中村蒼と美波が語る小説とも映画とも違う魅力に満ちた ふたり芝居『悪人』
ふたり芝居「悪人」
250万部を記録したベストセラー小説にして、2010年には映画化もされ大ヒットした、吉田修一による傑作『悪人』。物語の舞台となるのは、九州のとある田舎町。携帯サイトで知り合った男女がお互いの孤独な魂に共感して恋に落ちるが、実は男が殺人を犯していたことから、ふたりの逃避行が始まる。その果てに逮捕された男は、女のことを「ただ利用しただけだ」と言うのだが……。
この“ふたり芝居”として新たな息吹が吹き込まれることになった『悪人』を企画し、上演台本・演出を手がけるのは合津直枝。映像プロデューサーであり、映画監督、脚本家でもある合津は2016年には『乳房』(内野聖陽、波留が出演)と『檀』(中井貴一、宮本信子が出演)という2本のふたり芝居を上演して高い評価を得ている。今回、“哀しき殺人者”である<祐一>を演じるのは映像に舞台にと活躍の場を広げ、繊細な表現力が魅力の中村蒼。その殺人者を愛してしまった<光代>には、蜷川幸雄、野田秀樹、栗山民也、宮本亜門、長塚圭史といった日本を代表する演出家たちの舞台で感性を磨き、現在はパリを拠点に活動を続けている美波が扮する。
本格的な稽古に入るのはまだ先とはいえ、既に台本の読み合わせを行い、早くも手応えを感じているという合津と、初めてのふたり芝居に果敢に挑もうとしている中村と美波に、どんな舞台になりそうかを語ってもらった。
――合津さんが今回、このお二人をキャスティングした狙いとは。
合津:まず、小説も映画も素晴らしいと思っていた『悪人』という作品をなぜあえて舞台にしたいと思ったかをお話しすると、映画版の光代のラストの描き方に少し不満が残ったからなんです。私が女だからかもしれないんですが、光代にとっては決してバッドエンディングではなく、ふたりで逃亡していた2週間はむしろ尊い一生の宝物になったんじゃないかと思って、女性の視点からの舞台にしたい、と。それには、まず光代は内に秘めた強さをしっかりと持っている人に、と探したら美波ちゃんと出会い、そして祐一にはウケの芝居が達者で、誠実で不器用そうな九州男児がいいなと思っていので、蒼くんにお願いしました。
――おふたりはこの作品へのオファーを受けて、まずどう思われましたか。
中村:ふたり芝居は経験がなかったですし、周囲でやったことがあるという人はみんな「大変だった」と言うし、ふたり芝居を観たことがあるという人も「大変そうだった」と言うし。
合津:それ、イヤですねえ。観ていても「大変そう」としか伝わらないだなんて(笑)。
中村:セリフ量がすごくてとか、そういう感想が多くて。
合津:それは単に面白くなかったんだね。
中村:そういうことになるんですかね(笑)。それにやっぱり、初めてのことに挑戦するのはなかなか勇気がいることなので不安だったんです。それこそ原作にしても映画にしても、どちらも有名で、どちらもすごく評価されている作品ですし。だから最初はとても不安要素が多かったんですが、でも結果としてやってみたいという気持ちの方が強かったので。もう、とにかく舞台の上にはふたりしかいないので、もはやすべてをふっ切ってやるしかないと思っています。
合津:ん? 「やるしかない」って、なんかイヤそうじゃない?(笑)
中村:いえいえ、イヤじゃないです!(笑) 今はもう、不安もないですし。「わあ、どんな風になるんだろうー」って思っているくらいで。
美波:え、ホントに?
中村:自分がやるのに、なんだか他人事みたいな感覚ですけどね(笑)。
美波:だけどきっと、毎ステージ毎ステージ変わっていくんでしょうね。ある意味、未知なもの、何かその先に見つかるものが絶対にありそうなので、それがなんなのかはまだわからないものの、すごく楽しみだなとは思っています。でも最初にこのお話を合津さんから聞かせていただいた時には「え、私でいいんですか?」って思いました。光代のキャラクターが私っぽくないしな、大丈夫かなと思って。だけど台本を読ませていただいたら、共感できるものがものすごくあったんです。それに、「守りたい」って思った部分もあって。
――守りたい?
美波:はい。その、光代という人物を。私は、演じることでその人物を守ることができるとどこかで思っているんですよ、うまく説明できないんですけど。
合津:「救う」という感じ?
美波:あ、「救う」に近いかもしれないです。
美波
――ということは、美波さんと合津さんとは光代に対して既に同じような気持ちだったということですよね。
合津:そうですね。美波ちゃんは今、事務所に所属してないので、私が直接メールをやりとりさせてもらっているんですが。
中村:へえ、すごいですね。
合津:美波ちゃんが「この物語のテーマは孤独ですね」ってメールで書いてきて、「おお、早くも理解している!」と思って。それで私も「そうよ、これは孤独と愛の物語よ」って返して、それからメールで文通するようになったんですよね。ところで何年前からパリ在住なの?
美波:3年前からです。
合津:そうか。「パリに来てから孤独と向き合えるようになりました」って、だんだん人生相談のようなメールになってきたりして(笑)。
美波:その時は、まだ一度もお会いしたこともない段階だったのに(笑)。でも、そうやって客観的に孤独と向き合えたというか、孤独を見つめることができたのは良かったって思っていたんです。それに、たぶん私だけじゃないと思うんです、そういう孤独を感じている人って。どんな小説を読んでも映画を観ても、孤独がテーマのものは多いし、ベースにそれがあるからこそドラマが生まれるんだろうし。そういうことを感じられたことが、フランスに行って良かったなと思ったことの中のひとつだったんです。
そんな時期に、この光代という役をやらせていただけるというのは、なんだかすごく私の中で大きくって。だからたぶん、光代を救うって言いながら、結局は自分自身も一緒に何か乗り越えたいのかも。その過程を、何かを生み出す瞬間を、この舞台という空間でお客様と共有できたらうれしいです。
――ふたり芝居ということに関しては、プレッシャーではなかったですか。
美波:いやいや、プレッシャーですよ……(小声)。ただ、とりあえずすべてをクリアするまでの間は、こっちの努力でどうにかなる作業があるじゃないですか。たとえば、セリフを覚えることとか。やることはもちろん全部やって、不安要素をひとつずつ潰していく作業をまずしていこうという段階ですね。
――作業として、まず進めておく。
美波:そう、とりあえずやれることはやって。でもせっかくなのでちゃんと楽しみたい、とも思っているんです。中村さんとどういうかけあいをして、どう投げたらどう返って来るのかということも楽しみですし。まだ今の段階で言える言葉ではないかもしれませんが、最終的にはお芝居としてplayできること、このplayっていうのは“遊び”と“演じること”で、その両方ができるくらいの余裕を持つのが最終地点だと思うんですよね。
――中村さんはこの祐一という役に関しては、今の時点ではどう受け止め、どうやりたいなと考えていますか。
中村:僕としては、祐一って本当の悪人ではないと思っているんです。すごく孤独で、自分が本気で向き合える人をどこかで探していて。それでやっと見つけたけれど、でもやっぱり優しいから、最後の最後までその人のことを考えて、本当のこと、ハッキリとしたことを言わない。愛すべき人間なのかな、とも思います。あと言葉とか環境に関して、僕は出身が福岡なので、なんとなく近い部分も感じますね。
――おふたりは初共演だそうですが、お互いにどんな印象をお持ちですか。
中村:僕にとって美波さんは、だいぶ先輩ですから。それこそ美波さんがまだ日本にいらっしゃった時の映像作品とか、よく見ていましたし。だけど今回の件でお会いした時に「パリに拠点を置いて……」とおっしゃっているのを聞くと、なんだかすごいな!って(笑)。
美波:いや、そこは別にたいしたことじゃないんですよ(笑)。
中村:僕なんか、子供の頃から何も考えないで生きてきたみたいな人間だから、ぼーっとしているというか。美波さんはすぐに合津さんと、ああなんじゃないか、こうなんじゃないかって早速お話しされていて。おふたりに置いていかれないように、僕もがんばらなきゃなって思います。
一同:(笑)。
美波:合津さんの前で言うのもなんですけど、合津さんも私もせっかちなんですよ。
合津:そうそう、せっかちなのよね(笑)。
美波:だから中村さんが一緒にいてくださることで、ちょうど中和されるみたいで。
合津:落ち着けるんです。
美波:5歳も離れているのに、すごく大人っぽいし、ちゃんと真正面から見てくれている方だと思うし。
合津:そう、深いところでね。そういう感じがします。
中村:全然、そんなこともないんですけどね(笑)。
美波:おっしゃることにも説得力があるんです。私たぶん、すごく頼っちゃうかもしれない。よろしくお願いします(笑)。
中村蒼
――今回のシアタートラムという劇場も、ふたり芝居にピッタリですよね。お客様はもちろん、お互いにも集中しやすそうですし。
合津:そうですよね。小さな吐息さえ感じられるから、何から何まで晒されちゃう感じ。たとえば、どちらかがちょっとおなかを壊してたりすると、ふたりの感触が全然違ってきちゃうかもしれないし(笑)。
美波:アハハ。それをも利用して、「あ、祐一、今日おなかこわしてるのねー」ってなるのかも(笑)。
合津:それだと、一緒に逃げられないよとか(笑)。本当に、ふたりの息というか、レベルを合わせていかないと完成しない芝居だと思うんです。舞台上にはふたりしかいないし、逃げ場はどこにもないから。大きな舞台装置も仕掛けもないし、第三者が出てくることもない。だから「今日の祐一だったら一緒に逃げられないわ」とか「今日の光代だったら、首絞められないよ」なんてこともあるかもしれない。
中村:ハハハ、なるほど。
合津:だからこそ、最高にうまくいった時にはもう、やめられないと思うよ。もちろん、最高にうまくいかせるつもりだけどね(笑)。
美波:そこまでピタッとハマったら、気持ちいいでしょうね。
合津:そのためには、この90分に集中できるように鍛錬していかないと……って、ゴメン、これプレッシャーをかけてるんじゃないのよ。あくまで「楽しんで!」ってことなので(笑)。
中村:はい(笑)。
美波:逆に、ふたりだからやりやすいってこともあるのかも。散漫にさえならなければ。
合津:うん、そうだと思う。私は信頼できるふたりに参加してもらっているのですごく楽しみ。ふたりは上演期間中、いい状態をずっと保たなければならないから大変だろうと思うけど、「ああ、今日も光代に会える」とか「今日も祐一に会える」っていう、フレッシュな気持ちで毎日ステージに上がってもらえれば、きっといい芝居になると思う。だから、ほんとに集中してお互いを感じ合い、互いの感情を味わい尽くしてほしいんですよ。
――ではこれからの稽古、本番に向けて一番楽しみにしていることは。
中村:もちろん、初めてのふたり芝居ですし、まだ本格的な稽古には入っていない分、台本の字面だけではわからない部分がたくさんあるし。稽古してみてわかることが、きっとたくさん出てくると思うんですよね。それに、お互いの気持ちがちゃんと噛み合っていないと成立しない場面も多いので、日々の感覚が違ってきそうな気もします。逆に、自分が思ってもみなかった方向に転がっていって、それでも成立しちゃったなんてこともありそうじゃないですか。なんだか、きっとこうなるであろうみたいなわかりやすい想像ができない分、ものすごく面白そうです。それもこれも、ここにいるこの3人次第で変わってくるということですからね。
美波:私は、新たな『悪人』という作品が生み出されることがとにかく楽しみです。小説と映画、そして舞台では、演出する人も役者も違えば、空間も違うから、絶対に違うものになるのが当たり前ですけど。今はまだ見えてきていない楽しさというものも、あります。お客さんの前でその日、その日で違う形になることはイメージできるので、きっとすごい作品になるんだろうなって期待しつつ、それを思いながら自分のお尻を叩いているところです(笑)。だけどやっぱり大事にしたいのは、合津さんからお話をいただいて台本を読んだ時「わー、これ絶対にやりたい!」って心の底から思ったということ。たぶん、それくらいシンプルなことなんです、私にとっては。その想いを忘れずに、やっていきたい。だからもう、早く稽古がしたいです(笑)。
――お客さんにも、ぜひこの濃密な空間を楽しんでもらいたいですね。
美波:はい。このふたりの物語には、きっと誰もが不思議な接点みたいなものを感じると思うんです。それは私だけじゃないはずで、だからこそ、原作の小説も映画もヒットしたんでしょうし。とにかく劇場という四方をふさがれた密な空間で、これだけ濃厚な時間を過ごすことはなかなかできない経験で、贅沢な時間でもありますし。この1時間半で、きっとかなり心が揺れ動くだろうと思うので、そこもぜひ楽しみにしていただきたいです。
インタビュー・文=田中里津子
日程:2018年3月29日(木)~4月8日(日)
日程:2018年4月15日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
原作:吉田修一(「悪人」朝日文庫)
◆一般発売
2018年1月14日(日)10:00~4月6日(金)18:00