あるべき姿のために戦う! ミュージカル『ラ・マンチャの男』松本幸四郎 インタビュー

世界初演から50周年、いまだ革新的なミュージカルとして孤高の存在であり続ける『ラ・マンチャの男』が、9月からの大阪、松本公演を経て、いよいよ10月4日から帝国劇場で開幕する。「一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」という、観る者の心に深く問いかけるメッセージと珠玉の楽曲で世界中で愛される名作ミュージカルである。

1969年、松本幸四郎はまだ26歳という若さでミュージカル『ラ・マンチャの男』に挑んだ。以来、歌舞伎俳優として歩み続ける一方で、この作品をライフワークと位置づけ、重ねた上演回数は1207回(2012年上演終了時点)に及ぶ。その長い上演の歴史は日本に「ミュージカル」という芸術が根付いていく道のりであり、謂わば松本幸四郎が切り拓いた歴史でもあった。そんな幸四郎に、改めてミュージカルとこの作品への思い、そして新たな上演に賭ける意欲を聞いた演劇ぶっく10月号のインタビューを別バージョンの写真とともにご紹介。



とことん突き詰めた歌舞伎とミュージカル

──3年ぶりの『ラ・マンチャの男』ですが、製作発表記者会見で、英語で歌われた「見果てぬ夢」が素晴らしかったです。

まだボイストレーニングが十分でない段階でしたので、難しかったのですが、東宝さんの熱意に押されて歌わせて頂きました。男は熱意に弱いですから(笑)。そういうものがないと演劇というのは成り立たないですね。日本の中でこそ日本語でやっていますが、海外に一歩出たらあらゆる言語があるわけですから、言語が共通でなければ伝わらないとか言っていては始まらないので。海外を目指す俳優さんにもっと出てきて欲しいという思いもありますね。

──ミュージカルがこれだけ発展した現在をどう思われますか?

今は毎月、日本全国どこかでミュージカルをやっていますからね。僕がはじめた45年前は、年に1、2本でした。こういう状況になってくれたことは本当に嬉しいし、幸せなことだと思っています。僕が初めてミュージカルに出たのは22歳の時で、越路吹雪さんとご一緒した『王様と私』でした。当時、そんなことをしようとする歌舞伎俳優はいなかったし、それはまるで、昨日国技館で相撲をとっていたのに、今日はヤンキーススタジアムで野球をやっているに等しい変化でした。でもその時、「どうせやるならブロードウェイまで行ってやろう!」と思ったんです。まさか本当に行けることになるとは思っていなかったけれど、「ミュージカルをやるからには」と22歳の若僧が抱いた夢だったんです。

それが5年後にこの『ラ・マンチャの男』で実現することになったわけで、なぜそれが可能になったかと言えば、僕が歌舞伎役者だったからです。というのも、歌舞伎の芸というのはすべて真似て覚えるんですね。先輩の台詞を、動きを、踊りを真似て学ぶ。だからこの『ラ・マンチャの男』でも、僕は英語の先生であるドン・ポムスさんの英語をひたすら真似て覚えました。息づかいから、間から、間違えた時の言い方まで真似たんです。そのおかげでブロードウェイの厳しい英語の台詞審査にもパスできたと思っています。何しろ僕が「こいつの英語はダメだ、わからない」と降ろされたら、ドン・キホーテを明日から演じられる役者が20人控えていましたから。そのなかで2ヵ月半、60ステージ演じられた。更に、日本では歌舞伎俳優で、八代目幸四郎の長男で、という色々なものを僕ははじめから背負っていて、最近では松たか子の親父とも言われますが(笑)、ブロードウェイではただの無名の若者だった。この潔さね。とにかく今日の舞台で良いものをみせられるかどうか。ただそれだけしかないという経験は貴重でした。
特に印象的だったのは、千秋楽近くの舞台で臨終の場面で客席の最前列の女性が、白いハンカチで目頭をぬぐった、その白いハンカチが光りの珠に見えたんです。その珠に、この舞台に立つまで経て来たすべての苦労が吸い込まれて行く感覚があって、「あぁ、この瞬間を味わう為に僕はブロードウェイに来たんだな」と思いました。そこからの長い年月、歌舞伎もミュージカルも両方をとことん突き詰めてきたからこそ、やってこられたのでしょう。
 


 
役者は常にチャーミングでなければならない

──年月を経たからこそ見えてきたものはありますか?

この歳月の中には、両親をはじめとしてたくさんの別れがありましたが、その度ごとに僕はこの『ラ・マンチャの男』の「見果てぬ夢」という歌に救われてきました。悲しみを悲しみのままに、苦しみを苦しみのままに終わらせるのではなく、悲しみを希望に、苦しみを勇気に変えることができました。役者は楽しいから歌っているのでも、面白いから踊っているのでもないのです。悲しいから歌っている、苦しいから踊っているんです。それを観て頂くことによって、お客様の感動に変えなければならない。それが全役者の使命なのです。お客様だって楽しい気分だけで劇場にいらっしゃるわけではないでしょう。苦しい事態に直面している方、行き詰まっている方、大切な人との別れを抱えている方もおられるかもしれない。その方々の前で「見果てぬ夢」を歌って、観終わった後に「明日も頑張ろう」と思って頂けるように、役者は演じなければならない。それが役者であり、芸人ですね。

──歌舞伎以外にも、様々な舞台に挑戦してこられましたね。

どれも自分から望んだものではなく、次々と頂いたお話で、それを断ればいいのに(笑)、断らないですべてやってしまってきたから、今のこの幸四郎がいるということですね。ただそれもすべて自分の決断でした。上手い俳優さんはたくさんいらっしゃいますが、例えば悪役であってもチャーミングな役者はそうそういない。でも役者にとってユーモアがありチャーミングであることは最も大切なことです。それから、言葉自体のイメージとしてはあまり好きではないのですが、でも他に言い換えられないので使いますと、インテリジェンスがあることは必要ですね。歌舞伎なら歌舞伎しか観ないとか、ミュージカルならなんでもいいとか、そういう視点ではなく、良い舞台は広く観る、というお客様が増えてこられているので、その方達に如何にインテリジェンスのある舞台をお観せできるかが重要です。
 



あるべき姿を信じたいという想いに応える

──今回の『ラ・マンチャの男』に初参加される役者さんたちには、どう臨んで欲しいですか?

初演の時に、宣伝部の方がこの作品について「どう宣伝したらいいだろうか?」と言ってこられたのが忘れられません。心の中では宣伝部がそれでどうする! と思いましたが、実際のところ三重構造の作品で確かに難しい。今回入られるアルドンザ役の霧矢大夢さんをはじめ、皆さんも僕の話を聞いてくれながら、わからない顔をしてはいけないんだけれども、実はよくわからないという顔でした。でも特にアルドンザはそれでいいんですね。ドン・キホーテも騎士道も何それ? この汚らしい田舎の爺が、と思っているのがアルドンザですから。その彼女が最後には「思い出しておくれよ、鎧を着て槍を持って戦いに出たのは貴方なのよ」と訴えるところまで変わる。あれほど「私はアルドンザ、泥の中で生まれた孤児だ」と言っていたアルドンザが、ドン・キホーテの精神を受け継いで「私の名はドルシネア」と言う、そこまで変わる霧矢さんを見たいですね。

──では、改めて今回の公演に対する思いを。

こうして『ラ・マンチャの男』の火がまた灯ったことは何よりも嬉しいことですが、やはりそれは自分を含めた日本という国全体が、あるべき姿の為に戦わずに、あるがままの人生に折り合いをつけようと、のたうち苦しんでいるということでもあると思います。でもだからこそ、あるべき姿を信じたいという想いがこの作品をまた観たいと言ってくださるお客様のお声につながったのでしょう。稽古を含めて4ヵ月の長丁場ですが、感謝を持って務めたいと思っています。
 



まつもとこうしろう○歌舞伎俳優。東京生まれ。1981年九代目松本幸四郎を襲名。代表作の一つ『勧進帳』の武蔵坊弁慶役では1100回、全国47都道府県上演を達成している。またミュージカル『ラ・マンチャの男』でブロードウェイ、『王様と私』でウエストエンドで、全編英語での単独主演を果たすなどミュージカル俳優としても輝かしい実績があり、精力的な活動を続けている。09年芸術院会員、12年文化功労者など、受賞歴多数。
 
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】
 

 

 
公演情報

 ミュージカル『ラ・マンチャの男』

脚本◇デール・ワッサーマン 
作詞◇ジョオ・ダリオン

音楽◇ミッチ・リー 
演出◇松本幸四郎
出演◇松本幸四郎、霧矢大夢/駒田一 、ラフルアー宮澤エマ
石鍋多加史、荒井洸子、祖父江進、宮川浩 、上條恒彦  ほか
●9/2~21◎シアターBRAVA! 
〈お問い合わせ〉シアターBRAVA! 06-6946-2260
〈料金〉S席¥13,5000 A席¥9,000 B席¥3,500(全席指定・税込) 
●9/26~28◎まつもと市民芸術館 主ホール
〈料金〉S席¥14,000 A席¥11,000 B席¥7,000(全席指定・税込)
●10/4~27◎帝国劇場 
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
 〈料金〉S席¥13,500 A席¥8,000 B席¥4,000(全席指定・税込)
 
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