シンセ番長・齋藤久師が送る愛と狂気の大人気コラム第三十五沼(だいさんじゅうごしょう) 『ジープ沼!』
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「welcome to THE沼!」
沼。
皆さんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちだろうか?
私の中の沼といえば、足を取られたら、底なしの泥の深みへゆっくりとゆっくりと引きずり込まれ、抵抗すればするほど強く深くなすすべもなく、息をしたまま意識を抹消されるという恐怖のイメージだ。
一方、ある物事に心奪われ、取り憑かれたようにはまり込み、その世界にどっぷりと溺れることを
「沼」
という言葉で比喩される。
底なしの「収集」が愛と快感というある種の麻痺を伴い増幅する。
これは病か苦行か、あるいは究極の癒しなのか。
毒のスパイスをたっぷり含んだあらゆる世界の「沼」をご紹介しよう。
第三十五沼(だい35しょう)『ジープ沼!』
ジープ(英語:Jeep)は、FCA US LLC(フィアット・クライスラー・オートモービルズ:FCAの米国法人)傘下の四輪駆動車のブランドである。(wiki ペディア参照)
独特のスカルフェイスが特徴的なJeepは1940年、
第二次世界大戦中に軍事目的で開発された四輪駆動の自動車だ。
いわば、小さな戦車といっても過言では無いJeep。
現代では完全にオーバースペックなJeepの名称は、
General Purpose(万能)を略した符号「GP」から"ジープ"と命名されたと言う説がある。
わたしの父は車屋さんだった。
私が18才で自動車免許を取ると、父親が経営する車屋に集まる車検切れ寸前の車を
毎月のように持ってきては私に与えた。
そのため、約1ヶ月サイクルで様々なクルマを運転する事になった
私は、逆に車に興味がまったく無かった。(ランボルギーニカウンタックを除いては)
クルマは貰って乗りつぶすと言う感覚でしか無かったのだ。
すし屋の子どもが寿し嫌いなのと同じような感覚だろうか。
スーパーカーが欲しい!!
そんな私が22歳の頃、突然スーパーカーブームがあった子供の頃を思い出し、
ランボルギーニカウンタックがどうしても欲しくなり、
気がつくと考える間もなくそれを扱う車屋さんに居た。
レコード会社からふんだくった金で真剣に購入を検討している事をショップ店員に力説すると、
思ってもいない答えが返ってきた。
「齋藤さん。申し訳ないのですが、この車は齋藤さんにはお勧めできませんね。
先ずは齋藤さんの家から近いところにある踏み切りが渡れ無いです。
トレーラーを買えば別ですが。
そして、何より背が高過ぎ(座高が高すぎる)て危険です。
路面の凹凸でバウンドしたとき、クビを折る可能性がある」と、、、、、、、、。
この言葉に心からショックを受けた私は泣きながら考えた。
ランボルギーニカウンタック以外で乗るとしたら。。。
すぐさま思い浮かんだのがシボレーコルベット。
開閉式のリトラクタブルライト、ベルトーネデザインとは真反対だが、過剰なほどセクシーなコークボトムライン。
コレだ。
コレしか無い。
すぐヤル男、、、いや違った。
すぐヤル課のわたしは気がつくとコルベット専門店へ。
その頃すでにあのcorvetteの人を喰いそうないかつい顔が穏やかになってしまった
第4世代のそつないデザインのものが現行品になっていたが、
わたしが憧れたカウンタックと時を同じく80年製の物凄い迫力の真っ赤なcorvetteを即購入した。
V8の5700ccから出るエンジンの轟音とトルクは、
アメリカンドリームを感じさせるリッチな気持にさせてくれ、
すっかりアメ車の虜になった。
しかしながら、もともとクルマに興味のない私は、そのcorvetteを足として使い倒した。
タバコを買いに行く時はもちろんの事、(燃費が惡いため、タバコを買いに行くのに500円かかった)
スタジオやライブに行く際には機材車として酷使した。
そして、コルベットは私の相棒として15年も連れ添った頃に別れがきた。
繰り返す出会いと別れ
私に子どもが生まれた時、その別れが唐突にやってきた。
「2人乗りじゃマズいよね?」
そしてすぐヤル課の私が次に選んだのがJeepチェロキーだ。
Cherokee史上、もっとも四角いと言われたあのチェロキー。
ここで私は初めての四輪駆動車(いわゆる4WD)に乗ることになるのだが、
コレがまた優越感の塊のような体験を死ぬほどさせてもらった。
ある冬の事、昼間にスタジオ入りしたときには曇り空だったが、
翌朝レコーディングが終わってstudioを出ると豪雪のため、
他のミュージシャンやスタッフ、そして私のチェロキーも雪を被った状態で身動きが取れなくなっていた。
そこで私はフロントガラスに積もった雪を払いのけ、強引にCherokeeのドアをこじ開け颯爽と青山通りを走り去った。
悲しそうな顔をして指を加えて羨ましように私をみる皆さま。
まるでスネ夫になったような気分だった。
モスグリーンのCherokeeはまさに現代的の公道を走る戦車だった。
その愛おしいJeep Cherokeeとの別れは突然やってきた。
安全運転がモットーでゴールド免許のわたしが運転するチェロキーに
某運送会社の軽トラックが横から思いっきり突っ込んだ。
幸いケガもなく損傷もそれほどでも無かったが、
運送会社は保険を使いたくないので弁償させて欲しいと申し出てきた。
Cherokeeであればどんなものを買っても良いと言ってきたのだ。
ラッキー。
私は予てから目をつけていた3インチリフトアップされた同型の真っ赤なチェロキーを手にした。
更にジープの素晴らしさに魅了されながら、真っ赤なCherokeeと共に10年過ごした頃、突然欲が出てきた。
もっとゴツイ、ザ・ジープに乗りたい。
絶対乗りたい。
乘る!乗るしか無い!
そして、その日に買いに行ったのが、兼ねてから欲しかったJeepラングラーだ。
1940年に誕生したJeepの血統を継承した由緒正しきJeepの中のJeepだ!
完全なるクロスカントリー仕様に仕上がったのそJeepラングラーは
乗りこむのが大変なほど8インチものリフトアップがなされ、タイヤも35インチという化け物だ。
買った後に気が付いた。
「コレって、二人乗りじゃね?」
完全に終わった。
ウチの家族は5人。
終了だ。
追伸:
その後、時を間も無くしてもう一台わが家に5人乗りの国産乗用車が追加された。
ほんとうにすみません。
ごめんなさいレナさん。
Jeep沼は後半へ続く・・・。