“記録する演劇”にこだわる鄭義信が池内博之、平田満と作り上げる舞台『赤道の下のマクベス』とは?

インタビュー
舞台
2018.1.24
(左から)鄭義信、池内博之、平田満

(左から)鄭義信、池内博之、平田満

日本の影の戦後史を「記録する演劇」と銘打ち、『たとえば野に咲く花のように』『パーマ屋スミレ』『焼肉ドラゴン』を描いた作・演出家の鄭義信(チョン・ウィシン)。彼が2018年3月に東京・新国立劇場 小劇場にて上演される舞台が『赤道の下のマクベス』だ。1947年夏、シンガポールのチャンギ刑務所に、BC級戦犯の死刑囚として収容された朴南星(パク・ナムソン/池内博之)ら朝鮮人の元捕虜監視員たちと、元日本軍人の黒田(平田満)という複雑なメンバーで構成されていた監獄の中での人間関係を描く作品だ。本作が生まれた背景や、本格的な稽古スタートに向け、今感じていることなどを鄭、池内、平田に聞いた。

鄭義信、池内博之、平田満

鄭義信、池内博之、平田満

心にひっかかっていたことを、いつか書きたいと思っていた

――本作は、もともと2010年に韓国で、現地の劇団のために書き下ろした作品と伺いました。そして今回、日本版として大幅改訂をされたそうですが、手を加えたいと思ったのは何故ですか?

:韓国の劇団のために書いた脚本では、初めに「現代」があり、チャンギ刑務所で奇跡的に生き残った人が「過去」の話をします。そして「過去」の刑務所の話になり、その二つの時代を同時進行させて進めていく物語にしていたんです。「現代」のシーンでは、泰緬(たいめん)鉄道、別名「死の鉄道」と呼ばれていたタイとビルマ(ミャンマー)を結ぶ鉄道を、戦争中に日本軍が多くの捕虜や東南アジアの人を借り出して短期間で建設し、その過酷な建設作業で大量の死者を出した……という説明を入れていました。今回は「過去」だけの物語にしています。日本の方にはそれを殊更に言わなくても「過去」の話だけでこの物語の「真意」をわかってくださるだろう、そしてお客様に物語の「感じ方」を委ねることにしたんです。

――今まで新国立劇場で上演された『たとえば野に咲く花のように』『パーマ屋スミレ』『焼肉ドラゴン』そして先日まで東京芸術劇場プレイハウス他で上演された『すべては四月のために』が家族や家族に近い周囲の人たちという近しい人間関係の中で起きる物語を描いてきましたが、それらと比較すると、この作品は少し特殊な人間関係の中に置かれていますよね。こういう内容の作品を書こうと思ったきっかけは?

:2006年、韓国ではBC級戦犯だった方も戦争の被害者だと認められたんですが、それまでは親日派、つまり戦争中に日本に協力した人ということで迫害されていたんです。例えば父親の葬儀にそういう立場の子どもが行こうとしたら「帰ってくれ」と親族に断られたり。だから夜中に日本から母国に入り、深夜にこっそりお参りしてそのまま日本に戻ったとか、そういう話がたくさんあるんです。僕の父もかつて日本の憲兵だったので、やはり迫害対象となり、50年以上母国に帰っていませんでした。そういったことがずっと心にひっかかっていて、いつか(脚本に)書きたいと思っていたんです。

僕がいつも書き続けているのは、歴史に翻弄され、歴史の渦の中に消えてしまいそうな人たち。でもそんな人たちもそこで「生きていた」訳です。そのことを戯曲として書き、それを役者の方々に演じていただくことで「記録」として残し、それがお客様の胸に「想い」として残ってほしいと思っているんです。

僕は僕の作品を観終わったお客様には絶望ではなく小さくでもいいので希望を見せたいと思っています。どんなに過酷な状況下で生きていたとしても、明日はきっといいことがあるに違いない。いつか光が見える。今回作品に手を加えたのも、その出口につなげたいという思いからなんです。

――そんな並々ならぬ思いが込められた本作ですが、演じる側である池内さんと平田さんは脚本を読んでみてどのような印象を感じましたか?

池内:僕自身はこのような史実を知らず、恥ずかしく感じました。それと共に自分の勉強不足を指摘されたようでした。これは他人事じゃないな、と。もどかしさ、やるせなさ、モヤモヤが心にたまってしまい、それをどう出せばいいのかわからない気持ちになりました。僕が演じるナムソンは強い芯を持つ人。僕だったらもう泣きじゃくって耐えられないと思うんです。でもナムソンはもっと強くて「今を生きる」ことを大事にする人だったので、この役を自分がやることで自分自身も何か成長できるのでは?と思いました。

平田:刑務所の中だけで展開される話で、全員が死刑囚というすごい状況。その中でも朝鮮半島の人々-当時は日本の領土だったのですが、その人たちと、日本人と、刑務所から解放されたと思ったのにまた戻ってきてしまった人などが一緒の監獄にいるという、不条理極まりない環境です。これは役者としても大丈夫か?できるか?という思いがあり、またこの作品をご覧になるお客様にもどう受け止めていただけるか、と思いましたね。

……と思いつつも、刑務所の中だけで考えると彼らは非常に人間味あふれる人たち。一人として偉そうな人がいないんですよ。A級戦犯ではなくBC級戦犯ですから。そのあたりに自分は共感できたんです。そこでもがきあがいている人たちの姿に僕は胸を打たれ、そういうところを素直に演じられたらいいなと思っています。

――確かに、鄭さんの作品は特権階級的な人物が出てこないですよね。少し立場が上であったとしてもかなり身近な存在だったり。

平田:そう。僕が演じる黒田は、50代で戦争に行っていてしかも偉くもない人。僕なんかが戦争に行っていいのかなって最初は思いました(笑)。でも皆が皆、純粋な若者ばかりでなく、酸いも甘いも知ったようなおじさんが混じるのはおもしろいですね。そういうおじさんやお父さんの役ならやりがいがあるかな、って。僕は庶民しかできない役者なんです。小さい人物しかできないんですよ(笑)。

そして僕は戦争とは、正義とは、って大上段に振りかざす話が苦手なんです。声高な戦争反対とかではなく、鄭さんの作品に出てくるごく普通の人の生き方から、現代の人が共感できるものが自分にもお客さんにも見つかればいいなと思います。

歴史ってこちらの側からみたらこう、逆側から見たらこうって事実が何通りにもなる。でも限りある命の中でどう自分の運命と向かい合って立ち向かっていたか。その中で戦争や命の意味を考えていただきたいですね。

――お二人にとって、鄭さんの作品の魅力と聴かれたらどう答えますか?

平田:いつも優しさを感じます。今回の作品もむさ苦しい男たちばかり出てくるのに、どこかポエティック、詩的なんです。そして極限の状況にあっても人間が本来持っている美しさを感じさせてくれます。

池内:『すべての四月のために』を拝見したんですが、厳しい環境下でも、人々が明るく生きている様を観て、その姿がとても美しいって感じました。自分ももっとちゃんと生きなければと思ったくらいです。

――池内さんは『赤道の下のマクベス』の脚本を読んていて、途中から号泣してしまったと聞いたんですが。

池内:そうなんですよ。確か「僕が死んでもこの星空は輝いているんだろうなあ」っていう台詞のあたりだったと思います。僕が死んでも他の人は普通に生きている……って感じたんですが、その時に何かこうじわーっと胸が熱くなってしまって、そこからはもう駄目でした。あんなに明るく振舞っていた人が……って思うとつらかったですし。思い出して今もまた泣きそうになっちゃいます(苦笑)。でも演じる側としては泣いたらいけないんですよ。この場面は強くさらっと言い切ってしまわないと。

――台本を読むだけで泣けてしまう場面を演じなければならないって俳優ならではの苦しみですね。自分自身との闘いというか。ところで、鄭さんはこのお二人とはどのような関係だったのでしょうか?

:もちろん二人とも昔から知ってます。平田さんに至っては僕の憧れの存在だったんですよ。映像作品も舞台も拝見していたので、いつかご一緒できたらと思いつつ、平田さんはいつもお忙しいのでまだまだ遠いなあ、って。池内さんもいつか一緒にやりたいと思っていた一人なんです。

――ならば、お二人に出演をお願いしたときに、何か役作りなどでこうしてほしい、とかお話されたりしたのですか?

:いやもう「自由にどうぞ」でした。むしろどう作品に絡んでくれるんだろうか、と、そういう点を見てみたいと思っています。二人は役柄としては他人ですが、やがて親子のような関係になっていくので。でも、もうこの二人で大丈夫だなって思っています。

池内:この作品自体に関われるのが本当に嬉しいですね。またこの役が僕とかけ離れた存在なので、そこは稽古でどんどん詰めていこうと思っています。鄭さんにビシビシやっていただいて(笑)。

平田:僕もこうやって正面から向き合って芝居ができる機会をいただけたことが嬉しいです。この作品に出会えてよかったなあ。脚本を最初に読んだ時、罪の意識を抱えた男と言う点に惹かれました。上から言われたままにやったのに、何故自分が死刑を宣告されているのだろうか?でも自分も100%被害者ではなく、何かしら加担しており、罪を感じる行為をしている。正義の味方でも、殉教者でもなく、普通の人が普通に関わってこの刑務所にいるだけなんです。でも誰だって罪の意識、恥の意識の一つはあるでしょう。黒田は単なる被害者ではない複雑な立場にあるって点に心惹かれ、ぜひとも演じてみたいと思いました。さて、それをこれからどう表現するんだろう、と言う点については、池内くん同様、僕も稽古で形を作っていこうと思います。

池内:僕の役もまさに被害者であり、加害者でもある立場。でもやってしまったことへの意識は持っていて、一方で被害者としての意識も持っている。でも僕らとは違って被害者としての意識しか持ってない人もいるんです。

平田:いろいろな立場の人が一緒の刑務所にいるんだよね。

(左から)鄭義信、池内博之、平田満

(左から)鄭義信、池内博之、平田満

演じる側としての心構え

――お二人はこういう役を演じる場合、プライベートで役を引きずるタイプですか?

池内:僕は引きずってしまいますね。暗い役をやる時は周りに「大丈夫?」って心配されてしまいます。考えちゃうんですよ、いろいろと。でも今回、ナムソンは重いものも抱えてはいますが「生きる」「今を生きる」という意志が強い人なので僕も強く暮らしたいです。

平田:まあ、完全に切り離せはしないよね。僕の場合は役がどうこうというより、芝居がうまくいっているかどうか次第です。どんな重い役でも芝居がうまくいってたら「よし!」って気分の切り替えはできますね。でもうまくいってないときは「あそこはあれでよかったんだろうか……」とかズルズルとなってしまいます。考えようとしないようにしてもつい頭のどこかで考えてしまって、眠りが浅くなったり。……だから皆さん稽古が終わるとお酒を飲みたくなるんじゃないですか?(笑)でもお酒を飲むと夜中にトイレに行きたくなるからまた眠りが浅くなって(笑)。

:わかる(笑)!

――今回の現場は男性ばかりなので、お酒の量も多くなりそうですね。

池内:僕はお酒は好きですよ!

平田:じゃあ宴会部長は決まりだね(笑)。

池内:いやあ、もっと若い人たちにお願いしたいです(笑)。

平田:でもこの作品の中でも宴会ばかりやってるんだよね。酒はさすがに飲んでないけど。

池内:そうそう。踊ったり歌ったり……結構ミュージカルですよこれ(笑)。

――ええっ! 本当に!?

池内:しかも劇中にお芝居やりますからね。それこそ『マクベス』を。

平田:だから『マクベス』をやるんだ、と思っていたら全然かっこよくないの!(笑)

――あらすじだけでは想像できないですね。重たい話の中でもそういう場面があるのが鄭さん作品ならではかも?

:隙あらば笑かそう、笑かそうとしています(笑)。他にも小ネタをちりばめてますよ。

――鄭さんの作品は、テーマは重くても観終わって劇場を後にする時には何だか胸が軽くなったり、明るい気持ちになることが多いんです。でもこの作品ばかりは重さをひきずったままになりそうです。

:結末が絶望なのか希望なのかは、観客一人ひとりが判断することなのかな、と思うんです。でもどんな状況であっても、人間の命とは、等しくそこに存在するんだと気が付いていただけたら。そしてほんのりとでもいいので、今が平和で、生きていることの喜びを感じていただけたら嬉しいですね。

作・演出家としてのバランス

――鄭さんは作家でもあり、演出家でもあります。ご自身はどのように作品を作り、演出されているのか、興味があります。普段はどうされているんですか?

:僕は劇作家としては昔、授業で教えられたように、物語の大枠を書いて、中に入る小枠を書いて……という脚本の書き方をしていたんです。でも、だんだんそれがつまらなくなってきて、最近はもう頭からがーっと書き出しています。もちろん最初と最後のイメージは先に持っていますし、書き出すまでにまた時間はかかるんですけど。頭の中でああかな、こうかなとイメージを作ってから書き始めてますね。そうしていくうちに登場人物がどこか違うところに行ってしまったり、勝手に動きだしたりすることもあるんですが(笑)。この作品では、ナムソンはこういう人、黒田はこういう人っって大枠だけがあって、書き続けていくうちに細かい人物像が見えてきましたね。

――その流れで自分で書いた脚本を自分で演出すると、比較的スムーズに進むのでは?

:昔は自分が書いた脚本の演出をやるときに、作家として自分で書いたことを忠実に演出しないと、と思ってやっていたんです。でも最近は作家の言葉がよくわからなくなってきまして(笑)。「この台詞はどういう意味ですか?」って役者に聞かれると、それは(チョン・ウィシンではなく)てい・よしのぶくんが書いたホンなので、僕にはまったく分かりませんって言っちゃいます(笑)。時には「これ、本当にどういう意味だろうね!?」って自分で書いた脚本なのにそう思う箇所もあって最後には「わからないからカットしちゃえ!」って。現場で動くことを優先しているので、作家のてい・よしのぶくんにはきっと嫌われていますよ(笑)。でも作家の喜びと演出家の喜びは違いますね。PCに向かって妄想を一人で笑ったり泣いたりしながら物語に仕上げていく喜びを作家としては感じますが、演出家は皆でモノを作っていき、時には酒を飲みながらワイワイと語り合って作っていくのが喜びになりますね。

取材・文・撮影=こむらさき

公演情報
『赤道の下のマクベス』

 日時:2018年3月6日(火)~3月25日(日)
 会場:新国立劇場 小劇場
 出演者:池内博之、浅野雅博、尾上寛之、丸山厚人、平田満
     木津誠之、チョウ ヨンホ、岩男海史、中西良介
 公式サイト:http://www.nntt.jac.go.jp/play/performance/16_009660.html


 

 

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