佐藤美枝子(ソプラノ)が語る20年の軌跡~チャイコフスキー国際コンクール優勝20周年記念リサイタルに向けて

2018.7.5
インタビュー
クラシック

佐藤美枝子

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日本の声楽界を代表するプリマドンナ、佐藤美枝子。華麗で技巧的なコロラトゥーラ・ソプラノとしてのみならず、深い表現力を求められる役までこなす実力派歌手として、確かな存在感を示してきた。ソプラノにとっての究極の役柄とも言うべき、ドニゼッティ≪ランメルモールのルチア≫のタイトルロールは、彼女の当たり役として知られているが、今年2月の≪夕鶴≫で聞かせた、豊かな経験に裏打ちされた趣き深い歌声は記憶に新しい。

彼女が、世界の檜舞台に登場するきっかけとなったのが、1998年のチャイコフスキー国際コンクールである。ロシアや欧州各国から実力者が集う声楽部門で、日本人として初めて優勝を飾った。2018年は、快挙から20周年を数える節目の年。それを記念した単独リサイタルが10月1日、紀尾井ホール(東京)で開催される。ベルカントの難曲は勿論、チャイコフスキーの歌曲、さらには≪ノルマ≫といった今後のレパートリーへの展望を示すかのような曲を揃えた充実のプログラム。リサイタルへの意気込みとこれまで歩んできた20年を佐藤に訊いた。

チャイコフスキー、ベルカント、そして「挑戦」へ

ーーまず、コンクール優勝20周年記念リサイタルを控えた今の心境をお聞かせください。

チャイコフスキー国際コンクールで1位を頂いたことがきっかけとなり、名前を知って頂くと同時に、多くの舞台に恵まれました。とても感謝しています。あっという間の20年間でしたが、「もっとうまくなりたい」、「コンクールの名に恥じない歌手でありたい」という気持ちから日々の精進に励んできました。一つの区切りとして、この間の成長と進化を皆さんに聴いて頂きたいと思っています。

ーー今回のリサイタル、幕開けは、やはりチャイコフスキー作品ですね。

ええ。記念リサイタルですので、チャイコフスキーに敬意を払いたいと思いました。前半は、全てチャイコフスキーの歌曲で固めています。

ーー数あるチャイコフスキー作品の中から、どのようなところを意識して選曲されたのでしょうか。

子どものために書かれた、語りかけるような作品や子守歌、主人公の内面を吐露する歌、オリエンタルな雰囲気が漂うものなど。作品のもつ多彩な色を意識しつつ、今の自分の声で表現できるであろう作品を選びました。

中でも、≪狂おしい夜々≫と≪和解≫、≪私は野の草ではなかったか≫の3曲には、音の厚みがあります。私のレパートリーではないと思われるくらい。チャイコフスキーが自ら求めた音楽もドラマティックなものだったと思っています。私にとっては少し重いかもしれない、こうした作品に、培ってきた表現力とテクニックで挑戦したいと思っています。

佐藤美枝子

ーーチャイコフスキーの歌曲の魅力は、どのようなところにあるのでしょうか。

以前、『チャイコフスキー歌曲集』、『チャイコフスキー歌曲集II』(いずれもビクターエンタテインメント)というCDを出させて頂きました。100余りある全歌曲から約70作品の楽譜を入手し、選り抜いた曲を歌い込んでいく内に、全ての曲が大好きになっていったのです。彼のバレエ音楽やオペラ作品が、観客を魅了する音楽性を兼ね備えているように、歌曲にも実に美しいメロディーラインがあります。それでいて、歌詞に応じて、全く違った音楽が描き出されている。そういった多彩さと曲想の豊かさが魅力ですね。

ーーリサイタルの後半には、佐藤さんの本領ともいえるオペラ・アリアが並んでいます。

後半は、ベルカント唱法に則った私のレパートリーの数々。その中で、ベッリーニ≪ノルマ≫からの<清らかな女神を>と、チャイコフスキー≪エフゲニー・オネーギン≫からのタチヤーナのアリアは、新しい挑戦です。この2月に、≪夕鶴≫で、つう役を歌わせて頂き、少し重めのレパートリーを観客の皆さんに聴いていただけるようになってきたと確信できました。タチヤーナのアリアは、私のレパートリーではありませんでしたが、私なりのタチヤーナをお聴かせできると思っています。

ーー伴奏を務めるのは、ピアニストの河原忠之さん。長年、共演されてきましたね。彼の演奏の魅力はどんなところでしょうか。

オーケストラのようにピアノを奏でて下さいます。私の音楽や感覚、表現したいものの全てを察知しつつ、自身の音楽と融合させて作品を作ってくださるようなピアニストは今のところ彼だけ。絶対的な信頼を寄せています。

レパートリーを拡大していくこと

ーー今、改めて、20年前のコンクールを振り返られていかがですか。

あの時は、五島記念文化財団からの奨学金を得て、イタリア留学中でした。とても有難く感じていて、賞や大きな舞台に立つといった目に見える形で恩返しをしたいと思っていました。やっとのことで恩師から国際コンクールを受けてよいとの許しを頂きましたが、年齢制限があってチャイコフスキー国際コンクールしか受けられなかったのです。

ーーコンクールは、精神的にもタフなものだったのではないでしょうか。

初めての国際コンクールでしたが、「コンクールはどんな感じ?」と、丁度、モスクワに留学していた後輩に聞いたら、「1次で落ちると思っていかないとダメ」と言われて……肩の力が抜けました。ですから、まさか自分が本選の舞台に立つなんて思っていませんでした!

佐藤美枝子

本選では、ルチアと、急遽、指定されたリムスキー=コルサコフの作品を歌いました。リムスキー=コルサコフの作品は全く初めてでしたが、ロシア人の公式伴奏者の方が、つきっきりでピアノを弾きながら、音楽と言葉を教えて下さいました。そして、ホテルに帰って、ひたすら書きながら暗譜したのを覚えています。

ーー今回のリサイタルでは、20年前のコンクールでも歌われたチャイコフスキー≪子守歌≫に加えて、≪ラクメ≫と≪ルチア≫も披露されます。そして、ご自身が「挑戦」と語る曲も含まれていますね。今後は、こういった重い役柄へとレパートリーを広げていかれるのでしょうか。

レパートリーを拡大していくのに一番良い時期というものがあります。それを過ぎると、出来ないものは出来ない。今、私の声と年齢は、レパートリーの拡大に相応しい段階へと差し掛かっていると思います。声の厚みが増して、上の音域が出なくなったからレパートリーを変更するという訳ではありません。グルベローヴァやデヴィーアは、70歳を超えた今でも常に自分のレパートリーは確固たるところで歌えていますよね。自分のレパートリーを維持しながら、今の年齢で歌えるものへと広げていきたいということです。「進化」は、そうでなければいけません。だから、今回のプログラムにも、これまで歌ってきたレパートリーと、挑戦するレパートリーの両方を入れました。

ーーこれから歌っていきたいオペラを教えていただけますか。

≪ラクメ≫の<花の二重唱>や<鐘の歌>は良く耳にしますが、全幕上演は、日本では殆どされてきませんでした。とても魅力的な作品ですので、全幕を歌ってみたいですね。また、喜劇的な要素のあるドニゼッティ≪連帯の娘≫は、歌手が揃わないと難しいかも知れませんが、歌ってみたい作品のひとつです。

自分自身のレパートリーについて言えば、≪ノルマ≫や≪アンナ・ボレーナ≫、≪ロベルト・デヴリュー≫。こうした作品を上演する機会があれば、是非、挑戦してみたいと思っています。

ーー最後に、リサイタルを楽しみにされているお客さまへのメッセージをお願いします。

私自身のリサイタルは、本当に久しぶりとなります。舞台となる紀尾井ホールは、デビュー・リサイタルをさせていただいた思い出のホールでもあります。あの時は台風で足元が悪いなか、本当に沢山の方がいらして下さいました。その時に来て下さったお客様には、私の成長を見て頂きたいと思っています。また、オペラで私の声を聴いて下さっている皆様にも足を運んで頂きたいですね。

20年は本当にあっという間。でも、濃い20年間でした。私がどう過ごしてきたのかを聴いていただく良い機会だと思います。今の自分が出せる全てを聴いて頂き、お客様に喜んで頂けたら嬉しいですね。

佐藤美枝子

取材・文=大野はな恵 撮影=荒川 潤

公演情報

『佐藤美枝子 チャイコフスキー国際コンクール優勝20周年記念リサイタル』

【出演】
佐藤美枝子(ソプラノ)
河原忠之(ピアノ)
 
【日時・場所】
2018年10月1日(月)19:00開演
紀尾井ホール(東京)
料金】S席:¥7,000 A席:¥5,000

【曲目・演目】
チャイコフスキー:それは早春のことだった Op. 38-2
私の小さな庭 Op. 54-4
カナリア Op. 25-4
子守歌 Op. 16-1
狂おしい夜々 Op. 60-6
和解 Op. 25-1
私は野の草ではなかったか Op. 47-7
 
チャイコフスキー:オペラ「エフゲニー・オネーギン」より"手紙の場"
シャルパンティエ:オペラ「ルイーズ」"その日から"
ドリーブ:オペラ「ラクメ」より"鐘の歌"
ベッリーニ:オペラ「ノルマ」より"清らかな女神を"
ドニゼッティ:オペラ「ランメルモールのルチア」より"狂乱の場"
 
主催:ジャパン・アーツ
  • イープラス
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