アートイルミネーション『和のあかり×百段階段2018』レポート 伝統ある名建築で、平成のおわりに灯る夏の夢
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漁樵の間
目黒駅からほど近いホテル雅叙園東京内の百段階段で、2018年7月7日(土)〜9月2日(日)まで、『アートイルミネーション 和のあかり×百段階段2018 ~日本の色彩、日本のかたち~』が開催されている。和のあかりの世界をテーマにしたこの展覧会は、2015年から毎年開かれており、ひと夏に9万人もの来場者を迎える人気イベントだ。
昭和10年に建てられた雅叙園の百段階段。東京都有形文化財に指定されている木造建築で、99段の階段が芸術的な装飾の宴会場7部屋をつないでいる。鏑木清方はじめ、名だたる昭和の芸術家や名工が室内装飾を手がけた名建築だ。
そんな伝統ある文化財を舞台に、工芸・アート・デザイン・テクノロジー・アロマ・生け花・祭りなど、ジャンルを超えた現代の感性がスパークする本展。今年の『和のあかり×百段階段』の参加団体は、前年の倍に近い63団体。各部屋それぞれ迫力のある大きな展示作品から手のひらにのる小さな工芸品まで、細部にわたって工夫がなされている。また、会期中は展示以外にもライブやワークショップなど興味深いイベントが企画されている。
エレベーターホール大のれんに透ける灯
まず百段階段に向かうには、豪華な螺鈿細工がほどこされたエレベーターに乗る。エレベーターそのものが異空間を感じさせ、おのずと期待がふくらんでゆく。
ホールに降り立つと、涼しげな青いのれんに透ける灯が目に入る。やさしいアロマの香りに誘われ、のれんをくぐると天井いっぱいに日傘のシェード、床にやわらかな芝生、土のかまくらなど、ナチュラルな空間が迎えてくれる。
エレベーターホール天井
そのままエントランスに進み、たたきで靴を脱いで百段階段に向かう。たたきの天井には、金魚の大群が泳いでいる。といっても紙でできた山口の祭りで使われている金魚ちょうちんだ。いろんな柄の金魚が空間をうすべにいろに染め、リラックスした気分で靴を脱ぐ。
エントランスの金魚ちょうちん
百段階段
たたきを過ぎると秋田の竿燈まつりの大ちょうちんが見えてくる。その向かいがいよいよ百段階段だ。
各部屋は、この百段階段の右側に設置されている。頂上まで7部屋。昔はこの階段を重いお膳を持った着物姿の仲居さんたちが気を使いながらのぼり降りしたのだろう。また、この空間を作りあげた職人たちも苦労したことだろう。奥まで続く階段をのぼり、資材を運ぶだけで重労働だ。
遊びにくる人間はそのまま階段を上るだけだが、もてなす側は通常の何倍もの労力を使う。このイベントの参加団体や作家たちも同様だ。ここで働いてきた人々の労力を察すると、施設のつくりの贅沢さを実感する。だからこそ、百段階段は特別な空間なのだ。
では、ざっとかいつまんで各部屋のみどころを紹介しよう。
1室目・十畝の間
十畝の間
荒木十畝による花鳥画が配された薄暗い部屋に、水をイメージした間島秀徳の現代日本画の大作が広がる。中央に薄明かりに光る白い紙の花がたくさん盛られている。折花作家 三谷基の作品だ。紙の白さが青い日本画に映えて初夏の山に残る雪を思わせる。その周囲にかまくらのような可愛らしい灯。土のかまくらプロジェクトの作品があしらわれている。
十畝の間・真ん中の折花
また、十畝の間の向かいにある化粧室には、長崎ランタンフェスティバルの麒麟が光を放っている。家路につく麒麟の姿なのだそうで、壁に投影された影が優しい哀愁をにじませている。
化粧室
2室目・漁樵の間
漁樵の間
金をふんだんに使った彩色木彫で平安貴族の情景を表現した、豪華絢爛な漁樵の間。そのままでも十分に驚きのある室内の真ん中につややかな床を置き、巨大な青森のねぶたが水面を浮かぶように配置されている。祭りの終わりにねぶたが船で海の上を走る姿を再現しているという。彩色木彫空間とねぶたの組み合わせは息を呑む光景だ。圧巻である。
漁樵の間
今回のテーマは竹取物語。3流派のねぶた師が初めて共作した力作で、かぐや姫、武者、鬼、そして月の明かりが平安貴族の情景をうすぼんやりと照らし、竹取物語の世界を見事に表現している。この部屋を見るだけでも、会場に足を運ぶ価値があるだろう。
3室目・草丘の間
草丘の間
天井と欄間に礒部草丘の四季草花絵や松原の風景があしらわれた室内に、アート集団ミラーボーラーのインスタレーションがいっぱいに展示されている。
ミラーボールの輝きや効果的な照明が薄暗い天井画をきらきらと照らし、天井画や欄間が動いているかのように感じる。日本画とミラーボールのミスマッチには驚きだ。生と死がテーマの動く光と影の空間は立体曼荼羅のようである。
草丘の間
4室目・静水の間
静水の間
池上秀畝、小山大月、橋本静水の見事な絵画が競演する空間に、切り絵作家・早川鉄平と樹脂メーカー トウメイがコラボしたヤマトタケルの物語が展示されている。樹脂で作られた透明感のある切り絵を透過光がやわらかく際立たせ、モダンなテイストに。出過ぎないセンスが、心地いい空気を作り出している。
静水の間
5室目・星光の間
星光の間
板倉星光の四季の草花が描かれた部屋では、野山の草花がそのままの姿で星の光となって咲いている。野山の葉や実の繊細さを損なわない小さなあかりで、自然素材を輝かせている。造形作家・川村忠晴の作品は、草木を愛する日本人の感性がそのままあかりになった世界だ。
この部屋では、手前にさまざまな工芸作品群が展示されている。どれも繊細で自然なテイストだ。
星光の間
6室目・清方の間
清方の間
鏑木清方が作った茶室風の部屋に、ユーモアたっぷりの作品たちが展示されている。部屋の奥に設置されているのは、「すごい木工プロジェクト」の作品。さまざまな表情を持つ日本の神々が宙に浮き、にぎやかである。手前には、美濃和紙や組子細工のあかりが配置され、幻想的な光を添える。
また、昭和レトロな安楽雅志や中島盛夫の絵画、山田全自動の俳画など、くすっと笑える作品も楽しい。蓄光素材を使った上出惠悟の久谷焼もユーモラスだ。
清方の間
7室目・頂上の間
頂上の間
松岡映丘門下の天井画の部屋が、あっと驚くような世界に変化している。床にはターコイズブルーの美しいタイルが敷き詰められ、寒いくらいひんやりとした空気が身を包む。壁面には粕谷尚弘(一葉式いけ花)の南国を感じさせるダイナミックないけばなが潮のようにうねる。
頂上の間・天井
見上げると、無数の江戸風鈴が気泡のように天井に浮いている。ときおりタイルから自然に漏れるヒビの音がちりん、と静かな空間に響き、瞑想的な気分を誘う。99段の階段を上り、汗ばんだ体が青い海底で安らいでゆくようだ。
この頂上の間の階段上には、ちょっとしたオマケの空間がある。光の落書きができる壁面、ボタンを押して遊ぶガチャガチャが設置され、最先端技術でありながら昭和テイストな楽しさを味わえる。
光のらくがき
以上、7部屋をざっと紹介したが、これらの内容はごく一部にすぎない。
大きな作品とともに洒落た小品群が随所にあしらわれており、階段の途中や部屋の入り口にも細やかな趣向が凝らされている。それらすべてが、伝統的な装飾と和のあかりの中で一体化しており、百段階段が観ている不思議な夢のなかに紛れこんだかのようだ。
『和のあかり×百段階段』は、平成最後の夏に咲くみやびな夢だ。ぜひ大切な人とともに、雅叙園で美しい夏を堪能してほしい。