍という形で私たちが手に取った完成品が、実際にでき上がるまでのプロセスを追うことのできる展示も。変化と成長を刻み付けてきた15年間の軌跡を、まるでベストアルバムのように様々な切り口から楽しめる展覧会になっている。学生や子供たちの夏休み時期に開催されることもあり、高校生以下は入場無料。
この夏は、大人も子供も一緒に色鮮やかで音楽や言葉が聞こえてくるような中村佑介の絵の世界を楽しみたい。インタビューでは、中村自身がこれまで手掛けてきたイラスト作品を交えながら、描く際のこだわりやイラストレーターとして目指す道なども語ってくれた。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
――中村さんのイラストといえば、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDのジャケットで知ったファンの方も多いと思います。最初に『崩壊アンプリファー』を描かれた時は、バンド側と絵について何かやり取りはあったんですか?
特にそういったことはなくて、「曲を聴いてイメージするものを描くだけでいいんだよ」と言われて。会って話して何かを決めるということはなかったですし、「こういうふうに描いて」という発注もなかったです。だから毎回自分が聴いた印象を絵に閉じ込めるというか。音楽の印象と絵の印象が同じになるようにというのは心がけていますね。
――『君繋ファイブエム』と『崩壊アンプリファー』のジャケットがシールドでつながっているように描かれているのも特に打ち合わせたわけではなく?
あれは僕が勝手にやりました。そういう仕掛けがずっと彼らの作品を買っている人は楽しいでしょうし、『君繋ファイブエム』を聴いてから『崩壊アンプリファー』を買う人もいるでしょうから、商売人としてやりました(笑)。「作品を集めないとダメだ」という気にさせるというか、そういう仕掛けがあるほうが同じイラストレーターが手掛けている意味があるんじゃないかなって。
――学生時代に描かれたオリジナル作品で、今のようにカラフルな色使いではなく黒と白と赤だけを使って描かれている作品がありました。その頃は色数を絞って描かれていたんでしょうか?
絞ったというよりは、色を自在に操ることがまだできなくて。おしゃれに疎いけどおしゃれしたい人って、部屋やモノをモノトーンにするじゃないですか?それと一緒ですね。その頃はまだ大学生で、技術がないんですよ。その拙い技術の中でもまとまりよく見せるために、白黒赤にスポットカラーを加えてやっていただけで本当はもっと色も使いたかったんですが、技術が足りなかったんですね。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
――絵の中に言葉が添えられている作品もありましたが、その頃はそういう作品を目指されていた?
背景とか画面の中で、絵だけで人に伝えることができなかったから補足的に言葉を入れちゃってただけで、特にそういうスタイルにしたかったわけではないんですね。たとえば美川憲一のモノマネをするのに、全然似ていないから自分で「美川憲一です」って言っちゃうみたいなものですね。そうやって言葉で捕捉していた時期からだんだん抜け出せていけて、使える色もだんだん増えてわかってきて、それを技術で表現できるようになってきたという感じですね。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
――展示作品の各コーナーに武田砂鉄さんによる解説が添えられています。その中で中村さんが描く絵にある女性の中の男性性や男性の中に潜む女性性について書かれたものもありました。実際、描く際に女性らしさや男性らしさは意識されていますか? 自分は中村さんが描く女性の、凛とした中に柔らかさや芯の強さを感じる部分に惹かれているように思います。
多分、僕が思うに、本当は女の人はみんな芯は強いんですよ。だけど、まだまだ男社会ですから男に媚びないと生きていけないと思って媚びてしまう。女性のアイドルとかアニメの女性キャラクターとか、何もそうする必要はないのにたいていの場合、体を露出しますよね。それで猫なで声を出して、常に微笑みかけている。そんな女の人ってキャバクラにでも行かない限り、どこにもいないじゃないですか。それが絵の世界でも起きていて、なぜか男の人に媚びを売るような態度の女の人しか主役として描かれなかった。でも現実世界では、そこまで男の人に媚びている女の人っていないから、そっち側の本当の女の人を絵の主役に据えたいと思ったんですね。少女の中の少年性というよりも、本当の女の人をちゃんと絵の中に正しく描きたいなとしか思っていませんでした。
――中村さんが感じる、本当の女の人の姿であると。
はい。なので、さっき言われた僕の絵の印象って、たぶん無表情なところにそう感じていらっしゃるんじゃないかなって。絵の中に出てくる女の子は絶対に笑ってなきゃいけないみたいな、僕からしたらあまり気持ちよくない文化があるんですけど、男も女も一緒に働いて、一緒に生きて、一緒にお金を稼いでいるのに何でそんなに女の子だけ媚びないといけないんだろうという思いはずっとあって。要は弱い生き物ってことじゃないですか。そういう日本に残る男性上位主義とか社会的なパワハラみたいなものに関して昔から興味があったんですね。僕のお母さんがずっと仕事をしている人で、すごく仕事ができるのにお給料は男性より安い。そういうのを子供の時から見ていて、仕事をしているという点では男も女も同じように見えるし、女の人がそんなに差別を受けているようには見えないけど、大人の世界ってそういうことがあるんだなって。お母さんでさえもそうなのかというところは、自分が絵を描く上で意識的にあったのかもしれないですね。媚びていない女の人って、平たく言うと笑っていない女の人ってことで、そういう女の人を描く人はあまりいないっていうことですね。
――さだまさしさんの『天晴~オールタイム・ベスト~』のジャケットに描かれた女性が着ているプリーツスカートがとてもきれいで見とれてしまいました。
男性が描く女性の絵で、プリーツスカートがちゃんと描かれているものってあまりないですよね。それは、知らないからということもあるし、女性の絵を描く時はミニスカートを履かせてパンチラさせときゃいいじゃないかというのが主な男性の考えることだというふうにも捉えられる。女性の人の中には自分の裸が好きな人もいるでしょうけど、きちんと洋服を身に着けてお化粧して、自分の理想通りになった姿のほうがたぶん裸よりも好きなんじゃないかなと僕は思うんですね。だから女性を描く時のいちばんの要素としては、パンツであるとか胸の大きさとかじゃなくて、彼女たちが着ている服をきちんと現実のものとして描くことが僕は正しいと思っています。ファッションに興味があるのももちろんですけど、服をオシャレとして捉えるというよりは服の材質や形、構造をちゃんと描きたいというのはずっとありますね。
中村佑介が手がけた教科書『高校生の音楽』
――作品の中に高校で使用されている音楽の教科書もありました。展覧会の開催前日にあった質疑応答の中で、スカートの丈について修正されたことも話されていましたね。
今使われている高校2年生の教科書ですね。ラフの時点ではもう少しスカートが短かったんですが、直されたものでは逆に丈が長すぎると思って、もう少し短くして。学校の先生が正しいと思うものと生徒が可愛いと思うものっていつの時代もずれていますよね。ただ、僕に依頼があったということは、出版社としても若い人にもうちょっと寄り添いたいというご意向があったと思うんですね。それなのに、僕が学校に気に入られようと可愛いと思っていないのに校則通りのものを描いてしまったら誰も喜ばないなって。そういうこともあって、スカートの丈は戦いましたね。
――CDのジャケットや本の表紙を描かれた時とは違う手ごたえのようなものはありましたか?
どんな仕事でも、描いた時に手応えを感じることはないんですね。自分が面白いと思っていてもそのインタビューのページビューが0だったら自信がつくわけないのと同じように、描いた時に手応えはないけど、その評判だったりその影響だったりが1年後、2年後に出た時に「あ、正しいことが出来ていたんだな」と思うんですね。教科書の依頼を受けたのは2013年からなんですが、それ以降毎回依頼があるということは使って下さってる学校が増えているということだと思うから、それは良かったなぁと思います。
中村佑介
――教科書が世に出る2年も前に作品の締め切りがあると話されていてびっくりしました。
ただ、教科書の絵を描いちゃうとそれ以上の仕事、それ以上にお硬い仕事が日本には残っていないんですよね。他の仕事は教科書に比べたら規制が緩いので、そうなっちゃうと仕事の刺激としては面白くなくて、目標を失ってしまったというのもあるし30代中盤ぐらいにその達成感みたいなのを持ってしまったことは大丈夫だったのかなって(笑)。なので、これから後の人生で仕事上では何の楽しみが残っているんだろうというのは、教科書の仕事を受けてからずっと考えています。これからも、仕事はもちろんしっかりやっていくんですけど、仕事に自分の人生の軸足を置かないようにしようというのは考えましたね。それまでは、人生の中でいちばん大切なことはイラストを描くことであり、仕事をやっていくことだと思ってたんですけど、自分の命を賭けるほどのものじゃないというか。こういう話をするとこれから表現をしたいと思っている人は残念に思うかもしれないけど、結局お金も名声も自分のお墓には持っていけないので、いかに同時代に生きている身近な人達とコミュニケーションを取っていけるかということが、おそらく自分が死ぬ時に、「ああ、自分の人生ではこんなことがあって楽しかったなぁ」と思い出すことだと思うんで、そのためにはもっと仕事以外にもきちんとやんなきゃいけないことがあるなぁって。後になって「楽しかったな」といえる思い出を作っておかないとな、とは思いましたね。まだまだやるべきことがあるなって。
――絵を描くこと以外にも。
そう。一つ一つの仕事を一生懸命にするということはこれまでと変わらないし筆を折るようなことはないんですけど、年収が減ってもいいのでちゃんと生活をしていかなきゃいけないなって思いましたね。例えば、いくら仕事が忙しくても親は子供との約束は守らないといけないと思うじゃないですか。仕事と子供とどっちが大事なのかと聞かれた場合、簡単にはどちらかを選べないし、会社で「子供のほうが大事だから仕事しないで帰ります」とは言えませんよね。どっちも大事だけど、たぶん子供のほうが大事なんですよね。仕事のためには死ねないけど、親は子供のためには死ねるじゃないですか? それが本物だなって思うんですね。そういうことを35歳ぐらいで考えちゃったから、仕事へのモチベーションをどう持っていこうかというのが今の課題で。ただ、そう思えるような仕事は日本ではなかなか巡り合えないと思うんですね。楽しい仕事はたくさん来るんですけど、それ以上の仕事上の刺激や喜びは感じられないのかなって。なので、そのためにはどんどん大きな目標を掲げて、海外に軸足を向けた仕事もやっていかなくちゃと思っています。プロモーションというか、「これをやっていると海外に行っても強みになるな」みたいなことも仕事の中に取り入れてもいますし、アメリカや中国は日本の10倍のマーケットがあるので、その中で彼らとは文脈の違う僕の描く日本文化や、差別されているアジア人の一人である僕の絵がどうやって可能性を見る事ができるのか。認めてもらえるのか。そういうところに今は目標を向けていますね。
中村佑介展 15 THE VERY BEST OF YUSUKE NAKAMURA
――開催が夏休みでもあり、高校生以下は入場無料ということもあり親御さんと一緒に展覧会にやって来る子供たちも多いと思います。最後に、将来絵を志す子供たちにメッセージをお願いします。
子供にメッセージがあるとしたら、そのまま描き続けてくださいというだけですね。そういう子供の夢をつぶすのはたいていの場合は親ですから、もしも自分の子供が絵を描きたいというなら、チラシの裏に描かせないのと、描いた絵をちゃんと額縁に入れること。あとは、子供が気に入って仕上げた絵を折り曲げないでください。その3つを親御さんに言いたいですね。そういったことで子供は自尊心をへし折られて、「将来何になりたいの?」と聞かれた時に、「マンガ家になりたい」とか「イラストレーターになりたい」とか思っていても、いつのまにか言わなくなっちゃう。僕がこの記事で「がんばってください」と言っても影響力はほとんどないけど、人間にとっていちばん影響力があるのは親ですから。たとえば、図工で良い成績を取った時よりも算数で良い点を取った時のほうが褒めちゃってたり、お小遣いをあげちゃったり、無意識のうちにそういうことをしている親御さんているんじゃないかなぁ。そういうことがあるたびに、絵を志す子供はがっかりしちゃうと思うんですよね。
――自分も一人の親として心しておきます。展覧会の会場に一歩足を踏み入れると、とても鮮やかで夢があって、懐かしい和の世界も感じられました。中村さんの絵を初めて見る人も心から楽しめる展覧会になっている思います。
僕の絵にほどほどに興味があったら800円という入場料のもとは取れるんじゃないかな。こういう催しは、好きな人は何円でも払うし何回も足を運んでくださるんでしょうけど、特に興味はないけど連れてこられた人が『良かったんじゃない?』って帰り際に言えるような展覧会にしたかったんですね。今、生きている作家の展覧会でこれだけの点数が見られて入場料が800円というのも、世の中を探してもそんなにないと思うので(笑)、たくさんの方に楽しんで頂けたらと思います。
取材・文=梶原有紀子 撮影=森好弘
開催期間:2017年7月15日(土)~2017年9月18日(月・祝)66日間 ※休館日なし
一般:800円 ※高校生以下無料(生徒手帳を提示)