坂東玉三郎が梅枝&児太郎へ繋ぐ『阿古屋』の見どころ 『歌舞伎座百三十年 十二月大歌舞伎』取材会
坂東玉三郎
『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき) 阿古屋』は、平家滅亡後に、源氏方の重忠と岩永左衛門が、頼朝の命を狙った景清の行方を追い、景清の恋人・阿古屋を三曲で詮議する一幕を描く。
阿古屋は、傾城の心の機微だけでなく、舞台上で実際に三曲を演奏しなくてはならず、女方にとっての大役として知られている。現役の歌舞伎俳優では唯一、平成9年より阿古屋を勤めてきた坂東玉三郎が、12月2日開幕の『歌舞伎座百三十年 十二月大歌舞伎』に向けた取材会で、『阿古屋』について語った。
スペシャル感満載の十二月大歌舞伎
取材会の冒頭、玉三郎は「12月公演ということで、プログラムも非常に特別なものになっています。全力を尽くしやっていきたい」と挨拶をした。その言葉のとおり、『十二月大歌舞伎』夜の部では、玉三郎に加え、中村梅枝と中村児太郎の3人で『阿古屋』に挑む異例のプログラムだ。しかも梅枝、児太郎が阿古屋を勤める回では、玉三郎が人形振りの敵役、岩永左衛門を演じるという。
——次世代への芸の継承を意識された公演なのでしょうか?
「継承」と言うと大げさですが、やれる時にやっておかなければという思いで、とにかくやると決めました。とはいえ児太郎さんは当然のこと、年上の梅枝さんにとっても重荷だと思います。そこで、3人で分担してやりましょうということになりました。
坂東玉三郎
——梅枝さんと児太郎さんが演じることになった経緯は?
昨年末か年明けの頃に、梅枝さんが三曲を弾けるようになったと聞きました。児太郎さんも、練習され弾けるようになったというお話があり、「とにかく一度、私の前で弾いてみて」と。三曲を弾けることと、人前で弾けることは別物ですから。
「12月にやりましょう」と決めました。やると言い切らないと、いつまでたっても先のばしになってしまいます。決めてしまえば、稽古もぎゅっと詰まってきます。試験勉強と同じですね(笑)。
——阿古屋を演じる上で、大事なこととは何でしょうか?
楽器に向かってしまうと、役にはなれません。ですから、まずは三曲が弾けることが重要。そして2つのことを同時にできるか。阿古屋のまま奏でられるかということです。
でも、それがなかなか難しい。稽古で弾けるようになっても、状況や音の関係性が変わるたびに、弾けなくなってしまう。でも、これをしないと先にはいけません。
——10年ほど前のインタビューで、玉三郎さんは、「阿古屋をやれる人が出てきてほしい」とおっしゃっていました。お二人に直接、三曲の練習をはじめるよう言っていたのでしょうか?
2人に限らず、手当たり次第に「やれないの?」と言ってました(笑)。
坂東玉三郎にとっての『阿古屋』
——玉三郎さんが、はじめて『阿古屋』をつとめたのは平成9年の国立劇場でした。当時の思いをお聞かせください。
「やれない」と思っていましたから上演が決まりびっくりしました。成駒屋(六世歌右衛門)さんは、「弾きすぎないでね」とおっしゃっていて、「役を忘れないようにね」という意味だと考えています。
坂東玉三郎
——梅枝さんや児太郎さんに伝える阿古屋は、受け継いだそのままのものでしょうか? あるいは玉三郎さんの阿古屋として何か加わるのでしょうか?
成駒屋(六世歌右衛門)さんと私で、台詞もサワリも、やっていることは同じですが、ずいぶん違ってきているかもしれませんね。たとえば成駒屋(六世歌右衛門)さんの阿古屋は、演奏の時にもたびたび重忠を見ます。私は重忠を一切見ず、ひたすら景清を思い、弾くようにしています。
『壇ノ浦兜軍記 阿古屋』遊君阿古屋=坂東玉三郎 撮影:篠山紀信
——『阿古屋』は、女方の目標となる大きな役です。その理由を、どう考えますか?
楽器を奏でながら、役になることはたしかに大変。ですが、主役を相手にする女方はどんな役でも大変です。
それでも、阿古屋が大役といわれるのは、三曲の演奏が入ることで、技術的に難しくなるからだと思います。傾城になるには下駄を履けなくてはいけません。下駄をはけずに、助六の揚巻になれますか? 三曲ができなければ、阿古屋になれない。同じことです。
ーー現在は玉三郎さんだけが演じ、その前は、六世歌右衛門さんお一人だけが、長らく阿古屋を勤めておられました。十二月大歌舞伎で、阿古屋という役のイメージが変わるかもしれません。
その可能性はありますね。「三曲の稽古をすれば、阿古屋をやれる可能性がある」と思ってもらえることが、大事だと考えています。
昔、『阿古屋』は巡業公演でもやる俳優さんがたくさんいたそうです。三曲をうまく弾けない時は、演奏がむずかしくなってきたところで、すぐに重忠が「三味線やめ」っていってくれたそうです(笑)。
坂東玉三郎
玉三郎が考える阿古屋
ーーそもそもの物語の設定についてですが、三曲で詮議するというのは、重忠の受け取り方一つで、結果が変わってきますよね?
ずいぶん趣向の効いた歌舞伎ですよね。重忠がどれほど偉いか知らないけれど、三曲で潔白と決めてしまっていいものか、と思います(笑)。ここは芸術の世界であり、演劇の抽象的なところでもあり、面白さでもあるのと思います。
ーー源平の合戦に関わってしまった傾城の心と、景清を思う気持ちで、演じられているのですね。
源平の合戦に関わってしまった、傾城の心。源平に関わっただけでなく、源平に関わった「傾城」なんですね。源平に関わった傾城なんて、私は知りませんし、源平に関わったこともありません(一同、笑)。でも、それを想像で作っていくことが出来なければ俳優ではない。
『傾城』傾城=坂東玉三郎 撮影:岡本隆史
傾城を知らない人には、廓を教えるだけでも大変。でも俳優は、「廓」と言われれば、その気になってしまえる思考回路がないとできません。想像できることが大事で、俳優が想像できれば、そのことを知らないお客様もそれをみて「そうなのかもしれない」と観てくださるのではないでしょうか。
玉三郎が、まさかの岩永左衛門
——梅枝さん、児太郎さんが阿古屋を勤める日(Bプロ)では、玉三郎さんが岩永左衛門を?
お客様のお楽しみもありますし、2人を応援する気持ちでもあり、岩永をやらせていただくことになりました。
——赤っ面の、人形振りで演じられるのですか?
文楽の二代目吉田玉男さんに、お話を伺おうと思っています。文楽の通りに戻すわけではありませんが、歌舞伎で誇張された演出を、少し考えながら演じてみたいと思います。いずれにしても、私ではないような、どこに出ているんだ? というくらいの岩永にしたいですね。
坂東玉三郎
『十二月大歌舞伎』昼の部は、尾上松也、市川中車の『幸助餅』に、玉三郎が監修し、中村壱太郎が初役で勤める四世鶴屋南北の『於染久松色読販 お染の七役』。心温まる人情物語に、一人七役の早替りという見逃せない並び。夜の部は、『壇浦兜軍記 阿古屋』、『あんまと泥棒』に加え、『二人藤娘』(Aプロ)と『傾城雪吉原』(Bプロ)と楽しみが尽きない。
玉三郎、梅枝、壱太郎、児太郎と、昼夜あわせて4人の女方が傾城をつとめる歌舞伎座で、今年を締めくくる華やかな時間を過ごしてほしい。
取材・文=塚田 史香
公演情報
会場:歌舞伎座
一、幸助餅
二、於染久松色読販 お染の七役
一、壇浦兜軍記 阿古屋
二、あんまと泥棒
三、(Aプロ)二人藤娘、(Bプロ)傾城雪吉原