小野絢子、米沢唯、福岡雄大が語る新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』~濃厚な人間ドラマと余韻溢れるラストシーンに注目

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2019.2.20
(左から)米沢唯、福岡雄大、小野絢子  (撮影:西原朋未)

(左から)米沢唯、福岡雄大、小野絢子  (撮影:西原朋未)

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2019年3月2日~10日、新国立劇場バレエ団(以下新国)が牧阿佐美版『ラ・バヤデール』を上演する。古代インドを舞台に、戦士ソロルと神殿の舞姫ニキヤ、そしてラジャの娘ガムザッティの三角関係を軸に繰り広げられる物語は、刃傷沙汰や横恋慕、人間の怨恨などまでが赤裸々に描かれる、人間らしいドラマだ。と同時に、古典バレエの醍醐味とも言える白い幽玄世界では、バレエ団の看板であるコールド・バレエも存分に楽しめる。何よりこの牧版『ラ・バヤデール』は最後のソロルとニキヤのシーンが実に印象的で、余韻を残す。今回は牧版『ラ・バヤデール』に出演する三人、小野絢子(ニキヤ役)、米沢唯(ニキヤ役/ガムザッティ役)、福岡雄大(ソロル役)に、それぞれの演じるキャラクターや見どころについて語ってもらった。(文中敬称略)

■牧版『ラ・バヤデール』は物語の流れを重視

――新国立劇場バレエ団(以下新国)の『ラ・バヤデール』は元芸術監督のデイヴィッド・ビントレー氏もチャーミングな作品だと仰っていたと伺っています。踊り手としてはどのようなところに魅力を感じるでしょう。

小野 ストーリーの流れ・ドラマを最も大切にしていると感じます。原版からカットされたディヴェルティスマンもいくつかあり、3幕の展開もスピーディーで、最後は神殿の崩壊につながります。

米沢 私は装置や衣裳、美術などが豪華で美しく、とても好きです。舞台上のダンサーたちがとてもきれいに見える作品だと思います。

Ⓒ瀬戸秀美

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■階級社会トップの王女・ガムザッティ

――1幕、戦士ソロルには舞姫ニキヤという恋人がいますが、ラジャはソロルに娘ガムザッティを嫁がせようとします。まずガムザッティというキャラクターについて、米沢さんはどう解釈していますか。

米沢 彼女は今まで手に入らないものなどないという女性です。ソロルへの想いや結婚を通して、初めて自分の力やお金ではどうにもならないものがあるのだということを知ったのではないかと思います。最後の神殿崩壊のときに、ソロルに「一緒に逃げましょう」と言いますが、振り払われてしまう。その時に初めて彼女は自分の手に入らないものがあるということを知るのではないかなと。

――結局2幕でニキヤは毒蛇に噛まれて落命します。誰がニキヤの花籠に毒蛇を仕込んだのか、というのもいろいろ意見があるところですが、ガムザッティ的にはどう考える場面でしょう。

米沢 ガムザッティのように、あの時代の階級社会のトップにいる女性から見たら、下々のニキヤの命は取るに足らないものと思っているかもしれません。「ニキヤが最初に私を殺そうとしたんだから、その罪は死に値する」という感じで。でもこれはガムザッティが悪い女性というのではなく、そういう社会制度の中で育ってきたからだと思うんです。ほかの人達の目がある時は人に頭を下げず、凛とした王女ですが、一人になるとソロルを想い普通に悩む、そんな気持ちが表現できればと思います。でも花籠に仕込んだ毒蛇については、階級の上の人は自分の手は汚さないとは思うんですが。

Ⓒ瀬戸秀美

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■「常識」をものともしない、己に正直に生きるニキヤ

――『ラ・バヤデール』はガムザッティとニキヤとの対決が見どころの一つです。また小野さんは以前の公演でニキヤを踊った時、「ニキヤも黒い女」と仰っていたのがとても印象に残っています。そのあたりのお話も含めて、ニキヤをどのように捉えていらっしゃるのでしょう。

小野 「悪い女」という意味の黒ではないんです。とても情熱的で、巫女ですから本当は恋もしてはいけないのでしょうが、彼女は自分の心に正直で、ソロルに「愛しています」って言われたら素直に喜んでしまう、その時代、場所にそぐわない女性だと思うんです。身分を考えれば信じられない行動をする女性だと思うのですが、自分に正直に、堂々と生きている。

Ⓒ瀬戸秀美

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――1幕、父親からソロルとの結婚を言い渡されたガムザッティは、彼にニキヤという恋人がいると知り、ニキヤを呼び出して身を引くように告げます。この対決シーンは見どころの一つですが、ニキヤとしてはガムザッティと初めて会った時はどう思ったのでしょう。

小野 ニキヤとしては、最初は何を言われているかわからない、という感じだったのでは。見下され、人としての価値を否定される辺りからニキヤらしく感情が暴走していく。普通であれば身分が違うって言われれば納得するのでしょうが、そこにソロルが絡んでくると引き下がれなくなってしまう。「彼と私は愛し合っている」という想いは絶対にゆずれない。頭に血が上ってガムザッティに刃物を振りかざしてしまうあたりは、彼女の常識的ではない性格がよくわかりますね。毒蛇のシーンについては、ニキヤとしては殺されることは、頭のどこかで薄々わかっていると思うんですよ。王族に手を上げて生きのびた人がいるとは思えないし。

米沢 そうだよね、思い切り刃物を振り上げているし。

■強烈な女性たちの間に挟まれた、ソロルのその心

――ニキヤもガムザッティもそれぞれが情熱と誇りと自分の信念を持っている女性です。その2人の女性の間に挟まれるソロルの心情とは。

福岡 もういろいろ大変で(笑)

米沢 でも結婚は断らない。

福岡 いや、断ろうとはするのですが、政治的な圧力や階級の違いなど、周りとの関係を考え断れないのだと思います。

米沢 そういうところではソロルは常識がある。

小野 うん、ニキヤとは違う。

Ⓒ瀬戸秀美

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――小野さん米沢さんが相手だと演技や表現も思い切りできそうですね。

福岡 そうですね。絢ちゃんと唯ちゃんは明確に演技や表現を描いてくれるので、こちらとしても演技しやすいです。

――2幕の婚約式の場はバレエ的にも見せ場の一つですね。グラン・パ・ド・ドゥのなかのソロルのヴァリエーションはコンクールなどでも踊られる有名な踊りです。

福岡 振付のバージョンの違いや踊るダンサーによって、あの踊りでの感情の捉え方は様々だと思います。戦士としての華やかさや勇敢さなどの表現の中にも、ニキヤへの後ろめたさなどの感情もあっていいのかなと僕は思います。実はあまり晴れやかに踊るヴァリエーションじゃないのかもと……。

――一緒に踊るガムザッティとしてはどうでしょう。

米沢 不安とか迷いは全くないです。「もうこの男は私のもの!」みたいな感じで(笑) ソロルに対しても「辛気臭い顔しているんじゃないわよ!」と。

福岡 踊りは男性がリードするけれど、心は完全にガムザッティにリードしてもらっているというか引っ張られているというか(笑)

■牧版『ラ・バヤデール』を印象付けるクライマックス

――この牧版『ラ・バヤデール』の印象的な場面のひとつがラストシーンのソロルだと思います。3幕の「影の王国」のあと、このバージョンは寺院の崩壊があり、最後ソロルはニキヤに導かれながらも、力尽きて倒れてしまう……ようにも見える。あのラストシーンを福岡さんはどのように解釈されていますか。

福岡 まず、お客様が感じたとおりに見ていただければいいと思います。ソロル自身、3幕では愛するものを己の過ちで失ってしまったことで、憔悴しきっている。僕はインドのそうした時代に生きたことはありませんが、政治的圧力や階級制度などが国民に与える影響が大きくて、大変な時代だったのだと思います。ソロルは愛する者を失った悲しみで阿片を吸い、ニキヤの幻影を見る。「影の王国」のニキヤは影なのですが、すごく光って見えるんですよ。ソロルはそれを追いかけて、追いかけて、でも手に入らずに現実に戻る。そして目が覚めるとラジャと大僧正、ガムザッティが迫ってくる……。結婚式にのぞみますが、天罰が下って神殿も崩壊。ソロルはニキヤとともに行きたい。でもいろいろな後悔や懺悔の気持ちがあって、ともに行きたいけれど、ともに行ってはいけないと思いつつ、力尽きてしまう。そして天に召されるのはニキヤだけなんです。

その場面でのニキヤの考えはわからないですが、「連れて行ってあげない」って言っていたかもしれないし、その辺はひとつに絞れないですね。結局その時その時のいろいろな状況が役の感情に反映されるので、その時々で変わってしまう。この作品に限ったことではないですが、どの作品もリハーサルで形を作っても、舞台に上がると自分の心情や表現が少しずつ変わってきますので。

Ⓒ瀬戸秀美

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■新国の本領発揮! 3段坂の「影の王国」コール・ド・バレエにも注目

――3幕「影の王国」は群舞の見せ場です。小野さんは「影の王国」で群舞の先頭を踊ったことがありましたが、あのコールド・バレエを踊ることは大変なのでしょうか。

小野 すごく大変です。人間を感じさせてはいけないし、非常に筋力を使うんです。息をしてないように踊らなければならず、1人ぐらぐらと揺れ始めると周りに伝染するのでみんなの集中力も試される。

――影の王国の32人全員がニキヤの幻だ、という解釈があると聞きました。

小野 はい。そんなつもりで踊っていました。ザハロワさんの代わりは無理ですけど(笑)

福岡 坂も2段や1段だったりするけれど、新国は3段だしね。

小野 坂を降りている時より、坂を降りて平面に立った時の最初の1歩、2歩が一番難しいし恐いんです。ずっと坂の上でバランスを取っているから、平衡感覚がおかしくなっていて、重心が変わってしまっている。でも見応えがあるのですごく好きなシーンです。

Ⓒ瀬戸秀美

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――新国のコール・ド・バレエの本領発揮のシーンですね。最後にお客様にメッセージを。米沢さんは別のキャストでニキヤも踊りますね。

米沢 一つの作品をニキヤとガムザッティという、違う視点から見られるのはすごく幸せなことだと思います。ニキヤとガムザッティの頭の切り替えは問題ないのですが、リハーサルに支障が出ないよう体力的な配分に気を付けながら、がんばります。

福岡 僕以外にもソロル役は初となる井澤駿君や渡邊峻郁君といった新しいキャストが配されています。彼らはいろいろな作品で王子役を踊っていますが、今回初めて戦士役に挑戦するので、僕も客席から見てみたい(笑) リハーサルでは彼らに刺激を与えられつつがんばっていますので、1日と言わず、全キャストを見てリアクションや演技の違いを楽しんでいただければと思います。

小野 このバレエは複雑な人間ドラマの面白さが出ている一方で、バレエ的な美しさもあります。バレエを知っている人も知らない人も楽しめると思いますし、ちょっと大人向けのお話だとも思いますので、そういう意味で楽しみにいただければと思います。

Ⓒ瀬戸秀美

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――ありがとうございました。

取材・文=西原朋未

公演情報

新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』
 
■日時:2019年3月2日(土)~10日(日)
■会場:新国立劇場オペラパレス
■音楽:レオン・ミンクス
■編曲:ジョン・ランチベリー
■振付:マリウス・プティパ
■演出・改訂振付:牧阿佐美
■装置・衣裳:アリステア・リヴィングストン
■指揮:アレクセイ・バクラン
■演奏:東京交響楽団
■出演:
3月2日(土)14:00~
小野絢子(ニキヤ)、福岡雄大(ソロル)、米沢 唯(ガムザッティ)
3月3日(日)14:00~
米沢 唯(ニキヤ)、井澤 駿(ソロル)、木村優里(ガムザッティ)
3月9日(土)13:00~
柴山紗帆(ニキヤ)、渡邊峻郁(ソロル)、渡辺与布(ガムザッティ)
3月9日(土)18:00~
小野絢子(ニキヤ)、福岡雄大(ソロル)、米沢 唯(ガムザッティ)
3月10日(日)14:00~
米沢 唯(ニキヤ)、井澤 駿(ソロル)、木村優里(ガムザッティ)

■公式サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/labayadere/
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