演出家・藤田俊太郎ロングインタビュー!「『ラヴ・レターズ』はずっと続けていきたい作品です」
藤田俊太郎
1990年に青井陽治とともにスタートし26年間469回の公演を経てきた朗読劇『ラヴ・レターズ』。ステージ上には椅子が2脚、そして二人の役者が読む台本だけ。男と女が手紙のやり取りを通して心情を表し、相手と心を通い合わせる、実にシンプルな朗読劇だ。
今年、2018年は中川晃教&知英、福士誠治&中越典子、矢崎広&妃海風(ひなみふう)、風間俊介&咲妃みゆという4組の男女が新たにこの世界を声で紡ぐ。演出を務めるのは『ジャージー・ボーイズ』ほかの演出で大活躍中の藤田俊太郎。2017年9月に青井がこの世を去り、その後を継いで本シリーズの演出を務めることとなった藤田。2回目となる今回の『ラヴ・レターズ』にどのように向かい合っているのか、前回公演の印象や本作に込めた熱い想いなどを伺った。
藤田俊太郎
『ラヴ・レターズ』を変わらずに作り続けることが僕の役目
ーー今回は2回目の演出となりますが、前回演出されたときに何か手応えのようなものを感じることができましたか?
手応えはありました。生前、青井さんが演出された『ラヴ・レターズ』は何本も観ていましたが、自分が演出をすることになった時、上演する劇場に青井さんが作られた『ラヴ・レターズ』の世界がちゃんとあるか、が一番重要なことでした。公演を終えてみて、青井さんの世界を引き継ぐことが出来たのではないか、と思っています。
ーーと、こんな質問をしておきながら失礼な話ですが、朗読劇における演出家の役割が、まだよく理解できていないんです。藤田さんがこの作品の中でどのような役割を果たしているか、もう少し教えていただけますか?
「変わらないことを変わらずに作り続けていく事」がこの作品においての僕の仕事だと思っています。上演中、舞台上には俳優の吐息と言葉、手紙でのやりとり、関係性がある。それを美術監修の朝倉摂さん、照明監修の沢田祐二さん、音響監修の高橋巖さん、舞台進行の矢野森一さん……この素晴らしいスタッフで創り、上演し続けていた『ラヴ・レターズ』。青井さんが大切にされてきた空気感を演出していく事ほど、難しく、また尊いものはないと実感しています。だからこそ、大先輩たちが創ってきた事を僕らがしっかり引き継ぎ、上演していくことが大事だと思っています。青井さんが残されたノートがあるんですが、そこにはたくさんの書き込みがあるんです。アンディーとメリッサの年齢、手紙が書かれた季節を二人が亡くなる年齢からすべて逆算し割り出してノートに記しているんです。僕はその書き込みをすべて自分の本に写しています。
この膨大な書き込みにご注目!
僕の仕事は、青井さんが読み解いた台本の言葉を稽古中に自分の言葉にして伝えていく事。アンディーとメリッサを演じる俳優が、『ラヴ・レターズ』を通して舞台上で呼吸をする場所を創る事。そのための「演出」だと思うんです。演出には僕のすべての経験が問われます。丸裸になるのは僕の方です(笑)。稽古中、そこには言葉しかないから、何が必要かを瞬時に読み取り、俳優に言葉して渡すことが求められます。それが今作品の僕の役割ですね。
ーーなるほど! そして話を伺えば伺うほど、言葉だけですべてを生み出していく『ラヴ・レターズ』という作品は、演じる役者にとっても魅力的な作品だと感じますね。
ですよね。俳優にとって『ラヴ・レターズ』を演じる事は、1920年代以降アメリカのいろいろな時代に出会う事でもあります。「手紙」は書かれた瞬間に「過去」になりますよね。そして読んでいるときは「未来」かもしれない。この物語は今現在のアンディーとメリッサを描いているようで、もしかしたらアンディーの回想録……アンディーが死ぬ瞬間に追憶している事を描いているのかもしれない。ハッピーエンドじゃないけどハッピーエンドの物語。この愛の物語が俳優たちを魅了し続けているんでしょうね。A.R.ガーニーの本を青井さんが翻訳し、愛の溢れる言葉の物語に仕立てた。そんな言葉を発する時、俳優の中にもある種の高揚感が生まれ、またこの『ラヴ・レターズ』の世界に戻ってきたくなるんでしょうね。
ーー今日は直前まで稽古をされていたということですが、そもそも『ラヴ・レターズ』は稽古をたった1回しかやらない、というのは本当なんですか?
本当です。これは作者であるガーニーさんの指定です。「この作品の稽古は1回しかやらないこと」。でも僕も1回でいいと思います。1回で燃焼するし、良い感じで次、つまり本番に繋げていけると思うから。逆に言うと1回しかないので俳優が自分でやらなければならない「準備」が非常に多いんです。相手役との関わりは「手紙」のみ。「手紙」が会話のように積み上がっていくことで生み出されます。そうなるためには相手の台詞をよく読まないといけないし、アンディーとして、またメリッサとしてどうやって生きていくのか、その言葉のやり取りはどのような思いから出てきたのか。時代背景を研究し、あらゆる想像力を働かせ、役者は舞台に立たなければならない。舞台の上で「無」でいるために、あらゆる「有」を尽くす。だから本番に至るまで、普通の芝居の比ではない膨大な「準備期間」が必要なんです。
藤田からみた出演者4組の魅力を分析
ーーさて、現在稽古を終えてみた今回の4組について、藤田さんの目線でそれぞれのカラーや特徴を表していただけますか?
分かりました……適切な言葉を考えながら話していきますね……。
中川晃教&知英
中川さんは3回目の出演、知英さんは初めてです。中川さんは青井さんの言葉や想いがしっかり身体に宿っていましたね。そして過去積み重ねた想いを宿らせながらも非常にシンプルな形で台詞を言っていました。『ラヴ・レターズ』という世界を自然に行き来しているようでしたね。そして知英さん。知英さんは日本人ではないのですが、リアリティをもって日本語を話すことができるし、そのために、すさまじい努力を重ねていらっしゃいました。彼女はものすごい勉強量と熱量で中川さんと同じ場所までたどり着こうとしています。この物語の登場人物、アンディーとメリッサはごく近い場所で生まれ、手紙を通して心を通わせ、でも結婚することはなかったのですが、それぞれの想いの中でハッピーエンドを迎えています。中川さんと知英さん。二人は国籍は違いますが「世界という劇場の中での幼なじみ」「国を超えた同級生」のように見えました。世界という場で戦う二人の表現者が不思議な共鳴をしているように思えたんです。
お二人とも歌を歌うアーティストです。中川さんはまさに歌うために生まれてきたような人。この作品では歌う場面はありませんが、中川さん、知英さんは演技者として朗読だけで魅力を伝える、その術を十二分に持ち、発揮していました。
福士誠治&中越典子
福士さんは2回目、中越さんは6回目。『ラヴ・レターズ』のレギュラーといってもいいのではないでしょうか。それでもお二人はこの舞台に立つのが怖いとおっしゃっています。台本を読み込まなければならないが、やり込み過ぎてもいけない。どうやったら新鮮な状態でこの作品の世界を創ることができるのか、その塩梅の恐怖を誰よりも理解しているお二人なんです。だからこそ、お二人の稽古はスリリングでした。
福士さんはこの数年、様々な芝居に出演され非常に多くの経験を積まれており、前回の『ラヴ・レターズ』の時からご自分が置かれている環境も随分変化されたと思います。また中越さんは前回の出演以降、ご結婚もされお子さんが産まれ、この役に対する見方がガラッと変わったと話していました。『ラヴ・レターズ』は演じる役者の年代や役者を取り巻く環境の変化を受けて、見えてくる風景、情景がはっきりと変わってくるのではないでしょうか。福士さんも中越さんも稽古をしながらそのご自分の中の変化を発見されているようでした。『ラヴ・レターズ』は8歳から56歳までの男女の人生を描くんですが、お二人は30代半ば。ちょうどその人生の中間くらいの位置から、より俯瞰でこの作品を見ることが出来ていると思うんです。だからこそ、どのようなやり方で8歳のリアリティが生まれ、また56歳のリアリティを創ることができるのかが見えているんです。『ラヴ・レターズ』の恐怖を知り尽くしているからこそ、並々ならぬ覚悟で向かい合っているハートの熱い二人。『ラヴ・レターズ』の歴史がつまったお二人の言葉の美しさをたくさんの方に観て、聴いていただきたいと思います。
矢崎広&妃海風
矢崎さんは近年いい大人になってきていると思うんです。余裕が出てきたんじゃないかな。あらゆる経験をして、あらゆる現場を経たことで。余裕が出てきたんじゃない? そう本人に言ったら「いや、その逆です。余裕がないことが分かってきたんですよ」って返されました。でもそれこそが「余裕がある」という事じゃないかなと思うんです。自分が演技者として成長していくには、今何がもっと必要なのか、それを見定める事が出来ているのではないでしょうか。
妃海さんは「元気印」のような人ですね。そして品がある。メリッサのようなWASPの非常に裕福な家のお嬢様だけど、不良ぶってアーティストとして自分のアイデンティティを見つめなおし、根本から自分の人生を切り開こうとしている人。そういう人物を演じる時は「品の良さ」と「品の悪さ」が俳優の中に同居していないとできない。妃海さんはそれが実現できている人だと思いました。舞台『江戸は燃えているか』を観に行った時も思ったんですが、どれだけはっちゃけた役どころをしていても品を失わず素敵な佇まいを見せられるのはメリッサと重なりますね。矢崎さんも同じ、やんちゃな20代と成長した30代が同居している気がします。器用そうに見えて不器用で、色んなとこにぶつかって、あらゆる傷を付けながら生きてきた20代を経て、どこをぶつけるとどんな傷ができるのかが分かってきた30代を迎えている。矢崎さんにしかできない演技、その深みが増している。そういう意味ではいい時期に二人はこの作品に巡り合ったんじゃないかなと思いました。爽やかで素敵なカップルです。
■最後に風間俊介さんと咲妃みゆさん。
風間俊介&咲妃みゆ
風間さんの表現力の豊かさに先日の稽古で驚きました。こんなに台詞だけで聞かせることができるのかと。ラストシーンの稽古を聞いているそこにいた全員が感動して、自然に涙を流していました。本番中なんじゃないかという空気感でした。それだけ風間さんは準備して役を作り込み、作品を分かっていて、仕掛けていましたね。しかも役のプランを何種類も持ってきていました。この作品はお二人の相性、声の質やトーンをどう合わせていくかで稽古中にどんどん変化していきます。1回しかない稽古ですから、咲妃さんがこういう風に演じてくるなら持ってきたあのプランとこのプランを使って、もしくは使わないで、こんなアンディーを作ろうと考えている……非常に論理的な演劇人でした。芝居が自然で、そしてとてもリアルでした。また、ネガティブとポジティブが奇跡的に同居している人でもあります。これまでのお芝居でもそうやってきたんだろうなと思いましたね。
咲妃さんもあらゆる手を尽くして『ラヴ・レターズ』を研究してきたという印象を受けました。『ラヴ・レターズ』全体でメリッサの生きた時代背景を緻密に研究していて、どうしたら嘘にならないメリッサを作ることができるだろうと一生懸命考えていました。咲妃さんは感情を台詞に自然に乗せられる人。何より素直な方。一つ言えば「こうですか、ああですか?」とすぐ返してくるし、吸収していこうという気持ちが非常に強い方です。こちらはポジティブとポジティブを掛け合わせた方ですね。
あらゆる研究をしてきた咲妃さんと、あらゆる引き出しを持っている風間さんが見せる『ラヴ・レターズ』の稽古は、非常に安心して観て楽しませてくれるものでした。
ーー4組それぞれの特徴が興味深く、可能なら全組拝見して、少しずつにじみ出る違いを体感したくなりますね。
そうですよね。しかも『ラヴ・レターズ』でいちばん大事なのは「決めてかからない事」。あらゆる準備をして舞台に臨みますが、それを一度全部捨てた上で、舞台に立たないといけないんです。
『ラヴ・レターズ』を続けていきたい
ーー私も10年以上前に『ラヴ・レターズ』を拝見しました。今改めて観たら中越さんの言葉じゃないですが、この作品に対する想いがガラッと変わっているかもしれませんね。
そうでしょうね。観客も一緒に成長していく作品だと思います。10代、20代では分からなかったことも30代、40代と歳を重ねていくことで新しいものが見えてくるんだと思います。魅力的な作品ですよね。この作品をあらゆる形で続けていきたいですね。
ーー「手紙」でやり取りすることを今の若者がどう受け止めるのか、も気になります。
メールでも同じだと思うんですが、手紙のほうがより「能動的」な感がありますね。僕も手紙を書くことが大好きで、これまでにいっぱいラヴレターも書いてきました(笑)。師匠である蜷川幸雄さんにも書きました。蜷川さんが入院なさっている時、面会が出来ない時には手紙を書いて渡してもらっていました。これもラヴレターだと思うんです。
メールやLINEは便利ですが、同じ側面がありつつも決定的に違うものだと思います。この作品を通じて「手紙」の価値や、その手紙を通してこの二人はこんなに好意を寄せ合っているのに何故すれ違ってしまったのか、などいろいろと考える機会になるんじゃないかなと。
僕は『手紙』というミュージカルも手掛けていました(2016、2017年)。そう思うと『手紙』には縁があるのかもしれませんね(笑)。
ーー最後になりますが、藤田さんにとって『ラヴ・レターズ』はどのような作品ですか?
ずっと続けていきたい作品の一つです。600組、700組、その先と責任と時間をかけて続けていきたいですね。
藤田俊太郎
取材・文・撮影=こむらさき
公演情報
28th Anniversary Special ~青井陽治追悼~
■会場:草月ホール
■料金:S席 ¥5,400 A席 ¥3,000
■作:A.R.ガーニー
■訳:青井陽治
■演出:藤田俊太郎
6月11日(月) 18:30開演
中川晃教&知英
6月12日(火) 18:30開演
福士誠治&中越典子
6月13日(水) 18:30開演
矢崎広&妃海風
6月14日(木) 18:30開演
風間俊介&咲妃みゆ
アンドリュー・メイクピース・ラッド三世と、メリッサ・ガードナーは裕福な家庭に生まれ育った典型的WASP (ホワイト アングロ サクソン プロテスタント…アメリカのエリート人種)である。幼なじみの二人は対照的な性格だ。 自由奔放で、束縛を嫌う芸術家肌のメリッサ。穏やかで、内省的、口よりも文章で自分を表現するのが得意なアンディー。 アンディーは自分の感じること、彼女についての自分の意見などを折にふれてメリッサに伝える。メリッサは手紙よりも電話の方が楽で好きだ。 しかし、電話で思ったようにコミュニケーションできないアンディーの手紙にはつきあわざるを得ない。
思春期を迎え、それぞれ別の寄宿学校に送られて過ごす二人。会えるのは休みで親元に戻った時だけである。 伝統的な暖かい家庭に守られているアンディー。一方、メリッサはアンディーより裕福だが、離婚と結婚を繰り返す母親のもとで孤独な思いを噛み締めている。 恋に目覚める季節、お互いを異性として充分意識する二人だが、どういう訳かぎごちなく気持ちは行き違い、しびれをきらしたメリッサは他の男の子とつきあってみたりする。そして、遂に決定的に結ばれるチャンスが巡ってきた夜、二人は友達以上にはなれない自分達を発見する。
大学を出た二人はいよいよ全く別の道を歩き始める……。
ご希望公演日の当日 朝10:00~12:00まで受付