エイフマン・バレエ、来日記念!『アンナ・カレーニナ』と『ロダン~魂を捧げた幻想』 原作と彫刻の魅力を知る講演会

レポート
クラシック
舞台
2019.6.12
エイフマン・バレエ『アンナ・カレーニナ』 (C)Souheil Michael Khoury

エイフマン・バレエ『アンナ・カレーニナ』 (C)Souheil Michael Khoury

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2019年、21年振りに来日するエイフマン・バレエの公演が、いよいよ2019年7月13日のびわ湖公演を皮切りに、静岡、東京で公演を行う。演目はトルストイの小説『アンナ・カレーニナ』を原作とした同名の舞台と、彫刻家オーギュスト・ロダンを『ロダン ~魂を捧げた幻想』の2作品。それにともない、このほど朝日新聞東京本社読者ホールで「エイフマン・バレエ来日記念講演会」が開催された。講演会ではロシア文学に詳しい東京外語大教授の沼野恭子氏と、彫刻家ロダンの作品を多数収蔵する静岡県立美術館学芸課上席学芸員の南美幸氏が登壇し、作品の原作と人物それぞれについて講演を行った。

■人物の内面を深く掘り下げる「心理バレエ」に迫る

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Souheil Michael Khoury

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Souheil Michael Khoury

このほど来日するエイフマン・バレエは振付家ボリス・エイフマンが1977年に設立したバレエ団。「レニングラード・バレエシアター」として1990年に初来日し、音楽家チャイコフスキーを主人公とした『チャイコフスキー』、実在のバレリーナ、オルガ・スペシフツェワの生涯を描いた『赤いジゼル』、あるいは小説に題材を取った『カラマーゾフ』などを上演してきた。
ソ連の崩壊からロシアへと時代が変わるとともに、バレエ団も「エイフマン・バレエ」と名を変える。バレエ団が自慢とする長身のダンサーらとともに、人間の内面世界をより深く掘り下げ、濃厚な深層世界へと誘う作風はより鋭さを増す。いつしかエイフマン・バレエの作品は「心理バレエ」「哲学バレエ」と評され、さらにフォトジェニックでファッショナブルな色彩も一層増していったのである。

■登場人物を削ぎ落として「心理」を抽出した『アンナ・カレーニナ』

講演会の第1部はトルストイの小説『アンナ・カレーニナ』について、沼野氏が講演を行った。
まず沼野氏は原作が書かれた時代背景や人物相関図を説明。19世紀後半、ナポレオン戦争が終わり、汽車に象徴される機械化の時代の到来といった時代の変化と、変わらないロシアの社交界のなかで「幸福と不幸」「生と死」「都市と農村」といった明暗を示唆するコントラストが描かれていると説明。「この明暗を、バレエの中に探してみては」と話す。

また本来小説には主人公のアンナのほかに、「アンナと同じくらいに主要な登場人物」である青年レーヴィンが登場するが、エイフマンはレーヴィンの存在を潔く削除している。その結果、物語はアンナと夫カレーニン、そして恋人のヴロンスキーの三角関係に一層凝縮され「アンナの崩壊していく心理描写がより明確になっている」と解説した。

エイフマン・バレエ『アンナ・カレーニナ』 (C)Evgeny Matveev

エイフマン・バレエ『アンナ・カレーニナ』 (C)Evgeny Matveev

また興味深かったのは沼野氏の持論。トルストイの原案ではアンナはタチアーナという名であったという。ロシア文学ファンやバレエファンであれば即座にプーシキン『オネーギン』のタチアーナを連想する。またトルストイが当初考えた「タチアーナ」は「悪女」という設定もあるなど、様々な資料を考察していくと、沼野氏は「あくまでも私の見解で」と前置きをしながら、『アンナ・カレーニナ』は「タチアーナが、もしオネーギンの愛を受け入れていたらどうなっていたかという、いわば if の物語にも読める」と話す。こうした視点も頭の片隅に置きながら、「アダプテーション(脚色)の面白さを楽しんでみては」と語り、講演を終えた。

■内面の感情を彫刻/肉体で表現する、ロダンとエイフマンの共通性。衝撃映像のチラ見せも

第2部は南氏が彫刻家ロダンの作品とともに生涯について解説した。

南氏はまず、今でこそ世界に名だたる彫刻家であるロダンだが、若い頃はフランスの高等美術学校であるエコール・デ・ボザールの入学試験に何度も落ち、結局入学が叶わずベルギーへ出稼ぎに行き修行を積んでいた下積み時代があったと説明。内縁の妻ローズはベルギー時代から苦楽を共にしてきた女性であったことにふれた。

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Evgeny Matveev

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Evgeny Matveev

ロダンの転機となる作品『青銅時代』(1877年)は映像を使って紹介。あまりにリアルで緻密な作風に「実在の人物から型を取ったのでは」と言われたこの作品は、「従来の彫刻表現とは一線を画する、彫刻の内面から新たな感情が見えるような、新しいものだった」。さらにバレエでも登場する『カレーの市民』は、14世紀、イングランド王エドワード三世がフランスのカレー市を包囲した際、街の鍵を渡さねばならない市民6人の苦悩を表現したもので、「その表情から見て取れる死の恐怖や敗北感など、瞬間の心理を捉えた迫力が見事」と解説した。
またロダンのミューズとして、創作に大いに影響を与えたクローデルは、ロダンとの恋が悲劇に終わり精神を病み、孤独のうちに世を去る。ローズとカミーユを選ぶことのできなかったロダンは後年、自身の美術館を開設するにあたり、その一室にカミーユの作品を展示する間を設けるよう指示したというエピソードも紹介された。

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Yulia Kudryashova

エイフマン・バレエ『ロダン ~魂を捧げた幻想』 (C)Yulia Kudryashova

なお南氏はロダンが「バレエ・リュス」に非常に魅せられ、バレエダンサーの動きを捉えようと何枚ものデッサンを残したほか、ニジンスキーの彫像や、バレエの動きを捉えた前衛的とも言える彫刻作品数点も作っているといった、バレエファンには一層親しみを感じられる話題も。「エイフマンのバレエは彫刻で人物の内面を捉えようとしたロダン同様、筋肉の動きなどで人物の内面を表現しようとしているかのようだ」と講演を締めくくった。

最後に舞踊評論家の桜井多佳子氏が登壇し、2年前に初めてエイフマンの作品を見たときの感想を語り、『アンナ・カレーニナ』『ロダン ~魂を捧げた幻想』の名場面の映像をチラ見せ。先の南氏の話に登場した『カレーの市民』を創作する場面はまさに衝撃映像とも言えるパワーがあり、会場に緊張感が張り詰めた。来るべき公演がますます楽しみになる、そんな思いで締めくくられた講演会であった。

取材・文=西原朋未 写真=オフィシャル提供

公演情報

エイフマン・バレエ
 
『ロダン ~魂を捧げた幻想』(全2幕)
■公演日程:2019年7月18日(木)・19日(金)*各日*19:00~
■会場:東京文化会館大ホール
■台本・振付・演出:ボリス・エイフマン
■音楽:ラヴェル、サン=サーンス、マスネ、ドビュッシー、サティ
 
『アンナ・カレーニナ』(全2幕)
■公演日程:2019年7月20日(土)17:00~、2019年7月21日(日)14:00~
■会場:東京文化会館大ホール
■振付・演出:ボリス・エイフマン
■原作:レフ・トルストイ
■音楽:チャイコフスキー
 
■問い合わせ: ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212 
 
<東京以外の公演>
【滋賀県】
『アンナ・カレーニナ』
■日程:2019年7月13日(土)
■会場:びわ湖ホール
■問い合わせ: びわ湖ホールセンター 077-523-7136 
https://www.biwako-hall.or.jp/performance/2018/12/20/post-767.html
 
【静岡県】
『ロダン ~魂を捧げた幻想』
■日時: 2019年7月15日(月・祝)15:00~
■会場:グランシップ(静岡)中ホール・大地
■問い合わせ:(公財)静岡県文化財団 054-289-9000
https://www.granship.or.jp/event/detail/2226
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