コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)と中野翔太(ピアノ)が奏でる「自由にセッションするクラシック」
コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、中野翔太(ピアノ)
「サンデー・ブランチ・クラシック」2018.7.22ライブレポート
クラシック音楽をもっと身近に、気負わずに楽しもう! 小さい子供も大丈夫、お食事の音も気にしなくてOK! そんなコンセプトで続けられている、日曜日の渋谷のランチタイムコンサート「サンデー・ブランチ・クラシック」。7月22日に登場したのは、クラリネット奏者のコハーン・イシュトヴァーンとピアニストの中野翔太だ。
音楽一家に生まれ、父の手ほどきでクラリネットを始め、12歳でバルトーク音楽院(高等学校)英才教育コースに入学したハンガリー出身のクラリネット・ソリストのコハーン・イシュトヴァーンは在学中より多くの国際コンクールで優勝・入賞。リスト音楽院卒業後の2013年活動拠点を日本に移したのちも、第84回日本音楽コンクール第1位及び岩谷賞(聴衆賞)をはじめとした輝かしい受賞歴を誇り、多くの交響楽団とコンチェルトを共演する他、ソロリサイタルや室内楽の活動を展開。2014年からは作曲家としても活動の幅を広げ、現在は東京音楽大学非常勤講師として後進の指導にも当たっている。
一方、1999年からジュリアード音楽院プレ・カレッジに留学し、同音楽院、更に同大学院で研鑽を積んだピアニストの中野翔太も、NHK交響楽団、読売日本交響楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団等と多数共演。毎年リサイタル活動も意欲的に続け、最近では、ジャズの松永貴志と即興も交えた2台ピアノ、そのほか3台ピアノや室内楽等でも各地で好評を得、クラシックを基盤に、作曲、編曲、ジャズ演奏など音楽活動の幅を広げている。
そんな二人は、お互いにジャズも愛し、今年東京文化会館小ホールで初共演した際には、ほぼ全編アレンジや即興を加えた挑戦的なプログラムでの演奏を展開していて、今回はサンデー・ブランチ・クラシックの場に合わせて、クラシックに重きを置いたプログラムで登場してくれた。
コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、中野翔太(ピアノ)
耳に馴染んだメロディーの新鮮なアレンジ
1曲目はバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」。原典は6曲からなるピアノの小品の組曲で、1917年バルトーク自身により小管弦楽にも編曲されている他、ヴァイオリンとピアノのための編曲、弦楽合奏版、オルガン版等もある人気の作品だ。1曲1曲は大変短いが、それぞれが個性的で情景が浮かぶものばかり。二人の演奏には遊び心がありつつも、哀愁のメロディーをたっぷりと聴かせたり、スタッカートを多用したコケティッシュさが際立ったりと曲が移り変わるごとに多彩な変化を聴かせて楽しめる。コハーンのクラリネットはある時は蛇使いを連想させるエキゾチックさも秘め、中野のピアノがダイナミズムに移っていくにつれて豊かになり、演奏全体がダイナミックに。クラリネットとピアノが呼応して盛り上がる第6曲「速い踊り」では二人の息がピッタリとあって、パッショネイトなフィナーレに拍手が贈られた。
コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、中野翔太(ピアノ)
コハーン・イシュトヴァーン
ここで中野が「デュオコンサートにようこそ! 30分という短い時間ですが楽しんでください」と挨拶。コハーンは「今日はこんなに暑い夏なのに熱い曲ばかりですみません」と笑わせ「5年前から日本に住んでいますが、日本の夏は暑い!」と酷暑の7月を表現し、誰もが納得する中「次も熱い曲です!」とのことで、ブラームスの「ハンガリー舞曲 第5番」がコハーン自身のアレンジで届けられる。
曲の冒頭でクラリネットのレチタティーボがたっぷりと歌われ、お馴染みのメインメロディーは非常に速いテンポでたたみかけるように演奏される。テンポの揺れの自由度が非常に高く、ほとんどアドリブ的と思わせるルバートも。中間部に入るとその感触がより強まって、クラリネットとピアノの掛け合いの間に何が起こるのかわからないスリリングさが広がる。再びメロディーに戻った時にはテンポだけでなく、音の高さ音域も自由になり極めて独創的な「ハンガリー舞曲」になった。
(左から)、中野翔太、コハーン・イシュトヴァーン
自由な即興性も加味した名曲の調べ
コハーンが「ピアノソロを聴いてください」と一端退場して、「意図したことではなかったのですが、気が付けば今日は舞曲集になりました」と語った中野のピアノソロで、グラナドスのスペイン舞曲集 op.37より第5番「アンダルーサ」。中野のピアノにはコハーンと共に弾いていた時とは異なる音色があり、澄んだ高音が美しくも力強い。リズムの刻みは正確ながら、メロディーの歌い方の自由度がここでも高く、どこかネオクラシック的にも聴こえるのが面白い。最後は両手のオクターブをダイナミックに鳴らして、きっぱりと弾き切ったソロとなった。
中野翔太
コハーンが舞台に戻って「最後はガラリと変わってガーシュウィンを」とのことで、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」が演奏される。ジャズとクラシックを融合させたコンサートも展開している二人にとって、ジャズ、クラシックの両面で活躍したガーシュウィンは、理想とする音楽家なのだろう。様々なバージョンがある「ラプソディー・イン・ブルー」の中でもクラリネットとピアノという組み合わせは珍しく興趣をそそる。冒頭のメロディーがコハーンのクラリネットに実によく合い、中野のピアノのリズムの刻み、多彩な音が迫力を増す。やがてピアノがグリッサンドを華麗に響かせたのをきっかけにメロディーがピアノに移ると、クラリネットは更に自由に。ジャズ風味たっぷりなピアノソロからクライマックスへと盛り上がった音楽は、再びしみじみと互いのメロディーを響かせ合ったあと、超絶技巧の華やかなフィナーレへ。大迫力のフィニッシュに大きな拍手が湧き起こった。
コハーン・イシュトヴァーン
コハーン・イシュトヴァーン(クラリネット)、中野翔太(ピアノ)
その喝采に応えて戻ってきた二人がアンコールに演奏したのはバッハの「G線上のアリア」。言うまでもなくヴァイオリンの最も低音域の弦G線だけで演奏される超有名曲だが、クラリネットで聴くメロディーは実に新鮮。ゆったりとした演奏の中に、どこかでポップなものがあるのがコハーンの個性を感じさせる。後半中野のピアノパートが煌びやかになるアレンジも面白く、しっとりと演奏が締めくくられると万雷の拍手がリビングルームカフェ&ダイニングを包んだ。二人の言葉通りに暑い夏に相応しい熱い時間だった。
コハーン・イシュトヴァーン
お互いの出会いが刺激になり可能性を広げるのを感じる
演奏を終えた二人にお話しを伺った。
ーー演奏されていて感じたカフェの雰囲気や手応えなどから教えてください。
中野:僕は今回で4回目の出演になるのですが、ヴァイオリンと2回、ソロで1回で、今回コハーンと一緒にやれたことがとても嬉しかったです。これまでもそうでしたが、今日もとても楽しく演奏させていただきました。
コハーン:私は初めてだったので、リビングルームカフェ&ダイニングということで、もっと賑やかにお食事などをしながらなのかな? と思っていたのですが、お客様がずっと優しくコンサートに集中してくださって、コンサートホールと同じような雰囲気だったのが嬉しかったです。
コハーン・イシュトヴァーン
ーー今日の曲目は「意図せずに舞曲集になった」というお話でしたが、選曲にあたってはどんな工夫を?
中野:今年東京文化会館で初共演した時には、ほぼ全編をアレンジや即興を加えたプログラムで臨んだのですが、今日はサンデー・ブランチ・クラシックということで、まずはクラシックを中心にしようということで決めていったら、結果的に舞曲集になりました(笑)。
ーー舞曲というのはリビングルームカフェ&ダイニングの雰囲気にとてもよく合うなと感じました。
中野:そうですね! こういうサロン的な場所には舞曲は合うと思います。基本的に大曲は入れず、小品に絞って色々な曲を聴いていただこうと。
ーーその中で「ハンガリー舞曲第5番」はコハーンさんご自身の編曲で。
コハーン:そうです、自分で編曲しました。元々はロマの音楽が根底にあるものなので、ロマの即興演奏のような自由度のあるものにしたくて、ああいう編曲になりました。
(左から)コハーン・イシュトヴァーン、中野翔太
ーーとても面白く聴かせていただきました。耳馴染みのある曲なだけに新鮮で。
中野:僕もクラシックの曲に自作のカデンツァを加えたりということをよくやっていて、コハーンも同じ方向性で様々な曲を演奏しているので、アンコールに聴いていただいたバッハの「G線上のアリア」にも、二人の方向性が出ていたかなと思います。
ーーお互いならではの演奏ということなのですね。その中でお互いの魅力をどう感じていますか?
コハーン:クラシックの演奏家は楽譜にのっとって音楽を見て、聴いて、感じますが、ジャズのアーティストと一緒に演奏すると新しい世界が広がるんです。ですからジャズにも精通している翔太との演奏はとても楽しいです。
中野:クラシックの演奏家でありながらジャズの即興演奏もやるという方はそう多くないですし、僕は初めて出会ったなという感じだったので、コハーンと一緒にコンサートをやった時にはお互いのアレンジした曲も入れて、その場の即興で音楽を創っていくことがとても楽しかったんです。是非これからも彼との活動を色々と展開していきたいと思っています。
ーーお互いの出会いから引き出されるもの、刺激されるものも多かったのですね。そうした出会いもありつつ、今後の活動に対する夢や、ビジョンなどはどうですか?
中野:僕は何人か同じような目標を持った仲間との出会いがあったので、おいおいということなのですが、コンサート自体をある意味ジャンルレスというか、クラシックもジャズもという形でやっていけたら良いなと思っています。
中野翔太
コハーン:私はハンガリー人で、私の親から、国からもらったハンガリー人の音楽や、ユダヤ人の音楽もあれば、子供の時から好きで聴いていたジャズもと、頭の中に様々な音楽があります。でも、クラリネット奏者としてコンサートに招かれる時に「弾いて欲しい」と頼まれるのは、どうしても定番の曲が多いんです。その中にどうやって仕事として自分の中にある様々な音楽を組み込んでいくか?というのが、常に課題でもあるので、少しずつ活動を広げていけたらと思っています。
ーーそんなお二人の活動が広がっていくのを楽しみにしています! 今日はありがとうございました!
(左から)中野翔太、コハーン・イシュトヴァーン
取材・文=橘涼香 撮影=荒川 潤
公演情報
9月9日(日)
石田成香/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
9月16日(日)
髙木竜馬/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
9月23日(日)
鈴木 舞/ヴァイオリン&斉藤一也/ピアノ
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
9月30日(日)
本堂誠/サックス
13:00~13:30
MUSIC CHARGE: 500円
■会場:eplus LIVING ROOM CAFE & DINING
東京都渋谷区道玄坂2-29-5 渋谷プライム5F
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