新国立劇場バレエの超話題作『不思議の国のアリス』~必読!ダンスみどころガイド by 高橋森彦
新国立劇場『不思議の国のアリス』アリス ©Yusuke Nishimura
2018年11月に新国立劇場バレエ団が新制作する『不思議の国のアリス』(Alice's Adventures in Wonderland)は老若男女の皆々様すべてにお勧めしたい舞台だ。2011年にクリストファー・ウィールドンが英国ロイヤル・バレエ団に振付し、欧州や北米でもヒットした話題作である。ルイス・キャロル原作の児童文学を新たにバレエ化するに際し、台本のニコラス・ライトは主人公アリスの年齢を下げ「少女アリスが夢の中で体験する恋と冒険の物語」として世代を超えて深く楽しめるようにした。大量の打楽器を駆使した流麗で心の琴線に響く音楽(ジョビー・タルボット)やヴィクトリア朝時代の風物を鮮やかに蘇らせた舞台美術・衣裳(ボブ・クロウリー)、繊細で色調豊かな照明(ナターシャ・カッツ)等も充実し芸術性とエンターテインメント性が響きあう英国発の新時代のバレエが誕生したのだ。ここではダンス面を中心に魅力をご紹介しよう。
Alice in Wonderland. Nehemiah Kish as the Knave of Hearts, Yuhui Choe as Alice. ©ROH, 2014. Photographed by Bill Cooper
ウィールドンはイギリス生まれで英国ロイヤル・バレエ団に入って踊ったのち米の名門であるニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)に移籍した。若くして振付家に転身し、NYCB、ボリショイ・バレエなど世界有数のバレエ団に作品提供する。彼の創造の原点には英国バレエの演劇的英知とNYCBでジョージ・バランシンやジェローム・ロビンズの傑作を踊って感得した豊かな音楽性があるように思われる。ミュージカル『パリのアメリカ人』(2019年1月に劇団四季が日本初演)では2015年のトニー賞振付賞を受賞しており、いま最もホットな舞台人の筆頭格なのは確かだ。『不思議の国のアリス』はウィールドンの才能が存分に発揮された快作であり、英国ロイヤル・バレエ団における再演の度に完成度を高めてきた(初演は2幕構成だったが後に3幕構成に改訂された)。振付のベースはバレエだが、ステージダンスやコンテンポラリーダンスのテイストも織り交ぜた自在な作舞が特徴だ。
Christopher Wheeldon OBE
Alice's Adventures in Wonderland. Artists of The Royal Ballet ©ROH, 2013. Photographed by Johan Persson
具体的に見ていこう。第1幕はガーデンパーティから不思議の国への旅をプロジェクションマッピングや小道具も駆使してテンポよく進めるが、第2幕、第3幕は踊りの見せ場が続く。ポイントはアリスとハートのジャックのパ・ド・ドゥ。第2幕でアリスは現実世界で庭師だったジャックと不思議の国で再会し喜び合う。耳に残るテーマ曲と共に高々としたリフトもしながら踊り高揚感が爽やかに伝わる。第3幕ではジャックがハートの女王のタルトパイを盗んだ疑いで裁判にかけられるが、そこへアリスが助けに入り二人で踊って絆が深まる。ここでもバレエをベースに洗練された感覚で二人の感情を導き出す振付の妙に注目したい。全3幕を通してアリスとジャックの関係性という縦糸を用意し、相互の心の機微も伝わるので、アリスの恋と冒険に深みが増した。
©ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
©ROH, 2014. Photographed by Bill Cooper
Alice's Adventures in Wonderland. Vadim Muntagirov as The Knave of Hearts. ©ROH, 2014. Photographed by Bill Cooper
客席を大いに沸かせるのがハートの女王である。大きな大きなハートのスカートを付けた女王様は貫禄十分。第3幕で古典バレエの名作『眠れる森の美女』で可憐なオーロラ姫が4人の王子と共に初々しく踊るローズ・アダージョよろしく4人の君臣を相手に踊るが、必死の形相をしてふてぶてしく、それはそれは滑稽で抱腹絶倒すること間違いなし。女王と現実世界のアリスの母親を同じ演者が演じており、キョーレツな存在感を放つ女王と気が強くジャックをクビにした憎らしい母親の姿が被るのも痛快である。
Alice in Wonderland. Zenaida Yanowsky as the Queen of Hearts. ©ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
一風変わったお茶会の場面に現れるマッドハッターが踊るタップダンスも面白い。これは初演者であるスティーヴン・マックレーがタップを得意としていたことからウィールドンが取り入れた。マックレーが繰り出す足さばきはキレッキレで「バレエダンサーがタップを踊ってみました」といったシロモノではない。しっかりと地面と対話しながらリズミカルに踊りカッコよく魅せる。マックレー以後同役に選ばれた人はタップの特訓を受けなければいけなくなったそうでダンサー泣かせだが、上手く踊れば拍手喝さいを浴びるおいしい役柄なのだ。
それ以外にも『不思議の国のアリス』ならではのキャラクターを表したダンスの数々を楽しめる。なかでも出色はイモ虫で、男性のソリストと女性の群舞がうねりのある動きを柔軟に妖しく踊って惹きつけられる名場面。そしてチェシャ猫の扱いには舌を巻く。顔、胴体、尻尾といった部位が闇の中で青白く発光してうごめき、変幻自在に姿を表したり消したりする様子は絵本から飛び出してきたかのよう。黒子が各部位を持って動かしているのだが、これも素晴らしい「振付」だと称えたい。プロジェクションマッピングのような新しい演出方法だけでなくパペットを人が動かすといった古典的技法も自在に用いながらバレエ=舞踊劇を豊かにしている。原作の特徴である「言葉遊び」の代わりに多彩なダンスによって心浮き立つようなファンタジーを躍動させるウィールドンの手腕に脱帽するほかない。
Alice's Adventures in Wonderland. Eric Underwood as the Caterpillar with Artists of The Royal Ballet. ©ROH, 2013. Photographed by Johan Persson
Alice's Adventures in Wonderland. Sarah Lamb as Alice (c)ROH, 2011. Photographed by Johan Persson
新国立劇場バレエ団が2018/2019シーズンの開幕作品としてオーストラリア・バレエ団との共同制作により『不思議の国のアリス』を上演するのは時宜にかなっている。同バレエ団はクラシック・バレエをきっちりと踊れるダンサーが揃う大バレエ団として定評があり力に不足はない。そして近年フレデリック・アシュトンの『シンデレラ』、ケネス・マクミランの『ロメオとジュリエット』、ピーター・ダレルの『ホフマン物語』、デヴィッド・ビントレーの『アラジン』といった英国の物語バレエの作品群に挑み表現力も高めてきた。アリス/ハートのジャックを米沢唯/渡邊峻郁、小野絢子/福岡雄大が務めるが、他の役柄を踊る気鋭たちの好演も期待できる。この秋の舞台芸術界最大の呼び物の一つなのは間違いないだけに見逃す手はない。
米沢 唯/小野絢子/渡邊峻郁/福岡雄大
ハートのジャック ©Yusuke Nishimura
白ウサギ ©Yusuke Nishimura
ハートの女王 ©Yusuke Nishimura
文=高橋森彦
公演情報
■公演日程:
2018年11月2日(金)19:00
2018年11月3日(土・祝)14:00 ※託児サービス利用可
2018年11月4日(日)14:00 ※託児サービス利用可
2018年11月7日(水)13:00
2018年11月8日(木)13:00
2018年11月10日(土)13:00 ※託児サービス利用可
2018年11月10日(土)18:30
2018年11月11日(日)14:00 ※託児サービス利用可
■振付:クリストファー・ウィールドン
■美術・衣裳:ボブ・クロウリー
■照明:ナターシャ・カッツ
■台本:ニコラス・ライト
■映像:ジョン・ドリスコル、ジュンマ・キャリントン
■パペット:トビー・オリー
■マジック・コンサルタント:ポール・キエーヴ
■指揮:ネイサン・ブロック
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
■共同制作:オーストラリア・バレエ
2018年11月2日(金)19:00 アリス米沢 唯 ハートのジャック渡邊峻郁
2018年11月3日(土)14:00 アリス小野絢子 ハートのジャック福岡雄大
2018年11月4日(日)14:00 アリス米沢 唯 ハートのジャック渡邊峻郁
2018年11月7日(水)13:00 アリス小野絢子 ハートのジャック福岡雄大
2018年11月8日(木)13:00 アリス米沢 唯 ハートのジャック渡邊峻郁
2018年11月10日(土)13:00 アリス小野絢子 ハートのジャック福岡雄大
2018年11月10日(土)18:30 アリス米沢 唯 ハートのジャック渡邊峻郁
2018年11月11日(日)14:00 アリス小野絢子 ハートのジャック福岡雄大
■公式特設サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/