『新感染 ファイナル・エクスプレス』ヨン・サンホ監督インタビュー 『哭声』から『アイアムアヒーロー』までゾンビ映画の源泉を明かす
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『新感染 ファイナル・エクスプレス』ヨン・サンホ監督
9月1日(金)から公開される『新感染 ファイナル・エクスプレス』(以下『新感染』)は、第69回カンヌ国際映画祭で世界156カ国から買い付けオファーが殺到した韓国映画。疾走する高速列車の中で爆発的に増殖する“感染者”たちの群れの中、父娘、妊娠中の妻とその夫、学生たちが懸命に生き延びようとする姿を描くサバイバル・パニック映画だ。全世界で約100億円(BOX Office Mojo調べ)のヒットを記録しているほか、映画批評サイト・ロッテントマトでは96%FRESHの好評価を勝ち取り、アメリカでのリメイクも決定。さらに、『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロ監督、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズのジェームズ・ガン監督ら名だたるクリエイターたちからも絶賛の声が寄せられている。
メガホンをとったのは、ヨン・サンホ監督。韓国長編アニメとして初のカンヌ映画祭への出品を果たした『豚の王』など、社会派アニメ―ションを多数生み出してきた異色の才人である。エンタテインメント性と社会批評性を高く評価されることになった異色の‟ゾンビ映画”を、ヨン・サンホ監督はどのような視点で作り上げたのか。強い影響を受けたという漫画『アイアムアヒーロー』やゾンビの造型、作品の持つテーマなど、作品を構成する多数の要素や想像力の源泉について、インタビューで丁寧に語ってくれた。
「ホームレスとゾンビ」が果たす重要な役割
(C)2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM. All Rights Reserved.
――『新感染』は監督の初の実写長編作品ですが、もともとはアニメーション監督でいらっしゃいますよね。
もともと、私はアニメーションが大好きで、子どもの頃からアニメを観て育ちました。中でも日本のアニメに大きな影響を受けていて、中学生の頃にはアニメーターになることが夢になっていたんです。そこから美術学校にも通って、大学に行ってからは短編アニメーションを撮るようになりました。その途中で、外国のアニメの下請けをするアニメ制作会社にも勤めたりもしました。そういう風に、アニメに関わる仕事をずっとしてきたんです。その頃には、実写映画を撮ろうとは考えていませんでした。とにかくアニメーションの監督としてやっていこうという思いが強かったんです。
――なぜ実写映画を監督することになったのでしょうか?
デビュー作で、『豚の王』という長編アニメ映画を撮ったときにも、「実写映画を撮ったら?」と周りの人たちに勧められたんですが、それでもわたしには実写を撮る考えはありませんでした。『ソウル・ステーション/パンデミック』(以下『ソウル・ステーション』)という長編アニメを撮ったときに、NEWという会社から、「実写を撮ってみないか?」という具体的な提案をいただいたので、今回の『新感染』に至ったんです。
――実写を手がけてみて、苦労した点はありますか?
スタッフや俳優さんが、私のアニメーション作品を好きな方がほとんどだったということもあって、むしろ撮り易かったです。私がアニメ出身で初めて実写を撮るので、演出をするときも、みなさんが支障のないように凄く気を遣って下さったんです。時代が変わってCGが使えるようになってきましたのも大きいです。昔はアニメーションでも、手描きで雲を描いていたのですが、今回の『新感染』に登場する雲なんかは、ほとんどがCGで描いて作ったものを使っているんですよ。一部、KTX(編注:劇中に登場する韓国の高速鉄道列車)の車両の先頭の部分も、コンテで私が描いたものを、CGで処理して作っています。
――前日譚にあたる『ソウル・ステーション』と『新感染』はもともと「ホームレスとゾンビ」という題材で撮る予定だったと聞いています。なぜその題材を選ぼうと思ったのですか?
ゾンビは、『ソウル・ステーション』、『新感染』どちらにおいても原作のモチーフとしてありました。さかのぼると、短編アニメを制作していた頃から考えていた題材です。ソウル駅という空間は、韓国では経済発展の象徴で、その発展からはみ出してしまった人々がホームレスなんです。つまり、経済発展の象徴とホームレスが表裏一体であるという二重の意味があるんです。ソウル駅に行くとホームレスの人々がたくさんいますが、一般の人々は、見えているのに、見えないふりをします。明らかに近くに存在しているのに、存在しないものとして通り過ぎていく。そこから、「‟ホームレスと外見も動きも似たゾンビ”が現れたらどうなるんだろうか? 一般の人々は、それに気づくのだろうか?」と考えはじめたところから、モチーフが広がっていきました。最初は短篇の企画として撮ろうと思っていたのですが、それは実現しなかった。だから、そのモチーフを長編の『ソウル・ステーション』に持ち込んで映画ができあがりました。
――『新感染』に登場するホームレスには、どんな役割があるのでしょう?
『新感染』では、ホームレス以外の登場人物は、みなさん普通の人々ですよね。でも、その普通の人々も、政府のような公権力には関心を持たれていない。この映画には、公権力から無関心に扱われる一般の人々がいて、そこにも含まれないホームレスがいるわけです。一般の人々からすると、ホームレスは異質なもの。ゾンビでもないんだけれど、普通の人とも違います。そういう存在を、果たして一般の人々は受け入れられるのかどうか。受け入れる姿勢・態度を見せることによって、普通の人々が変化していくところを見せられると思ったので、ホームレスは重要な存在として描きました。
『哭声/コクソン』から『アイアムアヒーロー』まで ゾンビを構成する要素
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――ゾンビが珍しい動きをしていたのが印象に残っています。『哭声/コクソン』と同じ振付師のパク・ジェインさんを起用されたそうですが、その理由を教えてください。
動きについてもそうですが、ゾンビについては、まずビジュアルをどんなものにすべきかが悩みの一つでした。普通はゾンビというと、強烈な特殊メイクをイメージしますよね。『新感染』では、どの程度の特殊メイクにすればいいのを考えました。最初は、アメリカ映画に登場するゾンビのようなメイクを考えていたんです。でも、そうするとゾンビがモンスターのように見えたので、違和感ありました。それは、私の望むものではなかったんです。
――ゾンビを人間の延長線上の存在にしたかった、と。
ということで、特殊メイクは最小限にとどめようと思いました。ただ、そうすると、ゾンビとしての特徴がなくなってしまうんですよね。じゃあ、特殊メイクを抑えるかわりに、動きでゾンビらしさを出そうと思ったので、振付師を探し始めたんです。そこから、何人かの振付師の方とお会いして、打ち合わせもしました。当時、『哭声/コクソン』の振り付けをパク・ジェインさんが担当されていたんですが、彼女はその中で登場するゾンビのために、沢山の準備をして、いろいろな動きを提案されていたんです。『哭声/コクソン』に出て来るゾンビは一人しかいないんですけどね(笑)。にも関わらず、本当にたくさんの準備をされていて、その振付を私にいくつか見せてくれたんです。その中の一つに、ボーンブレイクダンスという、関節を折るような動きを採り入れたものがありました。それを見たときに、自分の考えるゾンビや作品のコンセプトに合うな、と思って、ボーンブレイクダンスを中心に振りを付けてくれるようにお願いしました。パク・ジェインさんは、アルツハイマー症候群の方の動きも、参考になりそうな例として挙げてくださったので、それも参考にしています。
ボーンブレイクダンス(Bone Breaking)
――漫画の『アイアムアヒーロー』も参考にされたとも聞いています。具体的にどういった点に影響を受けたのでしょうか?
漫画の『アイアムアヒーロー』は、最初は何の情報もなく書店に行ったときに、好きなタッチの画だと思ったので、手に取ってみました。1巻ではまだゾンビ漫画という印象はあまりありませんでした。でも、1巻の最後のほうにゾンビパンデミックが発生して、2巻、3巻と読んでいくうちに、「スピード感がすごい!」と思ったんです。登場人物が、リアルタイムで追いつ追われつの展開があって、そういったところも『新感染』のコンセプトとあうので参考にしています。それと、『新感染』はアクションを中心に展開しようと思っていたので、『アイアムアヒーロー』の3巻の前半あたりのスピード感とリアルさにも強く影響を受けています。私は、好きなゾンビ漫画の一冊としてよくこの漫画を挙げるんですよ。コミックスは22巻で完結していますが、今のところ21巻まで読みました。
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――『新感染』は、ゾンビのそのものだけでなく、アクション、ホラー要素、人間ドラマのバランスが素晴らしいと思いました。意識してバランスをとられたのでしょうか?
今回の映画を作るにあたって、出資会社から企画の段階で要請されたことがあります。それは、超大作で、大規模なブロックバスター映画を作りたい、ということです。それから、「バラエティに富んだ、いろいろなキャラクターを出したい」ということも依頼されました。それは、アンサンブルキャストの映画にしたという狙いがあったんだと思います。一方で、私自身には、世代論を語る映画にしたい、という思いがありました。つまり、一つの世代が子どもたちの世代に何を残せるのか、ということをモチーフにしたかったんです。父親と息子、あるいは父親と娘が軸になるドラマにしたかった。なので、この『新感染』は家族、父親と娘からスタートしている物語なんです。そういったバランスをとりながら、アクションが中心の作品にしたいとも考えていました。
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――アクションについては、具体的にどういったところを工夫されたのでしょうか?
列車というのはすごく狭い空間なので、どうしても平坦なアクションになりがちですよね。ですから、出来るだけ変化を付けて、色んな形のアクションを見せないとつまらないな、と思いました。列車が発車してしばらくは、ゾンビが追ってきて、それから逃げるという水平の動きが多いんですが、途中で、立ち寄る大田(テジョン)駅から変化させています。私はこの映画を撮るにあたって、実際にKTXに乗って、それぞれの駅で何度も下車して、いろいろと見て回りました。大田駅には、歩道橋があったので、「これを使おう!」と思いました。これを使えば、上からゾンビが落ちてくる画を撮ることが出来ると思ったんです。それまで水平に追いつ、追われつという展開だったのが、今度は垂直の動きも入れられる。そうすると、少し違ったテンションのアクションに持っていけるなと思ったんです。
――上からゾンビが降ってくる描写は、『ソウル・ステーション』にもありましたね。そのほかには?
スピードにもこだわっています。スピードのあるアクションが多かったと思いますが、静かになるシーンもありますよね。どこかに隠れたり、静かに逃げたり、そういう動きのあるシーンも入れて、変化をつけているんです。それから、東大邱(トンテグ)駅という駅では、それまでの車内の狭い場所から、開けた場所に降りてアクションを展開する。私なりに、アクションに変化をつけるのが大きなポイントでした。
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――なるほど。そういった撮影は、実際にKTXの中で行われたのでしょうか?
運転手のいる運転席は、実際のKTXの車庫まで行って、本物の車内で撮影させてもらいました。ただ、他のアクションシーンは、実物の中で撮影は出来なかったので、室内のセットを組んで撮影しています。車両2つ分くらいのセットの中で……実際には2両しかないのを、あたかも全く違う車両があるように見立てて撮りました(笑)。
――すごく予算をかけているように見えるのですが、予算を抑えるところは抑えてるんですね。近年は、『ウォーキング・デッド』や『ワールドウォーZ』など、スケールの大きなゾンビ映画・ドラマがたくさん作られています。そういった状況を、どうご覧になっていますか?
私は、昔からゾンビやゾンビ映画に愛着を持っていました。というのは、ヴァンパイアやオオカミ人間は超人的な能力を持っていますが、ゾンビは普通な感じがしますよね。そういった点が、ゾンビの愛着を持てるところだと思っています。昔は、ヴァンパイア映画などはメジャー作品として製作されていましたが、ゾンビ映画はマイナー作品の象徴のような存在でした。だから、メジャーなものとしてたくさん作られるのは、本当に嬉しいですね。
映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』は9月1日(金)全国公開。
映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』
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(2016年/韓国/118分)
英題:Train to Busan
監督:ヨン・サンホ「The King of Pigs」(2012年カンヌ国際映画祭監督週間正式出品)
出演:コン・ユ(『トガニ 幼き瞳の告発』『サスペクト 哀しき容疑者』)、チョン・ユミ(『ソニはご機嫌ななめ』『三人のアンヌ』)、マ・ドンソク(『殺されたミンジュ』『群盗』)
(2016年/韓国/118分)
配給:ツイン
公式サイト http://shin-kansen.com/
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