安蘭けいが主演し、好評を博したミュージカル『サンセット大通り』が、3年ぶりに赤坂ACTシアターで7月4日から上演されている。(20日まで。名古屋・大阪公演もあり)
原作は1950年に作られたビリー・ワイルダー監督の同名映画で、サイレント時代の大女優ノーマ・デズモンドの悲哀と孤独、ハリウッドの光と闇を描き出した名作として知られている。ミュージカル版はロンドンのウエスト・エンドで1993年に初演、ブロードウェイでは1994年初演、日本初演は2012年で、映画ではグロリア・スワンソン、ブロードウェイ版はグレン・クローズという名女優たちが演じたヒロインの老女優ノーマを、安蘭けいが見事な歌唱と演技で体現し、その年の菊田一夫演劇賞の個人賞を受賞している。
今回はノーマ役に安蘭けいと濱田めぐみのWキャスト、ノーマの恋人になる売れない脚本家ジョー・ギリスは平方元基と柿澤勇人のWキャスト、ジョーと恋仲になる女性脚本家のベティは宝塚を退団したばかりの夢咲ねね、そして執事マックスは初演に続いての鈴木綜馬と、まさに豪華な顔ぶれでの再演となる。この話題満載の『サンセット大通り』で、再びノーマ役に挑む安蘭けいに作品への思いを語ってもらった。
撮影/岩村美佳(インタビュー)
生き方は違うけれど想像できるノーマの心理
──まず、この作品の再演の話を聞いたときはいかがでしたか?
3年前、初演に取り組んだときに、とても素晴らしい作品だという手応えがありましたから、再演の話をいただいたときは本当に嬉しかったです。ノーマは年齢を重ねたほうが味が出る役ですので、3年という時を経てノーマの年齢に近くなったことで、より演じやすくなる部分もありますし、キャストも一部新しい方たちになったことで、役作りも含めて、いろいろ新たな発見があると思っています。
──今回はノーマが濱田めぐみさんとダブルキャストということも刺激的ですね。
同じ役を一緒に稽古していくことで、ノーマが客観的に見られるのが有り難いですね。自分ではわからなかったノーマ像も見せてもらえますし、それによって私もさらに役を深めていけるのが、とてもいいことだなと思っています。
──安蘭さんは初演のときから、ノーマにはどこか共感も持てるとおっしゃっていましたね。
女優というのは役に自分を投影していく部分があると思っています。自分の中にあるものからその役を生み出さなくてはいけない。たとえば普通の女性よりより醜い部分なども、自分の中から探して見つけ出していく作業も必要になります。そして、その作業が演じるうえですごく大事だと思っているんです。ノーマについては、時代についていけなくなった女優で、世間から忘れ去られていくわけですが、自分では自分が輝いていた時代の感覚のままで生きようとする。そういう心理もある意味ではわかるんです。私は宝塚ではトップスターだったわけですが、宝塚のトップはいつか卒業しなくてはいけない。そのあとはまた他の世界で一から始めることが必要になります。そこでこれまでと違う現実と向き合わなくてはいけなくなる。ノーマはそういう現実を受け入れられない人なんです。私とは生き方は違いますが、彼女の心理は想像できる部分もあるんです。
──安蘭さんは現実に向き合って生きているわけですが、ノーマは幻想を生きることしかできないわけですね。
現実を見ないで、錯覚をしようと思えばいくらでもできるんですよね。とくにノーマはマックスによって護られていますから、いつまでも幻想の中で大スターとして生きていられる。そして時代とずれていく。でも、その純粋さもある意味ではノーマの魅力とも言える気がします。それに、そういうふうに生きられたのもハリウッドだからで、ハリウッドだからこそ成立する物語だと思います。
撮影/岩村美佳(インタビュー)
偏っているけど大きなマックスの愛
──鈴木裕美さんの演出についてはいかがですか?
すべてに関して緻密に丁寧に演出される方です。動きもそうですし、歌に入る導入にしても、なぜこういうふうになるのかという理由を、とても理論的に解明してくださるんです。私たちのようにミュージカルによく出ている人間は、当たり前のように歌のパートに入っていきがちなのですが、それを当たり前としないで、もう一回きちんと解釈し直して下さるんです。そういう考え方が新鮮ですし、改めて曲の意味や流れが1つ1つわかることで、作品の面白さや深さを感じることができます。それに裕美さんはストレートプレイを沢山演出されている方なので、お芝居の部分はとくに刺激を受けますね。
──安蘭さんも宝塚時代から芝居では定評がありました。
いえ、全然です(笑)。でもお芝居は好きですから、今回また裕美さんと一緒にできることがすごく嬉しいです。『アリス・イン・ワンダーランド』のときも再演ですごく変わったんです。土台は初演でできているのですが、そのうえでさらに丁寧に、1つ1つ考え直して演出されていました。この『サンセット大通り』も、初演はどこか余裕がない状態でしたから、再演で少しは余裕を持って取り組めているのはよかったと思います。すでに土台が出来ているうえで、新たな考えで取り組めるわけですから。さらに良い作品になるという手応えを感じています。
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
──新しいキャストの方も加わってそこも見どころですが、相手役のジョーが平方元基さんと柿澤勇人さんのダブルキャストで、安蘭さんは平方さんと組むのですね。
平方さんとは『アリス・イン・ワンダーランド』の再演で、昨年共演したばかりなんです。表面は明るいイケメンという感じで(笑)、でも内面はしっかりしていて男っぽいところがあって、そのギャップとかアンバランスなところが、この作品のジョーが見せるいろいろな顔と重なるのではないかと思っています。
──ジョーはノーマとベティの間で心が揺れる役ですね。
2人の女性の間で揺れる部分も含めて、難しいけれどすごくやり甲斐のある役だと思います。ストーリーテラー的な部分もありますし。『サンセット大通り』という作品はノーマが主役ですが、ジョーの役割りもすごく大きいんです。お客様も平方さんと柿澤さんのジョーに期待していただきたいですね。
──ジョーが次第に心を奪われていくベティには、宝塚の後輩の夢咲ねねさんが扮します。
私が星組のトップ時代に彼女が月組から異動してきて、『赤と黒』で相手役をつとめてくれたんです。ベティは役柄的にはぴったりですよね。彼女だけでなく、宝塚OGの方とはミュージカルの世界では顔を合わせる機会が多くて嬉しいです。
──そして、この作品に欠かせないのが、鈴木綜馬さん扮するマックスで、ノーマとの関係がとても面白いですね。
一緒の屋敷に住んでいますけれど、もう夫でもないし、男としては見ていないんですよね。しかもこれまでにあの屋敷に招き入れた男性はジョーだけではないし。そういうマックスは哀れでもあるわけですが、でもマックスにとっては、それもノーマが輝くためなら、ということなんですよね。そう考えるとマックスの愛は偏ってはいますけど、計り知れないくらい大きいなと。彼がノーマの世界全体を作り上げているわけですから。今回もきっと綜馬さんが素晴らしいマックスを見せてくれると思います。
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
大好きなロイド=ウェバーの世界にどっぷり浸かって
──この作品の魅力の1つでもあるアンドリュー・ロイド=ウェバーの音楽には、どんな印象を?
私がミュージカルを志したきっかけが『キャッツ』で、でもそれがロイド=ウェバー作品だと当時は知らなかったんです。その他にも好きなメロディが実は『オペラ座の怪人』の音楽だったり、私にとってはこの世界へのきっかけになったのが、ロイド=ウェバーさんの音楽だったんです。宝塚に入ってからはあまり歌う機会がなくて、たまにショーの中で歌うくらいだったのですが、それだけにこの作品と出会って、アンドリュー・ロイド=ウェバーの世界にどっぷり浸かれるのが、すごく嬉しかったです。改めて私の好きなメロディの世界だなと思いますし、ミュージカルの世界を目指していた初心を、いつも思い出しています。
──それぞれのナンバーが心情を語っていてドラマティックですね。
そして、曲のすべてにつながりや流れがあるというか、1本のミュージカル作品として完成された音楽の魅力があるんです。
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
──そんな『サンセット大通り』の日本初演は、やはりプレッシャーもあったでしょうね。
プレッシャーはありました。ミュージカルが好きな方たちの間では有名な作品でしたし、でもなかなか日本で上演されなかったこともあって、誰がノーマを演じるかは注目されていたと思います。そのノーマをやらせてもらえるなんて、有り難いと同時に本当に私に出来るだろうかと。でもそれを考えだしたらプレッシャーに負けてしまいそうになるので、なるべく考えまいとしましたし、やらせていただく以上、全身全霊でこの役を演じるしかないと思いました。
──そして、第38回菊田一夫演劇賞を受賞という形で結果を出したわけですが。
受賞は本当に嬉しかったです。でも賞は私個人ではなく、この作品に関わった皆さんに対していただいたものだと思っています。
──その作品で、またノーマを演じるわけですが、最後に意気込みを。
名作と言われる通り、音楽もストーリーも素晴らしいです。衣裳も素敵で、ノーマのちょっと時代がかったドレスなどもとてもゴージャスです。私自身は、やはり3年という年月を経たことで、ノーマにより近くなって、演じやすくなっているのを感じます。この作品は私にとってとても大事なものですし、年齢を重ねながら何度も演じられればいいなと思う作品です。そのためにも今回の再演を一生懸命につとめたいと思っています。
撮影/岩村美佳(インタビュー)
『サンセット大通り』フォトレビュー
ジョー(平方元基)、ノーマ(安蘭けい) 撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
ジョー(柿澤勇人)、ノーマ(濱田めぐみ) 撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
ベティ(夢咲ねね)、ジョー(平方元基) 撮影/アラカワヤスコ(舞台)
撮影/アラカワヤスコ(舞台)
【取材・文/榊原和子 撮影/岩村美佳(インタビュー) アラカワヤスコ(舞台)】
イベント情報
ミュージカル『サンセット大通り』
作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
劇作・脚本・作詞:ドン・ブラック、クリストファー・ハンプトン
演出:鈴木裕美
出演:安蘭けい 濱田めぐみ(Wキャスト)/平方元基 柿澤勇人(Wキャスト)/鈴木綜馬/夢咲ねね 水田航生 戸井勝海 浜畑賢吉 他
・7/4 ~ 20◎赤坂ACTシアター
・7/25 ~26◎愛知芸術劇場大ホール
・7/31 ~8/2◎シアターBRAVA!
公式サイト:
http://hpot.jp/stage/sunset
安蘭けい
あらんけい○滋賀県生まれ。91年宝塚歌劇団に首席で入団。06年星組男役トップスターに就任。『スカーレット・ピンパーネル』(小池修一郎演出)など当たり役多数。09年に退団後はミュージカルを中心に活躍。『サンセット大通り』『アリス・イン・ワンダーランド』(共に鈴木裕美演出)の演技で第38回菊田一夫演劇賞を受賞。近年の出演舞台は『アントニーとクレオパトラ』(蜷川幸雄演出)、『next to normal』(マイケル・グライフ演出)『幽霊』(森 新太郎演出)、『レディ・ディ』(栗山民也演出)など。近年では映画「でーれーガールズ」や連続ドラマ「ペテロの葬列」(TBS)など映像でも活躍中。今年9月には『CHESS THE MUSICAL』(荻田浩一演出)への出演が控えている。