安藤裕子が振り返る2015年、彼女が得たもの、見えたものとは
安藤裕子
無二の存在感を放つ歌声とその佇まいで音楽シーンを走り続ける安藤裕子は、個人としての活動を控えたという2015年を、あえて「迷い道」と表現する。その理由、そこで感じたこと、見えたもの、人との交わりーーそれらは彼女にどのような変化をもたらしたのか。そしてそんな「迷い道」を経て臨む3回目の『Premium Live』はどのような内容になるのか。その歌声同様、奔放で繊細な魅力を放つシンガー・安藤裕子が語る。
――1年の終わりに、弦楽器を入れた『Premium Live』をやるのが、ここ数年の恒例になってますね。
「2年前にBunkamuraオーチャードホールで、日フィル(日本フィルハーモニー交響楽団)にお誘いいただいて、指揮者の西本智実さんと一緒にやったのがきっかけなんですけど。オーケストラで歌う時には、全然違うんですよね。打点が」
――打点、ですか。
「日本語は音の起点がはっきりしていて、歌うと平たくて硬い音になる単語が多いので。打点がゆるくなればなるほど難しいんですよ。オーケストラは奥行きがあるんですね、舞台に並ぶ時に」
――物理的に、そうですね。
「そうすると、奥で叩いてるティンパニとかシンバルの人と、一番前にいるバイオリンの人とでは、打点が全然違うんです。「どこの人がほんと?」とか思っちゃう。西本さんは「わからなくなったら私を見てください」って言ってくれるんですけど、私に背中を向けて指揮してるから、目を合わせてくれないじゃん!って(笑)」
――あはは。困りましたね。
「結局、テンポを探したら絶対に歌えないんですよね。オーケストラの音の揺らぎに乗らなきゃいけない。だから最初はどぎまぎしてたんですけど、慣れると実はとても気持ちいいことで、終わる頃には「弦、いいよ!」とか言っちゃって(笑)。もともと私の曲にはストリングスが入っているものが多いんですけど、バンドだけではできなかった方向性が、すごく気持ちよく再現できるので。その感覚を覚えてしまったので、いつもアコースティックでやっているメンバーに何人かストリングスの方に入ってもらって、『Premium Live』を始めたんです」
――最初は2年前の12月。六本木のEX THEATERでした。
「その時はチェロとバイオリン、ピアノとギターかな。去年はドラムを入れたんですよ。私にとって弦の良さは揺らぎにあるんですけど、テンポの速い曲をやる時には、ドラムやベースが出している心臓のバクバク感みたいなものは再現しにくいんですね。それの補充にドラムを入れてみようということになって、ASA-CHANGにお願いしました。それを経てさらにもっともっと気持ち良い波を生み出したくって、今年は三度目の正直だ!みたいな感じなんですけど」
――なるほど。毎年進化してる。
「本来の想いとしては、いつも安藤裕子を聴いてくれているみなさんに、年の瀬に集まってもらって、「今年もありがとう」というライブにしていきたいというのが一番です。その、年の瀬のご挨拶感や重厚感を作るために、いろんな方法を探しているという感じですね。今年はバイオリンとチェロと……コントラバスを入れようと思ってます。彼が入ることによって、ベースとしてリズムを刻むこともできるし、コントラバスとして重厚感を出すこともできるんじゃないか?と。これからリハーサルをするんですけど、ようやく「これが正解かも」というところに行けるんじゃないか?と思ってます。……私、今年は自分のライブが少なかったんですよ」
――そうでしたね。バンドのツアーを春に1回やっただけで。
「あとは、お誘いいただいたイベントにちょこちょこ出続けてるんですけど。長年自分だけの世界に閉じこもってきたので、社会科見学みたいな感じ?です(笑)。 たとえば「安藤裕子って誰?」って言われながら、家族連れの方々が見に来るようなイベントにもいくつか出たりして。「こういう、ファミリーの前で歌うなら、自分の世界に没頭するよりも、もっと楽しんでもらえるように歌わなきゃいけないな」とか、12年やってきてそういうことを初めてお勉強させてもらってるみたいな感じがありましたね」
――それはたとえば、どんな雰囲気なんですか。
「9月に塩竈でやったイベント(「GAMA ROCK FES 2015」)は、地元の家族連れの方々がピクニックがてら遊びに来れるような雰囲気で、音楽以外にも露店があったりして。復興の意味合いがあるフェスでもあったので、私もただお金をいただいて歌いに行くというふうには捉えてなくて、自分で新幹線の切符を取って勝手に行って、勝手に歌わせてもらって、勝手に露店に並んで食べるという感じ(笑)。そうそう、貝の上にウニがいっぱい乗ってるのがめっちゃ美味しそうだったから、朝ごはんと一緒に食べようと舞台裏に買って帰って来て、ケータリングの人に“ごはんください!”って言ったら、「すいません、ごはんまだ来てないんです」って言われて。えっ!ウニだけ!と(笑)」
――大ショック!
「でも、そういう雰囲気がすごくよかったんですよね。普段出ている大規模なフェスは、かっちりルールが決められてることも多いんですけど、そういう自由なフェスで、のほほんとした時間を過ごせたのは良かったなと思ってます。そんなふうに、普段やってなかったことをたくさんやったぶん、単独のライブの回数は少なかったので。年の瀬にもう一回ちゃんと、外でいろんなことを見てきた上で、人さまの前で歌う安藤裕子のライブはこういうものです、というものを作れたらいいと思ってます」
――今年の「Premium Live 2015~Last Eye~」は、大阪、横浜、東京の3本。セットリストはどんな感じになりそうですか。
「細かいことはまだ決めてないですけど、今年いっぱい外に出てみて思ったことがあって。私たちは、ライブでは自分に新鮮な曲をやりたがって、作ったばかりの曲とかをやってきてたんですけど、イベントで私を見に来てくれる人が聴きたいものは、それとは違うんだなということがなんとなくわかったんですよね。いわゆる初期の、安藤裕子の音楽に出会って、一緒に青春を暮らして、心揺らせた、その曲に帰るみたいなことは大事なんだなと思ったので」
――はい。なるほど。
「この間Charaさんのライブに行かせてもらったんですよ。二部構成で、新しいアルバムの曲をやるところと、初期の代表曲だけのパートに分かれていて。やっぱり私も、自分が若い頃に聴いてた「懐かしのChara」が聴けたら、すごくうれしかったんですね。だから今回は、そういうものを中心にやろうかということは話してます」
――ファンの方はうれしいですよ。楽しみです。
「一つ付け加えると、今回のツアータイトルにもなっている「Last Eye」ですが、昨年末に、凛として時雨のTKくんがイベントに誘ってくれて、その時に「一緒に作ろうよ」と言って作った曲のタイトルなんです。「Last Eye」というタイトルはTKくんがつけたんですけど、去年は私にとってすごく出会いの多い年で、その年の最後に一緒にやるのがTKくんなんだという話をしたら、最後の出会いだねということで「Last Eye」というタイトルをつけてくれたんです。今回の3本のライブも、今年最後にみなさんに会える瞬間だから、「Last Eye」にしたらいいんじゃないかな?と思って、そうしました」
――出会いということで言うと、11月26日に名古屋Electric Lady Landで、きのこ帝国と対バンライブがありますね。これは面白い出会いだなーと思ったんですけども。
「そうなんですよ。そもそも去年ぐらいから人との出会いが多くなって……私は基本人見知りで、あんまり人と交流することが得意じゃなくて、ずっと生きてきたんですけど、去年ぐらいから変わってきたんですよね。たぶんスキマスイッチと音霊OTODAMA(2014年8月)で一緒にやって仲良くなったぐらいから、人との出会いが増えてきたんですね。お酒を一緒に飲んで、くだらない話をするのもけっこう大事なんだなーとか思ったりして。そういう流れがある中で、きのこ帝国は、たまたま車のラジオで流れてるのを聴いて、声がすごくきれいでハッとしたんですよ。“変な名前なのにすごく声がいい!”と思って(笑)。それで気になってたんですよ。そしたらちょうど同じタイミングで誘ってくれたから、すごくうれしくて」
――思いが通じたんでしょうか。
「私、ラジオでふと聴いてて“この人、気になる”と思った人と、今年だけでも3人出会ってるんですよ。それで連絡取るようになったりとか。気になる人と必ず会えるという、自分の中での運命感がある気がしてます」
――では最後に、安藤さんにとって今年はどんな年だったのか、そして来年はどんな年にしたいか。という質問で締めくくりたいと思います。
「今年は……何だろう。迷い道?」
――はい?(笑)
「最後にネガティブな言葉で締めるという(笑)。でも迷い道って、言葉だけ聞くと迷走してるなーって思うけど、それって寄り道みたいなことだと思うんですよ。寄り道ってすごく大事なことで、普段素通りしてきたどこかの家の花壇を覗いてみたら、こんな花が咲いてるんだとか。普段通らない路地を入ってみたら、こんなところにおいしそうなコーヒー屋さんがあったとか。そういう意味で、くねくねしたことが良かった年かなと思いますね。実を言うと、この1年はゆっくり活動したいなと思ってたんですよ」
――えっ。そうなんですか?
「たぶんね、本来だったら、そうなのかなと思うんですけど。みなさんよく「活動休止します」とか言うじゃないですか。たった半年でも、ちゃんと宣言して休むのは、そのまま忘れ去られるのが怖いからなのかなと思うんですよね。たぶん。「最近やってないんだ。やめたんじゃない?」とか思われたら、戻る場所もなくなるし。でもね、たとえば私が「活動休止します」と言っちゃったら、私はそうそう立ち上がれないタイプの人間だと思うんですよ。10年ぐらい動かないタイプの人間なので(笑)」
――あはは。それは困ります。
「周りのスタッフは私が自分から休みたいと言わない人間なのもわかってる。だから“人の曲を歌ったら?”という発案をしてくれたんです」
――ああ~。それがスキマスイッチに作ってもらったシングル「360°サラウンド」につながってくるんですか。
「そういうこともあって、自分の曲の制作はお休みして、単独のライブよりイベントに出ることが多かった1年になったんですよ。ずっと作り続けてきた私にとっては、すごく貴重な時間だったと思うんですよね。そのせいで失ったものもあると思うんですけど、わりと面白い時間を過ごせたし、なかなか不思議な時間ではありました」
――それは長くやっている中で、必要な時間だったんじゃないでしょうか。
「静寂が必要なんですよ、必ず。静寂の中で、見つめて、吐き出す。それがとても大事なことだと思うんですけど、何か忙しくて、走りすぎて呼吸が荒くて、静寂が来ないという感じだったので。結局、休まずに小走りしてるんですけどね」
――それでもだいぶ呼吸は楽になったんじゃないですか。
「なったのかな?(笑) 来年のことはまだ考えられないですけど、またたくさん曲を作りたいと思っているので。“Premium Live”が終わったら、ゆっくり考えようと思います」
撮影=菊池貴裕 インタビュー=宮本英夫
2015年12月4日 大阪・大阪市中央公会堂
2015年12月19日 神奈川・関内ホール(横浜市市民文化会館)
2015年12月24日 東京・EX THEATER ROPPONGI