キャッチコピーは「お腹を空かせて来てください」? 舞台『本当の旅』上演で、本谷有希子が考える演劇の可能性とは?
本谷有希子 (撮影:鈴木久美子)
本谷有希子が3年ぶりに手がける舞台は、自身の小説がベースとなっている。“夏の日の本谷有希子”と冠された『本当の旅』が、8月8日に原宿のVACANTで幕を開ける。3人の若い男女によるマレーシア旅行を「SNSによる自己表現」と絡めて描いた小説が、どのような形で舞台作品として立ち上がるのか。稽古開始の前日、本谷に話を聞いた。
◆自分が面白いと思うことを、ただしたい
――昨年刊行した小説『静かに、ねぇ、静かに』(講談社刊)に所収されている『本当の旅』を舞台化するきっかけは、なんだったのですか?
単行本を出したころは、『本当の旅』を舞台にするなんてまったく考えていませんでした。雑談しているうちに「この話を舞台にしたら面白いと思う」と誰かに何気なく言われて、そのときは聞き流していたんだけど、ちょっとそれが頭に残っていたのかもしれません。
3年前に飴屋法水さんとご一緒したVACANTで、ワークショップをやることになったんですね。2ヶ月ごとに集まって、5度のワークショップをしたときに、試しに『本当の旅』をワンシーン作ってみたら、面白くて。
――参加した俳優さんたちはどうやって集めたのですか?
以前から気になっていた俳優さんや、周囲から「面白いよ」と紹介されて出会った人たちに参加してもらいました。今回の出演者は、ワークショップをしながら決まっていったんです。今まであまり一緒にやってこなかったタイプの役者さんも多いです。それぞれ、普段あまり共演することがないような組み合わせだと思います。稽古はこれからなんですけど、まだお互いどんな人かわからないので、楽しみですね。
劇団を休んでから、自分がどういう形式で演劇をしたいのか、ずっと見えていませんでした。でも再開するなら劇団のときとは別のことをやりたいとは漠然とイメージしていたので、役者さんに付き合ってもらいながら、その方向性を探っていった感じです。
ただ、自分が面白いと思うことをしたいんですよね。劇団のときは、公演の規模が大きくなっていくうえで、舞台の着想を得る前からキャスティングや劇場やチラシ、その他、いろんなことを考えなくちゃならないようになって、創作から遠のいている感じがしていました。そもそも、「劇団、本谷有希子」に劇団員が一人もいなかったのは、作りたいものありきにしたかったから。今回は、ただ面白いと思えることを優先したい。どうやったら面白いものが作れるかだけをひたすら探っていく現場にしたいですね。
本谷有希子 (撮影:鈴木久美子)
◆お客さんの脳に「負荷」をかける
――明日からの稽古に向けて、上演台本の仕上がりは……。
今はゼロの状態です(笑)。でも、机で考えても書けないと思います。ワークショップのときも、口立てで進めていきました。今度もシーンを設定して、役者の動きを見てから台本にするつもりです。私がテキストで先に決めて合わせてもらうんじゃなくて、役者の身体からいろいろなものを得たいんです。
――小説版の『本当の旅』は、インスタグラマーの「づっちん」、ショップ店員でサブカル女子系黒づくめファッションの「ヤマコ」、地方移住して農業に従事する物語の語り手「ハネケン」の3人が主要の登場人物です。彼らをどう描くのでしょうか。
これから考える部分は多いんだけど、普通に配役して、筋書き通りに進めていくことはしたくないな、と。きっちりした配役があるというよりも、11人も役者がいるのだから、もっと多様性を大事にしたい。いくつか挑戦してみたいことがあります。
――小説では文字で表現したSNSの言葉を、舞台上でどのように顕在化させるのか、とても気になるところです。
演出のしどころだと思います(笑)。演劇ならではのSNSの表現でなければ意味がないない。難しいけど、試行錯誤していく過程は面白い作業になると思います。
私のなかでも、少しずつ面白いと思うことが変化してきています。これまで以上に、想像しないと埋まらないようなものが楽しいと感じるようになっていますね。説明しすぎず、観る側もイマジネーションを膨らませて、お互いが演劇を作っていくということをやりたいんです。SNSの文字をそのまま壁に投射するのがつまらないのは、想像力が必要とされなくなるから。役者のにも、お客さんの脳にもいい按配の「負荷」をかけたいと思ってるんです。
一時期はあまり物語に興味を持てなくなっていました。でも、自分は物語しか書けない。そのジレンマも劇団を休むことにした一因です。しばらく演劇から遠ざかったのは、じゃあ自分はどんな芝居がしたいんだろうということを探る期間を持ちたかったから。今もまだ、「自分が面白いと思うものはこれです!」と言えるために試行錯誤しているところで、それを役者さんたちと作っていくというイメージかな。
――作家さんのなかでも、ひとつの方法論を追求し続けるタイプの人もいれば、作品のテンプレート化を避けて大きく変化していく人もいます。
私の場合、同じ景色しか見えなくなることへの恐怖があるのかも。なるべく自分が知らない場所に行きたいという願望はすごくあります。やっぱり、退屈に耐えられないんですよ。ひとつのやり方を貫き通す人も格好いいと思うけど、私は執着しないからなあ。面白ければ、なんでもいい。演劇をやりながら小説を書いたのも、そういうことだと思います。
本谷有希子 (撮影:鈴木久美子)
◆演劇の可能性を拡張したい
――3年前の飴屋さんとの共同作業が今の考えに影響を与えている部分は多いですか?
それは確かにあります。すべてがカルチャーショックでしたからね。何から何まで、感覚も価値観も違いました。当日券を何枚出すかについても、朝まで話し合ったりして。稽古期間を1ヵ月とるにしても、なんで1ヵ月なのか、どこからを稽古とするのか、真剣に考える。私がスルーしていた部分も飴屋さんは徹底して考えるんです。この現場で、自分の演劇の作り方に垢がついていたと気づきました。全部を踏襲することはできないにしても、思考停止せずに芝居を作ろうとは思ってますね。
自分についた垢を落としながら、ひとつひとつ立ち止まって、なんでそれが必要なのかとか、なんのためにやるのかとか、そういうところも含めて丁寧に作っていきたい。
――本谷さん作品に初参加の俳優さんが大勢いますね。
これから関係性を作っていく人も多いですね。いかに早くフラットな間柄になれるか。立場や肩書きを外して作業できる環境にしたいです。稽古場にしても、たとえば演出席をなくすとか、そういうところから立ち止まりたいんです。別に必要ないし(笑)。20代前半の役者もいるし、こっちから腹を割っていかないと。
昔は、役者に対してかなり追い込む形で稽古していたような気がする。コントロール欲が強かったというか。でも、今は彼らから偶然に近い形で現れる、運動性やその瞬間起こっていることを大事にしたいんです。小説は自分と向き合う作業だけど、芝居は人とやるものですから、立場や上下関係は邪魔ですね。
本谷有希子 (撮影:鈴木久美子)
――VACANTという空間で、どういうテクスチャーの作品になるのか気になります。
いろんな方向から、演劇の可能性を拡張したいと思ってます。たとえば今回は、料理を使って、演劇の世界観を広げられないかと思案中(笑)。マレーシアの屋台村を再現して、お客さんと役者の空間が混ざり合ったり、役者が口にしていた料理をお客さんも食べられたり、そんなふうに体感することができる作品にしたいです。だから、お客さんへのメッセージとしては、「お腹を空かせて来てください」っていうのはどう? もちろん、買っていただくことになるんですが(笑)。
取材・文/田中大介
公演情報
■出演:石倉来輝、今井隆文、うらじぬの、大石将弘、後藤剛範、島田桃依、杉山ひこひこ、富岡晃一郎、福井夏、町田水城、矢野昌幸
■日時&会場:2019年8月8日(木)~8月18日(日)◎東京・VACANT
■料金:全席自由(整理番号付き)4,300円+1drink(500 円)
■問い合わせ:ヴィレッヂ 03-5361-3027
■公式HP:http://www.motoyayukiko.com/