『パリ❤グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展』レポート 思わず立ち止まる“路上の芸術”が集結

2017.10.25
レポート
アート

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《快楽の女王》1892年

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三菱一号館美術館にて『パリ❤グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展』(2017年10月18日〜2018年1月8日)が開幕した。本展は、フランス版画の黄金時代ともいわれる1890年から1905年までの世紀末を中心に制作された、装飾的ポスターや版画などのグラフィック・アートを紹介するもの。

19世紀、多色刷りのリトグラフ技術が普及すると、それまで単なる情報伝達の役割を果たしていた版画は、創作芸術として発展を遂げる。グラフィック・アートの代表的な芸術家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックを中心とした、同世代の前衛芸術家たちによる色彩豊かな作品群は、パリの大衆からエリート層までを魅了した。一般公開に先立ち開催された内覧会より、本展の見どころを紹介しよう。

会場エントランス

会場風景

ウジェーヌ・グラッセ《版画とポスター(『版画とポスター』誌のためのポスター)》1897年

パリ市民を虜にした街角の広告ポスター

新たに生み出されたリトグラフ技法によって大量複製が可能になったことで、街の壁面やカフェの入り口など、いたるところにポスターが貼られるようになった。リトグラフ技法は紙に描くのと同じように自由な描写ができることから、若い芸術家たちは、こぞって実験的な表現を試み始めた。多色刷り印刷による色鮮やかな画面と、柔らかな曲線で描かれた輪郭線にレタリング(デザインされた文字)が組み合わさり、通行人の目を引くような美しいデザインの広告が街中を彩ってゆくこととなる。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《シンプソンのチェーン》1896年

モーリス・ドニ《『ラ・デペッシュ・ド・トゥールーズ』紙のためのポスター》1892年

シャンパンの広告を手がけたピエール・ボナールのポスターは、グラスから溢れ出す泡と、女性の髪やドレスの曲線美が調和し、陶酔感を誘う一枚となっている。

左:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《コンフェッティ》1894年 右:ピエール・ボナール《「フランス=シャンパン」のためのポスター》1891年

ロートレックを一夜で有名に

19世紀半ば、パリの街を大規模に整備する、いわゆる「パリの大改造」が行われると、モンマルトルに移住した労働者を相手にダンスホールやキャバレーが続々開店した。飲食をしながら音楽を楽しめるカフェ・コンセールも人気を呼び、大衆向けの娯楽施設が充実してゆく。

左:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》1893年  右:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ジャヌ・アヴリル(ジャルダン・ド・パリ)》1893年

キャバレーに足繁く通っていたロートレックは、お気に入りの歌手や踊り子をモデルに、何枚ものポスターを制作した。当時、パリのダンスホールで盛行した舞踊曲カンカンの有名な踊り子を描いた「ムーラン・ルージュ」のポスターは、街中に張り出されるや否や、一夜にしてロートレックを有名にしたという。サイズが大きいため、3つの部分に分けて刷られたポスターの圧倒的な存在感は、ぜひ実物を見て感じてほしい。

左:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》1891年 右:テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《シャ・ノワール巡回公演のためのポスター》1896年

当時の人気歌謡が流れる展示空間

客引きの効果を存分に発揮したポスターは、キャバレーやダンスホールの店前に貼り出された。遠くから見ても認識できる明瞭な色使いや、歌手や踊り子の特徴を捉えた肖像のポスターは、彼らの認知度を高めるのに貢献した。

左:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《メイ・ベルフォール》1895年  右:アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《メイ・ミルトン》1895年 

展示室内では、当時の人気歌手アリスティド・ブリュアンやイヴェット・ギルベールの歌が流れ、パリの歓楽街に思いを馳せながら展示を楽しめる空間になっている。

会場風景

富裕層に伝播した版画熱

大衆文化が花開いた19世紀末、グラフィック・アートが庶民の生活に浸透していく一方で、ポスターや版画作品に絵画と同様の芸術的価値を見出し、それらを収集する愛好家が出現した。

大衆向けのポスターが公共の場で展示されたのに対して、エリート層向けの版画は、あくまでも自邸の私的な空間で密かに鑑賞された。そのため、神秘的なものや、官能的な題材を取り扱った版画が制作されるようになった。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 座る女道化師<シャ=ユ=カ=オ嬢>(『彼女たち』より)1896年

黒を基調とした暗めの雰囲気が漂うフェリックス・ヴァロットンによる版画連作『アンティミテ(親密)』では、男女の出会いの場を描きつつも、意味深なタイトルと覗き見をしているような構図が鑑賞者の想像力を掻き立てる。

左:フェリックス・ヴァロットン《5時(『アンティミテ』Ⅶ)》1898年 右:フェリックス・ヴァロットン《お金(『アンティミテ』Ⅴ)》1898年

芸術作品としての版画

版画の芸術性が高まり、エリート層による収集が盛んになると、街には版画専門の画商があらわれ、豪華版の版画集や、高品質で稀少性の高い作品が作られるようになった。紙の種類やインクの色を変えて差別化をはかったり、刷り上がった版画に芸術家が彩色を加えたりと、工夫を凝らした一点ものの需要も増えていた。

ロートレックによる《ロイ・フラー嬢》は、60部のみの限定品だが、すべてインクの色を変え、銀粉や金粉をロートレック自らが手作業で加えるという、手の込んだ芸術作品だ。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ロイ・フラー嬢》1893年

貴重な下絵から試し刷りまで

作り手の試行錯誤がうかがえる色違いに刷られた版画や、文字が入る前の余白を残した展覧会ポスターなど、本展では貴重な作品を見ることができる。こうした試し刷りの版画も、当時のコレクターにとっては垂涎の的になった。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュのイギリス人》1892年

左:モーリス・ドニ《『アムール(愛)』表紙のための下絵》1898年頃  右:モーリス・ドニ《『アムール(愛)』表紙》1898年

テオフィル・アレクサンドル・スタンラン《ボディニエール画廊にて》1894年

ロートレックのオリジナルグッズも充実

本展のオリジナルグッズとして、ロートレックの原寸大ポスターを切り取ったデザインのトートバックが販売されている。ロートレックの色彩を活かしたノートやカレンダーも、合わせてチェックしてほしい。

グッズ売り場

『パリ❤グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展』は2018年1月8日まで。世紀末に華めいたフランス版画の傑作が揃うこの機会に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

イベント情報
パリ❤︎グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展
 
会期:2017年10月18日(水)〜2018年1月8日(月・祝) 休館日:月曜休館 ※1月8日と、「トークフリーデー」の10月30日、11月27日、12月25日は開館 年末年始休館:2017年12月29日〜2018年1月1日
会場:三菱一号館美術館
開館時間:10:00〜18:00(祝日を除く金曜、11月8日、12月13日、1月4日、1月5日は21:00まで)※入館は閉館の30分前まで
入場料:一般1700円 高校・大学生1000円 小・中学生500円 [アフター5女子割] 第2水曜午後17時以降/当日券・一般(女性のみ)1000円 ※利用の際は「女子割」での当日券ご購入の旨お申し出下さい。
主催:三菱一号館美術館 アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館 朝日新聞社
http://mimt.jp/parigura/
 
 
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