岡本太郎に熊谷守一、猪熊弦一郎の作品も!『巨匠たちのクレパス画展 日本近代から現代まで』レポート
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左:熊谷守一 《裸婦》制作年不明 右奥:石井柏亭 《踊り子》1950年
日本で唯一発明された描画材料のクレパス。クレヨンの「クレ」と、パステルの「パス」を掛け合わせて作った造語であり、株式会社サクラクレパスの登録商標になっている。学校教材として普及したクレパスは、今の大人たちにとっても、馴染み深い画材のひとつになっているだろう。東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館では、『巨匠たちのクレパス画展 日本近代から現代まで』(2018年7月14日〜9月9日)が、現在開催中だ。
会場エントランス
本展は、サクラクレパスが運営するサクラアートミュージアムの絵画コレクションより、大正から昭和にかけて日本画壇で活躍した画家や、現代の作家たちのクレパス画を紹介するもの。クレパスの開発に携わった山本鼎(かなえ)をはじめ、岡本太郎、熊谷守一、猪熊弦一郎、山下清など、昭和の巨匠たちの作品を含めた約150点の絵画が集う。サクラアートミュージアム主任学芸員の清水靖子氏は、クレパスの魅力について、「表現力ゆたかで、細密な描写や、画面に重厚感を生むことができる。素描やドローイングの範疇を超えた、立派な絵画作品が描けます」と語る。一般公開に先立ち催された内覧会より、見どころをお伝えしよう。
右:脇田和 《静物》制作年不明 左:脇田和 《青い頭巾》制作年不明
展示風景
クレパス誕生に不可欠の山本鼎
クレパスの開発と普及には、版画家である山本鼎の存在が欠かせなかった。洋画を学ぶために渡仏した山本は、日本に帰国する途中でモスクワに立ち寄る。そこで児童創造美術展を見た山本は、子どもたちの描いた絵画に触れ、自由でのびのびとした表現に感銘を受けた。一方、明治大正期の日本では、「臨画(りんが)教育」といった、大人の描いた手本を写しとる美術教育が主流だった。国内の現状に対して山本は、戸外での写生を促し、子どもの創造性を尊重した「自由画教育運動」を提唱する。写生画をすすめることで、クレヨンの需要が国内で急速に高まり、そうした流れの中でサクラクレパスによる新たな描画材料の開発がすすんでいった。
右:山本鼎 《西瓜》制作年不明 左:山本鼎 《江の浦風景》1934年
クレヨンのようにしっかりと画面に色が定着し、パステルのように混色ができる新商品の特性に加えて、山本は「油絵具のように厚塗りができるものが良い」と提案した。これをふまえて、1925年(大正14年)に発明された「クレパス」は、厚塗りによって油絵のような重厚感を表現することが可能になった。
本展では、まるで油絵と見間違えるようなクレパス画が多数展示されている。クレパスの持つ特色を存分に活かした作品に注目したい。
左:寺内萬治郎 《裸婦》制作年不明 右:寺内萬治郎 《緑衣の婦人像》制作年不明
左:伊藤悌三 《婦人像》制作年不明 右:伊藤悌三 《老人》制作年不明
油絵の下絵や、手軽なスケッチ画材として愛用されたクレパス
清水靖子氏(サクラアートミュージアム主任学芸員)によると、クレパスは、油絵を本画として、そのエスキース(下絵)に使われることもあったという。洋画家の鳥海青児による《黄色い人》は、油絵制作の下絵として描かれた作品だ。さらに、清水氏によると、鳥海は画面に厚みや素材感を出すため、油絵具にクレパスを刻み入れて使ったこともあるそうだ。
左:鳥海青児 《皿といちじく》制作年不明 右:鳥海青児 《黄色い人》制作年不明
女流洋画家の三岸節子は、パリ留学の際、滞在先が決まる前に過ごしたホテルでクレパス画を残している。油絵具での絵画制作が不便な環境下で、手軽に使えるクレパスが重宝されたのだろう。
左:三岸節子 《花Ⅰ》1940年頃 右:三岸節子 《花Ⅱ》1963年頃
洋画家の猪熊弦一郎は、「クレパスは何ものにも束縛されない、まったく自由な絵具といえよう」と述べるほど、日頃からクレパスを愛用していた。晩年の猪熊と話す機会のあった清水氏は、クレパスにまつわるエピソードとして、画家が以下のような言葉をこぼしていたと明かす。
左:猪熊弦一郎 《顔》1950年 右:猪熊弦一郎 《二人の子ども》制作年不明
「毎年同窓会をするたびに友達が一人ずついなくなってしまう。とうとう最後の三人のうち二人が亡くなって、僕が最後になってしまった。だから、クレパスでみんなの似顔絵を描いて、それをテーブルに置いて、僕は一人で同窓会をするんだ」
幅広い表現を持つクレパスの魅力
洋画家の小磯良平による《婦人像》と《静物とモデル》を見比べてみると、クレパスの持つ表現の幅がいかに広いかが伝わるようだ。前者はどっしりとした油絵のような仕上がりに、後者はパステル調の作品になっている。
右:小磯良平 《婦人像》1951年 左奥:小磯良平 《静物とモデル》制作年不明
また、クレパスを塗った画面をけずったりこすったりするスクラッチ技法を駆使した作品が、國領經郎の《魚》や、山口薫の《牛》にみられる。
右:國領經郎 《魚》制作年不明 左奥:國領經郎 《作品》 1959年
左:山口薫 《牛》制作年不明 右奥:伊藤継郎 《作品》制作年不明
「裸の大将」で知られる山下清は、線画に適したクレヨン的な側面を活かした作品《花火》や《花》をクレパスで描いている。
左:山下清 《花火》制作年不明 右:山下清 《花》制作年不明
岡本太郎の作品から現代作家のクレパス画まで
本展には、岡本太郎によるクレパス画が2点出品されている。一部の専門家から、《鳥と太陽》が大阪万博の象徴的モニュメントである太陽の塔のエスキースにあたるのではないかと推測する声もあるようだ。
左:岡本太郎 《虫》制作年不明 右:岡本太郎 《鳥と太陽》制作年不明
展示後半には、現代アーティストたちによるクレパス画が紹介されている。なかでも、鴻池朋子の《Little Wild Things》は、皮革をキャンバスにしている画期的な作品だ。
左:鴻池朋子 《Little Wild Things》2015年 右奥:神戸智行 《ヒカリノソト》2012年
会場には、サクラクレパスが過去に限定販売したご当地クレパスや、創業90周年を記念して作られた700色クレパスなど、貴重な商品も展示されている。
ご当地クレパス
ミュージアムショップには、クレパスやクーピーなど、なつかしい商品が販売されている。この機会に童心にかえって、久々に絵を描いてみるのも良いかもしれない。
ミュージアムショップ
『巨匠たちのクレパス画展 日本近代から現代まで』は2018年9月9日まで。
※作品はすべてサクラミュージアム蔵