ただの「インスタ映え」じゃない! 私たちの常識が覆される『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』をレポート

2017.11.20
レポート
アート

《教室》2017年 ※新作

画像を全て表示(26件)

2017年11月18日(土)~2018年4月1日(日)の期間、六本木の森美術館で『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』が開催される。レアンドロ・エルリッヒは、1973年アルゼンチン生まれのアーティスト。世界中の美術館や芸術祭に出展しており、日本でも金沢21世紀美術館の恒久展示《スイミング・プール》などで知られる。

今回は、エルリッヒの初期作品から最新作が一堂に会する、世界でも最大規模の展示だ。全44点のうち8割が本邦初公開、6点が大型インスタレーションという注目すべき内容である。以下、プレス内覧会と共に、見たことのないような世界を提示してくれる作品の数々をレポートする。

レアンドロ・エルリッヒ

プレス内覧会にて、森美術館館長・南條史生は「エルリッヒの作品には驚きがあり、魔術的な魅力で不可思議な体験を与えてくれる」と絶賛した。本展キュレーター/森美術館キュレーターの椿玲子は、「参加型の楽しめるインスタレーションで知られているが、今回は社会構造への批評的な視点に基づくものも紹介している」ことを強調。そして本展アーティストのレアンドロ・エルリッヒは「私自身もワクワクしている。情熱をここ日本で拡散したい」と語り、熱い思いを示した。

(左より)南條史生、椿玲子、レアンドロ・エルリッヒ

その後、タレントの本田望結・本田紗来姉妹が登場。インスタレーション《建物》の中でさまざまなポーズを披露し、場を一層盛り上げた。

(左より)本田望結、本田紗来

(左より)本田望結、本田紗来

本展全体を予感させる「反射」という言葉

水面に浮かんでいるかのように見えるボート。しかし実際は水がなく、水面の像はボートと同じ素材でできている。本展冒頭の《反射する港》は、観る者の意表を突き、驚きに満ちた体験を予感させる。タイトルの一部である「Reflection」(反射)という語は、「熟考」「省察」という意味も持つため、私たちが普段思い込みでものを見ていることや、見えているものをそのまま信じ、物事を見たいようにだけ見ているという自覚を促すようでもある。

《反射する港》2014年 ※日本初公開

《反射する港》2014年 ※日本初公開

過去と未来を暗示する“現在の亡霊”

半透明の幽霊が漂う教室を見ると一瞬ぎょっとするが、亡霊の正体はガラスの手前の観客。本展のために制作された《教室》は、日本における少子化や地方の過疎化の問題をテーマとする。廃校でこちらを見つめる分身は、かつては生徒だった過去の自分や、いつか肉体を失う将来の自分、そして日本の未来の問題を含むのだろう。

《教室》2017年 ※新作

《教室》2017年 ※新作

見ることは、見られること

マンションの生活風景をのぞき見しているようなビデオ・インスタレーション《眺め》は、時折住人たちがブラインド越しにこちらを見つめる。そのため、鑑賞者は見るだけではなく見られる存在であり、単なる傍観者ではなく当事者であることを意識する。

《眺め》1997/2017年

《眺め》1997/2017年

25台のモニターで一つの部屋を捉える《部屋(監視Ⅰ)》が映しているものは、特徴のないテーブルや椅子。無個性なものであってもわざわざ映像として撮られることへの違和感や、特別なことをしなくても常に誰かに見られていることを示すようだ。

《部屋(監視Ⅰ)》2006/2017年

《部屋(監視Ⅰ)》2006/2017年

既成概念や思い込みが覆される

窓から見えるのは観葉植物。鮮やかな緑色の葉の間から向かい側の窓を見ると、隣にいるはずの人がこちらを眺めており、対角線上に自分の姿がある。作品《失われた庭》における窓は結界の役割を果たし、仮想の庭には決して立ち入ることはできない。

《失われた庭》2009年

豪華な設えの試着室に入って鏡を見ると何も映らず、同じ空間が続いている。本展の《試着室》は観客を無限回廊に迷い込んだような感覚に陥らせ、鏡だと認識して覗いた像が他の観客であったりするため、何度も自分の姿を見失う。

《試着室》2008年 ※日本初公開

《試着室》2008年 壁側より ※日本初公開

《美容院》は鏡と椅子の並ぶ美容室を模しているが、向かい合う形で同じ空間があり、鏡を覗き込むと、隣の美容院の見知らぬ他者がこちらを見つめている。

《美容院》2008/2017年 ※日本初公開

《美容院》2008/2017年 ※日本初公開

《美容院》2008/2017年 ※日本初公開

これらの作品において、「窓の外には地続きの現実がある」という前提は無効となり、「試着室や美容院には鏡がある」という既成概念や、「鏡を見ると自分が見える」という思い込みが覆される。自分と鏡像、自己と他者、現実とフィクションが入り混じる体験ができるのだ。展示空間の外に出て鏡を見る時も、思わず鏡面に触れて確かめる癖ができそうだ。

世界の仕組みを再考する

窓にぶら下がったり、重力に逆らったりしてさまざまなポーズを楽しむことができる《建物》は、建築物が垂直であるという常識を取り払う。床に描かれたファサードに対し、約45度の傾きで鏡が設置されており、横から見ると仕掛けが分かるようになっている。鑑賞者はこの作品の仕掛けを知ると共に、日常に埋もれて意識されない仕組みに興味を持ち、実はどうなっているのか探求するようになるだろう。

《建物》2004/2017年

《建物》2004/2017年

《建物》2004/2017年 横から

《建物》と同じスペースには、エルリッヒの過去作品の模型や記録写真が展示されており、キャリアの全貌が分かるようになっている。アーティストの豊富なアイディアに触れると共に、ひとつひとつが街や美術館の空間に溶け込んで、静かな違和感を放ちながらも一つの景色として調和していることが実感できる。

レアンドロ・エルリッヒの展示は、日常と切り離された、閉じた非現実を見せるのではない。鏡や窓や扉といった身近な事物を介して垣間見える非日常は、常に閉鎖されることなく開かれており、鑑賞者は日常と非日常を行き来できる。リアルの中で唐突にアンリアルを示す作品世界は、日常と地続きであるだけに一層大きい驚きを与える。また、参加型作品が多く自撮り可能で「インスタ映え」するため、SNSで無数に拡散されることだろう。そして画像を見たフォロワーは、どういう仕掛けなのか思いを巡らし、自分の思い込みに気づいたり、美術館に足を運んだりするのだろう。

現実と連動し、現代社会に流布しているイメージを軽やかに取り込んでひっくり返す本展は、生きたアートが放つエネルギーに満ちた空間であり、自分が今生きている時代や環境を改めて意識する稀有な体験を与えてくれる。思いきり楽しむことで現実を実感し他者と繋がる『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』を、是非経験していただきたい。

レアンドロ・エルリッヒ

 
イベント情報
レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル

会期:2017年11月18日(土)~ 2018年4月1日(日) ※会期中無休
会場:森美術館
開館時間:10:00~22:00(最終入館 21:30)※火曜日のみ、17:00まで(最終入館 16:30)
  • イープラス
  • 美術館/博物館
  • ただの「インスタ映え」じゃない! 私たちの常識が覆される『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』をレポート