悲劇の王、ルートヴィヒが憧れた白鳥の騎士『ローエングリン』、深作健太がワーグナーのオペラを東京二期会で演出!
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
東京二期会のオペラ公演、ワーグナー『ローエングリン』の初日が近づいている。映画監督、演劇の演出家として活躍する深作健太の新演出による舞台で、大胆な読み替えが話題を呼んでいる。
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
悲劇の王、ルートヴィヒ2世に白鳥の騎士ローエングリンを重ねる演出
リハーサルが行われている都内の稽古場にて、記者たちに今回の『ローエングリン』の演出コンセプトを説明する会があった。深作は2015年にやはり東京二期会で、リヒャルト・シュトラウス作曲『ダナエの愛』を演出して以来、今回が二度目のオペラ演出である。
「大好きなワーグナーを演出させていただくことになりました。前回の『ダナエの愛』の時、指揮の準・メルクルさんに楽屋に呼ばれ、「健太は『タンホイザー』と『ローエングリン』どっちがいい?」と聞かれたんです。僕はどちらが好きかと聞かれているのかと思い、『タンホイザー』が大好きなのでそう答えたんですが、実はその質問は、次に一緒に仕事をする作品としてどちらを演出したいか?という意味でした。だとしたら僕は、メルクルさんが非常に美しい音楽を奏でるマエストロなので、彼とご一緒するなら『ローエングリン』が聴きたい、という思いが非常に強くありました」
演出コンセプトの説明会 (C) Naoko Nagasawa
「『ローエングリン』を今、日本でやる意味って何だろう?と思った時に、正直に言いますと、先人たちの『ローエングリン』を観て、ワーグナーの他のオペラのように、傑作だと思える演出、自分にとってこれだと思える演出、というものが思い浮かばなかったんです。『ローエングリン』は10世紀のアントワープという、歴史的な時と場所がはっきり指定されていて、そのリアリズムの時代劇の中に、ローエングリンという白鳥の騎士が現れます。つまり物語の中に現実とメルヒェンの対比があるのです。それからこれは政治劇であり、人々を戦争に誘う軍事的な歴史が背景にある」
「戦争と平和の他にも、男と女、昼と夜、強者と弱者、という対比があります。これがどちらか一面になってしまってはダメなんだ、というのが今回、最初に考えたことでした。抽象的な演出にするとローエングリンの世界に寄ってしまう。しかも、ローエングリンという人がどこから来たのか?ということが気になってしまいます。あるいは史劇としての面に偏れば、すごく古い時代劇になってしまう。ワーグナーがこの台本を書いた時に、当時の現実を打つ何かがあったはずだと考えていった時に、19世紀末のドイツの状況を重ねることによって、描かれていることの意味合いが分かってきたんです」
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
「歴史上、『ローエングリン』を愛した著名な人物がふたりいます。一人はアドルフ・ヒトラー。彼はこの作品の最後に出て来るFührer(指導者)という言葉を(総統)という意味で自らの称号に用いました。僕から見れば『ローエングリン』の間違ったイメージ、変なイメージを植え付けてしまった。後々、チャップリンの『独裁者』からコッポラの『地獄の黙示録』に至るまで、みながワーグナーのそういう面を強調し、男性的なイメージが非常に強くなっていった」
「もう一人、ローエングリンを愛した人はワーグナーの時代のバイエルンの国王ルートヴィヒ2世でした。16歳の頃、ローエングリンの音楽に出会い、18歳で国王に即位した時すぐにやったことは、ドレスデンで革命に加担し追われる身であったワーグナーをバイエルンに招くことでした。彼は精一杯ワーグナーを庇護し、最終的にバイロイトでワーグナーの音楽祭が開かれるようになったのも、彼の支援があったからです。このルートヴィヒが見ているローエングリン像というのがすごく気になって、ルートヴィヒの視点から『ローエングリン』を上演することが出来ないか、と考えだした時に、なぜ僕はローエングリンにこんなに惹かれるんだろう?なぜここで今『ローエングリン』をやりたいんだろう?と思ったら、この騎士は闘わないんです。第一幕の終りには英雄としてこれから戦争に行く、という展開になりますが、その後、エルザが禁じられた問いを投げかけてしまったことにより、彼はこの国を去ります。戦わない英雄、というところに注目していったんです」
(C) Naoko Nagasawa
ストーリーは1884年、ルートヴィヒ晩年の、まだ建設中のノイシュヴァンシュタイン城で展開する。ルートヴィヒは『ローエングリン』の楽譜をめくりながら自分の今までのことを思い出す。ルートヴィヒとローエングリンという二人の人物の物語が重ね合わされるのだ。プロイセンが戦いを呼びかけ、バイエルンは戦争にまきこまれることになる。悪役テルラムントにはルートヴィヒ国王をあやつろうとする医師グッデン、エルザにはオーストリア皇妃エリーザベトが重ねられる。
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
俳優によって演じられるルートヴィヒの憧れの騎士ローエングリン
「エルザの行方不明になってしまう弟は、もともとの台本上では黙役として書かれています。ワーグナーさんは若い女性が演ずるのが好ましい、と指定しています。このゴットフリートは今回は少年(ダブル・キャストのうち一人は少女)が演じます。ゴットフリートは音楽と出会った頃の若きルートヴィヒのことも表しているんです。そしてもう一人、ルートヴィヒが自分がこうなりたかったという憧れのローエングリンの騎士の姿を、俳優の丸山敦史さんに甲冑を身に着けて演じてもらいます。ですからルートヴィヒが三つの姿で舞台に存在することになるんです」
深作健太 (C) Naoko Nagasawa
『ダナエの愛』では物語に描かれているギリシャ神話の時代と現代にまたがった演出に加え、スペクタクルな舞台美術も素晴らしかった。今回の舞台はより象徴的な美術セットとなるそうだ。有名な前奏曲の半ばで幕が開き、三角形の舞台面が天井まで迫り上がっていくが、その三角形は白鳥を表現している、という。
「三角形を意識したのは、ワーグナーさんがそういう音楽を書いているから、というのもあるんです。憧れの騎士の世界に行って英雄になりたい、という思いと、そしてまた少年時代のもっと美しいものを求める思い。その二つの間でルートヴィヒは悩みます。第一幕の終りでローエングリンが英雄として登場し国が戦争に巻き込まれるのは、ある意味、彼が選択を間違えるわけです。日本、そして世界中、70年もたつと人間は色々なことを忘れてしまいますし、人々はお金が無くなると戦争を求めます。僕は、芸術を志す人間としては戦争など冗談じゃありませんし、お金よりも愛、と思いたい。『ローエングリン』のことをワーグナーさんはロマンティック・オペラと名付けたわけなんですが、ロマンの世界に生きようとするルートヴィヒ王は、政治の世界、強さの世界からひたすら逃げた人でした。その生き方にシンパシーを感じているのが今回、演出家としての自分のスタンスにあります」
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
歌手たちと作り上げていく舞台
「このように、コンセプトを自分なりに作ってからリハーサルに臨みましたが、でも一番大事なのは稽古場です。歌手のみなさんの歌唱の素晴らしさが自分にとって一番のインスピレーションになっていますし、それに従って内容も変えていきます。特に、外国で作ったものを持ってきてそれを演じてもらう、という形ではなく、日本のプロダクションとして日本人キャストと一から作っているので、話し合って変えていく、ということが出来るし、それが新作のいい所ですから。そういう現場にいられることが本当に幸せです。ローエングリン役ひとつとっても、福井敬さん、小原啓楼さんというキャストごとに内容もかなり違ってきています」
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
取材の後半は稽古場に移動し、小原啓楼、木下美穂子、小森輝彦、清水華澄などが出演する組の第一幕のリハーサルを見学した。髪を伸ばした小原は幕が開いたときからすでに舞台で晩年のルートヴィヒ国王を演じ、それがやがてローエングリンの姿に重なっていく。彼の目に見えている子供時代のルートヴィヒと騎士ローエングリンという三人のルートヴィヒ=ローエングリンが、舞台に同時に存在している瞬間もある。リハーサルながら、物語の中に引き込まれる要素はたっぷりだった。
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
アンサンブルでは特に男声合唱の仕上がりの素晴らしさは特筆に値する。声の揃い方、迫力、そして動きも含めた演技まですべてが素晴らしい。オルトルート役の清水華澄の深みのある声も圧倒的な存在感で響いてくる。ちなみに今回の演出ではオルトルートは医師グッデンに付き添う看護婦という役になっているが、片目に黒い眼帯をしている。これはオルトルートがキリスト教の神でなくヴォータン、フリッカなどの古代ドイツの神々を信仰しているので、ヴォータンへの言及としての姿だという。
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
深作との信頼関係が深まっている準・メルクルの研ぎすまされた音楽、そして一流の歌手達による演唱がこのプロダクションに良く合った『ローエングリン』となりそうだ。第3幕の最後、ローエングリンは有名な《聖杯の物語》を歌いエルザと皆に別れを告げる。ルートヴィヒ国王はどうなってしまうのか?謎は最後に私たちをどこまで連れて行くのか。注目の舞台である。
東京二期会『ローエングリン』稽古風景 (C) Naoko Nagasawa
取材・文=井内美香 撮影=Naoko Nagasawa
『ローエングリン』オペラ全3幕 日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
21日(水) 18:00
22日(木) 14:00
24日(土) 14:00
25日(日) 14:00
■指揮:準・メルクル
■演出:深作健太
☆ハインリヒ・デア・フォーグラー:
小鉄和広 2/21(水)2/24(土)
金子 宏 2/22(木)2/25(日)
福井 敬 2/21(水)2/24(土)
小原啓楼 2/22(木)2/25(日)
林 正子 2/21(水)2/24(土)
木下美穂子 2/22(木)2/25(日)
大沼 徹 2/21(水)2/24(土)
小森輝彦 2/22(木)2/25(日)
中村真紀 2/21(水)2/24(土)
清水華澄 2/22(木)2/25(日)
友清 崇 2/21(水)2/24(土)
加賀清孝 2/22(木)2/25(日)
吉田 連 2/21(水)2/24(土)
菅野 敦 2/22(木)2/25(日)
櫻井 淳 2/22(木)2/25(日)
湯澤直幹 2/22(木)2/25(日)
金子慧一 2/22(木)2/25(日)
■管弦楽:東京都交響楽団