新納慎也×小西遼生インタビュー「日本から世界に発信、提示する凄い舞台になるかも!」ミュージカル『生きる』
(左から)新納慎也、小西遼生
“世界のクロサワ”こと黒澤明の代表作『生きる』が、2018年秋、ミュージカルとなって平成最後の年に蘇る。主人公は、役所の市民課で課長を務める渡辺勘治というごく普通の男。ある日、自身の余命を知り、もがき苦しむ中で、残された余生で何を残そうかと考え始める物語。渡辺勘治をWキャストで演じるのは、市村正親と鹿賀丈史という盟友コンビだ。
世界初演となる本作の製作発表以降、台本や楽曲に何度もてこ入れがなされてきたという本作。今この段階で『生きる』は、どのようなものになろうとしているのか。本作で渡辺勘治と出会う小説家役、そしてストーリーテラーの役割も果たす新納慎也と小西遼生に話を聞いた。
ーー台本に相当修正が入っている、と小耳に挟んだのですが、実際いかがですか?
新納:当初いただいていた内容から随分変わりましたね。劇中で歌う歌も変わったし、カットされた楽曲もあるんです。
小西:新納さんが製作発表で歌った歌もなくなってしまったんだよね。
新納:幻の歌となってしまいました(笑)。
ーーええっ! それは切ない……。先ほど最新版の台本を拝見しましたが、ストーリーテラーの役割が想像以上に大きくなっているように感じられました。特に芝居冒頭の世界観を作り出す上で、重要な役割を果たすと思ったのですが、今現在、その役にどのように向かい合っていますか?
新納:(※このインタビュー時点で)実は稽古スタートがまだなので、今は何も思ってないです。僕はあまり事前に作っていくタイプじゃないので、稽古が始まったらそこに身を任せようと思っています。台詞は覚えていきますが、あえて棒読みで頭に入れておいて(笑)、稽古場で感情を乗せていこうとしています。
小西:僕も準備はしていかないですね。僕の場合は、物語全体の筋や、内容をどういった方向に持っていきたいのか、というところから考えていくタイプなので……自分の役の事はいちばん後回しなんです(笑)。
ーー台本を読み進めると、舞台が昭和の日本だからこそ、海外のミュージカル作品よりぐんとリアルで、まるで実際にいた人物のドキュメンタリーのようにも感じました。
新納:この作品はミュージカルになって正解なんじゃないか、と僕は思っています。もともと昭和20年代に作られた映画なので、とにかく映画の音声が聞き取りづらく「今なんて言った?」って思う場面が多いんです。当時の撮影技術の限界なんでしょうが、画像が暗すぎてモノがよく見えないなど、物語に入る以前の問題が多々あるんです。でもそのキャッチ出来ない情報がミュージカルになった事で、作品が伝えたかった事がより明瞭になり、より現代人の感覚にフィットするようになっていると思います。黒澤さんも最初はきっと「ミュージカル化……だと?」と雲の上でイラっとされたかもしれませんが(笑)、当時伝えきれなかった事がもしかしたらミュージカルなら伝えられるんじゃないかな。
新納慎也 ミュージカル『生きる』製作発表より
小西:僕は、出力がミニマム、でもその中身がリアリティに溢れている作品、というものが大好きなんです。『生きる』は死に直面した人間が声をほとんど出さない芝居をしている、映画として素晴らしい作品だなと感じています。「余白」と「想像力」を刺激される映画。映画で渡辺勘治を演じた志村喬さんが、目の動きだけで言葉を全く発しない場面がたくさんあって、街中でいろいろな人と出会う際の台詞の間も長く取られていたり……こんなに余白が多い作品をミュージカル化することができるんだな、と思いますね。もちろん賛否両論あると思うし、まだ僕自身もすべてを掴めていませんが、この静かな作品の中に「音楽」が流れる余地があるんだ! と感じました。『生きる』は、作品の「余白」に流れる情報量がかなり多い作品とも言えます。言葉にはしないけれど、そこに膨大な情報がある。舞台版ではその情報を抽出して歌にしようとしています。以前本読みをした時に、ミュージカルとして日本が日本人に、そして世界に発信、提示していく凄い作品になる! と感じました。
ーー逆に、映画をミュージカル化することで、表現の仕方など苦労する点もあるように思いますが、その点はいかがですか?
小西:映画はこの「スクリーン」という枠の中に観客が近づいて、かつアップで観ているからこそ作品のエネルギーが伝わりますが、これを舞台でやる場合はそのエネルギーを生で、かつ目の前で直接伝えていかないとならない。映画と同じでは決して届かないものがたくさんあるんです。そのエネルギーを台詞や音楽を利用して、お客様に届けていこうとするのがミュージカル。舞台ならでは、ミュージカルならではの届け方があって、この作品はそれがちゃんと成立すると思います。
新納:作品が放つエネルギーも、ミュージカル化した事で、より分かりやすくなっていると思いますしね。音楽に乗せる事で一種色を付けてしまっている感もありますが、その分、よりダイレクトに心に残ると思うんです。台詞で言うより歌で伝えた方がいい事っていっぱいあると思いますし、それがミュージカルの良さだと思うんです。映画の状態では、いい台詞をさらっと聞き流していた人もいるかも、と思うんです。それが歌になった事でちゃんと観客の胸に届く。本当に伝えたかった事をお客様に伝えられるんじゃないかな。
ーー今回、同じ小説家役を演じる新納さんと小西さんですが、お二人は役者としては異なるタイプだという印象を持っています。今回、役を作り上げていく過程で、お互い相談しながら作っていく事になるんでしょうか?
新納:こういった作品って、オファーを受けたからには僕がやる意味、コニタン(小西)がやる意味がそこにあると思うんです。僕らが役者として積み上げてきたものはそれぞれ違うから、絶対同じものを作れないと思うんです。それは僕らだけではなく、市村さんと鹿賀さんもそう。May'nちゃんと唯月ふうかちゃんもそうだと思う。もちろん役について話し合うこともあるでしょうが「じゃ、ここはこうしよう、あそこはこうしよう」って例え全部決めたとしても、きっと違うものが出来上がると思うんです。Wキャストのおもしろさって、そこにあると思うんです。
ーーでは、今回小説家の役をオファーされた時に、ご自身にどのようなものを求められていると思いましたか?
小西:決して求められているものは一つではないと思うんですが、それはあまり器用な事ではないと思います。例えば日本でアンサンブルを求める場合、初演作品なら作品の土台をしっかり固めたいから、技術の高い人を探すと思うんです。ですが、本作のプロデューサーは、作品を作る時にその人自身を見て選ぶ方だと思っています。もちろんずらっと並べてみて絵的に求める事もあるとは思いますけどね。(新納を見ながら)身長や体型が近い人とかね。
新納:「衣裳、一着でいいんじゃね?」ってね(笑)。
小西:(笑)。器用に出来るだろう、という役者よりは、色が全然違う二人を求めていた。つまり2色の出来上がりを期待しているんじゃないか、と思うんです。違う色の2組だが根本は同じものが流れている……というチーム編成にしたかったんじゃないかな?……ぶっちゃけ、企業としては公演のを倍売りたいって気持ちもあるとは思いますが(笑)。
新納:あ、その事だけど、例えばメンバーを完全にシャッフルするならは倍売れるんだろうけど、今回のチームを固定した分け方の場合、倍は売れないですよ! 僕は最初『生きる』はシャッフル制になると思っていたんです。それが蓋を開けたら「え? チーム固定?」。シャッフルという考えはホリプロさんには一切ない模様です(笑)。
小西:もう、ホリプロさんったら太っ腹なんだから(笑)!
全員:(爆笑)
小西:そもそもシャッフル制ってモノ作りとしてはあまりクリエイティブではないやり方だしね。昔、某有名な海外の演出家さんが、シャッフル制で作られた、とある作品について「これは芝居じゃない!」って憤慨しているところに居合わせたことがあります(笑)。
小西遼生 ミュージカル『生きる』製作発表より
新納:シャッフルの場合、本番で初めて相手役と顔を合わせる、という事もあるしね。それってモノ作りとしては……ありえないでしょう。そういう作り方が出来るカンパニーもあるんでしょうけど、今回はそうではなくて。
小西:2チームに分けて、時間をかけてじっくり作り込んでいける……ありがたい話です。
ーー市村さんと鹿賀さんが渡辺勘治という人物をWキャストで演じますが、果たしてどんな作品になるんでしょうね。
新納:製作発表前のワークショップも市村さんチームがやっているのをずっと眺めていただけでした。正直言って何の参考にもならず(笑)。だって市村さんと鹿賀さんって全然違うタイプの役者だから!
小西:わははは。
新納:僕とコニタンも全然違う役者だし。そうなるとワークショップを見学したものの、まったく他人事の芝居、という印象になるんです。「市村さんがこう動くなら鹿賀さんはこうするかな……」って予測も立たないくらいまったく違う話になる。「渡辺勘治ってこういう人物か」とは思えるけれど、これを鹿賀さんが演じたら絶対全然違う渡辺勘治という人物が生まれると思いますよ。……よくぞこの二人に同じ役をやらせようとしましたね、ホリプロさん(笑)。
小西:ふははは。
ーー小西さんはワークショップを経験できた方のチームですが、市村さんの印象はいかがでしたか?
小西:僕はワークショップに全回参加できました。市村さんは別の公演中で、しばらくは代役の方が担当されていたんですが、ワークショップ終盤で市村さんがついに合流され、全員で通してやってみました。そこで初めて市村さんの声を通した「渡辺勘治」を見たんですが……市村さんが台詞を読んだ瞬間、それまでとは全然違う空気がその場に生まれましたね。市村さんという、長い事ミュージカル界で活躍されたレジェンドのような人が渡辺勘治の台詞を読むと、やっぱり胸にじーんと来るものがありました。市村さんの声で読まれるだけで、渡辺勘治の言葉の重みが伝わり、「生きている作品」になるんです。
ーー渡辺勘治もさることながら、お二人が演じる小説家について、演じるお互いの姿を想像できますか? 過去共演もなさっているので、お互いの演じ方もある程度分かっていらっしゃると思うのですが。
小西:全然想像つかないわ、新納さんの小説家役(笑)。
新納:コニタンの演じる小説家はきっと病的で病弱。太宰治とか芥川龍之介とか、この時代の小説家たちにありがちな、隙あらば入水しそうな匂いを放っているキャラ(笑)。
小西:(笑)。小説家ってその時代を生きるには息苦しく、常に自分なりの生き方を探しているような人ですしね。
新納:この時代が持つパワーと選択肢の多さ、各々が自分のやりたいこと、向いていることにまっすぐ向かっていけるのは素敵だと思うんです。それが芸術や、例えば夜の仕事であったとしてもそこに向かっていく力は現代人よりはるかに強い。そのパワーを現代の人にこの作品を通して伝えたいです。今って「流行っているから」「なんとなく皆もしているから」って同じ方向に流されがちなんですけど、この作品を観たことでそんな今の世の中をどう思うか、何かを感じていただけれればと思いますね。
ーーこの物語では、渡辺勘治の「生き様」が描かれます。お二人はこれまでに「この人の生き様はすごい」「強く影響された」人に出会ったことはありますか?
小西:……例えば今回で言うと、市原隼人くんって「生き様」が強く出ている人だと思うんです。受け答えの一つひとつ、本読みに対しても役作りにしてもね。今ってそういう姿勢が透けて見える人が少なくなっていると思うんです。自分も含めてですが。「生き様」って、ある程度長い時間ポリシーを持って生きていないとにじみ出てこないものだと思うんです。市原くんはそれがすごくにじみ出る人だなと思います。製作発表で話していた本作に対するコメントもかっこよかったし。近い世代の人でこういう人がまだいるのか、と。彼が考え抜いて口にした言葉がまたじーんとくるんですよ。ご家族の事にも想いを馳せながらこの作品に臨もうとしている、その姿勢も伝わりますしね。
ーー新納さんはいかがでしょうか?
新納:生き様を感じる人はいっぱいいるんですが、そこから僕が影響を受けた、という人は実はいないんです。もちろん多少なりとは影響を受けていると思いますが、例えば「市村さんがこういう風に生きているから僕も……」とはならないんです。人は人、己は己というタイプなんです。
小西:新納さんは自分の生き方をしっかり持っているからね。僕は逆に他人の影響を受けすぎるところがあります。「この人、いいなあ、素敵だな」と思うと憧れてしまいますね。さすがに丸ごと真似したりはしないですが。
ーーお二人とも本当に違うキャラクターですね。この二人からどのような小説家が生まれるのか、その違いも含めてとても楽しみです。さて、最後の質問です。渡辺勘治のように、人生残り僅かと言われた時、自分なら何を残そうと思いますか?
新納:永遠のテーマですね……。僕ら舞台の人間って「残らない」のが美学だと思っているところがあるんです。だから舞台のDVD化は大反対派なんですが(笑)。ただ、舞台の上で生きているからこそ、何が残せるか、は常に自問自答しますね。それは作品を残す事なのか? と。語り継がれなくても別にいいですし、生きたからって何かを必ず残さなくてもいい、とも思います。でも僕と同じ時代に生きた人が僕という俳優を知り、その芝居で何か心を動かされた……というのなら生きた意味があると思います。それこそが僕に与えられた運命であり、その瞬間瞬間で誰かの心を動かす事ができれば役者人生としては成功なんじゃないかな。
小西:確かに舞台って物理的に「何か」を残せるものじゃないんですよね。お客さんが感動してくださる、その「感動」や「記憶」が人の胸の奥に残るんだと思います。最近よくあるんですが、子どもが大人と一緒に舞台を観に来きて、10年後にその子がまた舞台を観に来た時にたまたま会う機会があったりすると、子どもの時に感動してくれたからこそ、今も芝居を好きでいてくれる……そういう事を目の当たりにしたんです。そういう事が出来る役者になりたいし、そういう作品に出たいですね、これからも。
ミュージカル『生きる』製作発表より
取材・文・撮影(一部)=こむらさき
公演情報
黒澤明 没後20年記念作品 ミュージカル『生きる』
■日程:2018年 10月8日(月・祝)~28日(日)
■会場:TBS赤坂ACTシアター
■作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド
■脚本&歌詞:高橋知伽江
■演出:宮本亜門
■出演:
【市村正親出演回】
渡辺勘治:市村正親
渡辺光男:市原隼人
小説家:小西遼生
小田切とよ:May'n
渡辺一枝:唯月ふうか
助役:山西惇
【鹿賀丈史出演回】
渡辺勘治:鹿賀丈史
渡辺光男:市原隼人
小説家:新納慎也
小田切とよ:唯月ふうか
渡辺一枝:May'n
助役:山西惇
■公式ホームページ:http://www.ikiru-musical.com/
役所の市民課に30年勤める課長の渡辺勘治(市村・鹿賀/Wキャスト)は、まもなく定年を迎えようとする矢先に、当時は不治の病とされていた胃がんになり、余命わずかと知る。時間が残されていないことを知った渡辺は、これまでの人生を考えて苦悩し、一時はやけ気味で夜の街を歩き、知り合った小説家(新納・小西/Wキャスト)と遊びまわるが、心はむなしいばかり。そんな折に偶然街で出会った同僚女性(May'n、唯月/Wキャスト)から刺激を受け、自分の本来の仕事を見つめなおし、「生きる」ことの真の意味を考え、新しい人生を始める―。