閉館後の美術館で脱出ゲーム!? ミラクルエッシャー展 x クロネコキューブ ーー関西にある謎解き制作会社がエッシャーの世界へ誘う
来たる11月16日(金)、あべのハルカス美術館で『ミラクルエッシャー展』が開催される。マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898〜1972)は、20世紀を代表する奇想の版画家。“だまし絵”と言えばエッシャーを思い浮かべる人は多いだろう。本展はエッシャーの生誕120周年を記念して行われるもの。世界最大級のエッシャーコレクションを誇るイスラエル博物館から、選りすぐりの作品約150点が日本初公開される。
その会期中、謎解きゲーム『不可能な世界からの脱出〜エッシャーが残した暗号〜』が開催される。閉館後の美術館で、会場内の暗号を手がかりにストーリーを進めてゆく、体験型の謎解きイベント。実は、関西にある謎解きゲーム制作会社が手がけている。今回、仕掛け人のクロネコキューブ株式会社 取締役ディレクター・喜多亮介氏にインタビューを敢行した。謎はどうやってうまれているのか? とても興味深い話を聞くことができた。
■趣味で始まったアマチュアグループから起業へ■
――本日はよろしくお願いします。まず、クロネコキューブさんはどんな会社なんですか?
基本的には関西を拠点に、謎解きゲームを専門で企画制作しているのが弊社となります。
――2011年に神戸市主催の『デザインの日記念イベント』で謎解きゲームをされたのが発足のキッカケだったとか。
はい。ただ、その時はまだ会社じゃなくて、あくまでアマチュアのチームとしてで、ほぼ趣味で始めたような感じだったんです。でも縁があって、もう1人代表取締役がいるんですけども、その方と一緒に会社を起こして事業化させました。
甲南山手にあるクロネコキューブ株式会社の事務所
――謎は喜多さんが考えてらっしゃるんですか?
そうですね。アマチュアの頃から基本的に中身は全部僕が制作しています。
――もともと謎解きがお好きだった?
その時代、まだそんなに謎解きはなかったんですけども、昔からゲームが好きだったのと、塾講師をやっていた時期が結構長くて、その過程でいろいろ問題を作ったりしていたので、そこからきてる部分もありつつですね。2011年のイベントをやるまでは、一切謎解きゲームや脱出ゲームは作ったことはなかったです。
――ご自身で脱出ゲームに参加されたことは?
参加したのも1回か2回ぐらいでした。その当時はまだscrapさんの脱出ゲームを関西で何回かやったくらいで、今に比べたら全然少なかったんで、貴重な数回に参加した感じですね。
――当時は何人くらいのチームで活動されていたんですか?
当初は5〜6人だったんですけども、結構入れ替わりがあって、今のクロネコキューブという団体に落ち着いた感じです。1番最初は“クロネコキューブ”という名前もなかったんですよね。
謎解きについて語る喜多さん
――会社として設立してから名前がついたんですか?
途中から定期的にゲームをやろうという話が出てきたので、便宜上名前をつけました。ただ、名前に意味はありません。
――意味、ないんですか?!(笑)。
はい。ほんとは仮の名前だったんですけど、何か変えれなくなっちゃって。コンセプトから練りだしたというよりかは、名前を考えた時に目の前にあったものから適当につけ加えたという(笑)。
――クロネコが目の前にいたんですか?
うーん、ルービックキューブのおもちゃがあって。あと、動物の名前を付けてちょっと可愛らしくしようと皆で話してたので、じゃあネコをつけようという話しになって、ただ「ネコキューブ」だと短いから、「クロネコにしよう」、ぐらいです。とりあえず仮でつけとこうと。後で真剣に考えようと言ってたんですけど、特に考えることもなくこのままきてますね(笑)。
――なるほど。ロゴも喜多さんが?
そうですね、諸々のデザインもやってます。
――猫が箱から脱出するかのようなデザインですね。
一応そうですね。最初は思いつきで作ってたんですけど、いろいろ考えていくと、シュレディンガーの猫とか、猫って結構、魔術的な意味合いも、ミステリアスな部分もある。そことキューブという幾何学的なものの組み合わせが、謎解きゲームのひらめきとシンキングの要素を加えているという意味も表してるんです。後付けですけど(笑)。
――なるほど。事業としてはゲームの公演と、企業さんの研修もされているんですね。
基本的には何でもやるんですけど、最初にスタートしたのは、普通に制で公演としてお客さんにエンターテイメントを提供する形のもの。次にクライアントさんから依頼を受けて、企画制作、納品する受諾型のもの。あと企業さんの研修として、実際に企業に行ってゲームをして、ゲーム中の行動を振り返りながら、仕事に活かせることを探す、みたいなこともやります。
――視覚を全く使えない、“暗闇研修”が気になりました。
単純な謎解きというよりかは、いろいろ体感しながらやってもらうような要素も作ったりします。
――謎解きを通すと、どんな効果が得られるんでしょうか。
多分普通に勉強するよりかは素が出るというか、普段前に出てこない人が前に出てきたり、その逆もあり、みたいなところですね。
――トータルでどのくらいの謎解きを作ってこられたんですか?
足掛け5年で、多分数百は超えてますね。
――数百!
ちっちゃいものから大きいものまでありますけど、ほんとにその時その時で出し切っているというような感じです。最近の代表作というと、鉄道会社が規模的にも1番大きいですね。3ヶ月間開催して、参加人数が7000〜8000人でした。
――すごい。
これは閉じ込められるというより、駅の売店でツールを買って、梅田からスタートして阪急神戸線に乗って周遊しながら謎を解いていくというタイプですね。
――この事務所を会場にしていたこともあったんですよね。
最初はこの建物でこぢんまりと、6人とか10人でやっていました。今はここでやることがほとんどなくなってきてまして、外でのクライアントさんのお仕事が多いですね。
以前はここで脱出ゲームを開催していたことも。
■エッシャー x 夜の美術館 x 謎■
――率直な疑問なんですけど、そもそも謎ってどうやって作るんですか?
作り方はいろいろあるんですけども、基本的に謎解きの考え方としては、謎というものは、それ単体よりかは何か別のコンテンツと組み合わせて作り上げるパターンが多いので、まずは“何と組み合わせてやるか?”というところからスタートします。今回はエッシャー展の会場と、夜という時間、あとはエッシャーの展示を組み合わせて、どういったエンターテイメントができるかというところを考えていきます。
――1つ謎を作ろうと思うと、アイデアはすぐに出てくるものですか?
何とかします、としか言えないですね。作り方はいろいろあるんで、思いつかない時はものすごい思いつかないし、思いつく時は思いつくし、その時その時でじっくり向き合うような形にはなりますね。
――今も喜多さんお1人で作られてるんですか?
全部を1人でやるというよりかは、大元は1人の人が考えて、あとはできるところは手伝ってもらいながらという形で進めています。結構、謎解きって、1個の要素が複数の要素と絡んでくるので、最初は1人の人が頭から終わりまで考えた方がやりやすいですね。
――やはり謎を作る時の引き出しは、必要ですよね。
無限に知識と経験がないと作れないので、日頃からとにかくインプットは欠かさずやっています。趣味的な部分もあるんで、とりあえず吸収できるものは何でも吸収して、いつでも出せるようにしてる感じですね。
――特にインスピレーションを受けるものは?
「これは謎解きの素材に使えそうだな」ってものは、あるにはあるんですけど、それに共通点があるかと言われるとちょっと難しいですね。何か不思議な形とか、規則的に並んでる何かとか、「これは何か意味がありそうだな」という造形に関してはインスピレーションを起こさせるものがあると思います。
――それは日常生活の中にありますか。
中に多分日常に潜んでると思います。たとえばそこにペンギンがいますけど、“何か意味があるんじゃないか”と考えてしまうようなところから、どんどんストーリーや意味合いを引き出していくような感じですね。ただ置いてあるだけで、特に意味はないかもしれないんですけど。
右下が、お話にも出てきたペンギン
――なるほど。だいたい準備から本番までどのくらいの期間かかるんですか?
どこまで何を用意するかにもよるんですけど、だいたい3ヶ月ですね。場合によっては1ヶ月くらいでやる時もあります。制作にもいろんな段階がありまして、ストーリーや告知物、ビジュアルを作るところから始まって、具体的な謎解きは最後の最後まで結構調整しながらやるんで、謎解きの中身だけを取り出すと、多分1ヶ月くらいですね。
――謎が完成した後、本番までは検証などされるんですか?
だいぶテストやリハーサルを重ねて本番を迎えるような感じになります。まずプロットを作って、それができるかどうかを見て、肉付けしたものでまたテストします。最終的に演出や導線も含めて本番通りのものを用意して、それもさらにテストして、いざ本番みたいな感じですね。
■ゲームを体感することで文字情報を読むだけでは得られない“何か”があると思う■
《でんぐりでんぐり》 1951年 All M.C. Escher works © The M.C. Escher Company, The Netherlands. All rights reserved.
――今回のエッシャー展での謎解きですが、今はストーリーだけがある状態で、まだ謎ができてはいないんですよね。
はい、まだですね。基本的に展示プランが全部決まってから、それにあわせて作っていく形になります。
――ストーリーによると、エッシャーが会場に残した暗号があると。
若干フィクションも織り交ぜてはいます。“実はエッシャーの残した絵の中には暗号めいたものが隠されているのでは?”というようなお話ですね。
――そして、彼の作品に出てくる奇妙なキャラ、“でんぐりでんぐり”がナビゲーターだとか。
そうですね、おそらく。ただ基本的にはエッシャー展の中身に沿った形で、よりエッシャー展を楽しんでいただけるような装置の1つとして、謎解きを作ろうと思っています。
――本展は「エッシャーと科学」「聖書」「風景」「人物」「広告」「技法」「反射」「錯視」の全8章で構成されていますが、謎を作るにあたりキーワードになりそうなものはありますか?
おそらく錯視とかは使うかなって感じなんですけど、あまり言っちゃうとネタバレになってしまうので、ちょっと難しいですが(笑)。
――なるほど。
一応その章に沿った形で作品を見ながら謎を解いていくようなスタイルになりますね。ただし最後までいったらそれで成功かと言われると、そうでもない、ということにはなると思いますけど。
――え、そうなんですか!?
はい。そこはまだ深くは言えないです。
――難易度はどういうふうに決めていかれるんですか?
企画の内容によって最適なものを選択する感じですね。美術館で展示を見ながら、というようなパターンの場合は、あまりにハードなものにしてしまうと展示を見る余裕がなくなってしまうので、その辺りを考慮しつつ作る感じになります。
――だいたい参加者のうち、何割ぐらいが脱出できたらオッケーというような目安はあるんですか?
全員が脱出するパターンもあるんですけど、今回は難易度的には2〜3割がクリアする感じですかね。
――それは、難易度高めですよね。
ちょっと難しいですかね。
――エッシャー展を見に来られるお客さんは謎解きが強そうなイメージがあります。
おそらく謎解きをしに来る人は、強いと思います。ただまあ、夜の美術館が楽しそうとか、エッシャー展をゆっくり見れるかもしれないというようなお客さんもいらっしゃると思うので、ある程度のところはサクサク進めるようなシステムも用意しつつ、最後少し考えるという形にはなると思います。
――なるほど。“超現実美術館”というキーワードも謎解きに絡んできそうな気配がしています。
エッシャー作品の僕が思うところの特徴として、まずは現実世界に即してるというか、“非現実世界じゃなくて超現実”というところが割と謎解きのコンテンツと似ているところはあるかなという感じですね。現実世界をベースにした上で別の世界を構築していく。
――最終的にどういうふうな謎になりそうですか?
目指しているのは、日常の視覚的な見方がぐるっと変わるような仕掛けが盛り込めたらいいな、というところですね。
――謎を解くことでエッシャーへの理解が深まったり?
そうですね。やっぱり体感するというところで、文字情報を読むだけでは得られない何かがあると思うので。エッシャーの世界に入り込むことでより深く理解できるというところを目指しています。
クロネコキューブ株式会社 取締役ディレクター 喜多亮介さん
――演出も気になるところです。
演出もなるべく美術館の中で、できる範囲で何かをやろうとは思ってますが、そこもサプライズ的な要素になるんで、ちょっと言えないですね。サプライズがあると言ってしまうとサプライズじゃなくなってしまうんで(笑)。演出は何かしらあります、というぐらいです。
――何が起こるかわからないというドキドキ感もありますからね。ちなみに喜多さんは東京展を見にいかれたということですが、大阪のエッシャー展に対する期待は?
すごい貴重な機会やと思うんで、ほんとにエッシャーの展示の方をじっくり見てもらえたらいいなと思いますね。
――最後に謎の解説をされるんですよね。
はい、解説はします。
――お客さんの反応を見るのってどんな気持ちですか?
反応があるととても嬉しいですね。たとえば悔しそうな声を聞いたら、それは良いイベントだったということになると思うんで。基本的には謎解きが好きな人向きのレベルにはなるんで、謎解きをやったことない人ももちろん楽しいとは思うんですけど、ちょっと骨があるような感じにはなると思います。
――では最後に、クロネコキューブさんの今後のビジョンがあればお聞かせください。
日本における謎解き文化を、ブームで終わらせずにしっかりと定着させていきたいですね。なので体感した人には必ず“おもしろい”と思って帰ってもらえるものをしっかり作っていくということ。あとはどんどん広げていきたいですね。今関西を拠点にしているんですけども、基本的にはローカルな地域のものを掘り起こして、新しい魅力を発見できる方向性でやっているので、なるべくローカルでやっていきたいのと、できたらグローバルなこともやってみたいなと思います。
――グローバルなこと。
謎解きゲームは世界的にあるんですけど、日本のスタイルとはだいぶ違うので。世界的なスタイルは言語に頼らないのが主流で、どちらかというと、ステージに何かしらの装置を置いてやるようなものが多いですね。ゆくゆくは世界標準のものともあわせていけたらいいなと思います。
――どんな謎が生まれるか楽しみにしつつ、今後の発展もお祈りしております!
取材・文・撮影=ERI KUBOTA
イベント情報
会期:2018年11月16日(金)~2019年1月14 日(月・祝)
休館日:11月19日、26日、12月31日、1月1日
受付開始:18:00 / スタート:18:30(約2時間)
各回150名