堤真一インタビュー~音楽と対峙するトム・ストッパードの異色作『良い子はみんなご褒美がもらえる』に挑戦

インタビュー
舞台
2019.2.15
堤真一  (撮影:福岡諒祠)

堤真一  (撮影:福岡諒祠)

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俳優とオーケストラのための戯曲『良い子はみんなご褒美がもらえる』が、堤真一と橋本良亮の主演で2019年4月~5月に上演される。初演は1977年。作者は、『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』『アルカディア』『恋に落ちたシェイクスピア』等の作品で日本でも知られるイギリスの劇作家トム・ストッパードだ。指揮者・作曲家、そしてジャズ・ピアニストであるアンドレ・プレヴィンが作曲を担当、オーケストラも舞台に上がり、役者のセリフとときに掛け合いも行なう異色作である。演出を手がけるのは、アダム・クーパー主演『兵士の物語』、首藤康之主演『鶴』が日本でも上演されている、イギリスの演出家・振付家、ウィル・タケット。このほど、主演の堤に意気込みを聞いた。

――作品の舞台はソビエトを思わせる独裁国家。政治犯アレクサンドルと、自分はオーケストラを連れているという妄想に囚われた男イワノフとが精神病院で出会って展開される物語で、堤さんは政治犯アレクサンドルを演じられます。台本を読んでの印象はいかがですか。

難解だなあと思いました。ト書きの多い脚本というのは、劇作家の意図するところ、そのイメージに、自分がなかなか追いつけないところがあったりするので。特にこの作品の場合、オーケストラによる音楽の要素もあります。僕が演じる役自体についてはそんなに難しいという感じではないですが。トム・ストッパードの作品に出演するのは『アルカディア』に続いて二回目ですが、『アルカディア』のときも、脚本を読んだ時点では何だかよくわからない部分がすごく多かったんです。けれども、舞台として立ち上げていくうちに、ああ、なるほど、そういうことかとすごく納得できるところがあって。生きた人間がセリフを言い、動くことによって、関係性もよく見えてきて、そうなってくるとそんなに難解だとは思わなくなってくるんですけれども、今回もそうなるまでにけっこう時間がかかるかなという気がしますね。脚本としてはおもしろいですよ。最後は少し不思議な感じですが、おもしろい舞台になるだろうなと思います。

――1970年代に書かれた作品ですが、時代性についてはいかがですか。

この作品は非常に現代に近いものを感じますね。特殊な国家の中での話ではあるんですけれども、自由とは何なのか、非常に考えさせられる作品だと思います。今って本当に自由なのかなと思うじゃないですか。ネットの社会で、それぞれが発言できるようになっているけれども、逆に言うと、ものすごく監視し合っているような、非常に気持ち悪い社会になっていっているようにも思えて。実はものすごく不自由になっている気がするんですよね。おおらかさがなくなっていて。

ちょっとした発言や行動をひとつひとつ非難されたりする事がある、恐ろしいなこの国はと思ったりもします。そういう意味では本当に自由な国家なのか、もしかすると自由であることを人は本当は求めていないんじゃないかと思えてしまうくらいで

ただ、そんな事を考えながら、どんな感じで舞台に立つことになるのだろうと思うと、今の時点では本当に想像がつかないんですよね。まず、オーケストラと一緒に舞台に立つということが想像がつかない。僕はミュージカルはできない人間なので、こういう作品に出会えてちょっとうれしい反面、どうなるんだろうと思います。オーケストラという圧倒的な力の前でちゃんと立っていられるのかなと思って、それがちょっと不安ではありますね

――役柄的にはいかがですか。

自由のために闘っていてそのために拘束されている人間なんです。だから、役柄的にはシンプル。ハンストっていうのはちょっと、想像を絶することですけどね。でも、それほど怒りがあるということだと思うんです。空腹って、そうそう我慢できるものじゃないと思うんですよ。『明日のジョー』の力石徹の減量じゃないけど。食事が与えられない環境で耐えることはしょうがない、どうしようもないことですけれども、目の前にあるのにそれを我慢するという意志、飢えに対する強い居方というのが、すごいなと

舞台や映画だったら、ああ、意志の強い人だなってなるかもしれないけれども、実際の人間の行為として想像すると、恐ろしいことだなと思います。自由を奪われた人間の、そこまでの怒りっていったい何なんだろうと。実際、彼には帰りたい場所、子供の待つ場所もあるんです。そういう場所があるにも関わらず、そして、一言、わかりました、僕が間違ってましたと言えば出してもらえる環境の中で、そこまで意志を貫くということは何なのか、表現上特にドラマティックなところがないのでそれを舞台でどう表現するのか、単なる意志の強い人という事ではないようにしなければいけないなと思います。政府や政治に対するすさまじい怒り、人間の尊厳にかかわる怒りを感じている人ですからね。僕だったら普通に、あ、すみません、間違ってました、腹も減ったし、子供に会いたいから、帰らせてくださいって言いそうですけど(笑)。

戦争という事態においては、戦時中の日本でもそういう自由な発言が封じられていたわけだし、今でも、戦争もしていないのにそういう事態になりつつあるのじゃないかと。実は戦争のときから日本は何も変わっていないんじゃないかっていう、そんな怖さを感じています。僕自身の演じる役柄からというより、作品全体からそういったことを感じてもらえればと思っています。

お客さまはきっと、橋本さんのファンの若い方が多いだろうから、どう観てもらえるのかな、感じてくれるのかなという不安はありますけれども。もちろん、大人の観客の方にもそんなことを考えて頂きながら観てほしいです

――オーケストラおよびオーケストラの奏でる音楽というものを、どのようにとらえていらっしゃいますか。

音楽のもつ力って、聴衆として聴いていても圧倒されるものを感じますからね。そういうものが流れる空間に演者として身を置いたことがこれまでにないので、その中で埋もれてしまわないようにしないとと思います。作品全体の中でも、音楽が非常に大きな力をもっているなと思いますし。その中で、自分自身の居方として、負けないように存在しないといけないなと思っています。コツは、ないです(笑)。そんなものがあれば教えていただきたい。

――タイトルの『良い子はみんなご褒美がもらえる』は、日本で言えば「ドレミファソラシド」のような、五線譜を覚える上での英語の語呂合わせから来ているものであると同時に、作品世界そのものと関わっていそうでもありますが。

そうですね。良い子にしていたら牢屋に入れられませんよとか、出してもらえますよ、という意味でつながっていて。ただ、英語の皮肉であるとか、シュールな部分とかが、日本語になったときにうまく出るか、どうなるかはまだわからないですね。韻を踏んでいる部分がいっぱいあるようなので。そこのところが、日本語に訳したときにうまく伝わるかなっていう難しさはある。これはもう、翻訳劇には常にある問題ですけれど。

向こうではジョークでも、日本人が聞いたって一つもおもしろくないということがある。ウィットに富んでいる会話でもそうです。海外の昔のテレビドラマで、ゲラゲラって笑い声が入るのがあるじゃないですか。そういう感じで、ゲラゲラゲラって効果音を入れてくれたらいいんだけど(笑)。そうすると、あ、笑うところなんだな、楽しいところなんだなってわかりますから。ウィルさんとの作業も、そういうところから共通意識をもって脚本を読み始めていかなくてはいけないなと思っています。翻訳劇をやる上では欠かせない大切な作業です。でも、やっていくうちに気づいたりして、またそこから変えていくのかっていう大変さもありますけれども​。

昨年出演したイプセンの『民衆の敵』でも、稽古の後半で気づくことがいろいろ出てきて、どう言葉を変えていくのか、もう頭がパンパンでこれ以上何も入りそうにないっていうときに細かいところを変えていくということがありました。ちゃんとやっていかなくちゃいけないんですけれども、気が遠くなりそうな作業でしたね。

――今回はウィル・タケットさん、『民衆の敵』ではジョナサン・マンビィさん、そしてさかのぼればデヴィッド・ルヴォーさんと、イギリス出身の演出家と多くの仕事をされてきています。

ジョナサンとは、「これ、どういうこと?」ってお互いに質問し合うみたいな感じです。セリフの意味とか、なぜこのときにこういうことを言うんだろうとか。僕はこういうことだと思ってたとか、日本語では絶対そういう意味にとれないけどとか、そういう探り合いのやりとりがあって、その上で自分たちの作品を創り上げていくというのが、イギリス人の演出家のやり方ですよね。

僕は最初の舞台がデヴィッドとの仕事でした。人によっては、通訳の方が入っている分、倍の時間がかかることをめんどうくさいっていう人もいるけれども、僕は逆に、それによって話や質問がたくさんできるなと思っています。言語の違いがあるからこそ、知ろう、わかろうとする。日本人同士だとわかったような気になってしまうところがあります。でも、実はわからないことをわからないと言った方が早いっちゃ早いんです。昔、デヴィッドと仕事していたときは、ただ怒られていたような気もするけれども(笑)。

日本ってどうしても、客席に向かってやるお芝居が多いなと思うんです。歌舞伎が基本にあるからだろうと思うんだけれども、現代演劇って言いながら、みんな客席に向かって大声で伝える、みたいな。外国の演出家はそういう芝居に驚いて相手役と芝居をやってくださいということをデヴィットにも徹底的に言われました。客席に対してではなく、相手役とのぶつかり合いをやってと。そこから観客がどう受け止めるかということですよね。

僕はそういう芝居を勝手に「江戸っ子芝居」って呼んでるんですけれども、「お父ちゃん、あの人のこと好きなんだろ」って言われて、「てやんでい、何言ってんだい」って返す、それってもう明らかなわかりやすい芝居ですよね。嫌いという態度をとっているけれども実は好きなんだなというのは、観客が考えること、受け取ることなのに、日本では、そこまで提示してしまう、そういう芝居が多いと思うんです。そこに、海外の演出家はびっくりするようですそれはそれで日本の演劇としてあっていいものだと思うんですけれども。デヴィッドとやった後、日本の演出家の舞台に出ると自分でびっくりするんです。みんなどっち向いてしゃべってるの? みたいに思って。でも、出ると発散して開放されて、それはそれで気持ちよかったりもします(笑)。

――不自由になっているとおっしゃっていた社会の中で、役者として、そして芸術、演劇の果たす役割をどう考えていらっしゃいますか。

社会派のものが演劇の役割のすべてだとは思っていません。けれども、観終わった後に、観客が何か考えたり、一緒に観た人と話をしたりということができる舞台がいいなと思います。もちろん、ゲラゲラ笑ってああ楽しかったという芝居もいいんですけれども。ただ、自分自身の生活を一瞬立ち止まって振り返ってみることってすごく大事なことだと思うんですよね。そういう力が演劇にはあると信じているからやっています。

自分たちが実際置かれている状況であるとか、環境であるとか、社会であるとかの関わりを考えることももちろんなんだけれども、やはり、自分自身を見つめる時間を持つことができるのがすごく大事だと思います。でも、ドタバタのコメディも大好きですけどね(笑)。

『民衆の敵』とこの作品とで、社会派の舞台が続いていますが、最初、「俳優とオーケストラのための芝居」って脚本に書いてあるのを見て、「これ、ミュージカルやん、俺はやれないから」って、もらっていた脚本を読まなかったんですよ(笑)。福田雄一さんの作品みたいに、コントで歌が下手でもとにかく笑えればいいっていう作品ならいいですけど。そしたら事務所の社長に、「あたに歌を歌わせる仕事を選ぶわけないでしょ」って言われて(笑)。

最初はストッパードとも知らずに読んだんです。『アルカディア』の脚本を読んでも思いましたけれども、彼の頭の中はどうなってるんやろうって思いました。『アルカディア』も、会話のズレの面白さであるとか、もっと笑える芝居なのかなと思ったりしていたんですけれど、今回も、どうかなあ。観る人によってはすごく深刻に受け止められるだろうし。そういう意味では、音楽の効果がどうなっていくのかなとも思います

――演出のタケットさんは、ユーモアのある作品だとおっしゃっていました。

今のところ、僕にとってはユーモアをすごく感じるということはないんですけどね(笑)。脚本を読んだだけでは、なんだこれっていう印象だったんです。僕はト書きを読むのが好きじゃなくて、セリフを読みたいんですけれども、この作品はト書きを読まないとどうしようもないんです。それで、読み進めていくと不思議な世界だなと思いました。稽古場で笑いの要素を見つけていくのが楽しみです。

――稽古場で作品が立ち上がってくる瞬間の喜びはいかがですか。

稽古場での感覚ももちろんありますが、やっぱり劇場で、お客さまが入らないとわからないっていうことがあります。コメディでも本当に笑いが来るのかとか、来なかったら最悪やなとか思いますし、ここは鉄板で笑いが来ると思ったところは笑いが来なくて、違うところで笑いが来たり。僕は古田新太くんみたいに何でもできて、計算できる役者じゃないので、舞台に出てやってみないとわからないっていうことが多いですね。稽古場では、「あ、そういう方向か」ということがわかって楽になって、それによって前に進んでいける感覚があるというか。でもそのわかったという感覚も、更に疑ってかかりますから。自分がわかったような気持になることすら怖いときがあるんです。あ、こっちかっていうような安易な感じで進んでいくと、全然違ったっていうときもあります。あ、これだ、わかったっていう感覚は、稽古場ではなるべくもたないようにしています


取材・文=藤本真由(舞台評論家)
写真撮影=福岡諒祠
スタイリスト=中川原寛(CaNN)
ヘアメイク=西岡達也(ラインヴァント)

 

公演情報

俳優とオーケストラのための戯曲『良い子はみんなご褒美がもらえる』
 
■作:トム・ストッパード
■作曲:アンドレ・プレヴィン
■演出:ウィル・タケット
■指揮:ヤニック・パジェ
■出演:堤真一、橋本良亮(A.B.C-Z)、小手伸也、シム・ウンギョン、外山誠二、斉藤由貴 他
■公演日程:
<東京公演>2019年4月20日(土)~5月7日(火)TBS赤坂ACTシアター
​<大阪公演>2019年5月11日(土)~5月12日(日)大阪フェスティバルホール
料金(全席指定税込):東京 10,000円/大阪 S席:10,000円ほか
■前売開始:2019年2月9日(土)
■お問合せ:パルコステージ TEL:03-3477-5858(月~土 11:00~19:00/日・祝 11:00~15:00)
■特設サイト:http://www.parco-play.com/s/program/egbdf2019/​
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