待望のメジャーデビューから1年、スカート・澤部渡の今を切り取った“現状報告的ep”
スカート 撮影=河上良
澤部渡のソロプロジェクト・スカートが、メジャーデビューアルバム『20/20』を発表したのは昨年10月のこと。収録曲の「視界良好」が全国27のラジオ局のパワープレイを獲得、CDショップ大賞へのノミネートや各地で開催されたリリースツアーも好評を博し、スカートは日本の音楽シーンに出て行くんだという素敵な始まりを感じさせてくれる華々しいスタートを切った。それを象徴するように、『20/20』で世の中に知れ渡った澤部渡の才能に多くのアーティストやクリエイターが触発され、楽曲提供や劇判制作のオファーが殺到する事態に。結果的にスカートとしてはおよそ1年ぶりのリリースとなったメジャー1stシングル「遠い春」では、描かれる美しい情景や物語が誰しもの頭の中で映像化できるような世界観と、少しの物悲しさと懐かしさを含んだメロディーを併せ持ったスカートらしさに満ちた音楽を届けてくれた。澤部渡の今の気分をまとった「遠い春」を始めとした4曲のリリースとこの後に続くツアーに関して、「現状報告」という印象的な言葉を使って語ってくれた濃密な時間となった。
スカート 撮影=河上良
――リリースがちょうど1年あいた形になりましたが、昨年のメジャーデビュー以降、音楽活動に何か変化が訪れたりはしましたか?
そうですね……劇的な変化としては、仕事の依頼を受けることがめちゃくちゃ増えました。やっぱりインディーで活動しているとそういう依頼を受けることも多くはなかったので、映画やドラマの曲を作って欲しいと言っていただけるのは嬉しいことですね。
――そういった依頼は、どんな形で澤部さんのところに届くのか気になります。
例えば僕の過去の作品を聞いて「あの曲のような感じで」ということもあれば、今回のシングルに収録している『忘却のサチコ』の主題歌に関しては、スカートの過去の楽曲がどうこうではなくて「こういうドラマを考えていてこういうオープニングにしたいから力を貸してくれませんか」と。アプローチに関してはさまざまですね。その依頼に対して曲作りを始めても、全然違う雰囲気の曲を出してみてやっぱり通らなかったり、あまり深く考えずにサラリと作った曲が採用されたりするのは意外なことで、「いいんだ!」という新しい発見もありますね。
――『20/20』以降、楽曲提供が続いて、自身のリリースがしばらく空くというのは元々意図していたことだったんですか?
いや、全然! 本当はもっと早く次の展開に行こう! みたいな話をスタッフ内ではしていたんです。今年の夏ぐらいを目処にシングルを出そうよって。けれど『20/20』を出した後にどんどん楽曲提供の依頼が増えて、今は自分たちのリリースじゃなくてこちらを優先しよう、と。そうやって楽曲提供をしている中で、『高崎グラフィティ。』という映画のために書いた「遠い春」が、自分の中でとにかくいい曲に仕上がったのでこれはシングルとして出したいと。そういう自然な流れで来たら、1年空いてしまった感じでしたね。
――そうだったんですね。そんなふうにこの1年は、映画音楽への関わりが多かったと思うんですが、なぜスカートに映画音楽の依頼が多いのか、客観的に感じるところはありますか?
……うーん……自己分析は、……できてないですねぇ。正直言うと、映画音楽ってめちゃくちゃ難しいと思うんです。映画それぞれに音楽の使われ方はすごく違うし、全く音楽がなくて、それがカッコ良い映画もある。映画音楽の提供という依頼を受けた時に最初は「自分には何ができるんだろう」と思っていたんですけど、「スカートのこんなニュアンスが欲しいんです」という言葉をいただいて、なるほど!と。さらに突き詰めていった時に、自分が映画や漫画に刺激を受けて曲を作るのと大枠は変わらないことなのかなと思えたんです。割と自分が昔からやっていた曲作りのやり方のひとつだったのかなと、考えるようになりました。
スカート 撮影=河上良
――なるほど。今回、『高崎グラフィティ。』の主題歌を製作するという依頼に、どんなプロセスで取り組んでいったんでしょうか。
もちろんまず作品を見るところからですね。映画は群馬県の高崎市を舞台にした青春群像劇で、5人の若者が高校の卒業式を終えてそれから先の4月に向けてどう動き出すのかという物語なんです。映画で描かれるほんの少しの短い時間の物語に、濃密なドラマが宿るみたいな感じを曲に落とし込みたいという気持ちで曲作りを始めました。
――映画の世界がひとつある上で、さらに音楽で映画とリンクしたもうひとつの世界を作るような作業なんですね。
ホント、そんな感じです。初めに作品を見ることで、映画がこういう風に終わるということが頭に入っているので、物語の後にどんな音楽が鳴るべきなのかなということは一番意識しました。ゆったりとしたテンポがいいなとかそういうことを考えてながら作っていきましたね。
――その曲作りの前に監督から主題歌に対するイメージの提示とか、ヒントになるような言葉はありましたか?
そうですね、『20/20』に収録した「離れて暮らす二人のために」(映画『PARKS パークス』挿入歌)をイメージしてます、とお話しいただきました。『高崎グラフィティ。』以外の映画音楽の依頼を受けた時も、結構あの曲をイメージして……というお話が多くて、みなさんに気に入っていただけてるんだなあという実感がありますね。
スカート 撮影=河上良
――1年前の『20/20』のリリース時のインタビューで、収録曲に「街」という歌詞が散りばめられたことの意味をお伺いした時に、「街という言葉を使って都市への憧れやそういう眼差しを歌うのが、今のシティポップのあるべき姿なのかも」というお話が印象的だったのですが、今回の「遠い春」にも登場してますね、「街」という言葉。
はい。ただ今回に関していうと、やっぱり群馬県の高崎市を舞台にした映像作品だったから引き出されたものだっていうのが一番大きいですね。だから、今まで歌ってきた「街」とは、少し質感の違うものというイメージなんです。とても感覚的なものなので説明が難しいんですが、今までスカートが歌ってきた「街」というのは、自分が暮らしている街や遊びに行く街のイメージでした。だから街の機能が違うっていうか、普遍的で生まれ育った街のようなそんな場所が想像できたらいいのかなと思いましたね。この曲は、出来上がった時に「あ、いい曲が書けたな」といういい手応えがありました。
――そんな「遠い春」に続く2曲目の「いるのにいない」は、メロディはすごくポップな印象なのにタイトルも歌詞も寂しげな世界観で、秋冬には沁みてくるなあ……という感想を持ちました。
ふふふ。まず曲を書いた時に、軽快だけどどこか影のある曲ができたと思ったんです。その後に曲をレコーディングした時に、これは絶対に悲しい歌詞が映える!と。テンポは早いけど、メロディーを追うと憂いがちゃんとあるんです。実はこの頃、「現状報告ep」をリリースするようなイメージで曲作りをしていたんです。今はこういうモードで、こういう曲ができてますよという現状報告シングルという感じの。「いるのにいない」の後に「忘却のサチコ」ができて、「返信」を再録したことで、自分の中で4曲がバチッと1セットになった感じがしたんです。ドラマの主題歌として作った「忘却のサチコ」は、イントロにホーンセクションが入っていてすごく派手なので、パッと聴いた感じはこれまでのスカートにない感じと取られるかなと思うんですけど、メロディーを聴いてもらうと今までのスカートのいい部分がしっかり出たなと思ってます。
――漫画が原作のドラマとはいえ、主人公の名前を連呼する王道のアニメ主題歌的なアプローチには、聞いた瞬間かなり驚かされました(笑)。
ですよね(笑)。たとえば『サザエさん』における「サザエさん」の歌みたいな曲を、という依頼だったんです。僕としては、物語が始まるための記号を作って欲しいという解釈をしました。だからこそタイトルは『忘却のサチコ』というドラマタイトルに絡めたものにするべきだと思ったんですけど、もう、ストレートにそのままいきました。実際に漫画も読みました。元々漫画を読むのは好きなんですけど、あまり週刊の漫画雑誌を読むことってなかったんです。月刊誌でじわじわ連載されるのを1年に1冊買っていくようなタイプなんで。でも実際に『忘却のサチコ』を読んだら、「ああ、こんなにページをめくることが気持ちいい漫画ってあるんだ!」ということに気付かされました。週刊で発刊されるスピード感もどんどんページをめくりたくなる感じもこんなに気持ちいいことなのか!と(笑)。その気持ちを曲にも反映させました。
――婚約者に逃げられた後、美味しいものを食べている時に嫌なことを忘れて食べ物と食べることに没頭するサチコさんの物語には、個人的に3曲目の「返信」の歌詞もぴったりで、これが主題歌や挿入歌でもいいのでは?と思えるほどでした。
あ、そうですか? でも監督の希望が、国民的で誰でもわかる「サザエさんは愉快だな」的な世界観を作ることだったと思うんです。それを音楽で形にして行くのは、自分の中でとても楽しい作業でしたね。
スカート 撮影=河上良
――その「返信」は、2回目の再録をして収録されたとお聞きしたんですが、なぜ再録をしようと思ったんですか?
スカートも活動を続けることで歴史が厚くなってきたんですね。僕らはインディーでバイトしたお金でスタジオ入って録音していたので、「返信」は池袋の地下の本当に小さなライブハウスの一歩手前みたいなスタジオでみんなで録っていました。そんなスタジオで録音してた我々が、天井の高い素敵なスタジオを1日ロックアウトして録音できる環境があるのならば、昔の曲もそこに並べたい!と思ったんです。14年末から手伝ってくれているパーカッションのシマダボーイや新メンバーであるベースの岩崎なおみさんのふたりが最高に生きる曲かつ、これまでの録音状態が最良ではない曲を選びました。こういうことは今後も続けて、同じようにシングルに忍ばせていきたいなと思ってますね。
――「返信」を再録することでの一番の変化はどんなことなんでしょうか。
最大の変化は、音質ですね。劇的に良くなったと思います。昔のやり方だと、突っ込んだことをやるとちぐはぐになっちゃうので、細かいところまで追求できなかったんです。勢いで録ったものが美しいという考え方で、レコードとして記録することしかできなかったけど、もっとしっかり今後も残るものとしてしっかり接して向き合うのがいいなと今は思っています。……まぁ、みなさんの音楽を聞く環境も劇的に進化してると思うんですけど、料理をしながらiPhoneで聴いてもらっても、高級スピーカーの音でソファにふんぞりかえって聞いてもらってもそこは自由に楽しんでもらいたいです。リリースしたら聴く側に委ねるのがポップスのあるべき姿かと。聞き方も解釈もご自由にどうぞ!と。
――ライブで聞くのも、ポップスの自由な受け取り方のひとつですよね。
そうですね。このシングルのリリースツアーでは、とにかく新しい曲を試してみたいなと思っています。少しずつ新曲ができていっているので、来たるべきニューアルバムに備えて、まさに現状報告のようなライブができたらいいなと。今回のリリースはシングルで、収録曲が4曲しかないことで逆にライブでは自由が利くような気がしているので、昔の曲もやるし、まだ誰にも聴かせていない曲もやるようなライブになると思います。そのツアーの先の春の頃には、新しいアルバムのお知らせができたら良いなと思っています。
取材・文=桃井麻依子 写真=河上良
ツアー情報
リリース情報
1.遠い春(映画『高崎グラフィティ。』主題歌)
2.いるのにない
3.返信
4.忘却のサチコ(テレビ東京系ドラマ24『忘却のサチコ』オープニングテーマ)
《DVD収録内容》
「eight matchboxes seventy one cigarettes」at Shibuya CLUB QUATTRO 03.10.’18
1. さよなら!さよなら!
2. 視界良好
3. ハル
4. だれかれ
5. 月光密造の夜
6. CALL
7. 魔女
8. 回想
9. ガール