篠原涼子が13年ぶりに舞台立つ『アンナ・クリスティ』 舞台・作品・役柄についての強い思い、そして意気込みとは
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篠原涼子
篠原涼子が13年ぶりに舞台に立つ。このたび挑戦するのは、ノーベル文学賞受賞のアメリカ人劇作家、ユージン・オニールの『アンナ・クリスティ』のタイトルロール。壮絶な過去を背負ったヒロインに、栗山民也の演出のもと挑む。作品にかける意気込みを聞いた。
ーー『天保十二年のシェイクスピア』以来、13年ぶりの舞台ですね。
13年間のブランクが空いてしまいましたが、年齢も45歳になることですし、いい区切りとして舞台をやりたいなと。なかなか自信がなくて立てなかったんです。今回もその自信がついたということではないのですが、自分の中に何かいい刺激的なスパイスを含めていきたい、自分自身湧き立てられるような大切な何かを見つけられるのではないかという思いがあって。尊敬する演出家である栗山民也さんが、自分の中に眠っている何かを引き出してくれるのではないかと、自分自身、すごく期待するところもあって。不安と期待、両方がありますね。壁を乗り越えて、新たな何かを発見したい、勉強したいという気持ちで出演を決めました。
ーー初舞台でオフィーリアを演じた『ハムレット』、『天保十二年のシェイクスピア』と、舞台でも好評を博されてきましたが、それでもあった不安とは?
映像ですと、ある部分だけをピックアップして、そこに命をパッと吹き込むという感じですが、舞台では一から十までノンストップで芝居をしなくてはいけない。自分自身が持続できるのかなという不安があって。360度すべてから見られてしまうから、スキがあってはいけないですし、アップになるということもないので全体で表現しなくてはならない。人間の心情を伝えるという意味では映像作品と違いはないとは思うのですが、見せ方ですよね。手の動きであったり、シルエットであったり、そういったものも含めて約2時間見られる、舞台に立つ上ではそれに立ち向かうパワーが必要だなと思うんです。
篠原涼子
ーーその意味では今回、かなりヘビーな作品ではないかと。
ヘビーですね。娼婦で、幼いときからものすごく苦労してきた女性で。この作品の舞台設定である1920年代は、全体的にアンバランスな時代だったということなんですが、そんな世の中を生きてきた女性の物語なんです。人と出会い、関わることによって、彼女は、自分が知らなかったことを発見し、変わっていって、ポジティブになっていく。初めての恋愛も経験し、これまで人とは残酷なものだと思っていたのが、それだけではないということにも気づいていく、そんな物語でもあるのかなと。翻訳の方ともお話ししたんですが、百年ほど前の物語ではあるけれども、今の時代にも同じことがあると思う、だからその代弁者になってほしいとおっしゃっていて。時代が変わってもこういう人々は存在するから、この作品を観た方々が、実際には同じような立場ではなかったとしても何か共感できるところがあるんじゃないかと思うんです。
今回、20歳の役なんですね。私、20歳じゃないし……と思いながら、最初はそういうところも意識して本読みをやったりしていたんですが、20歳とかそういうことでなくていいんだと、稽古場で途中から切り替え始めて。頭を使う作品だなと思いますね。観ている方にはそんなに頭を使わないで、自由な目で観ていただけたらと思うんですけれども。考えさせられる作品ではあると思います。
ーー栗山さんのどんなところを尊敬されていますか。
ご一緒するのは今回が初めてですが、演出された舞台は何度も拝見していて、とにかく深い作品が多くて、それこそ考えさせられるというか、観終わった後の余韻が半端じゃないなと。それと、一人一人の役者さんの心の叫びみたいなものをちゃんと引き出してくださる演出の仕方だなと感じてました。実際にご一緒してみると、本当に一つひとつ細かい演出をしてくださって、心の闇みたいなものをちゃんと丁寧にあるがままに出せるようにというアドバイスをしてくださったり、わかりやすい芝居ではなくわかりにくい芝居をしてほしいとおっしゃったり。アンナが今、何を考えているか、観ている方に考えさせるようなお芝居ですよね。どちらかと言えばわかりやすい芝居が映像だと重宝されがちなので、そういう意味でもものすごくいい言葉をいただいたなと。それってすごく難しいことだな……と思うんですが、そういった刺激を自分でもすごく求めていましたし、すごい宿題を出してくださっているなと感じます。
篠原涼子
ーーアンナ・クリスティをどんな女性としてとらえていらっしゃいますか。
不安定な女性ですよね。まだ若いけど周囲の人間に裏切られ、親にも裏切られたように思っていたり、闇の経験ばかりをしてきていて、幸せというものを知らなくて。自分の人生はもう終わってしまったんじゃないか、自分には生きていく価値がないんじゃないか、と悲観している。ただその意識の中で、若さというエネルギーもあるから、どこかでやってやろうという気持ちも少しあるのかなと。そう考えるとかわいそうな人ですよね。ものすごくさみしがりやで、そのさみしさを人にあまり見られたくない人。強がって生きてきた人。でも、ものすごく情が深い人。愛に飢えているから、この人が人を愛したら、ものすごく情の深い愛を注いであげるんだろうなと感じますね。
冒頭アンナは、身体が弱って、行く場所のあてもなくなって、面倒を見てもらおうと船乗りの父親のところにやってくる。でも、実際会ってみたら、父親もちょっとショックな状況になっていて。でも自分もこんな立場だから父親に本当のことを告げられない。そんな中で、遭難したマットに出会う。トラウマになってしまうくらい男性嫌いになっていたのに、初めて経験する相手の熱さに、自然と身体と気持ちがいってしまう。それが恋なんだと初めて気づかされる。海、船を通じて彼女の人生が変わっていく物語なのかなと。アンナ、父親、マット、一人ひとりが人の絆を知って変わっていこうとする話ですね。
ーーマットのどんなところがアンナを変えていくのでしょうか。
マットはすごく熱い人なんですね。会った瞬間、お前のことが好きだ、結婚しようと言う、そんな人。どうせ口先だけだろうと思っているんですが、あまりの熱意に、そんなに私のことが好きなの? と、喜びを感じていく。いつもポンと物のように投げ捨てられてきたような女性が、初めて自分をまっすぐ見つめてくれる人に出会い、胸が締め付けられるような気持ちになって。マットのそういう熱さがアンナを変えていくのだと思います。セリフの中で、「まるで大きな子供みたい」って言うんですけれども、そんな不器用ないい人をだますような真似はできないと思う。だから彼女も好きになっていくんだと思うんです。マットを守ってあげたいという気持ちがアンナの中に生まれる。でも、穢れた娼婦である自分と結婚なんてさせられないと、自分から身を引こうとする。それだけ好きだから大切にしたいんでしょうね。
ーーマットを演じられる佐藤隆太さんについてはいかがですか。
佐藤さんもものすごく熱い方だなと。作品に対する情熱をすごく感じます。そして気さくな方で、本当に子供のような雰囲気もあって、あどけなさのある男性だなと思いますね。マットになりきっているのかなと感じますし、早く私も追いつかなくちゃと。
篠原涼子
ーー篠原さんが感じられる、舞台ならではの醍醐味とは?
やはり、稽古っていう時間がすごく大切だなと思うんですよね。アンナも、自分自身も育てていける場所であって。人生で恥をかける場所ってなかなかないんですけれども、稽古場ですごく恥をさらして、なおかつ自信ももてるようにしていける、それが舞台なのかなと思えるし、だから大きく成長していけると感じられるのかなと。一か月稽古して、みんなで温めた作品を、ステージを通じてお届けする、その楽しみもありますし、本番中のお客様との一体感もありますよね。どういう反応があるのかとか、自然と感じられますし。出演者が舞台上で演じているだけではないというか。そういう意味では今回、お客様も出演しているのではないかと感じられるくらい、舞台と客席が近いんです。栗山さんが今年演出された『アンチゴーヌ』を拝見したら、それも観客も出演者のような感じで、こちらにライトが当たったりして、ドキッとしたりしていたんですが(笑)、そうやって一体になってしまうところが、映像と違う舞台のすごさなのかなと思いますね。
ーー篠原さんご自身が舞台に出演された中でそうした一体感を感じた瞬間は?
初舞台を踏んだ『ハムレット』も、ステージと客席が本当に近くて、お客様が目の前にいらっしゃって、目がバチバチに合うんですよ(笑)。見られてる! という気を感じて。もちろん見られてなきゃいけないんですけど(笑)、眼力というか、熱いまなざしがすごく来る感じで。でも、それがあるからこそ、こちらも気持ちが入っていくという良さがあったり。『ハムレット』のときも普通じゃない装置というか、本当にシンプルで素敵だったなと記憶していますね。
ーーお客様に、この舞台を通じて届けたいものとは?
アンナ・クリスティという一人の女性が、いろいろな経験を経て、そのなかで前向きな気持ちになって、生きたいという希望をもつようになる話だと思うので、何かそういう気持ちが一つでもいいから伝えきれたらいいなと思いますね。初めて立つ舞台のように頑張りたいと思っていますので、見守っていただければという気持ちと、楽しんで自由な目で見ていただければという思いがあります。かわいそうな女性だからこそ、それだけじゃない何かを作りたいというか。ただ、強すぎてしまうとこの作品の良さが消えてしまうと思うので、弱さも大切にして、彼女の両方の部分を出していけたらと思っています。
篠原涼子
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=中田智章
公演情報
<東京公演>
2018年7月13日(金)~7月29日(日) よみうり大手町ホール
<大阪公演>
2018年8月3日(金)~2018年8月5日(日)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
出演:篠原涼子/佐藤隆太/たかお鷹/立石涼子/原康義/福山康平/俵和也/吉田健悟
ホリプロ
(平日10:00~18:00、土曜10:00~13:00、日祝・休)