兵庫県立美術館「怖い絵」展、来場者58,100人達成レポート&音声ガイド役の吉田羊スペシャルインタビュー
『怖い絵』展の来場者58,100人目セレモニーにて
現在、兵庫県立美術館で開催中の特別展「怖い絵」展。作家でドイツ文学者・中野京子著の『怖い絵』シリーズ刊行10周年を記念した展覧会で、シリーズ内に掲載された名画を含む約80点が展示されている。イープラスの人気アプリ、チラシミュージアム(http://eplus.jp/sys/web/museum/index.html)でも登場以来長らく首位を独占し、美術館では週末ごとに千人単位で(!)来場者が増しているとか。去る12日には、開幕19日目にして来場者が6万人を突破。「コワイ」にちなんで58,100人目の記念セレモニーが行われた。本展ナビゲーターの女優・吉田羊さんが予告なしに登場するなどサプライズに沸いたセレモニーの模様と、後半には音声ガイドも務めた吉田羊さんの独占インタビューをお届けする。
吉田羊
58,100人目の記念セレモニーレポート
「吉田羊さんの音声ガイドも楽しみに来ました。ご本人にお会いできて光栄です!」
記念すべき58,100人目の来場者は、徳島県阿南市在住の主婦・渡邊 愛さん(29)。「怖い絵」展のことはCMで興味を持ち、前日にご主人の渡邊 健さん(33)と神戸入りし、その日は元町の散策などを楽しまれたとか。本展には翌朝一番に駆けつけた。セレモニーはロンドン・ナショナル・ギャラリーから初来日を果たしたポール・ドラローシュの大作《レディ・ジェーン・グレイの処刑》の前で行われた。館長からの祝いのコメントに続き、女優の吉田羊さんがプレゼンターとしてサプライズ登場。渡邊さんに、図録と《レディ・ジェーン・グレイの処刑》の額絵が手渡された。
縦2.5m、横3mの大作を目の当たりにし、その大きさに驚いたと話す渡邊さん。「あんなに大きな絵だとは思っていなかったので、これからじっくりと色んな箇所を見てみたいです。なぜ彼女は処刑されなければならなかったのか、時代や絵の背景を考えると怖さよりも興味深い面白さがあるなと思います」。今回は吉田羊さんの音声ガイドも楽しみに来館したと言い、ご本人との対面にも興奮を隠せない様子。「解説は目で見るよりも音声として耳で聞く方が頭に入りやすいので、美術館ではよく借りています。まさが吉田さんご本人とお会いできるなんて。すごくお綺麗で透明感があり、お会いできて光栄すぎました」
さまざまな”恐怖”をテーマに約80点の西洋絵画・版画が集う「怖い絵」展。「なぜ怖いのか?」という中野京子さん特別監修の解説を見聞きすれば、謎解きをするようなワクワク感も味わえる、体験型の展覧会と言えそう。券売所は開館時と午後1時ごろがピークで、一般や大学生はあらかじめ館外で入場券を買っておくと、当日の入場が比較的スムーズかも。本展に加え、コラボ商品も多数揃えたグッズ売り場もお見逃しなく。
「怖い絵」展 音声ガイドで語りを務めた、女優・吉田羊さん独占インタビュー
吉田羊
「お目当ての名画を目にした瞬間、自然と涙が溢れてしまいました」
ーー本展は、『怖い絵』シリーズの刊行10周年を記念したユニークな展覧会です。実際に兵庫県立美術館で本の世界を”体感”されたご感想は?
滞在時間の関係で駆け足でしたが自分が見たかったポイント、ポイントは見ることができました。お目当ての≪レディ・ジェーン・グレイの処刑≫に辿り着くまでの道筋がすごく長いんですね。少しずつ期待値が高まって、ようやく出会えたと思ったら、その期待値をはるかに超える存在感と圧倒的な力で迫ってきて……。私はあそこの角を曲がった瞬間、わーっと感情が高ぶって自然と涙が溢れてしまいました。
吉田羊
ーー絵の世界に入り込むようなサイズ感です。
絵の構図も、まるで舞台のクライマックスでも見るように美しく計算し尽くされています。あまりの完成度に当初はどこか物語のような、非現実的な世界なのではないかと感じていましたが、実際に絵を目にすると全然印象が違って見えました。斬首するのに邪魔だからと外されたアクセサリーが置かれていて、首元のシャツがめくられている。彼女は他人の思惑で殺されていくにも関わらず、自分の意志で首置台を探さなければいけない。その手の指先の柔らかい感じとか、「これは本当に起きたことなんだ」とリアルに迫るものがありました。
吉田羊
ーー吉田さんの解説を聞くだけでもゾクゾクしてきます。
本当に面白かったですね。細部に渡って描かれていることに気づくと、この人たちが生きていたという証が感じられる。そうすると、途端に登場人物たちの思いが伝わってくるんですね。悔しさ、悲しみ、理不尽さ……。それらの感情に心揺さぶられて、ただ絵の前に呆然と立ち尽くすしかないという心境でした。
ーー≪レディ・ジェーン・グレイの処刑≫は、この絵画自体が背負う歴史もドラマチックです。1928年のテムズ川の大洪水により一度は消失したと思われていたところ、1973年の調査で奇跡的に発見される。1975年の一般公開再開以来、瞬く間にロンドン・ナショナル・ギャラリーの代表作品となっています。同館ではあまりの人気に、絵の前の床がすり減るほど。そんな大作が、いま日本にあることの幸運も感じます。
行方不明になっていたものを、学芸員の方が無傷で見つけた! というのは、何か絵の持つ力というか、運命的なものを感じますよね。次、いつ日本にやって来るのかと考えると、ぜひ一期一会の機会を逃さずに見て頂きたいですね。何よりこのスケール感は、実際に来ないと体感できませんから。
吉田羊
ーー会場では約80点の作品が「神話と聖書」「悪魔、地獄、怪物」「異界と幻視」「現実」「崇高の風景」「歴史」の全6章で紹介されています。
見るからに怖い絵と、物語や意味を知って初めて怖さを知る絵まで、怖さにも色々な種類があります。見るからに怖い絵というのは、見た時点で視覚的に怖さが完結する気がするんですけど、後者の場合、意味を知るとその先まで想像してしまうので、より怖さを感じますね。どの章もそれぞれ違う怖さを楽しめる作りになっていると思います。私は「歴史」の部屋が好きですね。歴史って人が積み上げてきた結果だと思うので、つまりは怖いのは人なんだなと。そう考えると途端にあの部屋の怖さがリアルに迫ってくる。人間の愚かさが怖いなと。
ーー各章には特別監修の中野先生による解説が添えられています。一方、吉田さんによる音声ガイドは、また違った内容になるのでしょうか。
大筋には同じですが、目で読む解説と聴覚を刺激する解説とでは、また違った感じ方ができるのではないかと思います。そこをぜひ楽しんで頂きたい。例えばハーバート・ジェイムズ・ドレイパーの《オデュッセウスとセイレーン》では、まず波の音から聞こえてくるので、より効果的に、作品世界へと誘われる演出になっていると思います。
吉田羊
ーーナレーションの際に”役作り”で心がけたことは?
フラットに見る方の感性に寄り添えたらと思い、読むときはなるべく私情を挟まず低い声を心掛けました。一方で女優・吉田羊がやる意味と言いますか、オーブリー・ビアズリーの≪踊り手の褒美≫では『サロメ』の詩を読む箇所もあり、そこは感情を込めて読ませて頂きました。最初は魔女のような低い声色でサロメの怖さを表現していたのですが、ディレクターさんから、「もう少し若いキャラクターなので、年齢設定を下げてください」と言われて……。少し高めの若いトーンで読み直したのが、今の音声ガイドに収録されています(笑)。舞台なら年齢的な嘘も成立させられるので、今後サロメを演じる機会があれば、もう一度この絵をみてインスピレーションを貰うことになるんだろうなと思います。
吉田羊
「展覧会は人生を楽しむきっかけになると痛感、デートスポットにもおすすめです」
ーー例えば、≪レディ・ジェーン・グレイの処刑≫を見た夏目漱石は「血しぶきのシーンまで見えた」と、後に書き留めていたそうです。本作に限らず、吉田さんのなかで衝撃をもって受け止められた作品、または好きな作品などをご紹介ください。
マックス・クリンガーの版画≪手袋≫シリーズは印象的です。あの作品は、現代で言うところのストーカーの話なんです。拾った手袋を持ち主に返さず家に持ち帰り、そこから想像を膨らませて絵を描いているんですね。「この作家さんは、どういうひとだろうな?」と、すごく興味が湧きました。実は、私自身は絵に疎くて美術館に行く機会も少ないため、最初は展覧会を楽しめるのか不安もありました。でも、展覧会が人生の楽しみを増やすきっかけになるんだなと、今回参加させて頂き痛感したことですね。絵からその作家を想像したり、そのひとの人生を想像するのもまた面白いなと。
吉田羊
ーーそれも実際に美術館へ足を運んだからこその発見ですね。
そうなんです。クリンガーさんの場合は、絵を描くという手段があったから、手袋の持ち主への思いが作品として残っているわけです。もしも、それがなかったら……。手袋の持ち主に刃が向けられていたかも、もっと凄惨なことになっていたかもしれない! と、想像が膨らみました。クリンガーさんはこの後、何枚持ち主の絵を描いたんだろう。
吉田羊
ーーエドヴァルド・ムンクやポール・セザンヌなど、一般にもよく知られた作家も怖い絵を描いているんですね。
ムンクは《叫び》が有名ですが、《別離Ⅱ》という作品は女性とのツーショット。当時のムンクは恋をしていたのかな、でも袖にされて振り向いて貰えなかったのかなとか。本人にとっては辛いエピソードでしょうけど、ユニークにも見える絵のタッチと女性の髪の毛が胸に絡まる絵を見るにつけ……、未練がましいひとだったのかなと(笑)。
吉田羊
ーーセザンヌの油絵は全体的に闇をまとった、その名も《殺人》。「作家のイメージにそぐわない」との理由で、長らく隠されてきたといういわくありげな一枚です。
確かにセザンヌのイメージからすると意外な気がしました。でも、若い頃にはああいったタッチの絵をたくさん描かれていたとか。当時の彼に何があったのかと想像してしまう。また、歴史やひとのイメージはひとによって操作されているというのは、今も昔も変わらないんだなと思いました。
吉田羊
ーー吉田さんもお好きと伺った妖怪画の歌川国芳をはじめ古今東西、昔から怖い絵は人の興味を惹いてきました。人間の怖さを「書き留めたい」「鑑賞したい」という気持ちは……、何なのでしょう(笑)。
なんだろうなぁ。中野先生も仰っていますけど、怖さって想像によって増幅される部分があると思います。見えないものとか、自分の知らないものを「知りたい!」という人間の欲望は尽きないと思うんですよね。それがある限り、きっとこの先もこのような展覧会は続くんだろうなと思います。
ーー本展兵庫会場では高校生以下が無料でもあり、普段あまり美術館を訪れないという若い方々もたくさん足を運んでいるようです。
嬉しいですね。気心の知れた同士で来て頂ければ、より関係が深まるだろうし。はじめてのデートでは話題には事欠かない、格好のデートスポットでもありますね。例えば、お互いにまずどの絵が気に入ったというところから始まって、「僕はこう見た、私はこの絵が好きだよ」とか。それこそ先ほどのムンクの《別離Ⅱ》を例に「私はこういう未練がましいひとは嫌いだわ」と先制攻撃を仕掛けてみたり(笑)。
吉田羊
ーー(笑)。吉田さんもすっかり美術館の魅力にハマられたのでは?
興味は湧きましたね。少なくとも本展で紹介された作家さんの作品は、もっと見たいなと思いました。10月から上野の森美術館でも開催されるので、東京会場では1日かけてじっくり見たいです。とにかく《レディ・ジェーン・グレイの処刑》の前に立つと動けなくなってしまうので。みなさんそうみたいですね。館長さんも仰っていましたが、絵の前にあるベンチにじっと腰かけて、何分も絵を眺めている方が多いんですよと。
吉田羊
ーー中野先生は「感性だけの鑑賞は楽しみを損なう」との思いから、『怖い絵』シリーズを上梓されました。約80点もの名作に触れることで、鑑賞者も知らぬ間に”絵の見方”が身に付きそうです。
絵にはさまざまなヒントが隠されていて、そこから絵のもう一つの魅力とでもいうべき、作家の思いが浮かび上がってくる。それも解説を見聞きすることで初めて気付くことも多いので、まずはご自身の感性でご覧頂き、その後に音声ガイドを聞いて頂くと、全然違って見えますから。印象が変化する、という体験をして頂きたいですね。
吉田羊
ーー最後にお客様へメッセージを。
吉田羊が音声ガイドをやってるから見に行こうとか、どんなきっかけでもいいので一歩踏み出して頂ければ、展覧会での経験は人生のプラスになると思います。この作家の他の作品も見てみたいと現地の美術館に足を運ぶのもいいですし、知らないまま見過ごすと損するなって。《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を見るだけでも価値があると思います。中には混雑を避けるため、入場と同時にまず一番最後にあるジェーンの絵を見てから、最初に戻って見る方も少なくないそうですよ(笑)。
吉田羊
<兵庫会場>
2017年7月22日(土)~2017年9月18日(月・祝)
■会場:兵庫県立美術館
■開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
※特別展開催中の金・土曜日は夜間開館~20時(入場は19時30分まで)
■休館日:月曜日≪9月18日(月・祝日)は開館≫
■観覧料金:一般1,400(1,200)円、大学生1,000(800)円、70歳以上700(600)円、高校生以下無料
※カッコ内は20名以上の団体割引料金
※障がいのある方は各当日料金の半額(70歳以上は除く)、その介護の方1名は無料
2017年10月7日 (土) 〜 12月17日 (日)*会期中無休
■会場:上野の森美術館
■開館時間:10時〜17時
※最終入館は閉館30分前まで
■入場料:一般1,600(1,400)円、大高生1,200(1,000)円、中小生600(500)円
※未就学児童は無料
※カッコ内は前売りおよび団体料金、団体は20名様以上
※障がい者手帳をお持ちの方とその介護者1名様は無料(要証明)