サントリー美術館で『扇の国、日本』展が開催 日本人の求めた美が凝縮された、「扇」の多面的な世界

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2018.10.19
舞踊図 六面のうち一面 江戸時代 17世紀 サントリー美術館

舞踊図 六面のうち一面 江戸時代 17世紀 サントリー美術館

サントリー美術館(東京・六本木)にて、2018年11月28日(水)〜2019年1月20日(日)まで、『扇の国、日本』展が開催される。

日本で生まれ発展した「扇」。その起源は詳らかではないが、早く10世紀末には中国や朝鮮半島に特産品としてもたらされ、中国の文献には、それまで一般的だった団扇(うちわ)と区別して、折り畳む意味の「摺」の字をあてた「摺扇(しょうせん)」「摺畳扇(しょうじょうせん)」や、「倭扇(わせん)」などと登場する。すなわち、扇が日本のオリジナルであったことを物語っている。

扇面画帖 一帖 室町~桃山時代 15~16世紀 奈良国立博物館 (撮影:森村欣司)

扇面画帖 一帖 室町~桃山時代 15~16世紀 奈良国立博物館 (撮影:森村欣司)

宗教祭祀や日常生活での用具としてだけでなく、気分や場所、季節に応じて取りかえ携帯できる扇は、貴賤を問わずいつでもどこでも楽しめる、最も身近な美術品だった。和歌や絵が施された扇は、贈答品として大量に流通し、また、人と人をつなぐコミュニケーション・ツールの役割も担った。

さらに扇は、屛風や巻物、そして工芸や染織などとも結びついて、多彩な作品を生み出していく。あらゆるジャンル、あらゆる流派と交わる扇には、日本人が求めた美のエッセンスが凝縮されているのだ。本展では、日本人が愛した「扇」をめぐる美の世界を、幅広い時代と視点から紹介する。手中の扇がひらひら翻るたび表情を変えるように、「扇」の多面的な世界を楽しむことができる。 

重要文化財 彩絵檜扇 一握 平安時代 12世紀 島根・佐太神社 (島根県立古代出雲歴史博物館寄託)

重要文化財 彩絵檜扇 一握 平安時代 12世紀 島根・佐太神社 (島根県立古代出雲歴史博物館寄託)

序章 ここは扇の国

近代の幕開け間もない明治11年(1878)、明治政府は「Japon」として、フランス・パリで開催された万国博覧会に参加する。欧米諸国を席巻しはじめたジャポニスムの流行を、さらに加速させたこのパリ万博への出品作のなかには、幅広い時代と流派を網羅した、百本の「扇」があったと伝えられている。狩野派や土佐派から、水墨画、浮世絵、文人画まで、海外に日本絵画の特質を正しく広めるべく選定され、万博会場を彩ったであろう百本の扇。この時期、扇は明治政府の主力輸出品であるとともに、日本の文化的象徴としてのイメージが託された存在でもあったのだ。

序章では、このパリ万博に出品された扇を通して、かつて世界を魅了した「扇の国、日本」へと案内する。 

第1章 扇の呪力 

国宝 扇面法華経冊子 巻第一 一帖 平安時代 12世紀 大阪・四天王寺

国宝 扇面法華経冊子 巻第一 一帖 平安時代 12世紀 大阪・四天王寺

扇は、大別して2種類ある。奈良時代に発生したと考えられる、薄い板を綴じ重ねた「檜扇(ひおうぎ)」と、檜扇よりやや遅れて平安時代初期に作られるようになった、竹骨に紙や絹を張った「紙扇(かみおうぎ)」だ。涼をとるなど実用的な道具としてだけでなく、儀礼や祭祀の場においても扇は不可欠なものだった。平安時代半ばには貴族の服制が整い、檜扇は冬扇、紙扇は夏扇と、装束の一部として用いられるようになる。そして、季節や持ち主によってふさわしい扇が求められるようになったことが、日本の扇の装飾性を発展させていったのだ。一方で、季節を問わず重要な装いには檜扇が正式とされたことは、扇が風を起こすためだけの道具ではなかった可能性を示唆している。

本章では、神事や祭礼の御神体のほか、経塚の埋納品、仏像の納入品などを通して、神仏と人を結ぶ呪物としての扇を紹介する。 

第2章 流れゆく扇 

重要文化財 扇面流図(名古屋城御湯殿書院一之間北側襖絵) 四面 江戸時代 寛永10年(1633)頃 名古屋城総合事務所

重要文化財 扇面流図(名古屋城御湯殿書院一之間北側襖絵) 四面 江戸時代 寛永10年(1633)頃 名古屋城総合事務所

舞踊図 六面 江戸時代 17世紀 サントリー美術館

舞踊図 六面 江戸時代 17世紀 サントリー美術館

中世から近世初頭の絵画や文献史料のなかには、水面に扇を投じ、そのさまを楽しむ「扇流し」を行う人々の様子を、しばしば見出すことができた。また、屛風や襖に扇を散らすように配置し、背景に流水や波を描く「扇流し図」も、中世以降、さまざまなバリエーションが作り出されていった。こうした水流と結びつく扇の、漂い流れて変化するかたちと、やがて失われてゆく姿に、趣きや無常観が見出されたことは想像に難くない。そこには、鎌倉時代の仏教説話集《長谷寺験記》に見られる「流れつく扇から愛する人の居場所を知り、再会する」というエピソードのように、男女や、離れた人と人をつなぎ合わせる、運命を司る道具としてのイメージも託されていたのだ。

本章では、どこかはかない美しさをまとった「流れる扇」の展開と変奏を展観する。

第3章 扇の流通 

扇屋軒先図 二曲一隻 江戸時代 17世紀 大阪市立美術館 (田万コレクション)

扇屋軒先図 二曲一隻 江戸時代 17世紀 大阪市立美術館 (田万コレクション)

早く10世紀末より、日本の特産品として大陸へ送られるようになった扇。中国では明代(1368~1644)に一層人気が高まり、刀や屛風などと並んで、日明貿易の主要な輸出品のひとつとして喜ばれた。また日本では、中世を通して、扇は季節の贈答品として用いられ、人々が日常的に身につけるアクセサリーとしても欠かせないものになっていった。

こうした国内外での大量消費は、おのずから扇の量産をうながし、美術と商業が結びつく嚆矢(こうし)としても注目される。特別な注文品のほか、すでに14世紀半ば頃には、既製品の扇が店頭販売されていたことが知られ、貴賤を問わずより多くの人々に享受されたと考えられる。

本章では、人々の間に流通し、交流を取り持つコミュニケーション媒体ともなっていた扇の数々を紹介する。

第4章 扇と文芸 

源氏物語絵扇面散屛風 六曲一双のうち左隻 室町時代 16世紀前半 広島・浄土寺 (撮影:村上宏治)

源氏物語絵扇面散屛風 六曲一双のうち左隻 室町時代 16世紀前半 広島・浄土寺 (撮影:村上宏治)

扇は、いつでもどこでも手のなかで楽しめ、披露できる、身軽でひらかれた絵画だ。それゆえに人々の間を盛んに流通し、特定の画題や構図を広く流布させる役割も果たした。イメージを厳選し、定着・共有化しやすい扇というキャンバスを得て、特に長大な物語は、描きやすく、かつ手軽に鑑賞もできる人気の画題となった。名場面のダイジェストとしてだけではなく、屛風や画帖に貼り集めることで、ストーリーの全貌も味わえたのだ。

一方、小画面ゆえにモチーフが厳選されることで生じる象徴性は、和歌との相性もよく、室町時代後期には「扇の草子」と呼ばれる、 扇絵(扇面画)から和歌を当てる謎解き要素を含むジャンルも成立している。

本章では、直線と曲線からなる独特な画面に凝縮された、豊かな文芸の世界を展開する。 

第5章 花ひらく扇 

見立那須与一 屋島の合戦 鈴木春信 一枚 江戸時代 明和3~4年(1766~67)頃 個人蔵

見立那須与一 屋島の合戦 鈴木春信 一枚 江戸時代 明和3~4年(1766~67)頃 個人蔵

扇は、日本で最も多く描かれた絵画であり、消耗品ゆえに、最も多く失われた絵画ともいえる。江戸時代、扇絵を描かなかった絵師はいないといっても過言ではない。将軍や大名の御用絵師である狩野派や、宮廷絵師である土佐派のほか、庶民層からの支持を背景に新たに台頭したさまざまな流派も、扇絵で個性を発揮すべく、新たな構図・画題・技法に挑戦していった。中世には早くも店頭販売されるようになった扇だが、江戸時代中期には、「扇売り(地紙売り)」と呼ばれる行商人も登場した。扇はより身近な最先端のファッション・アイテムとして、そこに描かれる絵に強い関心が注がれていたのだ。

本章では、あらゆる流派によって描かれた、江戸時代のバラエティに富む扇絵を楽しめる。 

終章 ひろがる扇

一の谷合戦図屏風 海北友雪 六曲一双のうち右隻 江戸時代 17世紀 埼玉県立歴史と民俗の博物館

一の谷合戦図屏風 海北友雪 六曲一双のうち右隻 江戸時代 17世紀 埼玉県立歴史と民俗の博物館

一の谷合戦図屛風 海北友雪 六曲一双のうち左隻 江戸時代 17世紀 埼玉県立歴史と民俗の博物

一の谷合戦図屛風 海北友雪 六曲一双のうち左隻 江戸時代 17世紀 埼玉県立歴史と民俗の博物

扇は、開くと末の方が広がるその形状から、繁栄を象徴する縁起のよいものとして好まれた。このような末広がりの形は、絵を描くフレームとしてだけではなく、絵画というジャンルを超えて、工芸や染織の世界とも融和していく。開いたり、閉じたり、半開きにしたり、変化に富む形態がより大胆なデザインを生み出し、人々の生活を彩った。扇の機能や道具としてのイメージは記憶に残しながらも、もはや立体とも平面とも、絵画とも工芸ともつかない、自由な造形が大小さまざまに展開する。

終章では、近世を中心に、多彩な変貌とさらなる発展をとげる扇の世界を紹介する。

織部扇面形蓋物 一合 桃山時代 17世紀 梅澤記念館

織部扇面形蓋物 一合 桃山時代 17世紀 梅澤記念館


梅樹扇模様帷子 一領 江戸時代 18世紀 女子美術大学美術館

梅樹扇模様帷子 一領 江戸時代 18世紀 女子美術大学美術館

イベント情報

扇の国、日本
会期:2018年11月28日(水)~2019年1月20日(日)
主催:サントリー美術館、朝日新聞社
協賛:三井不動産、三井住友海上火災保険、サントリーホールディングス
会場:サントリー美術館 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階 
美術館ウェブサイト:http://suntory.jp/SMA/
巡回先:山口県立美術館 2019年3月20日(水)~5月6日(月・祝)
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