中村七之助が『八月納涼歌舞伎』で落語ベースの新作に挑戦 「顔向けできない一カ月にはしたくない」
中村七之助
2018年8月9日(木)より27日(月)にかけて、東京・歌舞伎座で『八月納涼歌舞伎』が上演される。平成5年以降は、通常が昼夜二部制のところを三部制とし、気軽に観にいけることでも人気の月だ。第一部では『心中月夜星野屋』に、第二部では『東海道中膝栗毛』、第三部では『盟三五大切』に出演する中村七之助が、合同取材会でインタビューに答えた。各演目にコメントするとともに、『八月納涼歌舞伎』復活の立役者であった父・勘三郎と三津五郎への思いを明かした。
第一部は「よしよし!」の三演目
ーー第一部は『花魁草』、『龍虎』、そして『心中月夜星野屋』の三演目。七之助さんは、新作歌舞伎『心中月夜星野屋』に出演されます。古典落語「星野屋」を、桂文珍さんと落語作家の小佐田定雄さんが脚色したバージョンが、今回の歌舞伎のべースだそうですね。役の名前は、演じる方の本名にあわせてアレンジされているようです。
昨年の『刺青奇偶』(演出:坂東玉三郎)に続き、今年の納涼歌舞伎でも中車さんと何かをやりたいと思いました。そこで小佐田さんに相談し、何作か送っていただいた中から選んだのが「星野屋」です。落語とは少し変わるところもありますが、何にもないお話です(笑)。
『八月納涼歌舞伎』の第一部として、お客さまに軽い気持ちで観ていただけて、楽しく終われて、しかもお客さまの目が向きやすい新作。『花魁草』については、扇雀さんから、どうかな? とお話があり「私は大好きですよ!『心中月夜星野屋』とは雰囲気も全然違うのでいいと思います!」と。さらに『花魁草』と『心中月夜星野屋』の間で、幸四郎さんと染五郎さんが『龍虎』を踊ってくださいます。これはお客さまも観たいだろうな! という三演目が並ぶので、プロデュース的にも第一部はよしよし! と思っています。たくさんのお客さまにお越しいただきたいですね。
ーー『怪談乳房榎』や『眠駱駝物語 らくだ』など、過去の『八月納涼歌舞伎』でも落語を元にした演目がありますね。
落語と歌舞伎、相性は最高です。でも落語で喋ってオチになる噺を、歌舞伎でやって、そのまま上手く幕になるか(オチるか)というと、そうとは限らない。そこは稽古で話し合いながら作っていきたいです。
あとは落語を歌舞伎にすることで、幅が狭まってしまう怖さもあります。
落語の場合、一人が座布団に座って手がけて、お客さんは物語の背景を想像しながら聞く。歌舞伎の場合、衣裳や舞台の道具が決まってしまうという意味で幅は狭くなります。
その分、視覚的に楽しませられるところはあると思います。道具や衣裳や鳴物は、歌舞伎の先人たちが創ってきたものがあります。動きや掛け合いで楽しませることもできます。あとは私たち役者の、個々のアプローチと台本が上手くいけばいいなと思います。
こりない弥次喜多、真夏の第二部に再び
ーー第二部は『東海道中膝栗毛 再伊勢参!? YJKT(またいくの? こりないめんめん)』と『雨乞其角(あまごいきかく)』。七之助さんは、ついにシリーズ第三弾となるYJKT(やじきた)に出演されます。
昨年の第二弾『歌舞伎座捕物帖』では、ただただ舞台に出てすぐに引っ込む役でした(笑)。今年もやるなら、物語に絡んだ役にしてほしいと伝えています。このシリーズには、俳優祭の新作みたいなところがありますね。お客様はすごく喜んで観てくださいます。でも、こういうお芝居が一番難しいんですよ。ふざけちゃいけない。台本はこれからなので内容は全然分からないのですが、(チラシをみつつ)早替りがあるようです。私の役は、鬼塚波七。波七って、本名(波野)の「波」に、七之助の「七」でしょ? ……なんなんだろう(一同、笑)
第三部、七之助は初役の小万
ーー第三部は鶴屋南北の『盟三五大切(かみかけて さんごたいせつ)』。初役で小万を演じられますが、どのように演じたいですか?
好きな芝居です。コクーン歌舞伎の中でも一番好き。小万は三五郎の女房であり、夫が必要とする百両を用立てるために仕方なく芸者になりました。その意味では、純の芸者ではありませんが、色気たっぷりに演じたいです。
あまり悪い人にも見えたくない。手練手管で男を惑わす女性とは思えないんです。ただ一途に、三五郎のために源五兵衛からお金をまきあげようとするうち、行き過ぎてしまい、歯車がかみ合わなくなり、自分も堕ちていき、最終的に息子も自分も殺されてしまう。そういう因果のお話の真ん中に立つ女性であることを心がけ、小万があまり嫌な奴にならないようにしたいです。芝居どころがない役ですが、雰囲気でしっかり魅せることで、『盟三五大切』の残酷さだけではなく、深さを出したいです。
ーー芸者小万に入れ込む浪人の源五兵衛役を、幸四郎さん。小万の夫、三五郎役を獅童さんが演じられます。
幸四郎さんは、過去にやられたことがありますが、私と獅童さんは初役です。小万役を誰に教わるのか尋ねられるのですが、演出の織田紘二さんは「誰かに教わったことをなぞるより、この座組で作ろう」とおっしゃっていたそうです。なので、幸四郎さん、獅童さん、僕の三人の『盟三五大切』になるといいですね。
ーーコクーン歌舞伎版『盟三五大切』の初演には、勘三郎さんが出演されていました。
平成10年に父・勘三郎(十八世)と芝翫(八代目)のおじが、源五兵衛と三五郎をそれぞれWキャストでやった時のイメージが強いです。小万は、その時に憧れの福助のおじがやっていた役です。源五兵衛が、小万の首をそばにおいてご飯を食べるシーンは衝撃的でした。芝翫のおじが源五兵衛をやる時は、いつもの雰囲気でご飯を掻きこむように食べ、一度小万の首を見て、またカッカッカッと食べて……。まだ怒りの感情が残っているように演じていました。父がやる源五兵衛の場合、首と一緒に食事をしているように見えたんです。源五兵衛の表情が「無」というか、「あ、この人はもう……」とみえた。このシーンはどう演じても良く、その可能性が面白い。狂っているのか、狂っていないのか。その狭間を、幸四郎さんがどう演じられるのかも楽しみです!
ーー鶴屋南北の作品については、どのような印象をお持ちでしょうか。
南北さんは人間のドロッとした部分を描きますね。伏線をグチャグチャ作り、絡ませるだけ絡ませたまま終わるということが多い。その点、このお芝居はスッキリ終わります。しかも忠臣蔵のエピソードに絡ませて、三五郎は最後に忠義の人になる。南北さんの上手さですね。
ーー南北の作品を演じる上で難しい点は?
『盟三五大切』はとても分かりやすい作品ですが、南北の作品の中には、しっかりとした筋で進んできたのに、物語がいきなり飛躍するものもあります。すると、(説明のない急展開にあわせて)役をそこまでもっていかないといけない。その時に「これじゃ演じられない」「(飛躍を埋めるシーンや要素など)こういうことがないとできない」といった言い訳はしたくありません。台本に書かれているのだから、役をここまでもっていくんだと。もっていけなければお客さんにも気づかれますし、上手くもっていけた時にはハマります。でも南北が「分かりやすさ」を望んでいるのかは、分からないですよね。伏線が絡まったまま「何だったんだろう」と思わせて、お客さまを帰らせることが意図かもしれない。そういう可能性も、常に考えています。
父や三津五郎さんに顔向けできない1カ月にはしたくない
ーー『納涼歌舞伎』は、平成2年に勘三郎さんたちが中心となり復活させました。第5期歌舞伎座が新開場した平成25年からは、8月の恒例興行となっています。
平成28年の『納涼歌舞伎』第一部は、残念なことにあまりお客さんが入らないまま「一部ってそういうものだよね」とゆるゆる終わってしまいました。「そんなことはない」という気持ちがあったので、翌年は兄とともに演目を考え直し、お客様にドンと入っていただくことができました。そのいい流れを今年も引き継ぎたいと考えています。
小さい頃から、父の勘三郎、三津五郎のおじさま、福助のおじ、芝翫のおじの4人が、一生懸命何かを創ろうという精神で、魂で『納涼歌舞伎』に取り組む裏の戦いを近くでみてきました。代はもっと安くしなくちゃだめだよ! ここでこの演目をやるなら、俺これに出るよ? って。そして、ひとたび舞台が始まれば、あの素晴らしい4人の役者です。総合的にとてもレベルが高く、しかも「わあ、楽しいな! 歌舞伎って本当に楽しいんだな! 」という気持ちにさせてくれる。一部から三部まで満席。そういう『納涼歌舞伎』をお客さまと一緒に見てきたんです。
満席になるのは、もちろん4人の人気と実力があったからです。でもそれだけでなく、何か考えなくてはいけないのではないか。私も自分のことだけでなく、お客さまのこと、演目のこと、プロデュース的なこと等も考えないといけない時代になってきたのではないか。父や三津五郎さんも、そう言っている気がするんです。兄・勘九郎にとっても気になる公演らしく、「星野屋どうなの? 」「ああ、おもしろそうじゃん! 」と言った話をしています。
ーーインタビューの中で「お客さまが喜ぶように」「お客さまが観たい演目を」など、たびたび「お客さま」とおっしゃっていました。そのような思いがあったからなのですね。
父と三津五郎さんがいなくなってしまい、芝翫のおじも出ていません。とてもうれしいことに、療養中だった福助のおじが9月に復帰しますが、8月は『納涼歌舞伎』を復活させた4人がひとりも出演しない状況です。それでも私は、父と三津五郎のおじさまに顔向けできないような1カ月にはしたくありません。『八月納涼歌舞伎』には、コクーンや平成中村座よりも強い思いがあるんです。
『八月納涼歌舞伎』は8月9日に開幕。29日の千秋楽まで休演なく、歌舞伎座で上演される。三部とも、ふだん歌舞伎に行く機会の少ない方にも楽しみやすい演目ばかり。ぜひこの機会に足を運んでみてほしい。
取材・文・撮影=塚田 史香
公演情報
※中村扇雀、坂東彌十郎は1部、2部のみ、市川猿之助、市川右團次、市川門之助は2部のみ出演、市川高麗蔵、市村萬次郎は1部のみ出演