『ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信』レポート 里帰り品含む日本初公開の作品150点!

2018.6.13
レポート
アート

左:鈴木春信 《見立玉虫 屋島の合戦》 明和3-4(1766-67)頃 中判錦絵 2連続のうち左 右:鈴木春信 《見立那須与一 屋島の合戦》 同年 中判錦絵 2連続のうち右

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あべのハルカス美術館にて、『ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信』(2018年4月24日〜6月24日)が開催中だ。本展は、8万点以上の浮世絵コレクションを誇るボストン美術館より、江戸時代中期に活躍した浮世絵師・鈴木春信の優れた名品を紹介するもの。明和期(1764-72)には、墨の線に加えて、5色以上の色を用いた多色刷りの木版画=「錦絵」と呼ばれる浮世絵が誕生し、それまで2、3色程度の色摺り版画しかなかった時代に大きな変化をもたらした。色彩鮮やかな画面と、春信の描く繊細な美人たちは瞬く間に庶民の間で人気を博し、春信の画業は、錦絵の大衆化に貢献した。世界一の春信コレクションを有するボストン美術館から、150点の浮世絵が日本初展示となる会場より、本展の見どころをお届けしよう。

会場エントランス

会場風景

世界でたった1枚だけの希少な初期作品も!

現存する作品の8割以上が海外にあり、日本でなかなか展覧会を開くのが難しいとされる鈴木春信。特に、錦絵誕生の明和期に作られた春信の浮世絵は1図あたりの残存数が少なく、希少価値の高い作品となっている。《見立三夕「定家 寂蓮 西行」》や《廻廊で思案する女》は、世界で1枚しか現存が確認されていない、初期の春信作品の貴重な例だ。

鈴木春信 《見立三夕「定家 寂蓮 西行」》 宝暦(1751-64)末期 大判紅摺絵

鈴木春信 《廻廊で思案する女》 明和3(1766)絵暦 中判摺物

武家や商人の裕福な趣味人の間で流行した「絵暦(えごよみ)」は、現代の絵入りカレンダーのようなもので、画面の中に暦をあらわす文字や漢数字が隠され、謎解きをするような感覚で楽しめる。なかなか読み解くのが困難な春信の絵暦だが、会場のパネルを参考にしながら、ぜひ隠された文字を探し当ててほしい。

鈴木春信 《夕立》 明和2年(1765)絵暦 中判摺物

歴史上の物語や古典を、現代の光景にわかりやすく置き換えてあらわした見立絵もまた、絵を読む楽しみを人々に与えた。浦島太郎が竜宮城へ向かう姿を女性に置き換えた《見立浦島》や、西行法師を遊女に見立てた《衝立の前に座る遊女(見立西行)》など、有名な物語や歴史上の人物を美人画に仕立てる春信のセンスがうかがわれる。

鈴木春信 《見立浦島》 もと明和2年(1765)絵暦 中判錦絵

鈴木春信 《衝立の前に座る遊女(見立西行)》 明和2年(1765)絵暦 中判摺物

錦絵の鮮かさと美しい空摺技法

裕福な趣味人の間で、採算を考えずに絵暦の需要が高まった結果、多色刷り木版技法が急速に発達し、錦絵が誕生した。「京都の錦織物のように、多彩で色鮮やか」という名前の由来がある錦絵は、ボストン美術館によって良好な状態で長年保存されてきた。

鈴木春信 《六玉川「擣衣玉河」》 明和5年(1768)頃 中判錦絵

鈴木春信 《女三宮と猫》 明和4-5年(1767-68)頃 中判錦絵

また、厚みのある高級紙を使った春信の浮世絵では、エンボス加工のような、版木に絵の具を塗らずに、刷り圧だけで紙面に凸凹を施す「空摺(からずり)」と呼ばれる技法を使った作品を見ることができる。特に、《鷺娘》や《官女》の着物の文様に見られる精妙な空摺は、間近でその美しさを堪能したい。色彩豊かな錦絵の色使いだけでなく、春信の繊細な線を忠実に版木に再現した彫り師や、刷り師の技術力も見どころだ。

鈴木春信 《鷺娘》 明和3-4年(1766-67)頃 中判錦絵

鈴木春信 《官女》 明和4年(1767)頃 中判錦絵

ドラマチックな一瞬を切り取った恋の図

若い男女の恋愛模様を多く描いた春信の浮世絵には、現代にも通じる男女の恋の駆け引きや、恋の予感を感じさせる場面などが見られる。祝物を乗せた台の下からそっと恋文を手渡す《松契千歳》や、美形の若者を窓から覗き見て囁き合う女性たちを描いた《風俗四季哥仙 卯月》、コタツの下から伸びた男の足首を持ち上げ、誘うような視線を投げかける《「水仙花」炬燵で向き合う男女》など、ドラマチックな瞬間を切り取った恋の図が楽しめる。

鈴木春信 《「松契千歳」》 明和5-6年(1768-69)頃 中判錦絵

鈴木春信 《「風俗四季哥仙 卯月」》 明和5年(1768)頃 中判錦絵

鈴木春信 《「水仙花」炬燵で向き合う男女》 明和6年(1769)頃 中判錦絵

華奢な体つきの男女は、一見性別を判別しにくい姿をしていることもある。しかし、生々しい肉感がなくなったことで、清楚で可憐な春信美人の特徴が際立っている。

日常を愛おしみ、身近な題材に目を向けた春信

春信は、浮世絵の主題として男女の恋だけでなく、何気ない日々のワンシーンも取り上げていた。夕涼みに縁側に出て、籠の中にいる虫の音を楽しんでいるような親子を描く《虫籠持つ母と子》、学問に励む少女たちの姿を描いた《五常「智」》、銭湯帰りに雪の中を歩く母娘《雪の湯帰り》など、江戸の人々の生活を鮮やかに描き出している。当時の風俗が伝わる日常を扱った主題は、その後の浮世絵主題にも継承された。

鈴木春信 《虫籠を持つ母と子》 明和4-5年(1767-68)頃 中判錦絵

鈴木春信 《五常「智」》 明和4年(1767)9月 中判錦絵

鈴木春信 《雪の湯帰り》 明和3-4年(1766-67)頃 中判錦絵

さらに春信は、遊女を描いた浮世絵に加えて、身近な女性をモデルにするようになる。現代の「会いに行けるアイドル」の先駆けとも言えるような、当時の江戸で評判高いお茶屋の娘たちが、錦絵の主人公を果たした。《浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花》や《鍵屋お仙と猫を抱く若衆》では、谷中にある笠森稲荷境内の水茶屋「鍵屋」に勤めていた看板娘お仙が描かれている。身近な題材に取り組んだことにより、庶民の人気を獲得した錦絵は売り上げを伸ばし、春信は錦絵の大衆化にも大いに貢献した。

鈴木春信 「浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花」 明和6年(1769)頃 中判錦絵

鈴木春信 《鍵屋お仙と猫を抱く若衆》 明和6年(1769)頃 中判錦絵

『ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信』は、2018年6月24日まで。春信に限らず、その前後の時代に活躍した周辺絵師も合わせて紹介し、当時の浮世絵界の気風を伝える貴重な機会に、ぜひ足を運んではいかがだろうか。

イベント情報

ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信
会期:2018年4月24日(火)〜6月24日(日)
会場:あべのハルカス美術館
開館時間:火〜金/午前10時〜午後8時、月土日祝/午前10時〜午後6時 ※入館は閉館30分前まで
観覧料:一般1300円(1100円)、大学・高校生900円(700円)、中学・小学生500円(300円)
※()内は15名以上の団体料金