長年の盟友によって届けられた美しい響き フルーティスト羽鳥美紗紀&ピアニスト渋川ナタリ
羽鳥美紗紀(fl)、渋川ナタリ(ピアノ)
「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.6.3ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。6月3日に登場したのは、地元群馬県を中心に活躍しているフルーティストの羽鳥美紗紀とピアニストの渋川ナタリだ。
東京藝術大学を同声会賞を得て卒業後、同大学大学院修士課程修了した羽鳥美紗紀は、ベルリン、アフィニス、アルジェリア等、海外での国際音楽祭への参加や、オーケストラへのエキストラ出演を中心としたクラシックにおける活動の他、CM音楽や映画・ドラマのサントラ録音等スタジオミュージシャンとしても精力的に活動を展開しているフルーティスト。羽鳥と長くデュオ活動も展開している渋川ナタリは、同じ東京藝術大学音楽学部器楽科及び同大学院修士課程修了したピアニスト。国際ロータリー財団及びPossehl財団奨学生としてドイツに留学、国立リューベック音楽大学大学院修了。ドイツ各地でソロと室内楽の演奏活動を行い、帰国後東京藝術大学大学院で博士号を取得。現在、同大学教育研究助手を務めている。
羽鳥美紗紀(fl)、渋川ナタリ(ピアノ)
音楽パートナーとしての歴史を感じさせる演奏
そんな同郷で同級生の2人が、冒頭に選んだのはバルトーク作曲の「ルーマニア民族舞曲より」。本来はピアノの為に作曲されたものだが、フルートとピアノによる演奏がより新鮮さを醸し出す。短い舞曲のひとつひとつの曲調が全く異なるのも興趣を生み、聴いていて非常に面白い。渋川のピアノが力強くリードし、羽鳥のフルートの特に高音の鋭さが、木管楽器ならではの温かい低音との対比となって双方の音色が生きる効果を生んでいく。クライマックスに向けてフルートとピアノが競い合うように盛り上がり華やかな演奏になった。
羽鳥美紗紀
渋川ナタリ
ここで改めて2人が挨拶し、30分間の短いコンサートなので選曲を吟味に吟味したこと、「普段は地元群馬での演奏が多いのですが、今日は渋谷です!」とリビングルームカフェでのコンサートを演奏者たちも楽しみにしていたことが伝わり、カフェは和やかな空気に包まれる。
(左から)渋川ナタリ、羽鳥美紗紀
続いて2曲目はフォーレ作曲「シチリアーノ」。フルートと言えばの超有名曲でもあり、2人の掛け合いにも特段の安定感が感じられ、耳に馴染んだメロディーが美しく奏でられていく。フルートとピアノのバランスも絶妙で、繊細な響きが引き立ち、羽鳥と渋川の音楽パートナーとしての歴史が感じられた。
ここで互いの日頃の活動の話があり、羽鳥はフリーランスのフルーティストだが、オーケストラの中に入っての演奏も多いこと。テレビ、映画のサントラ演奏などの機会も多く、冒頭のバルトークの「ルーマニア民謡舞曲」の5番と6番は、家のリフォームでお悩みを解決する人気テレビ番組の『大改造!!劇的ビフォーアフター』で、「家のリフォームが出来上がった最後に流れる音が私なので是非聞いてみてください」とのエピソードも。また渋川は東京藝術大学で教育研究助手を務めているが「基本は事務職なのでWordとExcelと格闘中です!」という驚きの話しもあり、ピアニストの活動との両輪で奮闘している姿が伺えた。
羽鳥美紗紀(fl)、渋川ナタリ(ピアノ)
新たなユニット名、新たな楽器でのお披露目コンサート
そんな2人はこれまでもデュオとしての活動を続けてきたが、今後のデュオ活動のユニット名を「デュオ・フェアデ」としたことが発表され、このユニット名では今日が初めてのコンサートとなると報告。更に羽鳥が演奏しているフルートも今日が初披露とのことで、「約100年前のドビュッシーが生きていた時代の楽器です」とのデビュー尽くしのコンサートであることが伝えられて、更に楽器への注目が集まる中、プログラム最後の演奏はビゼーのオペラ『カルメン』をフルートの超絶技巧で聴かせる上野星矢版「カルメンファンタジー」。名だたるオペラの中でも、取り分け名曲の宝庫である『カルメン』の有名アリアのメロディーが10分間で堪能できる楽曲だ。
「闘牛士の歌」「ハバネラ」「ジプシーの歌」などのメロディーが次々と続き、特に「ハバネラ」での鳥のさえずりのようなフルートの響きが印象的で、羽鳥の高音の美しさが随所に生かされていく。渋川のピアノも時にメロディーも担いつつオーケストラのような迫力もあり、互いがテクニックを存分に披露。鮮やかなフィニッシュまで高揚した時間が届けられた。
羽鳥美紗紀
渋川ナタリ
羽鳥美紗紀(fl)、渋川ナタリ(ピアノ)
拍手の中のアンコールはドビュッシーの「美しき夕暮れ」。近現代の作曲家であるドビュッシーの幻想的でミステリアスなメロディーが、柔らかいフルートの音色で引き立つ。今、羽鳥が吹いている楽器がドビュッシーの生きた時代にも奏でられたものなのだと思うと一層味わい深く、心に余韻を残す演奏となり、コンサートの締めくくりに相応しい時間だった。
(左から)渋川ナタリ、羽鳥美紗紀
互いに刺激を受け続ける存在として
演奏を終えたお2人にお話しを伺った。
ーー今日のカフェの雰囲気や、演奏していらしての手応えなどはいかがでしたか?
羽鳥:私はこちらでは2回目の演奏になるのですが、前回はワインのソムリエの方をお招きして、フルートとピアノのプログラム1曲ずつに合わせたワインをチョイスしていただく、というクリスマスの企画もののコンサートだったんです。その折にもうサンデー・ブランチ・クラシックもはじまっていたので、企画自体は知っていましたから、ようやく出演させていただけた! という気持ちでとても楽しかったです。
渋川:私は今回が初めてだったのですが、とても心地良い空間でお客様との距離も近く、演奏していてすごく楽しかったです。
ーー食べながらクラシックを聴けるというのはなかなかない企画なので、お客様も楽しんでいらしたと思いますが、今日の選曲に当たってはどんな工夫を?
羽鳥:選曲には結構苦労しました(笑)。通常のコンサートで30分という時間のものはあまりないですし、しかも普通のスタイルのコンサートではないので、なるべくトークも挟みながらと考えるとどう構成したら良いのだろうと。やりたい曲はたくさんありましたが、短い曲を多く入れるのか、ある程度長い曲も入れるのか? と、色々試行錯誤しました。
羽鳥美紗紀
渋川:その結果として曲順も当初想定していたものとは直前に変えたんですね。最初は名曲のフォーレの「シチリアーノ」からと考えていたのですが、それは途中に挟むことにして、少し変わったものからはじめてみようかとバルトークの「ルーマニア民族舞曲」からにするなど、こちらとしてもチャレンジの部分がありました。コンサートのスタートのつかみをどうするか?はかなり考えましたね。
羽鳥:最終的には実際にここに来て音を出してみて、それから曲順を決めた形になりました。会場のデザインが全体にモダンな感じでオシャレなものでしたから、ちょっと面白い曲からはじめても良さそうかな?と思ったので。
ーー「ルーマニア民族舞曲」は曲調がどんどん変わっていく舞曲集だったので、次々に興味を惹かれていく感覚がありました。
羽鳥:そうですね。全体としてはそこまで演奏時間は短くないのですが、1曲、1曲はとても短いですから。そういう工夫も今回はプログラムをお作りしていなかったのでできたことなんですが(笑)。
渋川:そのライブ感も楽しかったですね。空間と一緒に作っていくことができたので。
羽鳥:フレキシブルにできましたね。
ーー当日の差し替えもOKというのも、サンデー・ブランチ・クラシックの特色でもあるので、そちらも含めて楽しんで演奏していただけたのですね。お二人は長年の盟友とのことでしたが、お互いの魅力をどう感じていらっしゃいますか?
羽鳥:ピアニストの方はたくさんいらっしゃいますから、フルーティストとしてはどういう方と一緒にやりたいか?ということに収斂されていくのですが、もちろん場面、場面で変わっても行きますが、彼女とは学生の時は地元のつながりというご縁でやっていましたが、その後もずっと続いているのは常に共に成長ができるからなんです。お互いに個々別々の活動もして、また戻ってきて一緒にやった時に必ず二人共少しずつ変わっているのがすごく面白い上に、方向性が同じなんですね。これが変わっていってしまった場合には続けるのが難しくなるのですが、方向は同じでいつつお互いに変化しているというのが、同じ人とやっていても毎回新鮮です。それでいてやはり長年共にやっているならではの、何も言わなくても通じるものもあるので、そこがすごく面白いですね。
渋川:私も同じ気持ちなのですが、それぞれ新しいことを研究してその時、その時でお互いに演奏のテーマのようなものがあるのですが、それを持ち帰ってきて話し合うと、両者がつながることがとても多いんです。例えばこういう音が出したかったら、こう身体を使ってみようかというものがお互いに共有できたりして、その音の出し方というのは結局生き方とすべてリンクしていくので、それを話しながら合わせることができる。集まる度に新しい発見がある、Homeのような感じでいつも一緒に演奏できるのが楽しいです。
(左から)渋川ナタリ、羽鳥美紗紀
ーー今日は「デュオ・フェアデ」としての初お披露目でもあったということでしたね。
渋川:デュオで演奏しはじめてからは10年以上になるのですが「デュオ・フェアデ」と名乗ったのは今日が初めてですので、そういう意味では記念のコンサートにもなりました。
羽鳥:また普段地元での演奏が多く、こうして都内で演奏することはほとんどなかったので新鮮でしたね。
ーー吹いてくださったフルートも今日が初披露だったそうで。
渋川:お披露目尽くしでしたね。
ーードビュッシーの時代を生きた楽器がドビュッシーを奏でてくれるというのも大変ロマンがありました。
羽鳥:当時のフランスのフルーティストはみんな今日私が吹いていたものを使うのが主流でしたから、この音で当時の演奏家も吹いていたんだなと思うと、自分でも感慨がありました。やはり同時代の音楽を演奏すると、勝手に音が出てくるというような感覚があって、楽器に色々教えてもらえることもたくさんあります。楽器の方が私より先輩なので(笑)。
渋川:その羽鳥さんのフルートがいつもの楽器と変わって、音色が変わることによって私も教えられるものもありましたから。
羽鳥:本当に?
渋川:吹き方も変わるし、この音色だったらじゃあ私はこっちかな?というものもたくさんありました。
渋川ナタリ
ーー折角の楽器ですからその時代の音楽を特集したコンサートなども素敵でしょうね。
羽鳥:そう思うので、その企画も立てています。
ーーそれはまた楽しみですが、今後のビジョンや夢などはいかがですか?
渋川:私は90歳になった演奏家などの演奏を聴くのがとても好きで、その人の生き方は必ず音楽に出てくると思っていますから、年齢を重ねるごとに洗練されていったり、魂が綺麗になって真っ直ぐな音が出せるような生き方と演奏をしていきたいというのが個人の想いです。デュオとしてはこれまでと同じように個々の活動を頑張って、デュオとして戻ってきた時に、互いの持ち寄ったものを活かしながら群馬でも東京でもどこでも、色々な場所で演奏していきたいと思います。音楽ができるところならどこにでも行って弾いていきたいです。
羽鳥:20代の時って良くも悪くも苦しい期間だったんですね。何を自分がやりたいのかを模索しながら、とにかく様々な現場、現場で勉強してきました。でもだんだん自分がやりたいことがハッキリしてきたので、徐々にそこに活動を集中させていけたらなと。今日のようなソロのコンサート活動はほとんどやってこなかったのですが、やっていなかった分やりたい曲もたまっていますし、こういう編成で、こういう場所でやりたいなというものも見えてきたので、そろそろ年齢的にも好きなものに好きなだけ向かっていってもいいかな?と思ってきたので、それが自分自身も生き生きできる道ではないかなと思っています。デュオでもやはり「なるべく有名な曲で」「皆さんがよくご存知の曲を」という見えない縛りのようなものがあるコンサートも多い中で、今日のようなコンサートのお話をいただけると私達がやりたいものを選んで演奏することができますから、お客様の為のコンサートでありつつ、私たちにとっても挑戦になるプログラムが組めるコンサートをやっていきたいと思っています。
ーーではこれからも様々なところで活動をされるということなので、またお目にかかれるのを楽しみにしています。
羽鳥:こちらこそ! 今日はありがとうございました。
(左から)渋川ナタリ、羽鳥美紗紀
取材・文=橘涼香 撮影=岩間辰徳
ライブ情報
8月26日(日)
長 哲也/ファゴット
13:00~13:30
MUSIC CHARGE:500円
9月2日(日)
土岐祐奈/ヴァイオリン
&平山麻美/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
9月9日(日)
石田成香/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
■お問い合わせ:03-6452-5424
■営業時間 11:30~24:00(LO 23:00)、日祝日 11:30~22:00(LO 21:00)
※祝前日は通常営業
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